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アイススケート
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「大したもんだな」
「恐縮です」
庭の広い池がパキパキと音を立てながら凍っていくのを見てファーディナンドが呟いた。
テロスはリンドルやグラキエスとは違い、さまざまな季節が過ぎていく。暑過ぎず寒過ぎない。それがテロス。そこで生まれ育ったファーディナンドにとって凍った池を見るのは初めてのこと。
本当にしっかり凍っているのだろうかと怪しんでいる部分もある。
「ウォルフ、乗れ」
「試そうとしてます?」
「いいから行け」
ウォルフはグラキエス出身であるため魔法の中で氷属性を一番信頼しているため疑いなく氷の上に乗った。
「陛下、見てください! 大丈夫ですよ!」
二メートルを超える巨体が乗ってもミシッと圧がかかる音すらしないことに疑いは消えるが、どうにも乗る気にならない。隣に立つイベリスは目を輝かせており、乗ってこいと声をかけようものなら手を引かれて強制的に氷の上を滑ることになるのは目に見えている。
声をかけずとも今にも走り出しそうなイベリスと極力目を合わせないようにウォルフを見ていると距離が変わっていく。
「あーこれヤバいやつだ。ヤバいわ」
割れないことを証明したウォルフが両手を広げたまま笑顔で遠ざかっていく。本人はその場から一歩も動いてはいない。特別な靴を使用しているわけではなく、滑り止めもついていない靴のせいで氷の上で立ち止まることはなく、立っているだけで勝手に滑っていく。
笑顔で遠ざかっていくウォルフを心配したイベリスがサーシャに連れ戻さないと、と訴えるもサーシャは無理だと言った。
〈池の向こうに着くだけですので大丈夫でしょう〉
〈遠いよ?〉
〈氷を解除して濡れるよりはマシかと〉
相変わらずウォルフに対して冷たい態度を取るサーシャにイベリスは眉を下げる。ウォルフは気さくに話しかけているのだが、サーシャは無視することが多い。十回話しかけて十回無視されることもあると笑っていたウォルフに気にしている様子は見受けられなかったが、昔馴染みの相手と偶然にも再会したのに無視されて悲しくないはずがない。
イベリスはテロスでリンウッドと再会して無視されたらと考えると無性に悲しくなった。ウォルフもきっとそんな感じだと想像するがサーシャの対応を強制はできない。できれば仲良くしてほしいと願うだけ。
「あれでも滑ると言うのか?」
〈でも滑るだけでも楽しいのよ?〉
「俺には流されているだけのように見えたが?」
〈ほら、時には流れに身を任せるのもいいと思わない?〉
「任せすぎじゃないか?」
どんどんと遠くへ行ってしまうウォルフを見ていると出てくるのは「楽しそう」や「面白そう」といった前向きなものではなく「想像と違った」だった。
リンベルでは上手く滑れていた。なぜここではそうじゃないのかと答えを求めてサーシャを見ると城を出る前から持っていたブラシをイベリスに見せる。
〈これで氷に少し傷をつけます〉
〈滑らなくなるんじゃない?〉
〈しっかりと傷をつけると引っかかって転んでしまいますが、表面を少しだけ傷つけることによって滑りすぎるのを防ぎます〉
〈楽しめる?〉
〈やってみないことにはなんとも言えませんが〉
あくまでも可能性の話だと言ってブラシを手に氷の上に乗ったサーシャをハラハラしながら見ていると立っていたサーシャが氷の上に寝転んだ。
寝転んだまま起き上がらず、晴れた空を見上げて黙っているサーシャに慌てて池の際まで駆け寄って顔を覗き込む。その際。イベリスの手はファーディナンドの手を握ったままだ。何かあれば引っ張ってもらおうと考えてのこと。
〈大丈夫!?〉
手を伸ばしてサーシャのエプロンを掴むとそのまま引っ張った。スーッと流れてくる姿は誰の目にも滑稽に映るが、サーシャの表情に変化はない。
「これでは死者が出るのではないか?」
ファーディナンドの問いにようやく起き上がったサーシャが難しい顔をする。
「グラキエスでは子供だけですが、転んでも楽しそうに何度でも挑戦していました。子供は吸収が早く、すぐに滑れるようになるんです」
「だといいがな」
「死者が出るようなことはありませんでしたが……いかがいたしましょう?」
「イベリスが既にイベント告知をした以上は今更取りやめというわけにもいかんだろう。死者が出たら中止と触れ回っておけ」
「かしこまりました」
テロスの街を流れる川は池よりも凍らせるのに時間がかかるためそろそろ向かわねばとイベリスに伝えるとパッと手を離してサーシャと腕を組む。
〈行ってくるから、戻ってきたときには滑れるようになっててね〉
「俺は忙しいんだ」
〈でも時間作ってくれるでしょ? 月をスポットライト代わりに夜のアイスリンクで踊るのも素敵だと思わない?〉
「また風邪をひくことになるぞ」
〈バカも風邪ひくものね〉
「お前のことだ」
ベーッと舌を出して門前に停めてある馬車へと向かう二人を見送ると隣を猛スピードで駆け抜ける獣が視界に入った。追いついた瞬間にボンッと音を立てて人型へと変わったウォルフをイベリスが笑う。
馬車の前では既にマシロが待機しており、一緒に馬車に乗り込んだ。
街は告知のおかげか、まるで建国記念パレードでも行われるのではないかと勘違いしそうになるほど大勢の国民が集まっていた。
彼らも凍った川を見たことがない。凍る瞬間を一目見るべく側道に陣取り、全員が似たような厚着をしながら待っている。
側道から階段を下りて川に近付いたサーシャがその場でしゃがみ、手をかざす。サーシャの手が小さなダイヤモンドダストを作り出しているかのようにキラキラと輝き、それが川に触れた瞬間、池を凍らせたとき同様に一気に凍っていく。
響く歓声と拍手。
「イベリス様、周りをご覧ください」
表示された言葉に側道を見上げると集まっていた国民のほとんどが拍手をしていた。音は聞こえないが指笛を吹いている者もいた。
しばらくして子供たちが「まだー?」と声を上げ、それにウォルフが対応する。
「えー、この氷が簡単に割れることはありませんが、さすがにこれだけの数が一斉に乗るとどうなるかわかりませんので告知どおり人数制とさせていただきます。時間制限ありでの交代。これには我々騎士団が係となって対応しますので順番を守ってお待ちください。とてもよく滑るので小さいお子さんは必ず保護者の方と手をお繋ぎになってお楽しみください。死者が出た時点で中止となります。どうかあまり無茶なことはせず、まずは慎重に慎重に、生まれたての仔馬のような感じでお願いします」
用意していた拡声器で告げると子供たちが一斉に「はーい!」と返事をした。それにまた笑顔になるウォルフに令嬢たちが色めき立つ。
暫くして端まで凍ったのを感じたサーシャが手を離し、凍り具合を確認して頷いたことでウォルフが係の騎士に合図を出した。既に階段前には長蛇の列。
途中で作った氷の柵がスペースを分ける。大人とぶつかって怪我をしないようにと作られた子供向けのスペース。そこへ続く列も多かった。
「本当にロベリア様にそっくりだ」
「まるでロベリア様が生き返ったようだ」
「嬉しいねぇ。陛下もさぞお喜びのことだろう」
「あの結婚式のときの陛下はとても嬉しそうだったからな」
イベリスの近くに立つ国民が口にする言葉がイベリスに聞こえていないのが幸いだと二人は思った。彼らの言葉が文字として見えていたらイベリスは傷ついていたに違いない。
「ロベリアさま」
列から抜けて近付いてきた幼子がイベリスの足に腰に抱きついた。
〈ふふっ、なあに? どうしたの?〉
嬉しそうに笑うイベリスが抱き上げると幼子は嬉しそうに笑って今度は首に抱きついた。
十六歳で既に母親になっている者もいるため、皇妃となったイベリスが母でもおかしくはない。柔らかな匂いがする子供と頬を合わせる姿は微笑ましいが、二人は複雑な心境でそれを見ていた。
「すみません! 本当にすみません!」
母親だろう女性が慌てて駆け寄ってくる。奪うことはできないため両手を伸ばすと幼子が自分から母親に両手を伸ばして戻っていく。
「本当にロベリア様と瓜二つなんですね。姉妹ではないんですよね?」
「違います」
「じゃあ陛下がロベリア様と瓜二つの女性を探し出して再婚されたということですか?」
「イベリス様に惚れて再婚なされただけです」
「でもここまでそっくりだと──」
井戸端会議でもするようにそこに留まる女性の詮索に対してウォルフは苦笑しながらの対応だったが、サーシャは違った。
「列にお戻りください」
場が凍るほどピシャリと言い放った。女性は気まずそうに夫がいる列へと戻っていくが、何か言いたげに振り向いてはイベリスを見ていた。
〈彼女はなんて言ってたの?〉
「近くで見ると遠くで見たときよりもずっと愛らしくて驚いたと」
〈ホント~?〉
「騎士は嘘はつきません」
〈そうなの?〉
「はい。そう誓いを立てるんです」
「天性の嘘つきのくせに」
イベリスに聞こえないのをいいことにサーシャがその場で嘘だとバラしては近くにいた国民がクスクスと笑う。
〈戻りましょうか〉
〈もう少しこの景色を見ていたいわ〉
ゆっくりと、慎重に、本当に生まれたての仔馬のように足を震わせながら必死にバランスを取っては転ぶ大人たち。それを笑うあっという間に滑るコツを掴んだ子供たち。ここに怒りや悲しみといった感情は存在しない。イベリスはその光景がとても美しいものに見えた。
〈陛下がお待ちですよ〉
〈どうせ仕事してる〉
〈わかりませんよ? イベリスとのスケートデートのために練習されているかもしれません〉
〈絶対ない〉
〈じゃあ帰って確かめてみましょう〉
そこへ繋がるかとサーシャの誘導に笑うともう一度だけ目の前に溢れる笑顔を焼き付けて馬車へと向かう。乗り込んだ馬車から外を見ると手を振ってくれる国民に笑顔で手を振り返す。
「イベリス様は人気者ですね」
〈すごく嬉しい〉
胸の正面で開いた両手を交互に上下させるイベリスをウォルフも真似する。説明してもらわずともそれが「嬉しい」の手話であることはわかった。
サーシャだけがそこに笑顔を浮かべない。ここに到着してからこの瞬間まで、国民の誰もがイベリスの名を口にしなかった。手を振って見送るこの瞬間でさえ、彼らは「ロベリア様」と呼んでいたから。
「恐縮です」
庭の広い池がパキパキと音を立てながら凍っていくのを見てファーディナンドが呟いた。
テロスはリンドルやグラキエスとは違い、さまざまな季節が過ぎていく。暑過ぎず寒過ぎない。それがテロス。そこで生まれ育ったファーディナンドにとって凍った池を見るのは初めてのこと。
本当にしっかり凍っているのだろうかと怪しんでいる部分もある。
「ウォルフ、乗れ」
「試そうとしてます?」
「いいから行け」
ウォルフはグラキエス出身であるため魔法の中で氷属性を一番信頼しているため疑いなく氷の上に乗った。
「陛下、見てください! 大丈夫ですよ!」
二メートルを超える巨体が乗ってもミシッと圧がかかる音すらしないことに疑いは消えるが、どうにも乗る気にならない。隣に立つイベリスは目を輝かせており、乗ってこいと声をかけようものなら手を引かれて強制的に氷の上を滑ることになるのは目に見えている。
声をかけずとも今にも走り出しそうなイベリスと極力目を合わせないようにウォルフを見ていると距離が変わっていく。
「あーこれヤバいやつだ。ヤバいわ」
割れないことを証明したウォルフが両手を広げたまま笑顔で遠ざかっていく。本人はその場から一歩も動いてはいない。特別な靴を使用しているわけではなく、滑り止めもついていない靴のせいで氷の上で立ち止まることはなく、立っているだけで勝手に滑っていく。
笑顔で遠ざかっていくウォルフを心配したイベリスがサーシャに連れ戻さないと、と訴えるもサーシャは無理だと言った。
〈池の向こうに着くだけですので大丈夫でしょう〉
〈遠いよ?〉
〈氷を解除して濡れるよりはマシかと〉
相変わらずウォルフに対して冷たい態度を取るサーシャにイベリスは眉を下げる。ウォルフは気さくに話しかけているのだが、サーシャは無視することが多い。十回話しかけて十回無視されることもあると笑っていたウォルフに気にしている様子は見受けられなかったが、昔馴染みの相手と偶然にも再会したのに無視されて悲しくないはずがない。
イベリスはテロスでリンウッドと再会して無視されたらと考えると無性に悲しくなった。ウォルフもきっとそんな感じだと想像するがサーシャの対応を強制はできない。できれば仲良くしてほしいと願うだけ。
「あれでも滑ると言うのか?」
〈でも滑るだけでも楽しいのよ?〉
「俺には流されているだけのように見えたが?」
〈ほら、時には流れに身を任せるのもいいと思わない?〉
「任せすぎじゃないか?」
どんどんと遠くへ行ってしまうウォルフを見ていると出てくるのは「楽しそう」や「面白そう」といった前向きなものではなく「想像と違った」だった。
リンベルでは上手く滑れていた。なぜここではそうじゃないのかと答えを求めてサーシャを見ると城を出る前から持っていたブラシをイベリスに見せる。
〈これで氷に少し傷をつけます〉
〈滑らなくなるんじゃない?〉
〈しっかりと傷をつけると引っかかって転んでしまいますが、表面を少しだけ傷つけることによって滑りすぎるのを防ぎます〉
〈楽しめる?〉
〈やってみないことにはなんとも言えませんが〉
あくまでも可能性の話だと言ってブラシを手に氷の上に乗ったサーシャをハラハラしながら見ていると立っていたサーシャが氷の上に寝転んだ。
寝転んだまま起き上がらず、晴れた空を見上げて黙っているサーシャに慌てて池の際まで駆け寄って顔を覗き込む。その際。イベリスの手はファーディナンドの手を握ったままだ。何かあれば引っ張ってもらおうと考えてのこと。
〈大丈夫!?〉
手を伸ばしてサーシャのエプロンを掴むとそのまま引っ張った。スーッと流れてくる姿は誰の目にも滑稽に映るが、サーシャの表情に変化はない。
「これでは死者が出るのではないか?」
ファーディナンドの問いにようやく起き上がったサーシャが難しい顔をする。
「グラキエスでは子供だけですが、転んでも楽しそうに何度でも挑戦していました。子供は吸収が早く、すぐに滑れるようになるんです」
「だといいがな」
「死者が出るようなことはありませんでしたが……いかがいたしましょう?」
「イベリスが既にイベント告知をした以上は今更取りやめというわけにもいかんだろう。死者が出たら中止と触れ回っておけ」
「かしこまりました」
テロスの街を流れる川は池よりも凍らせるのに時間がかかるためそろそろ向かわねばとイベリスに伝えるとパッと手を離してサーシャと腕を組む。
〈行ってくるから、戻ってきたときには滑れるようになっててね〉
「俺は忙しいんだ」
〈でも時間作ってくれるでしょ? 月をスポットライト代わりに夜のアイスリンクで踊るのも素敵だと思わない?〉
「また風邪をひくことになるぞ」
〈バカも風邪ひくものね〉
「お前のことだ」
ベーッと舌を出して門前に停めてある馬車へと向かう二人を見送ると隣を猛スピードで駆け抜ける獣が視界に入った。追いついた瞬間にボンッと音を立てて人型へと変わったウォルフをイベリスが笑う。
馬車の前では既にマシロが待機しており、一緒に馬車に乗り込んだ。
街は告知のおかげか、まるで建国記念パレードでも行われるのではないかと勘違いしそうになるほど大勢の国民が集まっていた。
彼らも凍った川を見たことがない。凍る瞬間を一目見るべく側道に陣取り、全員が似たような厚着をしながら待っている。
側道から階段を下りて川に近付いたサーシャがその場でしゃがみ、手をかざす。サーシャの手が小さなダイヤモンドダストを作り出しているかのようにキラキラと輝き、それが川に触れた瞬間、池を凍らせたとき同様に一気に凍っていく。
響く歓声と拍手。
「イベリス様、周りをご覧ください」
表示された言葉に側道を見上げると集まっていた国民のほとんどが拍手をしていた。音は聞こえないが指笛を吹いている者もいた。
しばらくして子供たちが「まだー?」と声を上げ、それにウォルフが対応する。
「えー、この氷が簡単に割れることはありませんが、さすがにこれだけの数が一斉に乗るとどうなるかわかりませんので告知どおり人数制とさせていただきます。時間制限ありでの交代。これには我々騎士団が係となって対応しますので順番を守ってお待ちください。とてもよく滑るので小さいお子さんは必ず保護者の方と手をお繋ぎになってお楽しみください。死者が出た時点で中止となります。どうかあまり無茶なことはせず、まずは慎重に慎重に、生まれたての仔馬のような感じでお願いします」
用意していた拡声器で告げると子供たちが一斉に「はーい!」と返事をした。それにまた笑顔になるウォルフに令嬢たちが色めき立つ。
暫くして端まで凍ったのを感じたサーシャが手を離し、凍り具合を確認して頷いたことでウォルフが係の騎士に合図を出した。既に階段前には長蛇の列。
途中で作った氷の柵がスペースを分ける。大人とぶつかって怪我をしないようにと作られた子供向けのスペース。そこへ続く列も多かった。
「本当にロベリア様にそっくりだ」
「まるでロベリア様が生き返ったようだ」
「嬉しいねぇ。陛下もさぞお喜びのことだろう」
「あの結婚式のときの陛下はとても嬉しそうだったからな」
イベリスの近くに立つ国民が口にする言葉がイベリスに聞こえていないのが幸いだと二人は思った。彼らの言葉が文字として見えていたらイベリスは傷ついていたに違いない。
「ロベリアさま」
列から抜けて近付いてきた幼子がイベリスの足に腰に抱きついた。
〈ふふっ、なあに? どうしたの?〉
嬉しそうに笑うイベリスが抱き上げると幼子は嬉しそうに笑って今度は首に抱きついた。
十六歳で既に母親になっている者もいるため、皇妃となったイベリスが母でもおかしくはない。柔らかな匂いがする子供と頬を合わせる姿は微笑ましいが、二人は複雑な心境でそれを見ていた。
「すみません! 本当にすみません!」
母親だろう女性が慌てて駆け寄ってくる。奪うことはできないため両手を伸ばすと幼子が自分から母親に両手を伸ばして戻っていく。
「本当にロベリア様と瓜二つなんですね。姉妹ではないんですよね?」
「違います」
「じゃあ陛下がロベリア様と瓜二つの女性を探し出して再婚されたということですか?」
「イベリス様に惚れて再婚なされただけです」
「でもここまでそっくりだと──」
井戸端会議でもするようにそこに留まる女性の詮索に対してウォルフは苦笑しながらの対応だったが、サーシャは違った。
「列にお戻りください」
場が凍るほどピシャリと言い放った。女性は気まずそうに夫がいる列へと戻っていくが、何か言いたげに振り向いてはイベリスを見ていた。
〈彼女はなんて言ってたの?〉
「近くで見ると遠くで見たときよりもずっと愛らしくて驚いたと」
〈ホント~?〉
「騎士は嘘はつきません」
〈そうなの?〉
「はい。そう誓いを立てるんです」
「天性の嘘つきのくせに」
イベリスに聞こえないのをいいことにサーシャがその場で嘘だとバラしては近くにいた国民がクスクスと笑う。
〈戻りましょうか〉
〈もう少しこの景色を見ていたいわ〉
ゆっくりと、慎重に、本当に生まれたての仔馬のように足を震わせながら必死にバランスを取っては転ぶ大人たち。それを笑うあっという間に滑るコツを掴んだ子供たち。ここに怒りや悲しみといった感情は存在しない。イベリスはその光景がとても美しいものに見えた。
〈陛下がお待ちですよ〉
〈どうせ仕事してる〉
〈わかりませんよ? イベリスとのスケートデートのために練習されているかもしれません〉
〈絶対ない〉
〈じゃあ帰って確かめてみましょう〉
そこへ繋がるかとサーシャの誘導に笑うともう一度だけ目の前に溢れる笑顔を焼き付けて馬車へと向かう。乗り込んだ馬車から外を見ると手を振ってくれる国民に笑顔で手を振り返す。
「イベリス様は人気者ですね」
〈すごく嬉しい〉
胸の正面で開いた両手を交互に上下させるイベリスをウォルフも真似する。説明してもらわずともそれが「嬉しい」の手話であることはわかった。
サーシャだけがそこに笑顔を浮かべない。ここに到着してからこの瞬間まで、国民の誰もがイベリスの名を口にしなかった。手を振って見送るこの瞬間でさえ、彼らは「ロベリア様」と呼んでいたから。
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