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聖女もどき
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「おはよう、テロスの新皇妃様」
おはようと言っているのはわかったが、口は動かさなかった。動かせばきっと『何言ってるかわからない。声出してくれる?』と笑い出すのは目に見えている。声も言葉も聞こえずとも悪意はわかる。あくまでも予想だが、絶対当たるという確信があるため、とりあえず目だけ合わせることにした。
「もっと泣き喚いてるものだと思ってたのに意外。泣いてもないのね。声と一緒で涙も出ないの? とことん欠陥品なのね。食事会でも随分と退屈そうだったし、笑顔も人を見下してるみたい感じだった。会った瞬間に思ったの。ああ、コイツは偽善者だって」
(耳が聞こえないってわかってるのにどうしてこんなに喋るのかしら? 私に話してるわけじゃないとか?)
視線を周囲の男たちに向けるも誰かの口が動いているということもない。聖女が話しかけている相手は自分だと自覚し、再び視線を合わせるとまだ喋っていた。
「俺らは金さえもらえりゃなんだってするが、なんの恨みがあってテロスの皇妃を誘拐したんだ?」
背の低い、丸々と太った男が問いかける。着ているTシャツはサイズが合っていないのか、腹が見えている。その腹をボリボリと掻きながら床に直接腰掛けてあぐらをかく。両手は後頭部に添え、そのまま壁にもたれかかった。
イーリスが振り返り、近くにあった椅子を掴んで引き寄せ、ドカッと乱暴に腰掛け、足を組んだ。
金で雇われたことを示唆する男を見るイーリスの表情が死んでいき、その不安定さに男は少し引いたような表情を見せた。
「サルメンハーラ家は代々、聖女の力を継ぐ家系なの。長女が聖女の力を持ち、母親は妊娠すると同時に子へと力を譲渡する。私には双子の妹がいるの。でも姉は私。だから長女である私が聖女としての力を持って生まれるはずだったのに、持って生まれたのは妹のほうだった」
「なるほど」
「許せないじゃない。私の力のはずなのに妹が横取りしたのよ。本当の私は地位も名誉も権力も全て持ってる人間なの。だから手に入れなきゃならない。王国なんて小さいものじゃなくて、帝国ぐらい大きくなきゃいけない。帝国に聖女として入り、地位を確立したら次は皇妃になる。聖女の力を持つ皇妃なんて世界で私一人だもの。妹なんて目じゃない。そのために私は心血注いできたのよ」
随分と自分勝手なことを言う。それが男の感想だった。イーリスの感情が嫉妬であり、復讐が目的。今回、海賊である自分たちに接触してきたのもそれが理由かと納得したように何度か頷く。
「聖女の力の代わりに与えられたのは幻術。さほど練習せずとも使えたわ。まるで賢者の生まれ変わりのようにね」
「でも、歌に乗せなきゃ使えないんだろ? なら、賢者の生まれ変わりってわけでもないんじゃね?」
「使ったでしょ。何見てたの? アンタの目はただのお飾りなわけ?」
二言三言言えば十倍になって返ってくる面倒な性格だと把握した男は仲間がこちらを見てかぶりを振っていることに気付き、余計なことは言わないと決めた。
「歌いながらのほうが使いやすいってだけ。歌えば誰もがそこに集中する。余計な思考を止めて歌に聴き入るから幻術がかけやすいってだけ。簡単だったわ。歩きながら歌って幻術を見せることで広がる青空が夜に見え、怯えだす。洗脳が完了すればタイミングを見計らって幻術を解除する。そしたらどう? 歌で闇を祓ったかのように見えれば聖女だと信じさせるのは簡単だった。そのあとは聖女らしく振る舞うだけ」
「怖いねぇ」
「テロスの皇帝が単純で助かったわ。グラキエスに行ったら簡単に見破られたもの。子供騙しな真似はやめろ。聖女にでも憧れているのかってこの私をバカにしたのよ!」
吹き出しそうになるのを堪え、必死に素面を装って頷きを返す。
「なんでグラキエスの皇帝には幻術が効かなかったんだ?」
「私の魔力よりも相当上の魔力を所持してるんでしょうね。魔力量が多いと幻術が効かないの」
「相手は選ばなきゃいけないわけか」
「そ。でも最高にムカついたからあの皇帝の妻を殺してやろうと思ったの。魔力ないみたいだし、容易だと思ってたらどうしてか皇帝にバレて逆に殺されかけた。テロスの皇帝もそうだったらどうしようって思ってたけど、試してみるものね。同じ帝国でもグラキエスとテロスじゃ皇帝のレベルが違う。顔もグラキエスの皇帝のほうがずっと好みだったし。あなたにはお似合いだけど」
振り返ったイーリスの笑みが見下しているとわかる嫌なものであるため、嫌悪丸出しの表情を返すイベリスにワザと片眉を上げた笑みに変える。
「もしお前が皇妃になって子供を産んでも、生まれてきた子供に聖女の力はないんだろ? バレるんじゃないか?」
「聖女のいない国じゃそんな仕組みだって知らないでしょ。夫に魔力がないせいだとでも言うつもりだったの」
「受け入れることはできなかったわけか」
「受け入れる? ありえない」
ハッと大きく鼻で笑った。
「だっておかしいでしょ、こんな現実。頭が悪い醜悪な妹は、なんの役にも立たないのに聖女ってだけでチヤホヤされた。私は長女なのに力を持ってないってだけで地べたを這いずり回る下級の人間と同じ扱いを受けた。チヤホヤされるのは私なの。妹じゃない。この私!!」
床板を思いきり踏みつけたイーリスがそのまま勢いよく立ち上がったことで椅子が倒れた。
一瞬、椅子へと視線をやったイベリスの前にしゃがんだイーリスが前髪を掴んで自分のほうを向かせる。痛みに顔を歪めるイベリスに顔を近付けながらイーリスが言う。
「前皇妃の代わりに慰み者として求婚されただけの哀れな女が私に意見でもしようって顔だね? 私はお前みたいな欠陥品とは違う。私は天命を受けたの。神が間違いを認め、もうすぐ私に聖女としての力を与えてくださるわ。その力は妹が持つものよりもずっと大きいの。そしたら私はもう偽りの聖女じゃない。本物の聖女となって世界中から称賛を浴びる」
何を言っているか相変わらずわからないが、相手の恍惚とした様子は嫌悪に値すると歪めた表情を戻さないイベリスの頬を叩き、顎を持ち上げる。
「お前がいないことに気付いた皇帝は今頃大騒ぎしてるだろうね。国は聖女を失ったことで再び闇で覆われ、皇妃は行方不明。聖女が出ていってしまった不安から国民が暴動を起こし、テロスは崩壊。国民の怒りを宥めるためには必要なのは聖女であって皇妃じゃない」
前髪を掴み、頬を叩き、顎を上げる。暴力に慣れている手つきにイーリスが聖女であるはずがないと確信するも、イベリスにはずっとわからないことがある。
今ここにはメモ帳もペンもない。彼らの居住スペースに行けばあるのかもしれないが、イベリスは持っていない。声が出ないため一言だって返事をしていないのにそれでもイーリスは話すのをやめない。聞こえていないとわかっていて話すのは何故か。
「お前の護衛騎士が獣人族だったのは想定外だった。あの男がいなきゃ今頃あの毒で殺せてたのに。そしたら私は今頃テロスの皇妃になってたんだ。ったく、大誤算だよ」
チッと舌打ちしたのはわかった。わからないのは相手の言葉と行動理由。
「そうだ。妹と同じで役立たずなお前に死ぬ前に一つ、教えてやろうか。私がお前を拐った理由」
酒場で飲んでいた男たちも『皇女を拐う手伝いをしてほしい。金はたっぷり払うから』としか言われていなかったため理由は知らなかった。深く聞くつもりもなかったため、何も聞かないままここまで来たのだが、どうせなら聞いておきたいとその場にいる全員の視線がイーリスに集中する。
「テロスの皇帝はグラキエスの皇帝のように聖女である私を雑には扱わなかった。だからお前に恨みがあるわけじゃない。でも、お前は──というより、皇妃って立場にいる女が私の計画には邪魔でしかないんだよ。私は聖女でありながら皇妃でいなきゃいけないわけだからね。でもテロスの皇帝にも妻がいる。聖女がいても妻という存在は別ものなんだよ。お前みたいな欠陥品でも妻は妻なんだとさ」
皇帝が言っていた言葉を思い出して悔しげに奥歯を噛む。
「でも賢い私は閃いた。食事会でお前を毒殺できれば不安定になる皇帝を私が支え、皇妃の座を手に入れられるってね。でもあの獣人のせいで失敗した。だけど諦めなかった私の勝ち。毒殺よりこっちのほうがより感謝されるって気付いたの。だってあの男はお前が大事にしている犬よりも聖女である私を優先したんだから」
立てた人差し指でイベリスの頬をトントンと軽く叩く。それさえも不愉快に感じたイベリスが顔を逸らして避けるとまた頬を叩かれた。
強い痛みに生理的な涙が滲む。
「ここでお前をコイツらにズタボロにさせてから海に放り投げる。で、死んだあとに回収してからあの皇帝のもとに届けるつもり。海に人が浮かんでるって気付き、慌てて引き上げたら皇妃様だったと言えばあのマヌケな皇帝は信じるはず。お前の遺体を届け、ついでに闇も祓う。やっぱり聖女がいないとダメなんだって国民が訴え、暴動を起こした国民の意見を無碍にできない皇帝はそれに従う。そうすれば私の地位は確実なものになるってわけ。どう? 完璧でしょ?」
両手を広げて笑顔を浮かべる聖女の様子を机に腰掛けた状態で見ていた背の高い男が問いかけた。
「そんだけ嬉々として語ったとこ悪いが、皇妃様にゃ一言も聞こえてないだろ」
耳が聞こえない欠陥品だと言いながら得意げに語り続けたことに羞恥した聖女は突然カッと赤くなり、八つ当たりのようにイベリスの頬を打った。三度目だ。何故叩かれなければならないのかもわからず、理不尽な暴力に唇を噛んだイベリスが睨みけるもイーリスはこっちを見ていなかった。
「気付いてたならそう言えばいいだろ!」
「いや、知ってただろ」
「うるさいんだよ!」
イベリスにはもう願うしかできない。誰かが助けに来てくれることを。
誘拐されてどの程度経ったのかもわからない、ましてや海の上にいる自分をどうやって見つけるのか。絶望に近い状況の中、イベリスは視界だけが喧しい煩わしさに目を閉じようとしたが、視界に急に現れた男たちの靴の数に目を見開いた。
おはようと言っているのはわかったが、口は動かさなかった。動かせばきっと『何言ってるかわからない。声出してくれる?』と笑い出すのは目に見えている。声も言葉も聞こえずとも悪意はわかる。あくまでも予想だが、絶対当たるという確信があるため、とりあえず目だけ合わせることにした。
「もっと泣き喚いてるものだと思ってたのに意外。泣いてもないのね。声と一緒で涙も出ないの? とことん欠陥品なのね。食事会でも随分と退屈そうだったし、笑顔も人を見下してるみたい感じだった。会った瞬間に思ったの。ああ、コイツは偽善者だって」
(耳が聞こえないってわかってるのにどうしてこんなに喋るのかしら? 私に話してるわけじゃないとか?)
視線を周囲の男たちに向けるも誰かの口が動いているということもない。聖女が話しかけている相手は自分だと自覚し、再び視線を合わせるとまだ喋っていた。
「俺らは金さえもらえりゃなんだってするが、なんの恨みがあってテロスの皇妃を誘拐したんだ?」
背の低い、丸々と太った男が問いかける。着ているTシャツはサイズが合っていないのか、腹が見えている。その腹をボリボリと掻きながら床に直接腰掛けてあぐらをかく。両手は後頭部に添え、そのまま壁にもたれかかった。
イーリスが振り返り、近くにあった椅子を掴んで引き寄せ、ドカッと乱暴に腰掛け、足を組んだ。
金で雇われたことを示唆する男を見るイーリスの表情が死んでいき、その不安定さに男は少し引いたような表情を見せた。
「サルメンハーラ家は代々、聖女の力を継ぐ家系なの。長女が聖女の力を持ち、母親は妊娠すると同時に子へと力を譲渡する。私には双子の妹がいるの。でも姉は私。だから長女である私が聖女としての力を持って生まれるはずだったのに、持って生まれたのは妹のほうだった」
「なるほど」
「許せないじゃない。私の力のはずなのに妹が横取りしたのよ。本当の私は地位も名誉も権力も全て持ってる人間なの。だから手に入れなきゃならない。王国なんて小さいものじゃなくて、帝国ぐらい大きくなきゃいけない。帝国に聖女として入り、地位を確立したら次は皇妃になる。聖女の力を持つ皇妃なんて世界で私一人だもの。妹なんて目じゃない。そのために私は心血注いできたのよ」
随分と自分勝手なことを言う。それが男の感想だった。イーリスの感情が嫉妬であり、復讐が目的。今回、海賊である自分たちに接触してきたのもそれが理由かと納得したように何度か頷く。
「聖女の力の代わりに与えられたのは幻術。さほど練習せずとも使えたわ。まるで賢者の生まれ変わりのようにね」
「でも、歌に乗せなきゃ使えないんだろ? なら、賢者の生まれ変わりってわけでもないんじゃね?」
「使ったでしょ。何見てたの? アンタの目はただのお飾りなわけ?」
二言三言言えば十倍になって返ってくる面倒な性格だと把握した男は仲間がこちらを見てかぶりを振っていることに気付き、余計なことは言わないと決めた。
「歌いながらのほうが使いやすいってだけ。歌えば誰もがそこに集中する。余計な思考を止めて歌に聴き入るから幻術がかけやすいってだけ。簡単だったわ。歩きながら歌って幻術を見せることで広がる青空が夜に見え、怯えだす。洗脳が完了すればタイミングを見計らって幻術を解除する。そしたらどう? 歌で闇を祓ったかのように見えれば聖女だと信じさせるのは簡単だった。そのあとは聖女らしく振る舞うだけ」
「怖いねぇ」
「テロスの皇帝が単純で助かったわ。グラキエスに行ったら簡単に見破られたもの。子供騙しな真似はやめろ。聖女にでも憧れているのかってこの私をバカにしたのよ!」
吹き出しそうになるのを堪え、必死に素面を装って頷きを返す。
「なんでグラキエスの皇帝には幻術が効かなかったんだ?」
「私の魔力よりも相当上の魔力を所持してるんでしょうね。魔力量が多いと幻術が効かないの」
「相手は選ばなきゃいけないわけか」
「そ。でも最高にムカついたからあの皇帝の妻を殺してやろうと思ったの。魔力ないみたいだし、容易だと思ってたらどうしてか皇帝にバレて逆に殺されかけた。テロスの皇帝もそうだったらどうしようって思ってたけど、試してみるものね。同じ帝国でもグラキエスとテロスじゃ皇帝のレベルが違う。顔もグラキエスの皇帝のほうがずっと好みだったし。あなたにはお似合いだけど」
振り返ったイーリスの笑みが見下しているとわかる嫌なものであるため、嫌悪丸出しの表情を返すイベリスにワザと片眉を上げた笑みに変える。
「もしお前が皇妃になって子供を産んでも、生まれてきた子供に聖女の力はないんだろ? バレるんじゃないか?」
「聖女のいない国じゃそんな仕組みだって知らないでしょ。夫に魔力がないせいだとでも言うつもりだったの」
「受け入れることはできなかったわけか」
「受け入れる? ありえない」
ハッと大きく鼻で笑った。
「だっておかしいでしょ、こんな現実。頭が悪い醜悪な妹は、なんの役にも立たないのに聖女ってだけでチヤホヤされた。私は長女なのに力を持ってないってだけで地べたを這いずり回る下級の人間と同じ扱いを受けた。チヤホヤされるのは私なの。妹じゃない。この私!!」
床板を思いきり踏みつけたイーリスがそのまま勢いよく立ち上がったことで椅子が倒れた。
一瞬、椅子へと視線をやったイベリスの前にしゃがんだイーリスが前髪を掴んで自分のほうを向かせる。痛みに顔を歪めるイベリスに顔を近付けながらイーリスが言う。
「前皇妃の代わりに慰み者として求婚されただけの哀れな女が私に意見でもしようって顔だね? 私はお前みたいな欠陥品とは違う。私は天命を受けたの。神が間違いを認め、もうすぐ私に聖女としての力を与えてくださるわ。その力は妹が持つものよりもずっと大きいの。そしたら私はもう偽りの聖女じゃない。本物の聖女となって世界中から称賛を浴びる」
何を言っているか相変わらずわからないが、相手の恍惚とした様子は嫌悪に値すると歪めた表情を戻さないイベリスの頬を叩き、顎を持ち上げる。
「お前がいないことに気付いた皇帝は今頃大騒ぎしてるだろうね。国は聖女を失ったことで再び闇で覆われ、皇妃は行方不明。聖女が出ていってしまった不安から国民が暴動を起こし、テロスは崩壊。国民の怒りを宥めるためには必要なのは聖女であって皇妃じゃない」
前髪を掴み、頬を叩き、顎を上げる。暴力に慣れている手つきにイーリスが聖女であるはずがないと確信するも、イベリスにはずっとわからないことがある。
今ここにはメモ帳もペンもない。彼らの居住スペースに行けばあるのかもしれないが、イベリスは持っていない。声が出ないため一言だって返事をしていないのにそれでもイーリスは話すのをやめない。聞こえていないとわかっていて話すのは何故か。
「お前の護衛騎士が獣人族だったのは想定外だった。あの男がいなきゃ今頃あの毒で殺せてたのに。そしたら私は今頃テロスの皇妃になってたんだ。ったく、大誤算だよ」
チッと舌打ちしたのはわかった。わからないのは相手の言葉と行動理由。
「そうだ。妹と同じで役立たずなお前に死ぬ前に一つ、教えてやろうか。私がお前を拐った理由」
酒場で飲んでいた男たちも『皇女を拐う手伝いをしてほしい。金はたっぷり払うから』としか言われていなかったため理由は知らなかった。深く聞くつもりもなかったため、何も聞かないままここまで来たのだが、どうせなら聞いておきたいとその場にいる全員の視線がイーリスに集中する。
「テロスの皇帝はグラキエスの皇帝のように聖女である私を雑には扱わなかった。だからお前に恨みがあるわけじゃない。でも、お前は──というより、皇妃って立場にいる女が私の計画には邪魔でしかないんだよ。私は聖女でありながら皇妃でいなきゃいけないわけだからね。でもテロスの皇帝にも妻がいる。聖女がいても妻という存在は別ものなんだよ。お前みたいな欠陥品でも妻は妻なんだとさ」
皇帝が言っていた言葉を思い出して悔しげに奥歯を噛む。
「でも賢い私は閃いた。食事会でお前を毒殺できれば不安定になる皇帝を私が支え、皇妃の座を手に入れられるってね。でもあの獣人のせいで失敗した。だけど諦めなかった私の勝ち。毒殺よりこっちのほうがより感謝されるって気付いたの。だってあの男はお前が大事にしている犬よりも聖女である私を優先したんだから」
立てた人差し指でイベリスの頬をトントンと軽く叩く。それさえも不愉快に感じたイベリスが顔を逸らして避けるとまた頬を叩かれた。
強い痛みに生理的な涙が滲む。
「ここでお前をコイツらにズタボロにさせてから海に放り投げる。で、死んだあとに回収してからあの皇帝のもとに届けるつもり。海に人が浮かんでるって気付き、慌てて引き上げたら皇妃様だったと言えばあのマヌケな皇帝は信じるはず。お前の遺体を届け、ついでに闇も祓う。やっぱり聖女がいないとダメなんだって国民が訴え、暴動を起こした国民の意見を無碍にできない皇帝はそれに従う。そうすれば私の地位は確実なものになるってわけ。どう? 完璧でしょ?」
両手を広げて笑顔を浮かべる聖女の様子を机に腰掛けた状態で見ていた背の高い男が問いかけた。
「そんだけ嬉々として語ったとこ悪いが、皇妃様にゃ一言も聞こえてないだろ」
耳が聞こえない欠陥品だと言いながら得意げに語り続けたことに羞恥した聖女は突然カッと赤くなり、八つ当たりのようにイベリスの頬を打った。三度目だ。何故叩かれなければならないのかもわからず、理不尽な暴力に唇を噛んだイベリスが睨みけるもイーリスはこっちを見ていなかった。
「気付いてたならそう言えばいいだろ!」
「いや、知ってただろ」
「うるさいんだよ!」
イベリスにはもう願うしかできない。誰かが助けに来てくれることを。
誘拐されてどの程度経ったのかもわからない、ましてや海の上にいる自分をどうやって見つけるのか。絶望に近い状況の中、イベリスは視界だけが喧しい煩わしさに目を閉じようとしたが、視界に急に現れた男たちの靴の数に目を見開いた。
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