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連載

フランソワとエステル

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「ホンットムカつく!」
「嫌な感じですよね」

 フランソワとエステルは二人でティータイムをとっていた。
 話題にするのは当然、今話題のリリー・アルマリア・ブリエンヌのこと。

「さっさとクロヴィスとヨリを戻せばいいのに何をちんたらしてるんだか!」
「クロヴィス様とヨリを戻されては困ります!」
「アンタの都合なんか知らないわよ!」

 リリーが予想した通り、フランソワにとってエステルは〝友人〟ではない。自分の愚痴を聞かせたり自分を優位に立たせるための使用人のように使う事を目的として傍に置いているのだ。
 リリー反対派はいるが、クロヴィスがついて回っている以上はフランソワのように攻撃に出たくないと保身に走る貴族ばかりで仲間になってくれないため一人になってしまう。一人になりたくないフランソワにとって権力と繋がりたいエステルはいいカモだった。

「フレデリック様と幼馴染だからって調子に乗ってるとしか思えない!」
「フレデリック様は彼女が好きなんですよね?」
「はあー? 何言ってんの? そんなわけないじゃない! フレデリック様があんな性悪女好きになるわけないでしょ!」
「でもあの写真……」
「あの写真はフレデリック様の優しさよ! 婚約者もいない惨めな幼馴染を弄んだだけ!」

 言い訳にしては苦しすぎるとエステルは思ったが、一つ言うと三つは返ってくるためツッコミはしない事にした。

「でも皆、彼女のどこが良くて迫っているんでしょう? 背だって男性並みに高いじゃないですか。可愛い服だって似合わないだろうし、男性に守ってもらうタイプじゃないのに」

 あれだけ色々な噂が立っても根強い人気を誇るリリーの魅力が何なのかエステルは眉を寄せながら紅茶の中に写る自分を見て顔を比べた。

「胸だって私の方が大きいし、目だって私の方が大きい。まつ毛だってこんなに長くてピンク色の唇だって皆褒めてくれるのに……彼女が通ると離れていく男の人の多さが……」

 ムカつく。そう言いたいのを我慢して言葉を止めた。フランソワには言わずとも伝わるだろうと思ったから。

「アンタはスラム出身、あの女は公爵家の娘。その時点で寄るのレベルが違うの」
「父親は媚び公爵なのに……」
「そーよ! あの女の父親は媚び公爵で有名な恥知らずなの! それなのによくもまああんなデカい態度取れるわ!」
「身体も大きいですしね」
「ああ、比例したのね。あーっはっはっはっはっは!」

 二人はいつもこうして誰にも邪魔されない告げ口もされないサロンの中でリリーの悪口で盛り上がっていた。
 フランソワもリリーと同じでエステルが貧しい出であることを馬鹿にはするが、エステル自身もフランソワを〝友達〟として認識しているわけではないため腹は立たない。大きな夢が実現できればこの高飛車な態度を改めさせることも出来ると考えていたから我慢も出来ている。

「ユリアス王子に求婚されているのを見ましたよ」
「ユリアス王子にも迫られてるっていうのがまたムカつくのよ。何で二人の王子から迫られてるわけ? おまけにどっちもフッてるし。そんな立場かっての! たかだか公爵家の分際で!」

 ———その下の侯爵家の娘がよく吠える。

 エステルは笑顔のまま黙っていた。

「アンタはクロヴィスを狙ってるわけでしょ?」
「様か王子をつけてください」
「やーよ。アイツ大嫌いなんだから」

 どこで誰が聞いているかもわからないのに呼び捨てにする危険な橋を渡るフランソワの傍に居続けるのは危険かもしれないと思い始めていた。
 嫌いという感情一つで人生を台無しにしてしまうかもしれないというのにフランソワは何も恐れてはいなかった。

「ユリアス王子と結婚すればいいと思いますけどね」
「そうなのよ! そしたらフレデリック様もきっと諦めがつくわ」

 フランソワが口にした『諦め』という言葉にフランソワ自身、フレデリックの気持ちに気付いている事を示していた。

「クロヴィス様も新たな婚約者候補を探されるでしょうし」
「私達にとっては最高のプランよね」
「そうですね!」

 二人は顔を見合わせて笑いあった。

 フランソワはフレデリックが、エステルはクロヴィスが欲しい。個々が欲した相手を手に入れるためには二人の意中であるリリーが邪魔だった。だからユリアス王子と結婚すればいいと思っているのだが、リリーにそんな気がない事も知っている。

「クロヴィス様が下手に出てるからって調子に乗ってるんですよ。自分の思い通りにいかないようならユリアス王子に行くって脅してるんです!」
「それ本当?」
「ええ。ユリアス王子は何かあった時のキープだって高笑いしてたんですから!」
「何それ何様⁉」

 エステルの情報にフランソワは目を見開きながら驚いた。

「たぶんフレデリック様の事も同じように弄んでるんですよ。もしかするとあの写真を撮らせたのは彼女自身かも。誰かがしたと見せかけて自分を悲劇のヒロインにしてるのかも。そう考えると全部納得がいきますよ! クロヴィス王子に嫉妬させるためにあんな写真を撮らせて学校に仕掛けた……。フレデリック様はそれに利用されたんですよきっと!」
「なんって酷い女なの! 許せない!」

 推理するエステルは神妙な顔でフランソワを見つめてあえて激昂させる言葉を使った。
 慕っているフレデリックがリリーの計画に利用されているのだとしたらフランソワがそれを許すはずがない事をエステルは知っている。単細胞とも呼べる性格をしているフランソワに思慮深さは皆無。思い込んだら突っ走るタイプのフランソワを刺激するのに大きな出来事は必要なかった。

「クロヴィス様ともヨリを戻すつもりなんてないのに王子に付きまとわれてるって感じが嬉しいんですよ。お姫様を味わいたいだけ」
「フレデリック様の事を弄ぶなんて……!」
「どうします?」

 エステルの言葉にフランソワは一度口を閉じてテーブルを見つめた。

「本当は今すぐにでもフレデリック様に事実をお伝えしたいけど、信じてもらえないかもしれないから女の手を使うわ」
「お茶会ですね」
「ええそうよ。あの性悪女は侯爵や子爵が集まるお茶会なんて興味がないんだもの。絶好の機会だわ」
「皆さんにも知ってもらいましょう」

 お茶会は男子禁制の女の園。花に囲まれながら優雅にお茶を楽しむ貴族令嬢たちの嗜み。そこでは様々な噂や愚痴、自慢、悪口が飛び交っており、情報を仕入れるのには最適の場所。だからこそ噂を広げるにも最高の場所だった。

「確か、ユリアス王子と親交の深い方がいらっしゃったのでは?」
「ああ、グレースね。そういえば彼女、ユリアス王子とは過去に婚約話があったとか言ってたわね」
「じゃあユリアス王子から何か聞いているかもしれませんね」
「そうね。ありえるわ。彼が騙されている可能性もね」

 リリーを嫌っているという共通点を持つ二人の意見は合致した。
 噂好きの女達に話せば一気にそれは真実として広まってしまうだろう。
 貴族令嬢たちの噂は嘘を真実へと変える力を持っている。
 初めてお茶会に参加した時、エステルはそう思った。

「ふっふっふ、見てなさいよリリー・アルマリア・ブリエンヌ。アンタが偉そうにしてられるのも今だけなんだから」

 フランソワは悪い笑みを浮かべながら優雅にカップを口に運ぶ。エステルはその横で満面の笑みを浮かべていた。



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