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四度目の命日5

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『ロベリア叔母さんは死ぬの怖くないの?』
『怖くないわ』
『どうして? 陛下とはもう二度と会えないんだよ?』
『会えるわ』
『死んだ人はもう会えないんだよ』
『会えるの』

 天井を見上げながら微笑むロベリアのその自信がフレドリカにはわからなかった。死んでしまった人間は生き返らないし、もう二度と会うこともできない。それなのに会えると確信を持ったように言うのは何故か。

『だって彼、約束してくれたもの。私を生き返らせるって』
『生き返らないよ。魔法士でも蘇生術は禁忌だもん』

 蘇生術は闇魔法として扱われ、闇魔法は禁忌とされている。使用すれば即刻死刑。図書館でさえ闇魔法の書物は扱えず、所持しているのは魔法省だけ。魔法省すらそれらは地下深くに保管し、取り出せるのはトップだけ。それも世界中に散らばっている大魔法士五人が持つ鍵が揃わなければ開けられないという。
 ファーディナンドがどれほど願おうと金を積もうと動く魔法士はいないだろう。ファーディナンドの願いを断れば待つのは死かもしれない。だが、闇魔法を使えば結局は死を迎える。
黒魔法を学んだ経験があるのは大魔法士ぐらいだろう。テロスの魔法士に使えるわけもないのに何を言ってるんだと子供ながらに思った。
 何を言いたいのか顔を見ればわかる様子にロベリアがクスッと笑う。

『魔法士には、ね』
『じゃあ誰がするの?』 

 大魔法士との繋がりはないはず。あればテロスは世界最大級の力を持っているし、その存在は皇帝でさえ首を垂れなければならないのだからファーディナンドがふんぞり返っているはずがない。
 痩せ細った手で弱々しく人差し指を伸ばしてその場に小さく円を描くロベリアの表情は希望に満ち溢れていた。

『魔女よ』

 言い放たれたその存在にフレドリカはかぶりを振る。

『まさか……終焉の森の……魔女? むりだよ』
『どうして? 彼が言ったのよ。魔女に頼んで生き返らせてやるって。彼は私に嘘をついたりしないもの』

 最東端に位置する森に住まう魔女がいる。森の中には朝でも光が入らず、松明でさえ人一人を照らすことしかできないほど役に立たないという。光がないというだけでどっちに進んでいるのか、どのぐらい歩いたのかもわからなくなる。だが、それにばかり気を取られてはいられない。森の中には恐ろしいほど凶暴な魔物が住んでいる。その魔物を倒しながら終焉の森を抜けて魔女が住む小屋に辿り着かなければならない。辿り着けばなんでも一つだけ願いが叶えてもらえる。なんでも。その噂を聞いて終焉の森に挑む者は今も後を絶たない。
 その噂は十二歳のフレドリカでも知っているほど有名なものだが、あくまでも噂でしかない。それを本当に信じているのかと言葉ないまま見ているとロベリアがニコッと笑った。

『彼は私のためならなんでもするのよ』

 してくれる、ではないその言い方に当時、ものすごく引っかかった。そして続く言葉にも。

『彼は私を失うのが怖いの。私を失えば生きてはいけないでしょうね。だから彼は大勢の騎士を連れて森に挑むわ。魔女はイケメン好きって聞くし、彼、性格に難はあるけど顔はとびきり良いし、魔女も結界を解いてくれると思うの。そしたらあとは騎士が犠牲になっている間に彼が森の奥へと進んで魔女に会うだけ。彼の願いは私の蘇生。私はまたここであなたと話ができる。こんな醜い姿じゃなくて、本来の私の姿でね』

 ゾッとした。人の命を軽んじる人間が天使であるはずがない。大人たちはロベリアを見ながら涙し、口を揃えて言う言葉があった。

『どうしてこんな良い子が病気になんて』
『本物の天使になることなんてないんだよ』
『美しく清らかだから神様は連れて行きたくなっちゃったんだね』

 彼女と話す前は自分もその意見に賛成だったが、この瞬間、まるでガラスが割れたように正反対の印象を持った。
 痩せ細った今の姿は本来の自分の姿ではない。本来の自分はもっと清らかで美しいのだ。天使のように優しく、誰からも愛される良い子なのだからと言わんばかりの口ぶりにフレドリカは初めて人に嫌悪した。だから意地悪を言った。

『でも、陛下は皇帝だからロベリア叔母さんが死んだら再婚すると思う。世継ぎも必要だし』
『ええ、だから私が産むわ。生き返って、元気な身体であの人の子供を産むの。世継ぎを、宝を、私がね』
『ママが世継ぎを産むかも』

 姉に後釜を任せようとしたのを聞いていたことを暗に伝えるとロベリアは笑った。ハハッとどこか嘲笑したように。

『お姉ちゃんにはムリよ。その器にない』

 自分はお前の姉の娘だ。そんな相手を前によくそんな言い方はできたものだと怒りさえ感じた。

『ファーディナンド・キルヒシュに相応しい女は私だけ。世継ぎが問題なんじゃない。誰が、世継ぎを産むのかが問題なのよ。お姉ちゃんでも他の女でもなく私が産むことに意味があるの。彼も私以外と子供を作ろうなんて考えてないし、その考えは一生変わらない』
『別の人を愛しちゃうかも』
『ありえないでしょ? そんなこと』

 その目がとても怖かったのを覚えている。
 ロベリアは本気で蘇生されると信じている。涙ながらに誓ったファーディナンドの言葉を疑ってすらいない。あのとき、アナベルにああ言ったのはあくまでも“良い子”を演じるため。死にたくない気持ちを抑えてまでたった一つのお願いとして姉を推薦する優しい子を演じたのだ。
 愚弄するなと拳を握るフレドリカが言った。

『でも、ママは本気かも』
『かもね。お姉ちゃん、彼のこと本気で好きみたいだし』

 それはフレドリカも気付いていた。ファーディナンドを前にしたロベリアは夫には見せない顔をする。乙女のような、少女のような顔で見ているのだ。娘としては複雑だったが、妹の夫に手を出す勇気もなければ相手にされるとも思っていないことはわかっていたため心配はしていなかった。ロベリアとファーディナンドを見ていれば入る隙がないことぐらい十二歳のフレドリカにでもわかったのだから。

『でもね、ありえないのよ。彼が愛せるのは私だけ。愛を知らなかった彼に愛を教えてあげた私だけが彼に愛される権利を持ってる。だから私は死ぬのなんて怖くないの。彼は愛のために命を賭してでも私を生き返らせてくれるから』

 ああ、嫌いだと心底思って嫌悪した。だからフレドリカは今の感情を抑えず伝えようと思い、言葉を選んで口にした。

『でも死んじゃうんだもんね。可哀想』

 目を見開いたロベリアに十二歳のフレドリカが向けた表情は哀れみ。そこに隠せない嘲笑があるのをロベリアは気付いていた。

『私が生き返ったら一番にあなたを叩いてあげる』
『生き返ったら、ね』
『彼が嘘をつくわけない』
『彼は、ね。でも魔女はどうかな。嘘つきだって聞くし』
『あれは嘘じゃない! 絶対よ!』
『会ったこともないのにどうしてわかるの? 可哀想なロベリア叔母さん。真実かどうかもわからないものを希望にして死んでいくんだから』
『黙りなさい!!』

 ロベリアの大声に慌てて部屋に飛び込んできた家族にロベリアは涙していた。怒鳴ってごめんなさいと伸ばしてきた手をフレドリカが握ることはなく、片眉を上げて『バイバイ』と言った。ロベリアしか見ていない家族がこちらを見ないとわかっていて、あえて微笑んだ。

「嘘よ……」

 フレドリカしか知らない真実にアナベルは愕然とする。ありえない。そんな子じゃない。そんなことを言うような子じゃないと一点を見つめながら震えるもフレドリカは『死んだ人間について嘘つく意味ないでしょ』と言った。

「魔女に生き返らせてもらう……って……まさか……」

 イベリスを嫁にしたのは、と勢いよく顔を上げるアナベルに「わからないけど」とかぶりを振ったが、可能性はあるとフレドリカも気付いていた。

「だからイベリス皇妃のことをあんな風に言うんだと思う。愛して結婚したなら、ロベリア叔母さんと重ねてるならもっと優しく言うはずだもん」
「家族の前だから、かも、しれない、じゃない……」
「そうだね。ロベリア叔母さんの本性を私しか知らなかったように、あの二人のことはこの城の人はしか知らない。だから憶測して批判するつもりもない。ただ、私はあの陛下の発言に腹が立ったから言ったの。それだけ」

 信じられない、信じたくないフレドリカとロベリアの対話。だが、信じたくないという思いの裏でずっと引っかかっていたことが解けていく。
 あれはロベリアが亡くなる日の朝だった。

『おね……ちゃ……フレド……カ、は……?』
『フレドリカは怖いって言って部屋に閉じこもってるわ』
『会いた……かっ……』
『どうか許してあげて。大好きな叔母さんの死を受け止めきれないのよ』
『あの、子……は……あ……ま……よ』

 そのときは聞き間違いかと思っていたが、もしフレドリカが話したことが事実だとしたらあれは聞き間違いではない。

『あの子は悪魔よ』

 ロベリアはそう言った。そしてそのあと、ひどく小さな声で『許さない』と続けた。聞き間違いだと思い込もうとしたができなかったそれが棘となって引っかかり続けた。
 十二歳の子供を許さないなどロベリアが言うはずがない。ロベリアはいつも『人生は一度きりなんだから許さない相手を作るなんてしんどいことすべきじゃないわ。自分のために相手を許すの』と。それは仲良くしろと言うわけではなく、心に負荷をかけ続けるなという意味だと笑っていたあの天使が死に際に言った言葉は嘘ではない。心からの言葉だ。呪いにも近いその言葉を今この瞬間になってようやく現実として理解した。
 もし、ファーディナン度がそう誓って、本気でそうするのだとしたら、本当にロベリアが生き返ったら──アナベルは素直に喜べそうになかった。フレドリカに復讐する。それが見えた未来が怖かった。

「私はこのまま帰るけど、ママはどうする?」
「帰るわけにいかないでしょ……」
「そ。頑張って」

 そのまま本当に外に出て馬車に乗り込んだフレドリカは帰っていった。
 ロベリアの姉として出席しているのだからこのまま何も言わずに帰るわけにはいかない。キツく叱っておいたと言い、謝罪して、笑顔を作って席に着く。頭の中で何度も自分の行動を繰り返しながらゆっくりと階段を上がっていった。
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