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離婚証明書
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(一体……どういうこと……)
耳ではなく目を疑った。
目の前の紙には確かに【離婚証明書】と書いてあり、既にファーディナンドのサインがしてある。そして魔法によって表示された言葉は確かに『離婚してくれ』だった。
困惑か、狼狽か。イベリスは【離婚証明書】という文字とファーディナンドのサインに交互に視線を這わせる。
(彼はロベリアの魂を私の身体に入れるつもりだった。魔女との約束まであと三ヶ月なのにどうして今更離婚? 離婚したら私はリンベルの実家に帰って過ごす。大陸が違うファーディナンドに会うことはもうない)
それでいいのかとイベリスのほうが考えてしまう。
(離婚してもロベリアの魂を降ろす契約はしてるんだから私がリンベルに帰ったとしても三ヶ月後には私の中にロベリアが入ることになってるとか? ううん、違う。だって私は消えても両親は消えない。離婚したって帰ったのにロベリアになったからって迎えに行くはずがない。でも……ロベリアが自ら家を出たとしたら? 私のフリをして両親に適当な理由をつけて家を出て、そのままテロスへと渡る。それこそベンジャミンに協力してもらうこともできる。リーダスに旅行に行くと言えば両親はきっと許可する。傷心する娘が少しでも元気になってくれるならって考える人たちだもの。怪しまれないために本当にリーダスに旅行に行って、宿ではなくお城にお世話になって豪遊。その間にファーディナンドに手紙を書いて事情を知らせておけば合流は簡単。離婚しただけで死んではいないのだからイベリスがまたテロスに現れてもおかしくはない。理由はなんでも後付けでいいんだから)
ロベリアの魂を降ろすために、その依代を手に入れようとファーディナンドは嘘の求婚をした。逃げ出さないように色々叶えながら九ヶ月という月日を過ごしてきた。それなのに今更になって手放そうとする理由がイベリスにはわからない。
視界がボヤける。テーブルに置いた紙にポタポタと雫がこぼれる。
「イベリス?」
何故泣いているのか自分でもわからなかった。これは悲しみというよりは悔しさによるもの。結婚してからの九ヶ月、色々なことがあった。喜んで、傷ついて、泣いて、笑っての繰り返し。楽しかったし、辛かった。だからこそ悔しい。
「イベリスどうし──……ッ!?」
立ち上がったイベリスが泣いているのがわかり、慌てるも立ち上がったイベリスが手首から下げていたメモ帳をファーディナンドの顔に投げつけたことで立てなかった。
「イベリス……?」
痛みよりも驚きが勝っている。まさか泣かれるとは思っていなかった。驚きはするだろうが、喜んでもらえると思っていた。離婚するつもりはないと過去に言ってはくれたが、あれから幾度となく辛い思いをさせてきた。もう二度と泣かせないように、傷つけないようにと選択したことだ。それなのに目の前に立つイベリスは泣いている。ファーディナンドも戸惑っていた。
「一目惚れだって嘘ついてまでこの身体が欲しかったんでしょ!? ロベリアを取り戻すために魔女と契約までしたんでしょ!? 命懸けで終焉の森を抜けて交わした契約でしょ!? もう半年もないのにどうして今更手放そうと思えるの!? 私がここに来た意味は!? ロベリアに渡そうって決めた覚悟は!? ロベリアを生き返らせるって決めたのも、魔女と契約したのも、求婚したのもあなたよ!! あなたはいつもそう!! あまりにも勝手すぎる!!」
響かない怒声がイベリスの中でだけ響き渡る。二人きりの部屋でイベリスを見つめるファーディナンドは一言も発さないため、ここは静寂に満ちている。本来なら響き渡るほどの怒声がイベリスは出せない。何を言っているのか理解することさえできないファーディナンドは、だからこそ決めたんだと拳を握る。これで最後だからと。
「イベリス、お前は俺といるべきではない」
目の前に表示される文字を見ようと腕で目を擦って涙を拭う。表示されているファーディナンドの言葉に今度はテーブルの上のペンを投げつけた。結構な勢いで頭にぶつかるもファーディナンドは反応しない。
「ここにサインしてくれ。そうすれば全て終わるんだ」
「終わるって何が!? 魔女との契約!? ロベリアの蘇生!? あなたの彼女への愛はそんなものじゃないでしょ!? そんなに簡単に諦められるものじゃないでしょ!?」
「お前をこれ以上苦しめたくないんだ」
カッと目を見開いたイベリスがファーディナンドの隣に腰掛けると向けられた顔をそのまま思いきり引っ叩いた。ファーディナンドの側に落ちているメモ帳とペンを拾って向かいに戻ったイベリスが感情のままにペンを走らせる。
〈サインする〉
「……ああ」
返事のあと、イベリスのメモ帳には〈でも〉と続く。
〈離婚する時期は私が決める。私が離婚したいと思ったときにあなたにこの紙を渡すわ〉
驚くファーディナンドに強い目を向ける。怒りのこもった瞳を。
〈あなたが求婚したから私は結婚したの。だったら離婚は私が求めたときにする。私を解放するかどうかは私が決めるし、あなたの身勝手さに振り回されるのはもう御免なの。私にはその権利がある〉
「イベリス、俺は……」
〈私はあなたと一度だって話し合ったことがない。いつもあなたの独りよがり。私のことを思ってるような言い方をしながらあなたはいつも自分が楽になる方法を模索してる。なんでもそう。結局は全て自分のためなのよ〉
「違う! 俺は──」
〈これは私の人生なの。あなたの勝手で私の人生を壊させたりしない〉
「俺はお前をこれ以上不幸にしたくないだけだ……」
弱気にさえ思える発言とその表情に戸惑いと怒りが混ざり合う。言ってはいけないことを口にしてしまいそうになる。彼は直接関係あるわけではない。だけど……
(リンウッド……)
求婚されても断ることはできた。脅されたわけでも政略結婚をする必要があったわけでもないのだから拒むこともできたのに結婚を決めたのは自分。ひどい企みを持つ彼に騙されたとわかった時点で逃げ出すこともできたのに傍にいると決めたのも自分。
結婚しなければ、逃げ出して帰っていれば、あの悲劇は変わったかもしれないのにと思う気持ちはあのときよりも今のほうが強くなっている。
だからイベリスはリンベルに帰るという選択肢が出てこないでいた。彼を、彼の心を救えなかった自分がどんな顔をして彼の故郷に戻るのか。彼の両親にどんな顔で会い、何を話せばいいのかわからないのだ。
(この身体にロベリアが入って好き勝手するのは嫌。でも、このまま相手の思いどおりになるのはもっと嫌。何を考えてそんなことを言い出したのかわからないけど、離婚なんてしてやらない。してやるもんですか……!)
溢れそうになる涙をもう一度拭ってファーディナンドのサインの下に自分の名前を書き、そのまま紙を折りたたんでメモ帳の最後のページに挟んだ。先ほど書いたページへと戻してもう一度ペンを走らせる。
〈私も今までどおり過ごすから、あなたも今までどおり過ごして。優しすぎるあなたはすごく気持ち悪いから〉
「……わかった」
苦笑するファーディナンドに背を向けてドアへと向かうと自分の名前が目の前に表示されたが振り向かなかった。
この魔法はとても残酷で、耳が聞こえる人間のように聞こえなかったフリができないこと。どこか一定の場所に表示されるのではなく、目の前に表示されるから気付かなかったは通用しない。それでもイベリスはあえて無視をした。もう一度表示されることはない。
「イベリス様、一体何があったのですか?」
部屋に帰ると明らかに泣いた瞳に二人が困惑する。ようやく苦笑を滲ませたイベリスがメモ帳からサインしたばかりの離婚証明書を取り出して見せた。
驚愕する二人は揃って手で口を覆い、黙ってそれを見ている。
(彼のあの行為がパフォーマンスではなかったのだとしても……)
ずっと飾り続けていた肖像画と写真を燃やした行為をイベリスはずっとパフォーマンスだと思っていた。ロベリアのための身体を逃さないために強烈な印象を与えようと思ってのことだと。でも、今更になってあんなことを言い出し、ましてや離婚証明書まで作ったのであれば考えを変えざるを得ない。だからといってイベリスの中で何かが変わるわけではなかった。
耳ではなく目を疑った。
目の前の紙には確かに【離婚証明書】と書いてあり、既にファーディナンドのサインがしてある。そして魔法によって表示された言葉は確かに『離婚してくれ』だった。
困惑か、狼狽か。イベリスは【離婚証明書】という文字とファーディナンドのサインに交互に視線を這わせる。
(彼はロベリアの魂を私の身体に入れるつもりだった。魔女との約束まであと三ヶ月なのにどうして今更離婚? 離婚したら私はリンベルの実家に帰って過ごす。大陸が違うファーディナンドに会うことはもうない)
それでいいのかとイベリスのほうが考えてしまう。
(離婚してもロベリアの魂を降ろす契約はしてるんだから私がリンベルに帰ったとしても三ヶ月後には私の中にロベリアが入ることになってるとか? ううん、違う。だって私は消えても両親は消えない。離婚したって帰ったのにロベリアになったからって迎えに行くはずがない。でも……ロベリアが自ら家を出たとしたら? 私のフリをして両親に適当な理由をつけて家を出て、そのままテロスへと渡る。それこそベンジャミンに協力してもらうこともできる。リーダスに旅行に行くと言えば両親はきっと許可する。傷心する娘が少しでも元気になってくれるならって考える人たちだもの。怪しまれないために本当にリーダスに旅行に行って、宿ではなくお城にお世話になって豪遊。その間にファーディナンドに手紙を書いて事情を知らせておけば合流は簡単。離婚しただけで死んではいないのだからイベリスがまたテロスに現れてもおかしくはない。理由はなんでも後付けでいいんだから)
ロベリアの魂を降ろすために、その依代を手に入れようとファーディナンドは嘘の求婚をした。逃げ出さないように色々叶えながら九ヶ月という月日を過ごしてきた。それなのに今更になって手放そうとする理由がイベリスにはわからない。
視界がボヤける。テーブルに置いた紙にポタポタと雫がこぼれる。
「イベリス?」
何故泣いているのか自分でもわからなかった。これは悲しみというよりは悔しさによるもの。結婚してからの九ヶ月、色々なことがあった。喜んで、傷ついて、泣いて、笑っての繰り返し。楽しかったし、辛かった。だからこそ悔しい。
「イベリスどうし──……ッ!?」
立ち上がったイベリスが泣いているのがわかり、慌てるも立ち上がったイベリスが手首から下げていたメモ帳をファーディナンドの顔に投げつけたことで立てなかった。
「イベリス……?」
痛みよりも驚きが勝っている。まさか泣かれるとは思っていなかった。驚きはするだろうが、喜んでもらえると思っていた。離婚するつもりはないと過去に言ってはくれたが、あれから幾度となく辛い思いをさせてきた。もう二度と泣かせないように、傷つけないようにと選択したことだ。それなのに目の前に立つイベリスは泣いている。ファーディナンドも戸惑っていた。
「一目惚れだって嘘ついてまでこの身体が欲しかったんでしょ!? ロベリアを取り戻すために魔女と契約までしたんでしょ!? 命懸けで終焉の森を抜けて交わした契約でしょ!? もう半年もないのにどうして今更手放そうと思えるの!? 私がここに来た意味は!? ロベリアに渡そうって決めた覚悟は!? ロベリアを生き返らせるって決めたのも、魔女と契約したのも、求婚したのもあなたよ!! あなたはいつもそう!! あまりにも勝手すぎる!!」
響かない怒声がイベリスの中でだけ響き渡る。二人きりの部屋でイベリスを見つめるファーディナンドは一言も発さないため、ここは静寂に満ちている。本来なら響き渡るほどの怒声がイベリスは出せない。何を言っているのか理解することさえできないファーディナンドは、だからこそ決めたんだと拳を握る。これで最後だからと。
「イベリス、お前は俺といるべきではない」
目の前に表示される文字を見ようと腕で目を擦って涙を拭う。表示されているファーディナンドの言葉に今度はテーブルの上のペンを投げつけた。結構な勢いで頭にぶつかるもファーディナンドは反応しない。
「ここにサインしてくれ。そうすれば全て終わるんだ」
「終わるって何が!? 魔女との契約!? ロベリアの蘇生!? あなたの彼女への愛はそんなものじゃないでしょ!? そんなに簡単に諦められるものじゃないでしょ!?」
「お前をこれ以上苦しめたくないんだ」
カッと目を見開いたイベリスがファーディナンドの隣に腰掛けると向けられた顔をそのまま思いきり引っ叩いた。ファーディナンドの側に落ちているメモ帳とペンを拾って向かいに戻ったイベリスが感情のままにペンを走らせる。
〈サインする〉
「……ああ」
返事のあと、イベリスのメモ帳には〈でも〉と続く。
〈離婚する時期は私が決める。私が離婚したいと思ったときにあなたにこの紙を渡すわ〉
驚くファーディナンドに強い目を向ける。怒りのこもった瞳を。
〈あなたが求婚したから私は結婚したの。だったら離婚は私が求めたときにする。私を解放するかどうかは私が決めるし、あなたの身勝手さに振り回されるのはもう御免なの。私にはその権利がある〉
「イベリス、俺は……」
〈私はあなたと一度だって話し合ったことがない。いつもあなたの独りよがり。私のことを思ってるような言い方をしながらあなたはいつも自分が楽になる方法を模索してる。なんでもそう。結局は全て自分のためなのよ〉
「違う! 俺は──」
〈これは私の人生なの。あなたの勝手で私の人生を壊させたりしない〉
「俺はお前をこれ以上不幸にしたくないだけだ……」
弱気にさえ思える発言とその表情に戸惑いと怒りが混ざり合う。言ってはいけないことを口にしてしまいそうになる。彼は直接関係あるわけではない。だけど……
(リンウッド……)
求婚されても断ることはできた。脅されたわけでも政略結婚をする必要があったわけでもないのだから拒むこともできたのに結婚を決めたのは自分。ひどい企みを持つ彼に騙されたとわかった時点で逃げ出すこともできたのに傍にいると決めたのも自分。
結婚しなければ、逃げ出して帰っていれば、あの悲劇は変わったかもしれないのにと思う気持ちはあのときよりも今のほうが強くなっている。
だからイベリスはリンベルに帰るという選択肢が出てこないでいた。彼を、彼の心を救えなかった自分がどんな顔をして彼の故郷に戻るのか。彼の両親にどんな顔で会い、何を話せばいいのかわからないのだ。
(この身体にロベリアが入って好き勝手するのは嫌。でも、このまま相手の思いどおりになるのはもっと嫌。何を考えてそんなことを言い出したのかわからないけど、離婚なんてしてやらない。してやるもんですか……!)
溢れそうになる涙をもう一度拭ってファーディナンドのサインの下に自分の名前を書き、そのまま紙を折りたたんでメモ帳の最後のページに挟んだ。先ほど書いたページへと戻してもう一度ペンを走らせる。
〈私も今までどおり過ごすから、あなたも今までどおり過ごして。優しすぎるあなたはすごく気持ち悪いから〉
「……わかった」
苦笑するファーディナンドに背を向けてドアへと向かうと自分の名前が目の前に表示されたが振り向かなかった。
この魔法はとても残酷で、耳が聞こえる人間のように聞こえなかったフリができないこと。どこか一定の場所に表示されるのではなく、目の前に表示されるから気付かなかったは通用しない。それでもイベリスはあえて無視をした。もう一度表示されることはない。
「イベリス様、一体何があったのですか?」
部屋に帰ると明らかに泣いた瞳に二人が困惑する。ようやく苦笑を滲ませたイベリスがメモ帳からサインしたばかりの離婚証明書を取り出して見せた。
驚愕する二人は揃って手で口を覆い、黙ってそれを見ている。
(彼のあの行為がパフォーマンスではなかったのだとしても……)
ずっと飾り続けていた肖像画と写真を燃やした行為をイベリスはずっとパフォーマンスだと思っていた。ロベリアのための身体を逃さないために強烈な印象を与えようと思ってのことだと。でも、今更になってあんなことを言い出し、ましてや離婚証明書まで作ったのであれば考えを変えざるを得ない。だからといってイベリスの中で何かが変わるわけではなかった。
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