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贈り物

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 結局、イベリスは一作品作り終えるまで見ていただけで何かを購入する意思は見せなかった。
 工房から店へと戻ったイベリスは改めてランプを一つずつ見ていく。

「一輪挿しまで買ってくれたんですって? ありがとうございます」
「美しい作品はいくつあってもいいからな」
「ありがとうございます。お届け先はランプと同じでよろしいですか?」
「ああ」
「かしこまりました」

 先程記入したばかりの用紙に女性店員が一輪挿しを追加する。

「テロスの想い人に贈るためにわざわざグラキエスまで足を運ぶだなんて素敵な想いですね」
「グラキエスのランプは世界で一番美しいと聞いた。数多に存在する物ならば最も美しい物を贈りたいからな」
「愛が伝わるといいですね」

 横目でこちらを見るウォルフが意識しているのがわかるとベンジャミンは気分を良くする。これらは一介の従者如きにできる行動ではないと。

「伝わる必要はない」

 そう言いきったベンジャミンの視線はランプを見て目を輝かせるイベリスへと向く。

「僕は、このランプで共に歩いてもらいたいわけじゃない。彼女が乗り越えられそうにないほど高い壁にぶつかったとき、どうか絶望の暗闇の中で膝を抱えてしまわないようにと願って贈るんだ。僕はきっと彼女のことを半分も知らない。だけど、彼女の良い部分はいくつか知っているから、もし彼女が道を見失ったとき……この灯りが彼女の支えとなる日が来ればそれでいいと思っている」

 叶わぬ恋をしているのかもしれないと店主は思った。本来なら恋人に贈る者が多い。指輪を買えない者が指輪代わりに買ってプロポーズすることもある。だが、そういう目的で買う者は見たことがない。
 あきらめているからこその下心なき純粋な好意。

「その想い、手紙に認めるべきですよ。貰った側はきっと喜ぶでしょうから」
「考えておく」

 爽やかな笑みだった。独り善がりだと思っていたことを誰かに認めてもらえるのは素直に嬉しいし、自信が持てる。
 手紙には「公務で立ち寄ったグラキエスでたまたま目についたから買った」程度の内容で終わらせようと思っていたが、好意ではなく願いを込めて買ったと書くぐらいなら許されるだろうかと店主の言葉で思い直し、注文書を見ながら頷いた。

「イベリス様、俺がプレゼントしますのでランプ買いませんか? サイドテーブルに置いておくのもいいですし、雨の日に本を読むのにも役立ちますよ。雰囲気があっていいと思います


 幼稚な男だと思っていた相手は意外にも出しゃばらない男だった。だからこそイベリスも文通を続けているのかもしれない。下手な下心は警戒に値する。
 良くも悪くもベンジャミンという男は自分の感情に素直で、怒りも喜びも表に出す。それは王子という皇妃と接するに相応しい称号を持っているからで、ウォルフは専属騎士といえど所詮は従者でしかない。
 彼は無意識に焦っていた。だからあえて声に出して問いかける。

「せっかくグラキエスに来たんですから何か一つプレゼントさせてください」

 イベリスはかぶりを振った。

「気に入る物はありませんでしたか?」
〈いいえ。どれも素敵よ。だけど、物を増やすつもりはないの〉

 断られたことをベンジャミンが笑うもウォルフは気にならなかった。それよりも胸が締め付けられたように痛くてたまらない。

「気に入った物があれば買いましょう。グラキエスに行った思い出を部屋に飾りましょうよ」

 再びかぶりを振られ、その話は終わりだと言うようにイベリスは店に入ったときに目についていたランプの前に立った。

〈これってサーシャの部屋にあったのと同じランプじゃない?〉

 鳥かご型のランプ。サーシャの部屋の机の上に置いてあった物だ。

「ああ、確かに」

 ウォルフはふと、あの日のことを思い出して店主に問いかけた。

「ランプに蝋燭や油の代わりに魔石を入れるのは流行ってるのか?」
「最近はそういう人も増えてきていると聞きますが、魔石はそうそう手に入るものではないですし、まだ流通も少ないんですよ。大商人や富豪ならまだしも、一般人でランプに魔石という方は少ないんじゃないでしょうか?」
「これに魔石を入れることは可能か?」
「可能ですが、非常に高温になりますので、強化ガラスでなければ耐えられないと思います。うちはデザイン重視で強化ガラスは取り扱ってないんですけどね」

 一般人では手に入らない魔石をサーシャは持っていた。高温だから触るなとイベリスの腕を掴んだサーシャの焦り方は火傷させたら、というものには見えなかった。まるでそれに触れれば呪いでも受けるかのような必死さがあった。

「強化ガラスで特注した者はいる?」
「いないですね」
(アウト)

 ウォルフの中でサーシャへの嫌悪が強くなる。何かしら理由があるのなら全て話せばいい。イベリスはお喋りだが、重要なことはちゃんと守る。信頼する相手にさえ話せないような秘密を抱えているのだとしたらこれ以上サーシャをイベリスの傍に置いておくのは危険なのではないか。
 もしサーシャがファーディナンドと結託していたら──ウォルフの中にある疑惑の一つ。サーシャはファーディナンドから直々に指名を受けてイベリスの侍女となった。アイゼンから候補が上がっていたのかもしれないが、それにしても、という感覚を幾度か覚えた。
 サーシャはファーディナンドを嫌っている。しかしそれが演技だとしたら?
 疑い始めるとキリがない。

〈ウォルフ?〉

 トントンと腕を叩かれたことでハッと顔を向けると不思議そうに見上げてくるイベリスと目が合った。

〈サーシャのこと?〉
〈はい〉
〈やっぱり特注だって?〉
〈ええ。結構良い値段するそうですよ〉

 驚いた顔をしてすぐに笑う。

〈故郷を離れる前に故郷の品を持っていきたかったのかもしれないわね。だから少し高くても良い物をって考えたのかも〉
〈そうかもしれませんね〉

 どうしようか一瞬だけ迷った。本当のことを話してイベリスにもサーシャに嫌悪感や疑心を持たせて侍女を変えさせるべきではないかと。だが、他の使用人たちはロベリアに似すぎているイベリスをまだ少し不気味だと思っている。そんな使用人にサーシャの後任を任せればイベリスが傷つくことになってしまうため、悪戯に傷つけるのはやめようと笑顔で嘘をついた。

〈ランプは買わないけど、もう少し見て回ってもいい?〉
〈もちろんです。気の済むまで見てください〉

 ゆっくり、一つ一つ、細部に至るまで眺めるイベリスを眺めるベンジャミンをウォルフが眺める。
 文通相手として生きていることに満足しているようにすら見えるベンジャミンの行動は意外なもので、ウォルフの中の印象を変えることになった。
 大陸を一つ越えてリーダスからグラキエスまで移動したのは文通相手にランプを贈るため。きっとどこかで手に入れた情報に妄想を働かせて飛び出したのだろう。その行動力に脱帽する。見習いたいとさえ思った。
 だが、その行動は王子だから許されるものであり、ただの従者である騎士には許されない。騎士を辞めればイベリスの傍にはいられない。手を引いて逃げようとしてもイベリスはきっと立ち止まって手を振り解くだろうから、ウォルフは手を差し出すだけにする。根性なし、と呟きながら。

〈冷やかしみたいになってしまってごめんなさい〉
「冷やかしみたいになってごめんなさいって」

 通訳された言葉に女性店員が笑う。

「いいんですよ。安い買い物ではないですし、あんなに熱心に見てもらえただけでも充分ですよ。またいつか訪れたいと思ってもらえたら」
「イベリス様があまりにも熱心に見るものだから嬉しかったって。また来たいって言ってもらえたら嬉しいって」
〈また来ます〉
 
 その言葉に最も安堵したのはウォルフだった。迷ったら、と不安視していたものが消え、笑顔になる。
 店の外まで見送りに来てくれた店主たちに会釈して帰ろうとしたとき、ベンジャミンがイベリスに手を差し出した。

「は?」

 思わず出た素の声。
 握手の形ならまだわかるが、あきらかに手を繋ごうと差し出しているようにしか見えない。だからイベリスも戸惑っている。目を瞬かせ、戸惑うイベリスの前にウォルフがすぐに手を差し出した。
 自然にウォルフの手を取ったことにショックを受けるもベンジャミンはまだ挫けない。先ほどの店で店主からもらった紙と購入したペンで従者の背中を机代わりに言葉を書く。

「カフェに行かないか? 美味しそうなケーキとマグマ級のコーヒーが飲める店を見つけたんだ」
「イベリス様はお忙しいんだ。それにケーキならさっき俺の──」
〈行きましょ〉

 隣で頷いたイベリスに驚くが、〈せっかく会ったんだからこのまま別れるのはもったいないでしょ? それに、少し聞きたいこともあるから〉と言ったことでなんとなく察した。
 渋々ではあるものの「行くってよ」と乱暴に答えたウォルフの腕を軽く叩いて注意するイベリスには笑顔を向ける。手話のために離れた手を繋ぎ直し、ベンジャミンを先頭に四人でカフェへと向かった。
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