亡き妻を求める皇帝は耳の聞こえない少女を妻にして偽りの愛を誓う

永江寧々

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パーティーの準備

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「イベリス様のご両親への招待状は?」
「酒場に行く前に出しておいた。届くまでに時間がかかるし、彼らが到着するまでにも時間がかかるからな」

 頷きだけ返すサーシャはせっせと縫い物を進める。二人はイベリスが眠ってから行動することが多くなった。日中はイベリスと行動を共にするため準備に奔走することができず、使用人たちに任せている。幸いにも他の使用人とそれほど深い親交を持っていないため、水面下で進めている準備を悟られることがない。パーティー会場として予定している大ホールに足を踏み入れる用事がないのも助かっている。
 ファーディナンドの計らいで、予定していた親交国との交流会は延期となり、大ホールは余裕を持って飾り付けできるようになった。
 二人が自由に動けるのは夜だけ。寝る時間を削って自分たちにしかできないことを進めている。

「それってデザイナーに任せりゃ良かったんじゃね?」
「一番大事な部分よ。イベリス様を象徴する物だから失敗は絶対に許されないでしょ。イメージと違った物が出来上がったらデザイナーの首を絞めかねないから」
「凍らせてバキン、だろ」
「そうね。細胞まで凍らせてやるわ」

 怖い怖いと肩を竦めて笑うウォルフはサーシャとは別のことで手を動かしている。床に座るサーシャに合わせて床の上であぐらをかいているため珍しく猫背。目の前には獣化してイベリスにブラッシングしてもらった際に出た毛の固まり。それを少しずつ取っては針で突く単純作業の繰り返し。男が針を持つなんて、という考えはサーシャにはない。男で針仕事をする人間は少なくない。デザイナーもスタイリストも靴屋の人間もそう。笑えるのは針に対してウォルフの手が大きすぎること。まるで巨人が小人の針を持っているように見えるのだ。

「お前のそれが失敗するってことは?」
「ありえない」
「すごい自信だな」
「器用なの」

 確かにそれだけ細かい作業を一度のミスもなくやり続けているだけあって器用と自慢するのに異論はない。

「イベリス様が喜んでくれることを全部詰め込むパーティーなんだから失敗なんてあるわけないでしょ」
「まあな」

 大ホールの奥にあるドアの向こうの準備室で二人は横並びながらに逆方向を向いている。夜の静かな部屋の中で共に針を持ちながら別々の作業をこなす。

「ミュゲット様は誘ったの?」
「まさか。あの人がミュゲット様の外出を許すわけねぇだろ。招待状を送ったら絶対行くって言うに決まってる。俺でもわかる。招待状を送った俺を殺しに来るってこともな」
「それもそうね」
「あの人はグラキエスを鳥籠にしてミュゲット様を閉じ込め続けるつもりなんだよ。ミュゲット様が強いから陛下が大人しくなったように思われてるけど実際はそうじゃない。皇妃であること、グラキエスがどことも交流を持たないことでミュゲット様の選択肢を狭めてる。自分が作り上げた囲いの中で暮らさせるから荒ぶらないだけだ。これで俺が誘ってミュゲット様がテロスに行きたい、行かせてくれなきゃ~なんて言い出したら確実に俺は殺される」
「あら、自分の命投げ出してでもイベリス様を喜ばせようとは思わないの?」
「イベリス様はそんなこと望んでねぇし。俺はどっかの皇帝と違って大事な人を悲しませるようなことはしない男なんだよ」

 アルフローレンスが今も暴君であることに変わりはない。ただむやみやたらに死で罰することが無くなっただけ。相変わらず二度手間を嫌い、失敗を許さず、笑顔も少ない。愛する者にのみ愛を見せ、愛で縛り、愛を注ぐ。変わったのは愛を手に入れたと言う事実だけ。

「二人の皇帝は相性良いと思う?」
「愚問すぎるだろ」
「そうよね」

 ファーディナンドの愚行に嫌悪を見せたアルフローレンスが一瞬で殺すのが目に見えている。世界同盟にも入らず世界のどことも交流も持っていないアルフローレンスに臆するものはない。自分の力に絶対の自信を持っているからこそ自己を唯一無二だと表現し、傍若無人を貫ける。

『全ての選択には責任がつきまとう。時としてそれは己が命を差し出すことで解決できるやもしれぬ。命一つで解決できるならそうすればいい。愛した女を殺そうと逃がそうと自由だ。そこに苦しみか喜びが存在するだけのこと。皇帝の女であろうとお前が欲しいと願ってやまぬのならその手を握って世界の果てまで逃げ出せ』
『グラキエスで匿ってもらえます?』
『世界の果てと言ったのが聞こえなかったか?』
『グラキエスは世界の最北端にある国です。いわば、世界の果て』

 戯言を抜かすなと言われて殺されそうになったのを思い出してウォルフが小さく笑う。急に笑ったウォルフを不気味そうに顔を歪めながら横目で見るサーシャが視界に入っていたが気にしない。ウォルフにとってはアルフローレンスと二人きりで話せたのは良い思い出だ。

『いっそのこと、終焉の森に逃げ込め』
『魔女のとこに行けってことですか?』
『まず死ぬことはないだろうからな』
『魔女が置いてくれると思いますか?』
『知らぬ』
『そもそも結界が開くかどうか』
『顔が良ければ開く』
『陛下は顔パスだったと?』
『そうだ』
『顔が良いと自覚が?』
『ああ』

 ウォルフも自分は不細工とは思っていない。街を歩けば声をかけられることもあったし、同僚から『良いよな、顔が良い奴は』と言われることもあった。白狼に多い顔だとしか思っていなかっただけにそれ以来、鏡でちゃんと自分の顔を見るようにした。アルフローレンスのようなきれいな顔立ちではないが、悪くないのではないかと思うようになった。
 何もかもが完璧だと思っているアルフローレンスのように自信過剰さを表に出すことはなく、イベリスがかっこいいと言ってくれたことで満足している。

「俺、もし、魔女が現れたらイベリス様を咥えて逃げるわ」
「乗り物に乗ってやってくるわけじゃない相手から逃げられるわけないでしょ」

 静かな声で反論するサーシャは魔女の実力を知っている。魔女と繋がりがあるサーシャが言うなら間違いないと思うが、ウォルフの意見は変わらない。

「足には自信がある」
「向こうは空間移動を使えるの。アンタが例え三秒で百メートル走れようと向こうはアンタの前に立つのに一秒もかからない」
「やれるだけやってダメなら次の手を考える。パーティーと一緒だ。出来ることは全部やる」
「死ぬだけよ」
「イベリス様が無意味に死ぬよりいい」
「彼女はアンタにそんなこと望んでない。悲しむだけよ。自分のために死んだって嘆きながら生きていくことになる。救世主になったつもりで加害者になるってことわかってる?」

 リンウッドが亡くなった日、イベリスは眠り続けた。あれは現実ではないと逃げるように眠りの中に留まり続けた。そして目を覚ましてからも何度も涙を流した。それでも立ち直れたのはリンウッドは誰のためでもなく自ら命を絶ったから。あれがイベリスのためならもう立ち直れてはいなかっただろう。
 正義として命を落とすほうは良いが、残された側はそうではない。イベリスは今でも週に一回はリンウッドの墓参りに行って花を供え、墓磨きをしている。そこにリンウッドは眠っていないとわかっていても。
 そんなことはさせたくないとかぶりを振ったウォルフは形になってきたそれを見て満足げに大きく息を吐き出した。

「まずはパーティーの成功! 魔女のことはそれからだ」
「そうね」

 完成までまだ少し時間がかかる。急がなければならない。皆にも急ピッチで作業を進めてもらっている。
 ドレスと装飾品はファーディナンドに任せ、軽食やデザートは二人で料理長と話し合いを重ねて進めている段階。完璧にしたい。その思いが二人の手を動かし続けていた。
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