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ロベリア復活

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 ノックの音に顔を上げないまま「入れ」と返事をすると開いたドアからウォルフが入ってきた。

「ファーディナンド、彼を呼んでいいって言ってないんだけど」

 あからさまに嫌な顔をするロベリアはまだウォルフに怒っている。ウォルフは付きっきりの警護ではなくなり、呼ばれたときだけ付き添うただの護衛に格下げとなった。ウォルフはそれを罰だとは思っていない。むしろ皇帝からの褒美だとすら思っていた。給料は今までどおりで、ロベリアの鬱陶しさを肌で感じてストレスを受けることがなくなったのだから。
 しっかりと反省して謝りに来るまで許さないと断言したロベリアにウォルフはまだ謝りに行っていない。謝るつもりがないのだ。そのためこうして顔を合わせることになってもウォルフが見ているのはファーディナンだけ。まるでロベリアなどいないものとして扱っているような態度を見せる。

「ロベリア、すまないがウォルフと二人にしてくれ」
「私が出るの?」
「ここは執務室だ」

 ファーディナンドの態度は以前は感じられなかった厳格さを滲ませるようになった。甘やかしてはくれるが、買い物の上限額や仕事の割り切りなどハッキリと物を言うようになったことがロベリアは気に入らない。
 それでも執務室だと言われてしまえば皇妃としての仕事を始めていない自分が口を挟むことはできず、渋々感もあからさまに「あーあ」と言ってサーシャと共に部屋を出ていく。
 サーシャが一礼してドアを閉めるも十秒ほどしてから立ち上がったファーディナンドが自らドアを開けに行った。

「自室に戻っていろ」

 開けられるとは思っていなかったのか驚いた顔をしたあと、すぐに拗ねた顔をして歩いていく。溜息をつきながらドアを閉めるとウォルフが半獣化する。なんのためにそうしたのか悟ったファーディナンドは何も言わず椅子へと戻った。

「霊園ではすまなかったな」
「体調はいかがですか?」
「問題ない。それより、お前の記憶の中の少女の名はイがつく名前で呼ばれることはなかったか?」
「それが、名前のとこだけ上手く聞こえないんです」
「お前もか……」

 二人は同じような状況に陥っている。思い出そうとすれば頭痛がし、少女は出てくるのに顔が見えず、紙に書いてこちらに見せてくるだけで声は聞こえない。そして名前のところだけいつも雑音が入る。

「イから始まる名前なんですか?」
「たぶんな。確証はないが……」

 机の上で組んだ手の上に顎を乗せたファーディナンドがウォルフを見る。

「リンウッド・ヘイグという名前に聞き覚えはないか?」
「リンウッド・ヘイグ、ですか? いえ、聞き覚えな──ッ!」
「大丈夫か?」

 思い出そうとすると頭痛が起こるのはウォルフも同じ。リンウッドの名を言えば何か思い出すのではないかと思ってあえて声をかけた。当たりだ。痛みに顔を歪めるウォルフの頭の中に映像が流れる。

『僕を馬鹿にしているのか? イ──はこんなに腹黒い顔はしていない。彼女ほど清らかな人間はこ他にいないんだ。こんな醜悪な女とイ──を一緒にするな』

 閉じていた目を開けて何度か頷く。

「確かに……ッ、イから始まる名前ですッ」
「男が見えてるのか?」
「はい……痩せこけた男が……ッ!!」
「それがたぶん、リンウッド・ヘイグだろう」

 病的なまでに痩せこけている男と会った理由はなんなのか。こんな男が賓客として呼ばれるはずがないのに。一体どういうことなのか。なんの記憶かわからない気持ち悪さに苛立ちすら起こる。

「ウォルフ、一緒に来い」

 映像にのまれそうになった意識がファーディナンドの声で戻っていく。慌てて頭を振って背筋を伸ばし、部屋を出るファーディナンドについていく。

「どちらへ?」
「魔法士の塔だ。俺とお前が持つ記憶はたぶん同じだろう。同じ少女が取る同じ行動。イから始まる名前。少女に関連した痩せこけた男。思い出そうとするたびに激しい頭痛が起こる。俺たちの脳に何かしらの制限がかけられているのではないかと思っている」
「ま、待ってください。制限がかけられているって誰がそんなことを?」

 あるとすれば魔女だが、ウォルフは何も知らないためそれを口にすることはできない。

『契約終了』

 魔女はそう言って消えた。魔女が現れたときの記憶が曖昧すぎてよく覚えていないが、人の記憶に制限がかけられるとすれば魔女しかいない。しかし、何故そんなことをする必要があったのかがわからない。
 魔法士の塔へと続く廊下を歩きながら険しくなる表情。何か考え込むファーディナンドの様子を窓で確認しながら黙ってあとをついていく。

「皇帝陛下、ようこそお越しくださいました。本日は何用でございましょう?」

 塔の管理人に「魔法士を数名呼んでくれ。見てもらいたいものがある」と伝えて奥へと進んでいく。
 慌てて魔法士に招集をかけ、上級魔法士が三名、処置部屋に集まった。

「我々に見てもらいたい物とはなんでしょう?」

 国に在籍する魔法士は代々、魔法士の家系に生まれたエリート。国によっては貴族よりも上と位置付けるところもあるという。サーシャのように一般家庭で生まれ、魔力を持っている人間とは格が違う。彼らから感じる膨大な魔力にウォルフは毛が逆立つのを感じた。

「俺の記憶に鍵がかかっているかどうかの確認を頼む」
「陛下の記憶に、ですか?」

 想像していなかった言葉に三人揃って戸惑いを見せたのはありえない話だからだ。

「ここ数ヶ月の間に誰かと対峙されたことは?」
「……ない」
「何故、記憶に鍵がかかっていると?」
「断片的に浮かんでくる記憶を思い出そうとすると頭痛がする。俺だけではなく彼もだ」

 チラッとウォルフを見る魔法士からの軽蔑の眼差し。獣人族という地を這って生きる種族を見下している目だ。ウォルフは極力それらを見ないようにファーディナンドの背中を見つめる。

「人の記憶に鍵をかけるためにはこの状況のように対面しなければなりません。遠隔では到底不可能です。ましてや記憶の一部にだけ鍵をかけるのは容易ではありません。精密なコントロールに、知識が必要です。記憶に関する魔法について書かれている書物は少なく、受け継ぐ魔法士も多いとは言えません。下級魔法士はもちろんのこと、上級魔法士である我々でさえ記憶に関する魔法について詳細に知識があるわけではありません」
「ハッキリ言え」
「鍵がかけられているかどうかを見ることはできても、解除することができるかまでは保証できかねます」

 緊張した面持ちでこちらを見る魔法士たちに「構わん」と短く答えた。安堵した表情で胸を撫で下ろし、顔を見合わせる彼らが用意した椅子にファーディナンドが腰掛けた。
 杖を取り出し、光らせた先端を床に向けるとファーディナンドの足元に魔法陣が現れた。

「これは?」
「魔力を安定させるための魔法陣だ」

 そんなことも知らんのかと言いたげな、吐き捨てるような言い方をする魔法師に「ふーん」とだけ返す。

「では、楽にしていてください。動かれませんようお願いします」

 ゆっくりと息を吐き出して目を閉じるファーディナンドの脳に杖を向ける。杖の先から光が伸び、同じく目を閉じた魔法士がそこに字を書くように小刻みに杖を動かしている。

「なんだ、これは……」

 眉を寄せながら魔法士が呟く。

「こんなの……見たことがないッ!」
「うわああッ!!」
「ギャッ!!」

 金色に輝いていた光は黒へと変わり、魔法士たちの杖を弾き飛ばした。悲鳴を上げて膝をつく者、倒れる者。腕が黒く染まっている者もいた。

「陛下……あなた、まさか……」
「魔女と、契約を……」

 床に倒れた者は痙攣を起こし、意識障害を伴っている。同席していた管理人が慌てて杖を出して保護魔法をかけ、外へと運び出す。

「陛下……?」
「俺の中に魔女がいるとでも言うのか?」

 否定はしなかった。冗談だろうとウォルフも含めて驚愕する面々の顔を見ず、目を閉じたまま問いかける。

「鍵はかかっていたのか?」
「お答えください。魔女と契約を交わされたのですか?」
「俺が先だ。答えろ」
「陛下、これは由々しきことですよ! 魔女と契約するということがどういうことか、皇帝であるあなたが理解していないはずがない! テロスを滅ぼすおつもりですか!?」

 責める魔法士たちの声にようやく目を開けたファーディナンドが顔を向け、自分の頭をノックするように指先で軽く叩く。

「俺の頭の中に何が見えたのか答えろ」
「陛下、今はそのようなことはどうでもいい問題です。まさか皇帝が魔女と契約を交わすなど……あってはならないことだというのに……世界政府に目をつけられますよ!!」
「答えろと言っている!!」

 響き渡る怒声に肩を跳ねさせた魔法士がその迫力にごくりと喉を鳴らす。何故記憶ごときにそこまで執着するのかがわからず、怪訝な表情を見せるもこれ以上の怒りを買う前に答えることにした。
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