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行方不明
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「そんな……まさか……!」
翌朝、信じられない光景に目を疑ったのはファーディナンドだけではなかった。
空を覆う暗闇。祓ったはずの闇が復活している。
「何故だ……! 聖女は加護をかけたと言っていたぞ!」
部屋にやってきたアイゼンに怒鳴るもわからないの一点張り。
「緊急会議をと既に貴族の皆様が集まっておられます。陛下もお急ぎください」
「わかった」
どれほど声を荒げようと聞こえないイベリスはまだベッドの中でスヤスヤと眠っている。わざわざ起こす必要はないと判断し、サーシャとウォルフをここで待機させるよう命じ、貴族たちが待つ会議室へと駆け足で向かった。
「やはりこうなったではありませんか!!」
「だからあれほど聖女を引き留めるべきだと申し上げましたのに!!」
「聖女の加護だけでどうにかなる問題ではないんです!! 聖女の存在が闇を祓うのです!! 陛下もおわかりのはず!!」
「今からでも遅くありません! 聖女に戻ってきてもらいましょう! そしてテロスの守護神となっていただくのです!!」
「このままでは明日にでも暴動が起きるやもしれませんぞ!! 聖女の存在を求め、聖女を呼び戻さない陛下に怒りを抱く国民が城門を破壊し、城に乗り込んで来るかもしれません!!」
会議室には貴族たちの怒声が響き渡っている。祓われたはずの闇が聖女がいなくなった途端に復活した。聖女は確かに加護をかけたと言った。昨日の朝も確かに加護の重ねがけをしてくれた。それなのに闇は加護をものともせず、広がっていく。
一度目よりも深いように見えるその闇に今度こそ災いが起きるのではないかと貴族たちは何度も外を見遣る。
「まさか……ロベリア様の呪い、というわけでは……」
「口を慎め!!」
響き渡るほどの怒声に貴族たちは萎縮する。
これがロベリアの呪いであるはずがない。ロベリアは誰かを呪ったりするような女ではない。もし自分が誰かを別の女性を愛したとしても祝福できる心優しい女だ。発言した男を睨みつけるも男は震えながら反論する。
「で、ですが、最近の陛下はイベリス皇妃にご執心だとか……」
「妻を愛して何が悪い! それがロベリアへの裏切りだと言うのか!」
「ロ、ロベリア前皇妃は病に倒れ、お亡くなりになりました。その無念は計り知れないでしょう。心から陛下を愛しておられたことは私どもも幾度となく目にしております。叶うならあと五十年は陛下と共に生きたかったはず。それなのに陛下には既に新しい妻がおり──」
強くテーブルが叩かれ、置かれていた人数分の水が入ったグラスが倒れた。一斉に足で椅子を引いて立ち上がる貴族たちが男に「もうやめておけ」と目で訴えるも男はやめない。恐怖で握った拳を震わせながらまだ口を開く。
「も、申し上げますが、イベリス皇妃は皇妃としての役割を全く果たしておりません! 皇帝と結婚したからには皇妃としての自覚を持ち、行動するのが務めのはず! ロベリア皇妃は皇妃として申し分ない働きをしてくださいました! 私はテロスの国民として──」
「ロベリアとイベリスを比べてどうなる!! 何もしなくていいと俺が言ったんだ! イベリスの仕事は全て俺に回せと俺が言ったんだ! 俺が求婚し、嫁に来てもらったからだ!」
「で、ですが──」
「耳が聞こえなくとも耳と手が使えるのだからできることがあるとでも言いたげだな? それでもさせるなと俺が言ったんだ。皇妃の自覚? 皇妃の行動? 皇妃として敬う姿勢すら見せないお前たちに批判する資格があるとでも思っているのか!!」
耳が聞こえない皇妃への戸惑いなら理解できる。だが、彼らは違う。耳が聞こえないことで見下していい相手だと判断している。その視線に、表情に気付いていたファーディナンドはずっと堪えていた怒りを爆発させた。喉が切れそうなほどの怒声はドアを閉めていても外まで響き、使用人たちが怯える。
この世界の誰にもイベリスを批判する資格はない。夫である自分でさえイベリスに文句を言う資格すら持たないのだから接してこなかった彼らにあるはずがないとテーブルを叩き、怒鳴り続けるファーディナンドに必死に反論していた男もついに黙った。
「陛下、今は冷静に話し合うべきとき。イベリス様の問題ではなく、テロスを覆うこの闇をどうするかの話し合いを──」
アイゼンの言葉を遮るようにドアが乱暴に開く音がした。
「陛下! 大変です!!」
ドアを突き破るように飛び込んできたウォルフが獣化を解いて人間へと戻る。汗をかき、息を切らせている。
「会議中だぞ。ノックを──」
「イベリス様のお姿が見えません!!」
静まりそうにない怒りが沸き上がっていたはずなのに、一瞬で消え去った感情は新たに疑問と不安を呼び起こす。
意味もなく息を切らせるはずがない。獣人族は人間の数倍、体力がある。
「俺が部屋を出る前は確かに眠っていたぞ!」
「呼ばれてすぐに部屋を訪ねたところ、イベリス様のお姿は既に見当たりませんでした!」
「そんなバカな!!」
会議室を飛び出したファーディナンドが駆け足で部屋に戻ると違和感を覚えた。何かがおかしい。だが、一体なんだ?
「イベリス!!」
イベリスはロベリアと違い、雷に怯えることはない。雨が窓を打つ音が怖いと言ったこともない。だからどこかに隠れるわけもない。サーシャとウォルフが来るまで移動するなどあり得ない。
クローゼットを開け、ベッドの下を覗き込み、手がかりはないかと引き出しを開けるも何も入っていない。ゲームをしているわけではない。こんな状況の中でふざけるタイプでもないためサーシャとウォルフが呼んで出てこないのが不可解だった。
「イベリスの部屋は探したのか!?」
「はい! 浴室、書庫、食材庫、庭の隅々まで探しました! 現在、騎士団総出で探していますが、発見に至らず……」
「イベリスの匂いを追え!! なんのための獣人族だ!!」
振り返って怒鳴るもハッとする。ウォルフは無能な男ではない。若くして騎士となったほど優秀な男だ。獣人族である自分の能力を誰よりも理解しているのはウォルフ自身。言われるまでもなく匂いを追っていたはず。だから会議室に入ってきたとき、彼はまだ獣化したままだった。
「すまん……」
「いえ、私も引き続き捜索に当たります」
「頼んだ」
獣化したウォルフがドア付近で止まって振り返った。
「陛下」
「なんだ……」
「お心を強く、お願いします」
取り乱すな。お前は皇帝だろう。そう言われている気がした。
「わかっている」
ウォルフの赤い目を見つめてしっかりとした声で返事を返すと駆けていった。
静かになった部屋の中をぐるりと見回す。何かがおかしい。何かが不自然。ここに入ってからずっと違和感を感じている。
(なんだ? 何かがおかしい。何がおかしい? 一体何に違和感がある? 考えろ。思い出せ)
部屋を出てからまだそう時間が経っているわけじゃない。
ゆっくり後退りして開けっぱなしのドアの位置まで戻り、この時点で感じた違和感を探る。クローゼットは関係ない。カーテンも窓も違う。花瓶。花。鏡台。テーブル。椅子。本棚。ランプ。全て違う。ベッド。そう、ベッド。ベッドに違和感がある。
ベッドに近寄って見回すもおかしな部分は見当たらない。枕の数は足りているし、天蓋の柱に傷があるわけでもない。床に膝をついてシーツをめくり、ベッドの下を改めて覗き込むが張り付いてもいない。シーツから手を離して立ち上がったところで違和感の理由に気付いた。
「……どういうことだ……」
イベリスは確かにここで寝ていた。上を向いて眠っていた。会議室に向かう前に見たのだから間違いない。だが、何故かベッドのシーツはイベリスが眠っていた場所だけ乱れていない。シワがないのだ。人がそこで入り込んだことによって盛り上がった形跡もなければベッドから出るのにシーツを捲った形跡もない。
「陛下」
情報をできるだけ集めて持ってきたアイゼンの話によると馬車は台数が揃っており、庭師も使用人も城門前の門番も大門の門番もイベリスの姿は確認していないという。
会議室に入ってからそう時間は経っておらず、門番すら見ていないのだから国は出ていないのではないかということ。
捜索区域を城下町にまで広げろと指示を出し、アイゼンが指示を出しに早足でラルドのもとへと向かう。
(逃げ出した? いや、それならウォルフたちに何か話しているはずだ。ウォルフたちに心配をかけてまで家出を優先させるタイプではない。拐われた? いつ。俺が会議室に向かってからウォルフたちが来るまでの間に誰にも見られず何者かがイベリスを連れて出たというのか?)
相当な暗闇であるため不可能ではない。ほとんどの人間が空を見上げ、朝を奪った闇に不安を感じていたはず。普段ならおかしいと思う様子もそっちへの思考は働かなかったのかもしれない。
だが、門番はどうだ。門番までが仕事を放棄して空を見上げていたとは考えにくい。ましてや門番である自分たち以外に大門を開けた人間がいるのに気付かなかったはずがない。
(触れていない……)
朝起きたとき、会議室に向かうとき、どちらもファーディナンドはイベリスに触れていない。起こしたくなかったからだ。姿は見た。だが、触れていない。
(俺が部屋を出たすぐあと、ウォルフたちが来るまでに何者かがイベリスを連れて出たとして、その短時間でウォルフが匂いを追えないはずがない。イベリスが自分の意思で出て行ったのだとしても同じだ。だとすれば……)
あそこで寝ていたイベリスが幻術によって見せられていたものである可能性がファーディナンドの中で浮上する。
(一体いつからイベリスはいなかった!?)
ハッとする。昨夜、風に当たると言ってテラスに出た。置いてあるお気に入りの椅子に座ったままジッと月を見上げていた。ガタッと音がしたため様子を見に行ったが、椅子が倒れているわけでもなければランタンが倒れているわけでもない。イベリスは耳が聞こえないため無反応なのは当然で、それに違和感を覚えるはずもなく、一階のほうからだったかと思い込んだ。
もしあの音がイベリスが拐われ、幻術とすり替わったものだとしたら──
「ウォルフを呼べ!! すぐにだ!!」
突然大声を出したファーディナンドに驚きながらも部屋を飛び出したアイゼンはイベリスを探し回っている使用人全員にウォルフを呼ぶよう伝え、走り回った。
翌朝、信じられない光景に目を疑ったのはファーディナンドだけではなかった。
空を覆う暗闇。祓ったはずの闇が復活している。
「何故だ……! 聖女は加護をかけたと言っていたぞ!」
部屋にやってきたアイゼンに怒鳴るもわからないの一点張り。
「緊急会議をと既に貴族の皆様が集まっておられます。陛下もお急ぎください」
「わかった」
どれほど声を荒げようと聞こえないイベリスはまだベッドの中でスヤスヤと眠っている。わざわざ起こす必要はないと判断し、サーシャとウォルフをここで待機させるよう命じ、貴族たちが待つ会議室へと駆け足で向かった。
「やはりこうなったではありませんか!!」
「だからあれほど聖女を引き留めるべきだと申し上げましたのに!!」
「聖女の加護だけでどうにかなる問題ではないんです!! 聖女の存在が闇を祓うのです!! 陛下もおわかりのはず!!」
「今からでも遅くありません! 聖女に戻ってきてもらいましょう! そしてテロスの守護神となっていただくのです!!」
「このままでは明日にでも暴動が起きるやもしれませんぞ!! 聖女の存在を求め、聖女を呼び戻さない陛下に怒りを抱く国民が城門を破壊し、城に乗り込んで来るかもしれません!!」
会議室には貴族たちの怒声が響き渡っている。祓われたはずの闇が聖女がいなくなった途端に復活した。聖女は確かに加護をかけたと言った。昨日の朝も確かに加護の重ねがけをしてくれた。それなのに闇は加護をものともせず、広がっていく。
一度目よりも深いように見えるその闇に今度こそ災いが起きるのではないかと貴族たちは何度も外を見遣る。
「まさか……ロベリア様の呪い、というわけでは……」
「口を慎め!!」
響き渡るほどの怒声に貴族たちは萎縮する。
これがロベリアの呪いであるはずがない。ロベリアは誰かを呪ったりするような女ではない。もし自分が誰かを別の女性を愛したとしても祝福できる心優しい女だ。発言した男を睨みつけるも男は震えながら反論する。
「で、ですが、最近の陛下はイベリス皇妃にご執心だとか……」
「妻を愛して何が悪い! それがロベリアへの裏切りだと言うのか!」
「ロ、ロベリア前皇妃は病に倒れ、お亡くなりになりました。その無念は計り知れないでしょう。心から陛下を愛しておられたことは私どもも幾度となく目にしております。叶うならあと五十年は陛下と共に生きたかったはず。それなのに陛下には既に新しい妻がおり──」
強くテーブルが叩かれ、置かれていた人数分の水が入ったグラスが倒れた。一斉に足で椅子を引いて立ち上がる貴族たちが男に「もうやめておけ」と目で訴えるも男はやめない。恐怖で握った拳を震わせながらまだ口を開く。
「も、申し上げますが、イベリス皇妃は皇妃としての役割を全く果たしておりません! 皇帝と結婚したからには皇妃としての自覚を持ち、行動するのが務めのはず! ロベリア皇妃は皇妃として申し分ない働きをしてくださいました! 私はテロスの国民として──」
「ロベリアとイベリスを比べてどうなる!! 何もしなくていいと俺が言ったんだ! イベリスの仕事は全て俺に回せと俺が言ったんだ! 俺が求婚し、嫁に来てもらったからだ!」
「で、ですが──」
「耳が聞こえなくとも耳と手が使えるのだからできることがあるとでも言いたげだな? それでもさせるなと俺が言ったんだ。皇妃の自覚? 皇妃の行動? 皇妃として敬う姿勢すら見せないお前たちに批判する資格があるとでも思っているのか!!」
耳が聞こえない皇妃への戸惑いなら理解できる。だが、彼らは違う。耳が聞こえないことで見下していい相手だと判断している。その視線に、表情に気付いていたファーディナンドはずっと堪えていた怒りを爆発させた。喉が切れそうなほどの怒声はドアを閉めていても外まで響き、使用人たちが怯える。
この世界の誰にもイベリスを批判する資格はない。夫である自分でさえイベリスに文句を言う資格すら持たないのだから接してこなかった彼らにあるはずがないとテーブルを叩き、怒鳴り続けるファーディナンドに必死に反論していた男もついに黙った。
「陛下、今は冷静に話し合うべきとき。イベリス様の問題ではなく、テロスを覆うこの闇をどうするかの話し合いを──」
アイゼンの言葉を遮るようにドアが乱暴に開く音がした。
「陛下! 大変です!!」
ドアを突き破るように飛び込んできたウォルフが獣化を解いて人間へと戻る。汗をかき、息を切らせている。
「会議中だぞ。ノックを──」
「イベリス様のお姿が見えません!!」
静まりそうにない怒りが沸き上がっていたはずなのに、一瞬で消え去った感情は新たに疑問と不安を呼び起こす。
意味もなく息を切らせるはずがない。獣人族は人間の数倍、体力がある。
「俺が部屋を出る前は確かに眠っていたぞ!」
「呼ばれてすぐに部屋を訪ねたところ、イベリス様のお姿は既に見当たりませんでした!」
「そんなバカな!!」
会議室を飛び出したファーディナンドが駆け足で部屋に戻ると違和感を覚えた。何かがおかしい。だが、一体なんだ?
「イベリス!!」
イベリスはロベリアと違い、雷に怯えることはない。雨が窓を打つ音が怖いと言ったこともない。だからどこかに隠れるわけもない。サーシャとウォルフが来るまで移動するなどあり得ない。
クローゼットを開け、ベッドの下を覗き込み、手がかりはないかと引き出しを開けるも何も入っていない。ゲームをしているわけではない。こんな状況の中でふざけるタイプでもないためサーシャとウォルフが呼んで出てこないのが不可解だった。
「イベリスの部屋は探したのか!?」
「はい! 浴室、書庫、食材庫、庭の隅々まで探しました! 現在、騎士団総出で探していますが、発見に至らず……」
「イベリスの匂いを追え!! なんのための獣人族だ!!」
振り返って怒鳴るもハッとする。ウォルフは無能な男ではない。若くして騎士となったほど優秀な男だ。獣人族である自分の能力を誰よりも理解しているのはウォルフ自身。言われるまでもなく匂いを追っていたはず。だから会議室に入ってきたとき、彼はまだ獣化したままだった。
「すまん……」
「いえ、私も引き続き捜索に当たります」
「頼んだ」
獣化したウォルフがドア付近で止まって振り返った。
「陛下」
「なんだ……」
「お心を強く、お願いします」
取り乱すな。お前は皇帝だろう。そう言われている気がした。
「わかっている」
ウォルフの赤い目を見つめてしっかりとした声で返事を返すと駆けていった。
静かになった部屋の中をぐるりと見回す。何かがおかしい。何かが不自然。ここに入ってからずっと違和感を感じている。
(なんだ? 何かがおかしい。何がおかしい? 一体何に違和感がある? 考えろ。思い出せ)
部屋を出てからまだそう時間が経っているわけじゃない。
ゆっくり後退りして開けっぱなしのドアの位置まで戻り、この時点で感じた違和感を探る。クローゼットは関係ない。カーテンも窓も違う。花瓶。花。鏡台。テーブル。椅子。本棚。ランプ。全て違う。ベッド。そう、ベッド。ベッドに違和感がある。
ベッドに近寄って見回すもおかしな部分は見当たらない。枕の数は足りているし、天蓋の柱に傷があるわけでもない。床に膝をついてシーツをめくり、ベッドの下を改めて覗き込むが張り付いてもいない。シーツから手を離して立ち上がったところで違和感の理由に気付いた。
「……どういうことだ……」
イベリスは確かにここで寝ていた。上を向いて眠っていた。会議室に向かう前に見たのだから間違いない。だが、何故かベッドのシーツはイベリスが眠っていた場所だけ乱れていない。シワがないのだ。人がそこで入り込んだことによって盛り上がった形跡もなければベッドから出るのにシーツを捲った形跡もない。
「陛下」
情報をできるだけ集めて持ってきたアイゼンの話によると馬車は台数が揃っており、庭師も使用人も城門前の門番も大門の門番もイベリスの姿は確認していないという。
会議室に入ってからそう時間は経っておらず、門番すら見ていないのだから国は出ていないのではないかということ。
捜索区域を城下町にまで広げろと指示を出し、アイゼンが指示を出しに早足でラルドのもとへと向かう。
(逃げ出した? いや、それならウォルフたちに何か話しているはずだ。ウォルフたちに心配をかけてまで家出を優先させるタイプではない。拐われた? いつ。俺が会議室に向かってからウォルフたちが来るまでの間に誰にも見られず何者かがイベリスを連れて出たというのか?)
相当な暗闇であるため不可能ではない。ほとんどの人間が空を見上げ、朝を奪った闇に不安を感じていたはず。普段ならおかしいと思う様子もそっちへの思考は働かなかったのかもしれない。
だが、門番はどうだ。門番までが仕事を放棄して空を見上げていたとは考えにくい。ましてや門番である自分たち以外に大門を開けた人間がいるのに気付かなかったはずがない。
(触れていない……)
朝起きたとき、会議室に向かうとき、どちらもファーディナンドはイベリスに触れていない。起こしたくなかったからだ。姿は見た。だが、触れていない。
(俺が部屋を出たすぐあと、ウォルフたちが来るまでに何者かがイベリスを連れて出たとして、その短時間でウォルフが匂いを追えないはずがない。イベリスが自分の意思で出て行ったのだとしても同じだ。だとすれば……)
あそこで寝ていたイベリスが幻術によって見せられていたものである可能性がファーディナンドの中で浮上する。
(一体いつからイベリスはいなかった!?)
ハッとする。昨夜、風に当たると言ってテラスに出た。置いてあるお気に入りの椅子に座ったままジッと月を見上げていた。ガタッと音がしたため様子を見に行ったが、椅子が倒れているわけでもなければランタンが倒れているわけでもない。イベリスは耳が聞こえないため無反応なのは当然で、それに違和感を覚えるはずもなく、一階のほうからだったかと思い込んだ。
もしあの音がイベリスが拐われ、幻術とすり替わったものだとしたら──
「ウォルフを呼べ!! すぐにだ!!」
突然大声を出したファーディナンドに驚きながらも部屋を飛び出したアイゼンはイベリスを探し回っている使用人全員にウォルフを呼ぶよう伝え、走り回った。
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