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クロヴィスの策略
しおりを挟む———なにあれ……
リリーは驚いていた。
コレットに会うためにサロンへと急いだまではいいのだが、キャッキャと珍しく下品な笑いではなく上品なお嬢様が集まっているような華やいだ笑い声に何事かと窓から中を覗き込んでギョッとした。
「クロヴィス王子がこのような場所にお越しくださるなんて信じられませんわ!」
あのクロヴィス・ギー・モンフォールが貴族令嬢たちに囲まれて座っている状況が理解出来なかった。
「皆の話に耳を傾けるのも王の務めだ。俺は後継者として必要な事をしなければと思い至った」
「素晴らしいお考えですわ!」
———興味もないくせによくもそこまで平気な顔で嘘がつけるものね。
他人に興味のない人間がいけしゃあしゃあと言葉を吐けることが信じられなかった。
コレットが隣に座っている事からコレットが連れてきたのか、それともリリーがコレットと一緒にいるのを見て勝手にその輪に入っていったかのどちらかだと推測する。
「皆はリリー・アルマリア・ブリエンヌについてどう思っている?」
———言いにくい聞き方しないでよ!
王子の元婚約者について悪い意見を言える者などいるはずがない。いたとしてもフランソワ・ウィールズぐらいだろう。
この場にいる令嬢たちは皆がクロヴィスのファンだとわかるほど目を輝かせ頬を染めているのだから正直な気持ちなど言うはずがないのだ。
「リリー様は立派なお方ですわ。賢く、優しく、上品で、わたくし達の憧れですわ」
「公爵令嬢でありながら偉ぶることなく接してくださいましたもの」
「派手な事を好まれないところも素敵でしたわね」
「ええ、本当に。いつも慎ましやかで素敵な方ですのよ」
嬉しいと恥ずかしいが同時にやってくるが、この中の何人が本心を言っているのかと疑心もあった。貴族同士の褒め合いを真に受けてはいけない。あくまでも相手を上げて陰で落としている事がほとんどで、真に受けて鼻を伸ばせば確実に馬鹿を見る事となる。
リリーはそれほど貴族と深い付き合いをしてきたわけではないが、父親を見ていればよくわかる。
「クロヴィス王子はリリー様との復縁を望まれていらっしゃるのですか?」
「ああ、そうだ。嫌われているがな」
「まあ、そのような事は絶対にありえませんわ」
「ハッキリ言われたんだ。嫌いだとな。俺はいつもリリーに愛想を尽かされるどうしようもない男らしい」
———なにその演技。なにその苦笑。なにその嘘。
「リリー様はきっと恥ずかしがっているだけですわ。生まれた時からクロヴィス王子が婚約者ですもの。他の男性を魅力的だなどと思うはずがありません」
「リリー様も女の子ですもの。ワガママで好きな相手の気を引きたいと思っても不思議はありませんわ」
———違う違う違う違う! 余計なこと言わないで! そんな言い方したら———!
「そういうものか?」
「ええ! だって好きな男性には何としてでも振り向いてほしいですし、追いかけてほしいですもの」
「そうだったのか」
———ああああああああああ! ほら始まった! 強烈な勘違いが!
取り返しがつかない事になると危機感を全身で味わっていた。
本当は正面きってクロヴィスの隣を狙うための陥れを始めたいくせに自分の好感度を上げるために必死な令嬢たちは思ってもない事を次々に口にしてクロヴィスを勘違いさせる。
令嬢たちはまだクロヴィスという男の本質を知らなかった。
「ではどうすればリリーは喜ぶ?」
「リリー様でしたら白いバラがお好きですわ。抱えきれないほどの花束を贈ればきっと喜ぶこと間違いなしですわね!」
「確かに……サロンを改装した時も喜んでいたな。やはり花が好きか」
「花が嫌いな女はいませんわ。ですから両手いっぱいの花束でアプローチすればきっとリリー様を喜ばせられるでしょうね」
リリーはもう気を抜けば気絶してしまいそうなほどこの会話に嫌気がさしていた。余計な事しか言わないこの令嬢たちの本心は別のところにあるのにわざわざ復縁に手を貸そうとする神経が信じられなかった。
「白いバラか……庭師に言って用意させよう」
「まあ素敵! 白いバラの花束を抱えたクロヴィス王子……きっと絵になること間違いなしですわ!」
「わたくしも見たい!」
「わたくしも!」
クロヴィスが何を思って此処にやってきて皆とお茶をしているのかリリーにはわからなかった。
女のご機嫌取りの方法は女に聞くのが一番だと思って来たのか。もしそうだとしたら大成功だが、本人が聞いている以上はサプライズでも何でもなくなった。
受け取らない覚悟が出来ただけだ。
「中央広場にリリー様を呼び出して皆の前で渡すというのはいかがです?」
「キャア! それ素敵!」
———他人事だと思ってこの子達!
「ですが……」
令嬢たちがキャアキャアと盛り上がる中、小さな声がその熱を冷めさせるように言葉を挟んだ。
「あーら、コレット男爵令嬢は何か不満でも?」
コレットへの当たりが強い事にリリーは眉を寄せる。わざわざ〝男爵〟をつける必要はないはずだが、それをあえて口にする事で誰よりも爵位が低い事を認識させようとしているようにしか思えなかった。
「不満だなんてそのような事は……」
「じゃあ一体なんですの?」
「わたくし達はクロヴィス王子のために最善の策を考えているというのに、ですが……などと否定するような言葉を使ったでしょう?」
「わ、私は……」
「大体どうしてあなたがそこに? ちょっと図々しいんじゃありませんこと?」
「本当ね。男爵のくせに」
侯爵、伯爵、子爵令嬢が集まる中で男爵令嬢であるコレットがクロヴィスの隣に座っている事が最初から気に入らなかったらしく皆が腕組をしながら鼻を鳴らしてコレットを責めた。
気が弱く強い反論が出来ないコレットはただ下を向いて眉を下げるだけ。
これが女の本性だとリリーは腹が立っていた。
「これは差別か?」
クロヴィスの言葉に全員が一斉に口を閉じた。
「俺はこのような場所のルールを知らないが、座る席に決まりでも?」
「い、いえ、そういうわけではありませんが……」
「なら何故座っているだけの彼女を責めるのだ?」
「そ、それは……コレット様がクロヴィス王子のお隣に腰かけて……」
差別をしないという校則を平気で破る令嬢たちにクロヴィスの冷たい視線が向く。先程までの華やいでいた場の空気はもうどこにもない。
「彼女はリリーの友人だ」
「え……」
一番驚いていたのはコレットだった。
友人という言葉をリリーが口にするのであればわかるが、クロヴィスがそれを知っている事も認めた事も驚いていた。
「コレット嬢、何か言いかけたな。何だ?」
「え、あ、その……」
クロヴィスの促しではあるが、周りの令嬢のキツイ目が気になってなかなか出てこない。
「二人で話すか。ここでは静かに話を聞くことは出来なそうだ」
クロヴィスも女達の雰囲気に気付いたのか立ち上がってコレットにも席を立つよう促した。
ドア付近で待機していたセドリックが椅子を引くことでコレットも立ち上がって一緒に出ていった。
「なにあれ! ふざけんじゃないわよ!」
「さすが男爵令嬢ね! 失うものがない立場ってすごいわ!」
ドアを閉めた途端に聞こえる悪口。まだ外に出たばかりだという事を彼女達はもう忘れている。
「すごいね」
「そう、ですね」
セドリックさえ苦笑を浮かべるほどの悪口にコレットは何とも言えない表情で頷いた。
「向こうへ行こう」
クロヴィスの言葉に二人が頷くと歩き出した。
———聞くべき?
この場を離れたのは賢い選択だとリリーも頷いたが、この後の行動を迷っていた。
自分もこの醜い場所から離れるのは確かだとして、もう何も知らないフリをして教室へと戻るのか、それともあの三人を追いかけてどういう話をするのか聞くべきなのか———。
———でもそれってストーカーよね。
コレットは悪口は言わない。差別かと問いかけたクロヴィスの前では尚更何も言えなくなるだろう。
無神経に花束を渡して機嫌を取る事を勧めた令嬢達と違ってコレットはそれを止めようとした。なら余計なオススメをする心配もない。だからストーカーまがいに後を付け回して盗み聞きなどという悪趣味な事をする必要はない。フランソワやエステルに言った言葉を忘れたのかと言い聞かせて立ち上がり教室へと帰る事にした。
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