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パーティーの計画

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「……というわけなんです。手伝ってもらえませんか?」

 ウォルフはまずアイゼンにパーティーの話をした。

「それは構いませんが……顔色が悪いですよ? 大丈夫ですか?」
「え? あはは……これは、もう、全然、大丈夫、デス……」

 ひどい二日酔いにガンガンに頭痛がする。朝からイベリスに心配され、サーシャには嘲笑され、ファーディナンドには呆れられた。
 まだ十六歳。毎日浴びるように酒を飲んでいる酒豪の騎士たちとは違う。サーシャに張り合って飲んだのがバカだったと後悔していた。

「おはようございます!」

 初めて聞くサーシャの大声にアイゼンが驚くもウォルフは思わずしゃがみ込んだ。脳みそを直接鈍器で殴られたような痛みが走り、目を開けていられない。吐き気すら感じる痛みを味わったのは初めてで、肉体を鈍器で殴られるよりも辛い感覚に「ヴー!!」と唸り声も上げるもそれすら自分を苦しめた。
 サーシャが大声を出した理由がウォルフへの嫌がらせだと知って苦笑する。

「パーティーの相談なのですが、陛下にはアイゼンさんからお伝えいただけないでしょうか?」
「それは構いませんが、私からでよいのですか?」
「私とウォルフはイベリス様についておりますので二人揃って陛下とお話しする時間が取れません。イベリス様に怪しまれるわけにはいきませんし」
「わかりました。話しておきましょう」

 昨日、酒場で立てた計画。その下書きをサーシャが清書して持ってきた。それに目を通して笑顔を見せるアイゼンに頭を下げたサーシャは頭を抱えるウォルフを無視してイベリスのもとへと向かう。

「二日酔いによく効く薬がありますので、お持ちしましょうか?」
「じ、自分で取りに、行きます……」
「医務室でアイゼンに言われたと言えばすぐに出してもらえますから」
「あい……」

 グラキエスの人間は生まれながらにして酒に強いと言っていた大人たちを嘘つき呼ばわりして一人ずつ噛みついてやりたい気分だった。
 痛む頭を押さえながら震える足に鞭を打って立ち上がり、フラつきながら医務室へと向かう。

「パーティー?」
「はい。イベリス様のためのダンスパーティーだそうです。素敵な計画だと思いませんか?」 

 アイゼンから渡された計画書に目を通したファーディナンドの表情はあまり良いものとは言えない。今、イベリスのためにできることをしてやりたい気持ちはファーディナンドのほうが強いが、乗り気ではなかった。
 計画書を机に置いたファーディナンドが組んだ両手の上に顎を乗せる。

「計画としては素晴らしいが……時間がない」
「そうですね」
「一刻も早くイベリスをリンベルへと帰す必要がある」

 ファーディナンドが何をしようとしていたのか知っているだけに彼の焦りの理由もわかっているが、アイゼンはそもそも、その理由に不納得だった。

「イベリス様がリンベルに戻られたからといって魔女が契約を白紙にするでしょうか?」
「願いを果たす必要がなくなれば面倒な手間はなくなる。魔女に損はないはずだ」
「ですが、もし、苦労して魂を用意したのだとすれば勝手な破棄を認めるとは思えません。簡単に用意できるのであれば一年もかからないはずです」

 最強最悪と名高い魔女にとっても放たれた魂を用意するのは簡単ではないのかもしれないとアイゼンは当初から思っていた。当時のファーディナンドはロベリアを取り戻すことに必死で、周りの意見に耳を貸すこともしなかったため何も言わなかったが、それがそもそもの間違いだったと悔やんでいる。
 今更になって焦ったところで魔女には関係ない話。

「魔女を怒らせることは避けたほうがよいのではないでしょうか?」
「ならどうしろと? このまま一年を迎えてイベリスを差し出せというのか!?」

 答えたくない。だが、アイゼンは言わなければならない。今だからこそ言える。

「あなたが契約したのです」

 彼が後悔をこれほどまで顔に出す日が訪れると想像したことすらなかったアイゼンは痛む胸を押さえようとした手を拳に変えた。

「魔女が現れたとき、頭を下げるしかないのでは……?」
「イベリスが……」

 知ってしまうと、言葉にはできなかった。今でもまだ保身を考えてしまう自分が恨めしい。知られてもいい。嫌われて当然だ。お前が企んでいたことはそれほどのことなのだからと自分に言い聞かせる。
 計画書に視線を落とし、パーティーの文字を指でなぞる。

「強欲な性格と聞きますし、陛下が差し出せる物を差し出せば帰ってくれる可能性はないでしょうか?」
「……命」

 アイゼンは耳を疑った。

「陛下、それは違います」
「いや、違わぬ。そうすべきだったんだ。ロベリアが死んで、俺は気が狂うほど辛かった。ロベリアに会いたくてたまらなかった。俺はそこでロベリアを追うべきだった。誰かを犠牲にしてロベリアを生き返らせようなどという常軌を逸した考えに何故至ったのか。俺が死んでロベリアに会いに行けばよかっただけなのに、俺は愚かにも一人の少女を犠牲にロベリアを生き返らせようとした。そんな俺に差し出せる物があるとすればこの命だけだ」
「テロスはどうなるのです?」
「……もし魔女が俺の命で済ませると言ったら親族を集めて話をする」

 テロスは自分が皇帝だから大きくなったわけではなく、国民が大きくしていっただけのことだとファーディナンドは思っている。皇帝一人で国を成長させられるはずもなく、下々の人間が必死に働き、知恵を絞り、それを広げていくから国は豊かになる。皇帝がすべきことは決定だけ。大した存在ではない。皇帝が変わろうと国は続く。
 長年連絡を取っていなかった親族だが、皇帝の座を譲る話し合いだと言えば血相を変えて駆けつけるだろう。

「俺は間違えすぎた。身勝手に行動して、罪なき者を騙し、傷つけ、殺そうとした。許されるはずがない。だから俺は自らの命で贖う。それでイベリスが消えずに済むなら安いものだ。いや、それでしか贖えんだろう」

 間違いを認めることができるようになったファーディナンドの成長はイベリスと出会わなければありえなかっただろう。ロベリアが生きていた頃は何度も注意を受けていたが、それはあくまでも彼女に嫌われたくなくて上辺だけの返事でしかなかった。己を顧みて間違いだと自認し、後悔し、命をも投げ出す覚悟を決めたのは正しい愛を知ったからではないだろうか。
 ただ、少し、遅すぎた。もっと早くに気付いていれば別の道があったはずなのにとアイゼンが唇を噛む。

「お前が総指揮であることに変わりはない。次の皇帝も支えてやってくれ」

 人が変わったように思いやれる人間になった彼にもっと仕えたかった。
 魔女が許せばいい。命なんていらないと言ってくれればいい。だが、命を拒んでロベリアを生き返らせたら、ファーディナンドは次こそ耐えられないだろう。ロベリアに抱いた愛よりもずっと大きな、自分を変えてしまうほどの愛を見つけたファーディナンドがこの愛を目の前で失うこととなればきっと自ら命を捨てるだろう。リンウッドがそうしたように。
 それこそ愚行だと誰に説かれても彼は聞く耳を貸さない。
 容易に想像がつく最悪の結末にならないことを祈るしかできず、目を閉じたアイゼンは深呼吸をしてから机の上の計画書に手を伸ばした。

「とりあえず、どうなるかわからない先のことに頭を悩ませるのはやめにして、パーティーに賛成かどうかをお聞かせください」
「反対のはずがない。イベリスが喜ぶことばかり書いてあるのだからな。さすがはあの二人だ。俺の知らないイベリスをよく知っている」

 微笑むファーディナンだが、どうにも気が乗らないのは計画されたその盛大なパーティーが別れのためのパーティーに思えて仕方ないから。
 魔女とは交渉するつもりではいる。ロベリアの魂はもう必要ない。契約は破棄してくれと。それで終わるのではないかと考えていたが、アイゼンの言葉でそれが甘い考えであることを思い知らされた。

「陛下が付け足したいものはございますか?」
「ああ、一つだけある」

 ペンを取り、自分がイベリスのためにしたいことを紙に書いていく。その紙を受け取ったアイゼンは笑顔を見せ、ファーディナンドの目を見て頷き、頭を下げて部屋をあとにした。
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