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ウォルフの家族
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「朝からすみません」
〈私のほうこそごめんなさい〉
「いや、俺が部屋まで送るべきだったんですが……」
〈私が帰るべきだったの。気にしないで〉
サーシャに強制的に起こされたのはウォルフ。どんなに怒鳴ってもイベリスには聞こえないため最大音量でウォルフを怒鳴りつけた。
何故お前が彼女と一緒に寝ているのか。どういうことだ。何があったと根掘り葉掘り聞かれ、真実に少しの嘘を混ぜて話した。
今日はウォルフの家に行くとイベリスが伝えるとサーシャはひどく嫌そうな顔をしたが、止めはしなかった。隣家が実家であるサーシャは当然同行を申し出なかった。
獣化したウォルフの背中に乗ってゆっくりと歩く城下町までの長い道のり。今日も暖かい毛皮のコートに身を包みながら外の景色を堪能する。
互いに気を遣い合い、苦笑しながらの謝罪合戦を終わらせたのはウォルフだった。
「あのー、たぶん……というか絶対うるさいと思うので、全部に答えようとしなくていいですからね」
〈聞こえないから大丈夫よ〉
「声の話ではなく、矢継ぎ早に飛んでくる質問に、です」
ウォルフが通訳するか筆談でなければ相手が言っていることがわからないためイベリス自身は特に深く考えてはいなかった。人懐っこいウォルフの家族が元気一家なのは想像できる。どんな質問が飛んでこようが気を悪くする想像がつかない。
背中に乗りながらの筆談は字が少し歪む。
「帰るって連絡してないもんですから」
〈私、家の前で待ってるから先に説明する?〉
「ダメです。一人にはできません」
グラキエスでの犯罪は問答無用で死刑。重犯罪だろうと軽犯罪だろうと正当防衛だろうと死刑。罪は罪。他国の人間であろうと弁明の余地はなく死刑執行。これはミュゲットが来てからも変わらない。『犯罪に手を染めた者に更生の機会など必要ない。来世でやり直せ』というのがアルフローレンスの決まり文句。それについては未だにミュゲットと論争を続けているらしい。
そんな法律が通常とされている国でも犯罪は起こる。他国に比べれば圧倒的に少ない安全な国に見えているが、実際は即日死刑であるため裁判記録などが存在しないだけ。実際、ミュゲットはこの国で一度拉致されている。イベリスだってわからない。
「俺が説明しますので一緒に入ってくれますか? 本当に、見てるだけで騒がしいと思うんですけど」
〈賑やかなのは大歓迎よ〉
家族のことは嫌いじゃない。むしろ大好きだ。だが、今回は少し気が重い。何故ならイベリスを連れて行くから。自分から誘っておきながらそう思うのは祖父の存在のせい。
大きな溜息をつくウォルフの頭を後ろから撫でる。
「あそこです。あの赤い煙突があるのが俺の家で、その隣の緑の……って、見えませんね。煙突の隣の家がサーシャの実家です」
雪に覆われている屋根の色はわからず、煙突の色だけがよく見える。
〈煙突があるって素敵〉
「俺は大嫌いでしたよ」
〈どうして?〉
「子供の頃、大掃除になるとマスクをつけて煙突の中を滑らされたんです。俺の毛を箒代わりにして何度も何度も。洗っても一週間ぐらいはその汚れが落ちなくて兄によくバカにされました」
〈すごいやり方ね〉
「あれが本当に嫌で、早く大きくなりたいってそればっかり思ってました」
お金を払って掃除人を雇えばいいのではとイベリスは思うが、彼の家は違った。今よりずっと小さい頃の話だろう。獣化しても煙突に入るぐらいの大きさの息子を掃除のために煙突から入れて落とす。獅子が子を谷へ突き落として強くするという話を聞いたことはあるが、煙突から落とすのは聞いたことがない。
幼いウォルフを想像してその愛らしさに表情が緩むが、真っ黒になって不貞腐れる様子はおかしくて微笑むだけでは終わらない。口を開けて大笑いするイベリスに振り返って拗ねた顔をするもすぐに笑う。
家の前で止まり、イベリスが降りると獣化を解いた。少し緊張しているような面持ちに〈緊張してる?〉と問うと苦笑しながら「少しだけ」と言う。
「ただいまー」
深呼吸をしてからドアを開ける。いつも鍵はかかっておらず、今日もいつもどおり。獣人族の家に泥棒に入ろうなんてバカはいない。ウォルフは子供の頃から家に鍵がかかっているのを見たことがないのだ。だからウォルフも今でもどこにいても部屋に鍵をかけないでいる。
家の中には甘い良い匂いが漂い、イベリスはそれを胸いっぱいに吸い込む。久しく食べていないドライフルーツパイのシロップ漬けによく似た匂い。あの歯が溶けそうなほど甘いお菓子は一ヶ月に一度だけ食べるのだが、ロベリアの命日から色々あったため食べていない。朝食は食べたのだが、甘い物は別腹だと人の家でありながら小さく舌舐めずりが出た。
「ウォルフ!?」
聞こえるはずがない息子の声に驚いた家族がバタバタバタと大きな音を立てて駆け寄ってくる。足音は聞こえずとも振動で人の存在に気付き、イベリスも少し緊張する。
「お前、どうしたんだい!? 帰ってくるなんて連絡なかったじゃないか! 急に帰ってくるなんてこのサプライズ息子!!」
大喜びする母親のハグを受け、その力強さに呼吸が止まると背中を叩くも母親は離さない。ハグをした際に視界に入った少女に気付いたから。
「女の子……」
ウォルフの後ろに隠れて見えなかった存在に気付いた母親が震えながら後ずさる。
「誤解ないように言っておくけど、彼女は──」
「お、おじ、おじじじじじじじじじ、おじ、おじい、おおおおおおおおおじいちゃん!! おじいちゃん!! ウォルフが女の子連れて帰ってきたよ!! さっさと来な!!」
「違うって!! 早とちりしないで!! じいちゃん呼ばなくていいから先に俺の話聞いてよ!!」
「なんじゃってー!?」
ビュンッと風を切る音が聞こえ、一瞬で目の前に人が現れた。杖をついた腰曲がりの老人がイベリスの前にズイッと顔を寄せる。
「じいちゃん、怖がらせないで! 顔怖いんだから!」
小柄で腰曲がりな老人は異様な威圧感があり、二メートルを超える巨体に成長しながらもウォルフは今でもこの小さな祖父が怖い。イベリスのことをよく見ようと更に近付いてくる祖父を守るべく後ろ手を回して隠そうとした。
「お前、グラキエスの女には見向きもせなんだくせにテロスに行って一年も経たずに恋人作ったのか! このプレイボーイめッ!」
「だから違うって! 話聞いてよ!」
「都会の女が良いってか! サーシャの尻を追いかけて行ったのじゃとばかり思うておったが、違ったか」
「召喚を受けたって言ったじゃないか! サーシャのことは慕ってたけど、それはあくまでも隣人として仲良くしてたからで好きとかそういう好意はないっていつも言って──」
「ワシにはわかっておったんじゃ」
「全然、何も、これっぽっちもわかってなかったじゃないか」
出かけてくれていたら最高だったのに最悪だと溜息をつくウォルフの後ろでイベリスが小さく笑う。祖父らしき男が何を言っているのかはわからないが、ウォルフの言葉が表示され続け、それを読んでいるだけで面白い。
「言い訳はいらん。さっさと紹介せんか」
「言い訳じゃないよ。紹介するけど、とりあえず座らせて。客人を立たせたままなんて失礼だろ?」
「お前がさっさと紹介すれば済んだ話じゃろうが」
「じいちゃんが興奮するからだろ」
「年頃になっても恋人を連れてこんお前が悪いんじゃ。番一人見つけられん情けない孫に嘆く日々に疲れきっておったとこじゃぞ」
「番はそのうち見つけるって何度も何度も言ったのに聞いてなかっただけだろ」
やれやれとかぶりを振ってから振り向き、すみませんと苦い顔を見せる。既に疲れきっているような顔に手を伸ばして頬に触れると表情が少し和らぐも、奥から「早う来んか!」と聞こえた声に表情が戻る。
〈帰りたくなったらすぐに言ってくださいね。合図決めておきましょう。俺の腕を三回叩いてくれたらすぐに帰りますから〉
〈大丈夫。今すごく楽しいのよ〉
〈まだ何もしてないですよ?〉
〈でも楽しい〉
手話での会話をお茶の用意を始めていた母親がチラッと見ていた。
何が楽しめたのかよくわからないものの、イベリスが嫌な思いをしていないのであればいいと腰に手を添えながら祖父が待つリビングへと一緒に向かう。
ゆっくり歩く中、イベリスはこの家の何もかもが規格外に大きいことに驚いていた。椅子もテーブルも通常の物より高さと広さがある。三階建てだと思っていた家は天井が高いためそう見えていただけだった。
二メートルあるウォルフがいても狭く感じない広さと高さで作られた家を見回しながら感嘆の息を漏らす。
(ドールハウスの中に入った気分)
それがまた楽しかった。
「どうぞ、おかけください」
既に腰掛けている祖父の向かい、コーヒーテーブルを挟んだ向かいのソファーに座るよう促されるのだが、ソファーがまた規格外に大きい。一体何人掛けなのかと思うほど長く、座面も広い。腰掛けると床から足が離れてしまった。マナー違反だろうかと今になって思う。一応、嫁いで来た頃にマナーの勉強もしたが、最近は自由に暮らしすぎていたため忘れてしまっている。
〈座り心地悪くないですか?〉
〈柔らかくて気持ちいい。お部屋に置きたいぐらい〉
〈あとで俺の部屋に来ませんか? 俺の抜け毛を詰め込んだクッションがあるんです〉
〈行きたい!!〉
祖父に破廉恥だなんだと言われたくないため手話で逃げ道を伝えるとゴホンッとあからさまな咳払いが聞こえ、即座に腰掛けたウォルフが姿勢を正す。
ピリッとした空気に嫌な予感がする。先ほどよりも険しい顔つきに変わっている様子に無意識に膝の上で拳を握った。
〈私のほうこそごめんなさい〉
「いや、俺が部屋まで送るべきだったんですが……」
〈私が帰るべきだったの。気にしないで〉
サーシャに強制的に起こされたのはウォルフ。どんなに怒鳴ってもイベリスには聞こえないため最大音量でウォルフを怒鳴りつけた。
何故お前が彼女と一緒に寝ているのか。どういうことだ。何があったと根掘り葉掘り聞かれ、真実に少しの嘘を混ぜて話した。
今日はウォルフの家に行くとイベリスが伝えるとサーシャはひどく嫌そうな顔をしたが、止めはしなかった。隣家が実家であるサーシャは当然同行を申し出なかった。
獣化したウォルフの背中に乗ってゆっくりと歩く城下町までの長い道のり。今日も暖かい毛皮のコートに身を包みながら外の景色を堪能する。
互いに気を遣い合い、苦笑しながらの謝罪合戦を終わらせたのはウォルフだった。
「あのー、たぶん……というか絶対うるさいと思うので、全部に答えようとしなくていいですからね」
〈聞こえないから大丈夫よ〉
「声の話ではなく、矢継ぎ早に飛んでくる質問に、です」
ウォルフが通訳するか筆談でなければ相手が言っていることがわからないためイベリス自身は特に深く考えてはいなかった。人懐っこいウォルフの家族が元気一家なのは想像できる。どんな質問が飛んでこようが気を悪くする想像がつかない。
背中に乗りながらの筆談は字が少し歪む。
「帰るって連絡してないもんですから」
〈私、家の前で待ってるから先に説明する?〉
「ダメです。一人にはできません」
グラキエスでの犯罪は問答無用で死刑。重犯罪だろうと軽犯罪だろうと正当防衛だろうと死刑。罪は罪。他国の人間であろうと弁明の余地はなく死刑執行。これはミュゲットが来てからも変わらない。『犯罪に手を染めた者に更生の機会など必要ない。来世でやり直せ』というのがアルフローレンスの決まり文句。それについては未だにミュゲットと論争を続けているらしい。
そんな法律が通常とされている国でも犯罪は起こる。他国に比べれば圧倒的に少ない安全な国に見えているが、実際は即日死刑であるため裁判記録などが存在しないだけ。実際、ミュゲットはこの国で一度拉致されている。イベリスだってわからない。
「俺が説明しますので一緒に入ってくれますか? 本当に、見てるだけで騒がしいと思うんですけど」
〈賑やかなのは大歓迎よ〉
家族のことは嫌いじゃない。むしろ大好きだ。だが、今回は少し気が重い。何故ならイベリスを連れて行くから。自分から誘っておきながらそう思うのは祖父の存在のせい。
大きな溜息をつくウォルフの頭を後ろから撫でる。
「あそこです。あの赤い煙突があるのが俺の家で、その隣の緑の……って、見えませんね。煙突の隣の家がサーシャの実家です」
雪に覆われている屋根の色はわからず、煙突の色だけがよく見える。
〈煙突があるって素敵〉
「俺は大嫌いでしたよ」
〈どうして?〉
「子供の頃、大掃除になるとマスクをつけて煙突の中を滑らされたんです。俺の毛を箒代わりにして何度も何度も。洗っても一週間ぐらいはその汚れが落ちなくて兄によくバカにされました」
〈すごいやり方ね〉
「あれが本当に嫌で、早く大きくなりたいってそればっかり思ってました」
お金を払って掃除人を雇えばいいのではとイベリスは思うが、彼の家は違った。今よりずっと小さい頃の話だろう。獣化しても煙突に入るぐらいの大きさの息子を掃除のために煙突から入れて落とす。獅子が子を谷へ突き落として強くするという話を聞いたことはあるが、煙突から落とすのは聞いたことがない。
幼いウォルフを想像してその愛らしさに表情が緩むが、真っ黒になって不貞腐れる様子はおかしくて微笑むだけでは終わらない。口を開けて大笑いするイベリスに振り返って拗ねた顔をするもすぐに笑う。
家の前で止まり、イベリスが降りると獣化を解いた。少し緊張しているような面持ちに〈緊張してる?〉と問うと苦笑しながら「少しだけ」と言う。
「ただいまー」
深呼吸をしてからドアを開ける。いつも鍵はかかっておらず、今日もいつもどおり。獣人族の家に泥棒に入ろうなんてバカはいない。ウォルフは子供の頃から家に鍵がかかっているのを見たことがないのだ。だからウォルフも今でもどこにいても部屋に鍵をかけないでいる。
家の中には甘い良い匂いが漂い、イベリスはそれを胸いっぱいに吸い込む。久しく食べていないドライフルーツパイのシロップ漬けによく似た匂い。あの歯が溶けそうなほど甘いお菓子は一ヶ月に一度だけ食べるのだが、ロベリアの命日から色々あったため食べていない。朝食は食べたのだが、甘い物は別腹だと人の家でありながら小さく舌舐めずりが出た。
「ウォルフ!?」
聞こえるはずがない息子の声に驚いた家族がバタバタバタと大きな音を立てて駆け寄ってくる。足音は聞こえずとも振動で人の存在に気付き、イベリスも少し緊張する。
「お前、どうしたんだい!? 帰ってくるなんて連絡なかったじゃないか! 急に帰ってくるなんてこのサプライズ息子!!」
大喜びする母親のハグを受け、その力強さに呼吸が止まると背中を叩くも母親は離さない。ハグをした際に視界に入った少女に気付いたから。
「女の子……」
ウォルフの後ろに隠れて見えなかった存在に気付いた母親が震えながら後ずさる。
「誤解ないように言っておくけど、彼女は──」
「お、おじ、おじじじじじじじじじ、おじ、おじい、おおおおおおおおおじいちゃん!! おじいちゃん!! ウォルフが女の子連れて帰ってきたよ!! さっさと来な!!」
「違うって!! 早とちりしないで!! じいちゃん呼ばなくていいから先に俺の話聞いてよ!!」
「なんじゃってー!?」
ビュンッと風を切る音が聞こえ、一瞬で目の前に人が現れた。杖をついた腰曲がりの老人がイベリスの前にズイッと顔を寄せる。
「じいちゃん、怖がらせないで! 顔怖いんだから!」
小柄で腰曲がりな老人は異様な威圧感があり、二メートルを超える巨体に成長しながらもウォルフは今でもこの小さな祖父が怖い。イベリスのことをよく見ようと更に近付いてくる祖父を守るべく後ろ手を回して隠そうとした。
「お前、グラキエスの女には見向きもせなんだくせにテロスに行って一年も経たずに恋人作ったのか! このプレイボーイめッ!」
「だから違うって! 話聞いてよ!」
「都会の女が良いってか! サーシャの尻を追いかけて行ったのじゃとばかり思うておったが、違ったか」
「召喚を受けたって言ったじゃないか! サーシャのことは慕ってたけど、それはあくまでも隣人として仲良くしてたからで好きとかそういう好意はないっていつも言って──」
「ワシにはわかっておったんじゃ」
「全然、何も、これっぽっちもわかってなかったじゃないか」
出かけてくれていたら最高だったのに最悪だと溜息をつくウォルフの後ろでイベリスが小さく笑う。祖父らしき男が何を言っているのかはわからないが、ウォルフの言葉が表示され続け、それを読んでいるだけで面白い。
「言い訳はいらん。さっさと紹介せんか」
「言い訳じゃないよ。紹介するけど、とりあえず座らせて。客人を立たせたままなんて失礼だろ?」
「お前がさっさと紹介すれば済んだ話じゃろうが」
「じいちゃんが興奮するからだろ」
「年頃になっても恋人を連れてこんお前が悪いんじゃ。番一人見つけられん情けない孫に嘆く日々に疲れきっておったとこじゃぞ」
「番はそのうち見つけるって何度も何度も言ったのに聞いてなかっただけだろ」
やれやれとかぶりを振ってから振り向き、すみませんと苦い顔を見せる。既に疲れきっているような顔に手を伸ばして頬に触れると表情が少し和らぐも、奥から「早う来んか!」と聞こえた声に表情が戻る。
〈帰りたくなったらすぐに言ってくださいね。合図決めておきましょう。俺の腕を三回叩いてくれたらすぐに帰りますから〉
〈大丈夫。今すごく楽しいのよ〉
〈まだ何もしてないですよ?〉
〈でも楽しい〉
手話での会話をお茶の用意を始めていた母親がチラッと見ていた。
何が楽しめたのかよくわからないものの、イベリスが嫌な思いをしていないのであればいいと腰に手を添えながら祖父が待つリビングへと一緒に向かう。
ゆっくり歩く中、イベリスはこの家の何もかもが規格外に大きいことに驚いていた。椅子もテーブルも通常の物より高さと広さがある。三階建てだと思っていた家は天井が高いためそう見えていただけだった。
二メートルあるウォルフがいても狭く感じない広さと高さで作られた家を見回しながら感嘆の息を漏らす。
(ドールハウスの中に入った気分)
それがまた楽しかった。
「どうぞ、おかけください」
既に腰掛けている祖父の向かい、コーヒーテーブルを挟んだ向かいのソファーに座るよう促されるのだが、ソファーがまた規格外に大きい。一体何人掛けなのかと思うほど長く、座面も広い。腰掛けると床から足が離れてしまった。マナー違反だろうかと今になって思う。一応、嫁いで来た頃にマナーの勉強もしたが、最近は自由に暮らしすぎていたため忘れてしまっている。
〈座り心地悪くないですか?〉
〈柔らかくて気持ちいい。お部屋に置きたいぐらい〉
〈あとで俺の部屋に来ませんか? 俺の抜け毛を詰め込んだクッションがあるんです〉
〈行きたい!!〉
祖父に破廉恥だなんだと言われたくないため手話で逃げ道を伝えるとゴホンッとあからさまな咳払いが聞こえ、即座に腰掛けたウォルフが姿勢を正す。
ピリッとした空気に嫌な予感がする。先ほどよりも険しい顔つきに変わっている様子に無意識に膝の上で拳を握った。
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