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グラキエス
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壁にかけてあったはずの時計は揺れによって飛び、反対側の壁にぶつかって大破した。
サーシャは船の周囲を上手く凍らせることに成功し、まるで瓶の中に入った模型のような状態となった。あとは一定まで下がった気温に嵐が過ぎ去るまでの間、耐えなければならない。どこへ向かうつもりだったのかは知らないが、防寒具がそれほど積まれていなかったことから北へ向かう予定ではなかったのだろう。
途中、何かに大きくぶつかった気がしたが、誰も外へ見に行くことはできなかった。サーシャの様子を見に行った水夫の話によると、集中すると言ってサーシャが入った部屋はドアまで凍りつき、男三人がかりでも開けられなかったという。
ウォルフはグラキエスにしか存在しない白狼であるため寒さに強く、震えはしなかったのだが、気にしたイベリスが時折全身をさすってくれた。大丈夫だと言っても〈いいの〉と言って。
どれぐらい時間が経ったのか、時間経過がわからなくなって暫く経った頃、水夫たちが動き始めた。船の揺れが小さくなり、雷が止み、雨が弱まり、風が鎮まったのを見計らって。
黒雲が広がっていた空には求めていた太陽がチラリと顔を出し、それだけで皆が安堵する。嵐は過ぎ去った。これから眩しいほどの青空が見えると確信し、サーシャに伝えに行った。
「サーシャさん、もういいぞ! 大丈夫だ!」
ドンドンドンと強めにドアを叩きながら大声で呼びかけると氷が溶けていく。サーシャが開けたドアの中は北の海のように冷えていた。壁に手を触れるだけで凍りついてしまいそうな中、サーシャはなんでもないという顔で出てきた。しかし、頬の一部に氷が張っており、吐き出す息は煙のように白い。
「ありがとうな! アンタのおかげで助かったよ!」
「イベリス様のためですから」
淡々と答えるサーシャに水夫たちはそれでも感謝を伝えた。
「すぐに湯を沸かすからな!!」
水なら大量にある。船内に氷が張り始めると水夫たちはそれを砕いて集めておいた。塩分も不純物も入っていない純粋な氷。これを溶かせば清水だと考えての行動。サーシャはそれを拒まず、すぐにイベリスたちのもとへ向かった。
〈サーシャ!〉
部屋の前でウォルフと待っていたイベリスを見て手袋をはめると駆け寄ってくる身体を受け止めるべく立ち止まる。
「お疲れさん」
「別に、あれぐらいなんでもない」
「相当疲れてるように見えるけどな」
「そういう自分の顔は見てみたの?」
「どうせイケメンしか映らないから見てない」
あっそ、と答えてイベリスを抱きしめるとしっかり暖かいことに安堵して微笑む。
「寒くはありませんでしたか?」
〈ウォルフがいたから平気よ。サーシャこそ寒くなかった? 頬が凍ってるわ〉
「氷使いは自らも凍ってしまうことがあるんです。少しだけ」
〈お風呂に入らないと。私が洗ってあげる〉
氷が張り付いている頬を優しく擦ってくれるイベリスに頷くと操縦室のほうから「ここまで流されたのか!」と驚きの声が聞こえてきた。まだ外に出ていない二人は顔を見合わせ、先にウォルフが移動した。
「ここまで来たのは初めてだ!」
「キレーな国だな! 真っ白だ!」
操縦室に入ったウォルフは驚きに口を押さえる。
「サーシャ!」
大声で呼ぶウォルフに眉を寄せながらも操縦室に入ったサーシャも同じ表情で固まった。
「そんな……冗談でしょ……」
二人が何をそんなに驚いているのかわからないのはイベリスだけ。
まだ近いとは言えないが、確かになんらかの建物のような影が見える。
〈北に流されたの?〉
白いのはペンキではなく雪だと気付いたイベリスがここが北であることを確信する。
真っ白な国。雪と氷で作られたような美しい国は世界に一つだけ。
ハッとする。
「もしかして、あれがグラキエス?」
実際に見たことはないが、話していた場所がそこにある喜びに表情を輝かせるイベリスに二人は、特にサーシャは複雑な感情を抱いていた。
帰るつもりがなかった場所に来てしまった。嵐はまるでここに導くように船を流した。
「そうです。あれが俺たちの故郷、グラキエスです」
「寄ってもいい?」
「いけません。すぐに帰らなければ陛下が心配なさっています」
頑なにグラキエスに足を踏み入れたがらないサーシャにイベリスは眉を下げる。理由があって帰りたくない相手を無理矢理連れて行くわけにはいかない。ここまで助けに来てくれた相手にわがままは言いたくなかった。
そこに水夫が口を挟んだ。
「グラキエスに寄って、船の状態を確認しなければなりません。帆に破れがあるし、風による曲がりや損傷もあるかもしれませんので。このままテロスへ向かうのは現実的ではありませんよ」
「だとさ」
この船は絶対に沈まないと言われている豪華客船ではない。風力操作である以上、帆が傷んでいるのは見過ごせない。荒れた船内も整理しなければならないし、漕ぎ手の場所も掃除しなければならない。乾かす必要があると水夫から言われては強引にテロスへ向かうのは不可能となった。
「嫌ならどこかに宿を取ればいいだろ」
「あなたは?」
「陛下に挨拶に行くさ。テロスの皇妃を連れてるんだ。街の安宿に泊まらせるわけにはいかないだろ」
「それなら私も同行する。私はイベリス様の侍女だもの」
「はいはい。ご自由にどーぞ」
グラキエスで生まれ育った彼らは街に顔見知りが多い。宿に泊まっていることが知人に知られれば実家に連絡が行くかもしれないと考えていることはウォルフにはお見通しだった。
見慣れた景色が近付いてくる。イベリスに見せたかったウォルフと帰りたくなかったサーシャの表情には温度差がある。それに挟まれながらもイベリスはサーシャを気遣ってあまりワクワクした感情を表に出さないようにしていたが、視線は近付いてくるグラキエスに釘付けだった。
「また様子を見に来る」
「あいよ」
グラキエスの港に近付くと厳しい顔をした番人が寄ってきた。甲板に出たのはウォルフで、耳が生えた半獣の姿で手を上げると同じ動作が返ってくる。白狼であることを示せばグラキエス出身であることは一目瞭然だからだ。
許可が下り、誘導されるままに船をつけるとウォルフがイベリスを抱えて港に降りた。
「帰還の知らせは出ていないが?」
「嵐に巻き込まれてここまで流されてきた」
「その女は?」
「テロスの皇妃、イベリス様だ」
失礼しましたと敬礼されるとイベリスも敬礼し返す。だが、彼に笑顔はない。むしろ危惧しているようにさえ見える表情だ。
「皇帝陛下には伝えているのか?」
「言っただろ。流されてきたんだって。グラキエスに寄る予定はなかった」
「……面会は拒まれるんじゃないか?」
「ミュゲット様に頼むさ」
「命知らずめ」
へへへっと笑い、城へと向かう馬車を探すサーシャの前で獣化する。
「乗ったほうが早い」
「騎士がそれでいいの?」
「陛下は自分の命令に背くこと以外はどうだっていいと思われるお方だぞ」
「冷酷な暴君なのに?」
「ま、今はそれほど酷くはないさ」
まだ十六歳のウォルフも詳しくは知らないが、昔の評判と今では少し違うと聞いている。
床に伏せて二人が乗ると立ち上がって歩き出す。
グラキエスは気温のせいもあって人はあまり外に出ない。子供でさえ外を走り回るには寒いのか、日中の、それも昼過ぎに少し出るだけ。
注目を浴びなくていいと陽気に走るウォルフは上機嫌だった。グラキエスに帰ってきたと感じる匂いと肌で感じる気温に目を細める。城下町から城までは他国よりもずっと長いが、ウォルフは正規ルートを辿らず、あちこち跳びながら近道で城へと向かった。
「ウォルフ!」
聞こえた怒声に足が止まり、急ブレーキをかける。落ちそうになったイベリスの襟を咄嗟に掴んだサーシャが抱き寄せ、ウォルフの背を拳で叩く。
「団長……」
引き笑いしながらゆっくりと伏せ、二人が降りると獣化を解いた。
「ここで何をしている?」
「あー……色々あって、その、ちょーっとばかし、陛下にご挨拶を、と……思い、まし、て……ね?」
二メートルを超えるウォルフよりも背は低いが、制服の上からでも確認できる立派すぎる筋肉と肩幅が彼を身長以上に大きく見せている。
冷たい目をするのはグラキエス人の特徴なのだろうかと今では柔和になった二人を見てから団長と呼ばれた男を見るイベリスが首を傾げる。
「色々? ちょっと? 詳しい説明もなく、お前は陛下に、ちょっとばかしの挨拶をするつもりなのか?」
「あー……で、でも、この方はテロスの皇妃様でして……」
「テロスの皇妃が何故お前と共にグラキエスに? 来訪の予定は聞いていないぞ」
「それはその、ほら、色々あっての中の理由でして……」
しどろもどろのウォルフの腕をトントンと軽く叩いたイベリスが問う。
〈どうして説明しないの?〉
〈彼はグラキエス騎士団の団長なのですが、とても厳しいんです。冷酷で、残忍で、怒りっぽくて神経質でそれはそれはもう、鬼のように怒る方なのであまり詳しく言いたくないんです。面倒事にしかならないので〉
「ウォルフ」
「イベリス皇妃は生まれつき耳が聞こえませんので、テロスでは手話で会話をしております」
何故言葉で話さないのかと問われる前に答えたウォルフの早口に引っ掛かりはあるものの、先に手話をしたのはイベリスであるため尋問には至らなかった。
「陛下が多忙であることは知っているな?」
「もちろんです」
「それを理解していながら面会しようと?」
「皇妃様が一緒なんですよ? ご挨拶するのが礼儀ではありませんか。このお方が俺が直々にお仕えしているイベリス様です」
ウォルフの笑顔を見た男は大きな溜息を吐き、「少し待っていろ」と言って中へと入っていった。
〈忙しいならわざわざ時間作ってもらわなくていいのよ?〉
「寒いでしょう? 震えているじゃないですか。城の中はとても暖かいのでもう少しだけ辛抱してくださいね」
「ウォルフ、刺すわよ」
「俺のが体温が高いし」
メイド服一枚でグラキエスに立っているなど自殺行為も同然。カタカタと震え始めたイベリスを後ろから抱きしめるウォルフはサーシャに勝ち誇った笑みを向け、もう一度背中に拳をくらった。
獣化して暖めているのと人型で暖めているのは全く別物。腹は立つが、ウォルフの体温が人型でも高いのは事実。チッと舌打ちをして腕を組んで彼が戻ってくるのを待つ。
少しして戻ってきた男の隣には美しい女性が立っていた。
サーシャは船の周囲を上手く凍らせることに成功し、まるで瓶の中に入った模型のような状態となった。あとは一定まで下がった気温に嵐が過ぎ去るまでの間、耐えなければならない。どこへ向かうつもりだったのかは知らないが、防寒具がそれほど積まれていなかったことから北へ向かう予定ではなかったのだろう。
途中、何かに大きくぶつかった気がしたが、誰も外へ見に行くことはできなかった。サーシャの様子を見に行った水夫の話によると、集中すると言ってサーシャが入った部屋はドアまで凍りつき、男三人がかりでも開けられなかったという。
ウォルフはグラキエスにしか存在しない白狼であるため寒さに強く、震えはしなかったのだが、気にしたイベリスが時折全身をさすってくれた。大丈夫だと言っても〈いいの〉と言って。
どれぐらい時間が経ったのか、時間経過がわからなくなって暫く経った頃、水夫たちが動き始めた。船の揺れが小さくなり、雷が止み、雨が弱まり、風が鎮まったのを見計らって。
黒雲が広がっていた空には求めていた太陽がチラリと顔を出し、それだけで皆が安堵する。嵐は過ぎ去った。これから眩しいほどの青空が見えると確信し、サーシャに伝えに行った。
「サーシャさん、もういいぞ! 大丈夫だ!」
ドンドンドンと強めにドアを叩きながら大声で呼びかけると氷が溶けていく。サーシャが開けたドアの中は北の海のように冷えていた。壁に手を触れるだけで凍りついてしまいそうな中、サーシャはなんでもないという顔で出てきた。しかし、頬の一部に氷が張っており、吐き出す息は煙のように白い。
「ありがとうな! アンタのおかげで助かったよ!」
「イベリス様のためですから」
淡々と答えるサーシャに水夫たちはそれでも感謝を伝えた。
「すぐに湯を沸かすからな!!」
水なら大量にある。船内に氷が張り始めると水夫たちはそれを砕いて集めておいた。塩分も不純物も入っていない純粋な氷。これを溶かせば清水だと考えての行動。サーシャはそれを拒まず、すぐにイベリスたちのもとへ向かった。
〈サーシャ!〉
部屋の前でウォルフと待っていたイベリスを見て手袋をはめると駆け寄ってくる身体を受け止めるべく立ち止まる。
「お疲れさん」
「別に、あれぐらいなんでもない」
「相当疲れてるように見えるけどな」
「そういう自分の顔は見てみたの?」
「どうせイケメンしか映らないから見てない」
あっそ、と答えてイベリスを抱きしめるとしっかり暖かいことに安堵して微笑む。
「寒くはありませんでしたか?」
〈ウォルフがいたから平気よ。サーシャこそ寒くなかった? 頬が凍ってるわ〉
「氷使いは自らも凍ってしまうことがあるんです。少しだけ」
〈お風呂に入らないと。私が洗ってあげる〉
氷が張り付いている頬を優しく擦ってくれるイベリスに頷くと操縦室のほうから「ここまで流されたのか!」と驚きの声が聞こえてきた。まだ外に出ていない二人は顔を見合わせ、先にウォルフが移動した。
「ここまで来たのは初めてだ!」
「キレーな国だな! 真っ白だ!」
操縦室に入ったウォルフは驚きに口を押さえる。
「サーシャ!」
大声で呼ぶウォルフに眉を寄せながらも操縦室に入ったサーシャも同じ表情で固まった。
「そんな……冗談でしょ……」
二人が何をそんなに驚いているのかわからないのはイベリスだけ。
まだ近いとは言えないが、確かになんらかの建物のような影が見える。
〈北に流されたの?〉
白いのはペンキではなく雪だと気付いたイベリスがここが北であることを確信する。
真っ白な国。雪と氷で作られたような美しい国は世界に一つだけ。
ハッとする。
「もしかして、あれがグラキエス?」
実際に見たことはないが、話していた場所がそこにある喜びに表情を輝かせるイベリスに二人は、特にサーシャは複雑な感情を抱いていた。
帰るつもりがなかった場所に来てしまった。嵐はまるでここに導くように船を流した。
「そうです。あれが俺たちの故郷、グラキエスです」
「寄ってもいい?」
「いけません。すぐに帰らなければ陛下が心配なさっています」
頑なにグラキエスに足を踏み入れたがらないサーシャにイベリスは眉を下げる。理由があって帰りたくない相手を無理矢理連れて行くわけにはいかない。ここまで助けに来てくれた相手にわがままは言いたくなかった。
そこに水夫が口を挟んだ。
「グラキエスに寄って、船の状態を確認しなければなりません。帆に破れがあるし、風による曲がりや損傷もあるかもしれませんので。このままテロスへ向かうのは現実的ではありませんよ」
「だとさ」
この船は絶対に沈まないと言われている豪華客船ではない。風力操作である以上、帆が傷んでいるのは見過ごせない。荒れた船内も整理しなければならないし、漕ぎ手の場所も掃除しなければならない。乾かす必要があると水夫から言われては強引にテロスへ向かうのは不可能となった。
「嫌ならどこかに宿を取ればいいだろ」
「あなたは?」
「陛下に挨拶に行くさ。テロスの皇妃を連れてるんだ。街の安宿に泊まらせるわけにはいかないだろ」
「それなら私も同行する。私はイベリス様の侍女だもの」
「はいはい。ご自由にどーぞ」
グラキエスで生まれ育った彼らは街に顔見知りが多い。宿に泊まっていることが知人に知られれば実家に連絡が行くかもしれないと考えていることはウォルフにはお見通しだった。
見慣れた景色が近付いてくる。イベリスに見せたかったウォルフと帰りたくなかったサーシャの表情には温度差がある。それに挟まれながらもイベリスはサーシャを気遣ってあまりワクワクした感情を表に出さないようにしていたが、視線は近付いてくるグラキエスに釘付けだった。
「また様子を見に来る」
「あいよ」
グラキエスの港に近付くと厳しい顔をした番人が寄ってきた。甲板に出たのはウォルフで、耳が生えた半獣の姿で手を上げると同じ動作が返ってくる。白狼であることを示せばグラキエス出身であることは一目瞭然だからだ。
許可が下り、誘導されるままに船をつけるとウォルフがイベリスを抱えて港に降りた。
「帰還の知らせは出ていないが?」
「嵐に巻き込まれてここまで流されてきた」
「その女は?」
「テロスの皇妃、イベリス様だ」
失礼しましたと敬礼されるとイベリスも敬礼し返す。だが、彼に笑顔はない。むしろ危惧しているようにさえ見える表情だ。
「皇帝陛下には伝えているのか?」
「言っただろ。流されてきたんだって。グラキエスに寄る予定はなかった」
「……面会は拒まれるんじゃないか?」
「ミュゲット様に頼むさ」
「命知らずめ」
へへへっと笑い、城へと向かう馬車を探すサーシャの前で獣化する。
「乗ったほうが早い」
「騎士がそれでいいの?」
「陛下は自分の命令に背くこと以外はどうだっていいと思われるお方だぞ」
「冷酷な暴君なのに?」
「ま、今はそれほど酷くはないさ」
まだ十六歳のウォルフも詳しくは知らないが、昔の評判と今では少し違うと聞いている。
床に伏せて二人が乗ると立ち上がって歩き出す。
グラキエスは気温のせいもあって人はあまり外に出ない。子供でさえ外を走り回るには寒いのか、日中の、それも昼過ぎに少し出るだけ。
注目を浴びなくていいと陽気に走るウォルフは上機嫌だった。グラキエスに帰ってきたと感じる匂いと肌で感じる気温に目を細める。城下町から城までは他国よりもずっと長いが、ウォルフは正規ルートを辿らず、あちこち跳びながら近道で城へと向かった。
「ウォルフ!」
聞こえた怒声に足が止まり、急ブレーキをかける。落ちそうになったイベリスの襟を咄嗟に掴んだサーシャが抱き寄せ、ウォルフの背を拳で叩く。
「団長……」
引き笑いしながらゆっくりと伏せ、二人が降りると獣化を解いた。
「ここで何をしている?」
「あー……色々あって、その、ちょーっとばかし、陛下にご挨拶を、と……思い、まし、て……ね?」
二メートルを超えるウォルフよりも背は低いが、制服の上からでも確認できる立派すぎる筋肉と肩幅が彼を身長以上に大きく見せている。
冷たい目をするのはグラキエス人の特徴なのだろうかと今では柔和になった二人を見てから団長と呼ばれた男を見るイベリスが首を傾げる。
「色々? ちょっと? 詳しい説明もなく、お前は陛下に、ちょっとばかしの挨拶をするつもりなのか?」
「あー……で、でも、この方はテロスの皇妃様でして……」
「テロスの皇妃が何故お前と共にグラキエスに? 来訪の予定は聞いていないぞ」
「それはその、ほら、色々あっての中の理由でして……」
しどろもどろのウォルフの腕をトントンと軽く叩いたイベリスが問う。
〈どうして説明しないの?〉
〈彼はグラキエス騎士団の団長なのですが、とても厳しいんです。冷酷で、残忍で、怒りっぽくて神経質でそれはそれはもう、鬼のように怒る方なのであまり詳しく言いたくないんです。面倒事にしかならないので〉
「ウォルフ」
「イベリス皇妃は生まれつき耳が聞こえませんので、テロスでは手話で会話をしております」
何故言葉で話さないのかと問われる前に答えたウォルフの早口に引っ掛かりはあるものの、先に手話をしたのはイベリスであるため尋問には至らなかった。
「陛下が多忙であることは知っているな?」
「もちろんです」
「それを理解していながら面会しようと?」
「皇妃様が一緒なんですよ? ご挨拶するのが礼儀ではありませんか。このお方が俺が直々にお仕えしているイベリス様です」
ウォルフの笑顔を見た男は大きな溜息を吐き、「少し待っていろ」と言って中へと入っていった。
〈忙しいならわざわざ時間作ってもらわなくていいのよ?〉
「寒いでしょう? 震えているじゃないですか。城の中はとても暖かいのでもう少しだけ辛抱してくださいね」
「ウォルフ、刺すわよ」
「俺のが体温が高いし」
メイド服一枚でグラキエスに立っているなど自殺行為も同然。カタカタと震え始めたイベリスを後ろから抱きしめるウォルフはサーシャに勝ち誇った笑みを向け、もう一度背中に拳をくらった。
獣化して暖めているのと人型で暖めているのは全く別物。腹は立つが、ウォルフの体温が人型でも高いのは事実。チッと舌打ちをして腕を組んで彼が戻ってくるのを待つ。
少しして戻ってきた男の隣には美しい女性が立っていた。
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