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連載
また事件
しおりを挟む「嘘だとおっしゃって!」
「な、何がですの?」
「貴女とフレデリック様が恋仲という噂ですわ!」
とても人に見せられるものではない形相で駆け寄ってきたリアーヌにリリーは若干引いていた。
「は?」
「これをごらんなさい!」
傍にあるテーブルに叩きつけられた一枚の写真。
そこには確かに昨日のあの瞬間が写っていた。
「な、なんですのこれは!」
目を見開くリリーは今にも写真を破らん勢いで写真を取って見つめた。
「どういう……」
「リリー・アルマリア・ブリエンヌ」
こういう呼び方をされる時は決まって嫌な事しか起こらない。
「話がある」
何の力を持っていなくてもわかるクロヴィスが纏う怒り。
「あら、わたくしに何の用ですの?」
「黙ってついてこい」
怒っている。間違いなく。
「おはよう、リリーちゃん」
のんきに挨拶をするセドリックだが、顔には苦笑が浮かんでいた。あのセドリックがこういう顔をする時は間違いなく面倒な事になっている時。そしてそれは一種、合図のようになっていた。
「おはよう」
挨拶を返すものの、いつもいるはずのフレデリックの姿が見えない事が気になった。
顔を突き合わせてヒソヒソと内緒話をする学生達を見ればあの写真がもう既にほとんどの者達の目に入ってしまった事がよくわかる。
「今回はちょっとまずい事になってるよ」
「でしょうね」
小声で話すセドリックに合わせて小声で話すと怒りを宿す目がリリーを見た。
「黙っていろ」
クロヴィスの言葉に従ってリリーは返事さえもせずに黙った。
歩き慣れた道、見慣れたドア、そして中は見慣れた部屋。
またここかと溜息をつきたくなるのを堪えて机の前まで歩くも、近くで立っていたフレデリックに気が付いた。
そしてその顔にリリーは目を見開く。
「フレデリック、その顔どうしたの⁉」
明らかに殴られたのであろう腫れが頬に見え、口端は切れていた。
「リリー、王子の前だ。静かにしろ」
「クロヴィスがやったの?」
「リリー、いいから」
後ろ手を組んで胸を張るいつものスタイルを崩さず、リリーを見ようともしないフレデリックにリリーは眉を寄せる。
「クロヴィス、答えて。これは貴方がやったの?」
「これをやったのはエドガール騎士長だよ」
「なっ———⁉」
エドガール騎士長、本名エドガール・オリオール。フレデリックとセドリックの父親であり、騎士団を纏めるリーダー。
「フレデリックは当事者だからね。早朝に呼び出されてフレデリックは父から拳一発と謹慎をくらった」
「謹慎⁉」
「あくまでも護衛としてね。生徒としては学校に行くけどクロヴィスと君への接触は当面の間禁止された」
「そんな……」
エドガールは厳格な人間で、一切の融通が利かない男。あのジュラルド王でさえ個人的な依頼をするのに気を遣うと言われている。
リリーも子供の頃からエドガールが笑っている姿を見た事はなく、苦手意識があった。それでも騎士団にはエドガールに憧れて多くの若者達が入団を希望し、今は募集を停止している状態だ。
頬が腫れるほどの強さで息子に手を上げたエドガールがどれほど怒っていたか、想像に難くない。
「これはどういう状況だ?」
「これは昨日私が落ち込んでいたからフレデリックは励ますつもりでしてくれたの。それだけよ」
「フレデリックの話とは違うようだが?」
「フレデリックは私を庇ってるだけ」
フレデリックと話が違うと言われてもリリーは言葉を詰まらせなかった。フレデリックという男はいつだって自分を悪者にしてリリーを守ってきたから。
今回もそうだろうと容易に想像がついた。
「そうなのか?」
クロヴィスがフレデリックに問いかける。
「励ますつもりでしたわけじゃない」
「ならどういうつもりだ?」
「俺が———」
「彼は私に祝福をって騎士の祈りをくれただけ」
本音を言おうとしたフレデリックの言葉を遮ってリリーは一歩前に出て主張する。
「コイツは騎士ではない」
「年齢で騎士になれないだけで実力はじゅうぶんあるはず」
「それでも正式な騎士ではない。よって騎士の祈りを使う事は禁止されているはずだ」
騎士だけに許されている騎士の祈り。騎士の中でも聖騎士にのみ許されている行為だ。それを聖騎士どころか騎士にさえなれていない者がと蔑むクロヴィスにリリーの顔が険しくなった。
「そう、彼らは騎士の儀式を受けていないから騎士見習いで、騎士の祈りは許されないのね」
「そうだ」
「じゃあ貴方は私の婚約者ではないのだから私に干渉しないで」
「干渉などしていない」
心外だと言いたげなクロヴィスを見るリリーの目は強く、そして冷たい。
「私が誰と何処で何をしようと貴方には関係ないってこと」
「なに?」
「私が貴方と婚約してるのにこんな写真が撮られたならいくらでも咎めを受けましょう。でも私は誰の婚約者でもない。自由なの。フレデリックもそうよ。恋人も婚約者もいない。私とフレデリックが手を繋ごうとキスをしようと貴方に怒りを向けられる筋合いはない」
クロヴィスからの婚約破棄、そしてクロヴィスの執着。そこにリリーの想いは一かけらだって存在しない。
だからこそ今の状況に腹が立っている。
「ちょうどいい機会だから言っておくわ。私は貴方が婚約破棄を撤回しても受け入れない」
「リリー!」
ガタンッと椅子が倒れる勢いで立ち上がったクロヴィスの怒鳴り声にもリリーは厳しい表情を変えない。
「王子である貴方が狙っている女に騎士見習いのフレデリックが手を出した事が気に入らないんでしょ? まるで子供のような八つ当たりよね、これって」
「俺を侮辱するつもりか?」
目の前まで迫ってきたクロヴィスがリリーを見下ろす。
「同じだと言っているの。貴方は自ら私を手放した。あまりにもくだらない子供のような理由でね。そして今またくだらない理由で私を追いかけ回す。私はそれだけでも貴方をいい加減な人間と評価してる」
「俺をいい加減な人間だと?」
「リリーちゃん、もうそこまでにしておいた方が……」
クロヴィスの雰囲気が変わり始めた事に焦りを感じたセドリックが間に入ろうとするのをリリーが手で止める。
「子供の頃、私の傍にいたのは貴方じゃない。フレデリックよ。それは今も同じ。貴方よりフレデリックの方がずっと私の心を知ってくれてる。貴方といるよりフレデリックといる方が楽し———ッ!」
パンッ
「クロヴィスッ!」
乾いた音に放心したリリーと驚きに目を見開いたオリオール兄弟。そして音を鳴らした手を見つめるクロヴィス。
「何やってるんだ!」
セドリックの声にハッとしてリリーを見ると頬を押さえながら俯いていた。
「……俺を侮辱するからだ」
「クロヴィス! 謝罪だろ!」
自分を正当化するクロヴィスにセドリックが怒るも視線を逸らすクロヴィスは訂正するつもりはなかった。
「……やっぱり貴方の事なんて一生好きにならないし、大嫌いだわ」
「リリー、待て! 冷やさねぇと!」
「フレデリック! 僕が行くからお前は行くな!」
顔を上げてハッキリと言い放ったリリーがカツカツとヒール音を鳴らしながら出ていくのを接近禁止命令を受けているフレデリックが追いかけるのを見て声をかけるもフレデリックは止まらなかった。
「……はあ……」
大きな溜息をつくセドリックにクロヴィスは更に視線を背ける。
「どうして皆平和に生きようとしないのかな……。君もリリーちゃんを怒る理由なんかないのに怒るからこういう事になるんだよ。僕も言ったけど、婚約破棄したのは君で、ヨリを戻したいのなら君は立場を弁えないとダメだ。上からじゃなくて下から———」
「フレデリックを庇うからだ」
ブチッ
「それが彼女の言う子供みたいってとこだよ。彼女の言う通り君は婚約者じゃないって事は前にも言ったよね? 彼女の心を取り戻すためには君が動かなきゃいけないって。でも動くっていうのはこういう厳しい当たりをするためじゃない。彼女の心を取り戻すって言っても彼女の心は最初から君にないみたいだし、あれじゃもう絶縁って言ってるようなもんだよ。今日から君は彼女に接近しても無視をされるだろうし、もう笑いかけてももらえないだろうね。君がどんなに意外な事をしても驚かないし笑わない。昨日あんなに近くに居たのに今日になってまた離れられた。呆れるよ」
早口で捲し立てながらクロヴィスの胸を指で突くもクロヴィスはセドリックの顔を見ようとしない。
「ッ!」
胸倉を掴まれ引き寄せられると強制的にセドリックに顔を向ける事になったクロヴィスの表情は引きつっていた。
「こっち見ろよ」
「す、すまない……」
目を見開きながら凄むセドリックにはクロヴィスでさえ逆らう事は出来ない。
「……はあ、とにかく暫く余計な事はしないように」
「余計な事はしていない」
「……まず余計な事が何かわかってるか聞こうか」
「……接近」
「ああ、イイ子だね」
———張り付けた笑みが何とも言えず怖い。
そんな軽口も叩けないほど圧をかけるセドリックにクロヴィスは黙って椅子を起こして静かに腰かけた。
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