亡き妻を求める皇帝は耳の聞こえない少女を妻にして偽りの愛を誓う

永江寧々

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 イベリスを寝室に送ったあと、二人は私服に着替えて別々に街へと降りた。酒場の名前を伝えていたためサーシャは遅れずやってきたのだが、既に一杯飲んでいるウォルフが数名の女性に囲まれている光景に呆れを見せる。

「一緒に飲みましょうよ~」
「イイ男がこんな夜に一人で飲んでちゃダメですよ~」
「私たちの席あっちなんで行きましょ~」

 二人掛けのテーブルでは四人で飲むのは不可能。彼女たちが飲んでいたのだろう奥のボックス席までウォルフを連れて行こうとしている。女三人に囲まれてまんざらでもない様子にしか見えないウォルフに舌打ちをして向かいの席にドカッと乱暴に腰掛けた。

「ほらね? 待ち合わせてたでしょ?」

 待ち合わせをしていることは説明していたのか、女たちは聞いていないとは言わないが、あからさまに敵意ある目でサーシャを見る。

「この人と待ち合わせ~?」
「彼女さんですか~?」
「ただの同僚だよ」
「ですよねー! だってすごく気が強そうで、すっごく顔が怖いからおにーさんのタイプじゃないですよね~」
「その子、十六歳よ」

 酔っ払い三人組がギョッとする。どこからどう見ても十代には見えない顔つきを改めて見遣り、ウォルフが頷いたことで三人は「早く言えっつーの」と呟いて席へと戻っていく。

「え、なにあれ」
「犯罪者になりたくないたかり屋」
「え、奢り目当てかよ」

 モテていると思っていただけに三人に振り返ると席に座って足を組んでいた女たちが中指を立てていた。

「怖すぎだろ……」
「酒も飲めないくせに大人ぶるからよ」
「おばさんを連れてくるにはちょうどいいかと思──おい!」

 先に注文していたビール瓶を取ると同時にサーシャが凍らせたことで一滴も落ちてこない。唇を当てようものなら瓶が唇にぶら下がりそうだ。瓶を強くテーブルに置き、溶かせと言うもサーシャはそれを無視して鞄からメモ帳とペンを出した。ウォルフが瓶を置いたのと同じ強さでメモ帳を叩きつけたサーシャの怒りを感じて、瓶を端にスッと避けた。

「先にお酒を飲んでたってことは既にイベリス様が喜ぶ催しをいくつか考えてあるっていう余裕の表れよね?」
「当たり前だろ」
「じゃあ先にどうぞ」

 ゴホンと席をするとペンを奪って適当なページを開いてデカ文字で書いた。

「パーティー?」

 随分と大きな企画だと眉を寄せるサーシャにチッチッチッと立てた指を振る。

「ただのパーティーじゃない。これはダンスパーティーだ!」
「音楽が聞こえないイベリス様への嫌がらせ?」
「音楽が聞こえなくてもダンスは踊れる。カウントすりゃいいんだよ」
「イベリス様自ら? 楽しめると思う?」
「ダンスは男がリードするもんだ」
「リードできるほど踊れるの?」
「まさか」

 何言ってんだコイツ。サーシャの頭の中はその言葉で埋め尽くされた。口だけは達者。誰よりも。踊れもしないのにリードだなんだと偉そうに語るその口を縫い付けてやりたくなった。
 耳が聞こえないイベリスに気を使わせるようなイベントを考え、それを堂々と発表する。

「俺は貴族の出じゃねぇからリードするほど踊れねぇけど、当日までに練習はする。イベリス様は俺の足に乗れば問題なく踊れるだろ」

 ウォルフほどの肉体があればイベリスを足の上に乗せて踊るのも不可能ではないだろうが、サーシャは賛成できなかった。

「自分の足で踊りたいと思うんじゃないかしら? 音楽隊の奏でる音に合わせて踊るゲストたちを見て羨ましいと思わせたくない。聞こえないのは仕方ない。自分はこうやって踊るしかできないって思わせたくないのよ」
「それは俺も想像した。でもイベリス様はパーティーにあまり良い思い出がないって言ってた。リンウッドが連れて行ってくれたこともあるし、踊ったこともあるけど、周りの目が気になってしまったって。耳が聞こえないから仕方ないけど、って」
「じゃあ尚更──」
「だからこそやるんだよ。耳が聞こえなくてもダンスは踊れるし、パーティーは楽しめる。楽しめるパーティーを俺たちが開催する。最高のパーティーの思い出を彼女に持っていてほしいから」
「ゲストは?」
「城で働く使用人全員」
「全員!?」

 百人二百人どころではないぞと目で訴えるもウォルフにふざけている様子はない。皇族のパーティーにはそれぐらいのゲストの数が必要だと言わんばかりに真面目な顔で頷き、髪に【主催者】【パーティー会場】【スペシャルゲスト】【ゲスト】【料理】など色々と項目を書き始めた。
 耳が聞こえなければ手軽な交流は難しい。耳が聞こえないから仕方ないと呪文のように呟いてきただろうイベリスにパーティーは楽しいものだと知ってほしい。楽しいことが大好きだからこそ、良いものへと変えてほしいと願うウォルフの気持ちは本物で、サーシャは思わず問いかけた。

「……イベリス様を愛してるの?」

 ウォルフのペンが一瞬止まる。

「だったら?」

 ペンを再開させるウォルフの表情は一つも変わらなかった。やましいことだとは思っていない。そう伝わってくるような声色。

「別に。聞いてみただけ」
「脅しには使えないぜ。俺はもう本人に自分の気持ちを伝えてある」

 驚くサーシャの顔を見ることはせず、何に何人必要かと指折り数えては書き込んでいく。
 獣人族かどうかは関係ない。彼は勇敢な男だ。おまけに頑固。自分の想いが叶おうが砕けようが進み続ける。

「……もし……もしも……彼女が消えたら……」
「グラキエスに帰る」
「残れって言われるわよ」
「俺はイベリス様だから仕えてるんだ。それ以外の人間に仕えるつもりはねぇよ」
「騎士でしょ?」
「俺にも選ぶ権利がある。ないなら辞める。それだけだ」

 今この瞬間、ウォルフはファーディナンドの気持ちが少しわかってしまった。きっとこの先、どんな王族や皇族に仕えたとしても一生イベリスを思い出して比べてしまうのだろう、と。比べてはいけないとわかっていてもきっと比べる。そして苛立ったり微笑んだりすることも。

「最初は耳が聞こえないなんて面倒だって思ってた」

 ペンを止めずに呟いたウォルフの言葉にサーシャは反応しない。

「でも、彼女の笑顔と明るさに段々と惹かれていった。強がるとこや脆いとこも好きだと思った。守りたいって、笑っててほしいって思うんだよ。騎士としてじゃなく、俺個人の想いだ。身分が違うってのもわかってる。でも、好きなもんは好きだし、叶わなくてもいい。好きでいることが許されるなら俺はずっと彼女を好きでいる。それだけで満足ってわけじゃねぇ。叶うなら恋人になりたいし、夫になりてぇけど……ま、今はまだこれが現実ってとこだから受け入れてはいる」

 真っ直ぐな思いにサーシャは黙っていた。今日一日、あれからずっと考えていたのだろう企画内容でページはどんどん埋まっていく。イベリスに喜んでほしい一心で考えたもの。ページの中はダンスタイムや大きなケーキが登場する時間もちゃんと設けられており、そこにイベリスが思いそうなことやイベリスの好きな食べ物も書かれている。風船、紙吹雪と必要な物も付け足されていく。まるで子供の誕生日会のような内容ばかりだが、それにサーシャが反対することはなく、小さな笑みを浮かべていた。

「お前の案は?」
「私もパーティーをしようと思ってた。ダンスパーティーじゃなくて庭でのお茶会ね。大勢招いて、テーブルをイベリス様の好物で埋め尽くす。だけど、それだと皆が話していることがわからないから、集中できるダンスパーティーのほうがいいかもしれないわね」
「ダンスの予約が殺到するぞ」
「私も申し込むわ」
「俺が先だから」
「誰が決めたのよ」
「主催者である俺」
「私も主催者なんだけど」
「でも企画案は俺のだから」
「ホントに幼稚よね」
「まだ十六なもんで」

 呆れたと目をぐるりと回したサーシャは手を上げてウエイトレスを呼んだ。一番メジャーな酒を注文するもグラスではなくジョッキ。
 寒いグラキエスでは身体を温めるために性別問わず若い頃から酒を飲む。大陸一強いと言われる酒を昼間っから飲んで仕事に行く者もいる。それぐらいでなければ寒くて凍えてしまうからだ。コートやマフラーなどの防寒具だけでは外で働くのは困難。
 ウォルフは酒が飲めないわけではない。酔っ払った祖父から酒を飲まされることがあったからだ。でも、さすがにまだジョッキで飲んだことはない。

「今日中に頭の中にある案全部出すわよ」
「酒飲んだら眠くなるんじゃね?」
「どこの世界に酒飲んで眠たくなる奴がいるのよ」

 周りを指すウォルフの指を追うと真っ赤な顔でテーブルに伏せて眠っている中年男性の多いこと。中にはイビキをかいている者もいる。

「ザコ」
「ザル」

 うるさいと言って挨拶代わりのようにジョッキの中身を一気に飲み干したサーシャに少し引きながらも負けん気の強いウォルフはトライするためにジョッキを注文する。

「飲んでもいいけど頭働かせなさいよ」
「当たり前だろ。白狼が酒如きに負けるかよ」

 二時間後、凍らせた地面の上をサーシャに引きずられて帰る真っ赤な顔で目を回したウォルフが目撃されていた。
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