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二人の王子に挟まれて

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「ユリアス・オルレアン、ただいま到着致しました」

 膝をつき、胸に手を当てながら頭を下げる姿にオレリアは微笑みを向ける。

「ちょうどあなたの話をしていたのですよ、ユリアス王子」
「私の、ですか? それは光栄です。恥ずかしい話ではなければよいのですが」
「あなたに恥ずかしい話などないでしょう。あなたはとても優秀だと聞いています」
「王子としての振舞いを気をつけているだけで私自身はそれほど優秀な人間ではありません」
「まあ、謙遜がお上手ですね」

 ユリアスは口が上手いと思う。パーティーに表れるとそれだけで黄色い声が上がり、女達が一斉に群がっていく。それはユリアスの外見だけではなく巧みな言葉選びも一つの理由。

「少しは見習った方がいいかもね」
「俺の方が優秀で魅力もある」

 小声でクロヴィスをからかうと不愉快だと顔に書いた返事が聞こえた。それがおかしくて下を向きながら声を漏らさないように肩を震わせるだけにした。

「私ったらユリアス王子とリリーちゃんが婚約したって噂を信じ込んでいたの。恥ずかしいわ」

 ———ああああ、もうその話はしないで……!

「噂で終わらないかもしれませんよ」
「え?」
「えっ?」
「なに?」

 堂々と言い放ったユリアスに三人はそれぞれ違う表情で一斉にユリアスに顔を向けた。

「俺は彼女に求婚しているんです」
「ええっ⁉ そうなの⁉」
「妻になってほしいと言っているのですが、返事はまだです」
「リリーちゃん!」

 ———今すぐテラスから跳べばこの場を逃げられるかしら……。いえ、もうこの現実から逃げたい……

「リリーちゃん本当なの?」
「え…ええ、でっでも私は結婚するつもりは……」

 王子二人に挟まれるだけでも息苦しいというのにそこにオレリアまで入ってくるのだからリリーの頭は混乱で今にもボンッと音を立てて壊れてしまいそうだった。

「今すぐ答えを出さなくてもいい。ゆっくり知り合っていくつもりだ。その後、答えを出してほしい」
「今すぐ出してやった方が彼を待たさなくて済む。婚約者のいない立場では肩身も狭いだろうからな」

 王妃であるオレリアに背を向けてリリーを間に挟んでクロヴィスと対峙するユリアスとそれに真っ向から受けるように身動き一つ見せないクロヴィス。二人の間で散る火花がリリーの頭に降り注がれる。

「俺は彼女と過ごす時間を大事にしたいんだ」
「そのような事に時間を費やさずとも素晴らしい婚約者を見つける事に時間を使ってはどうだ?」
「彼女がその素晴らしい婚約者候補なんだ、元婚約者王子よ」
「リリーは俺の婚約者だ」
「まだ撤回していないはずなのに、言いきってしまうとは驚きだ。彼女の気持ちは無視か?」
「俺とリリーの心は通じ合っている」
「そう思っているのは君だけでは?」

 頭上で交わされる静かなバトルに貴族達が注目し始めている。
噂好きの女達が一様に扇子で口元を隠しながらニヤついて伝言ゲームを始める準備をしていた。

「オレリア様の大切な日に話すことじゃないでしょ!」

 オレリアの誕生パーティーで大声を上げるわけにもいかず小声で注意をするリリーに二人の口が同時に閉じた。

「あらあらあら! リリーちゃんったら王子様を二人も虜にしちゃって、立派なレディに育ったのね」
「オレリア様⁉」

 二人が口を閉じた事で一息つけると思っていたのにオレリアの参戦によってリリーの安息は消滅した。

「オレリア様、私はオレリア様を尊敬しております。私の憧れで、私の目標です。私はオレリア様のようになりたいのであって———」
「じゃあもっと男性を囲わないとね」
「え……?」

 男を両側に立たせて両手に花を気取りたいわけではない。悪役令嬢を目指す前はオレリアのような品行方正な淑女になりたかった。しかし、それが今、オレリアの言葉によって崩れ去ろうとしている。

「私がリリーちゃんぐらいの頃には七人は囲っていたのよ」

———うそ……

 信じられない暴露にリリーの思考は停止した。
 ずっと憧れだったオレリア。王であるジュラルドが一目惚れをして妻に迎えたというのは有名な話だ。
 オレリアは誰の目にも美しい女性と映るだろう。王妃が出席するパーティーではいつも男達がオレリアを見て溜息を吐く。それは女であるリリーも同じ。あの美しさは別次元だと思うほどだ。
 だからこそ憧れがあった。外見の美しさは真似出来ずとも中身ぐらいは近付きたいと思っていたが、それが今、音を立てて崩れていった。

「クロヴィス……」
「事実だ」

 震えながら振り返るリリーにクロヴィスは無慈悲に伝えた。

「リリーちゃん、女性は愛されてこそ花開くのよ」
「で、ですが……」
「ふふっ、純粋なのよね。私はあなたのその清らかなところが大好きよ」

 何と返せばいいのかわからなかった。これを褒め言葉と取っていいのか、それとも子供だと笑われているのか———

「だから争いの種になりなさい」

 平和を望む王の妻が言う言葉ではないと頭には浮かぶが否定の言葉も拒否の言葉も出なかった。

「オレリア妃、俺達はこれで失礼します」
「そうね、リリーちゃんを独占してちゃダメよね。また晩餐会の時にお話しましょうね」
「楽しみにしています」

 クロヴィスの助け船に笑顔でその場を後にすると今すぐ頭を抱えたいのを堪えながら足早にテラスへと向かった。

「ショックだろうな」
「当たり前よぉ……」

 テラスに出た途端にしゃがみ込んだリリーに後を追ってきたクロヴィスが声をかける。

「あの外見だ。男が放ってはおかん」
「そうだけど……そうだけど、オレリア様が常時七人も男性を囲ってたなんて考えられる? 男性に囲まれてたならわかる。でも囲ってたって言ったのよ⁉ 信じられない……」

 おっとりとした見た目とは裏腹だった事がショックで何度もかぶりを振る。

「貴方が似なかったのが不思議ね」
「俺は女を侍らせることに興味はない」

 冷えないようにと上着をかけてくれるクロヴィスに顔を上げると傍に一緒にしゃがみ込んでくれた。
 今までは何とも思わなかった顔もオレリアの話を聞いた今ではよく整っている事がわかる。何故女子生徒達があんなにも黄色い声を上げるのかも。

「キレイな顔してるのね」
「今頃気付いたのか?」
「ええ。貴方の顔、あんまり見たことなかったし」
「……そうか」

 リリーの言葉に一喜一憂するクロヴィス。

「私が勝手なイメージを抱いてただけなのよね。落ち込むなんて失礼だわ」

 勝手なイメージを抱いてイメージと違ったからショックを受けるのは自分勝手だと思い直して立ち上がると大きく息を吐き出した。

「ありがと」
「着てろ」
「嫌よ。せっかくのドレスだもの。こんなので隠したくない」

 王子の上着を「こんなの」と言ってしまうリリーにクロヴィスは小さな笑みを浮かべた。

「戻るか?」
「いえ、もう少しここにいるわ。どうせ戻れば貴方と歩かなきゃいけないんでしょ?」
「王妃の望みだからな」

 多くの貴族が集まる中で他人の噂話に左右されるつもりはないが、無視したからといって気分まで変えられるわけではない。不快なものはやはり不快だと手すりに頬杖をついた。

「お前は他人の評価を気にしすぎだ」
「そうやって生きてきたんだから当たり前じゃない」

 モンフォール家の嫁となる事が決まっている者として相応しい振舞いを心掛けてきた。人の評判がその人間の価値を決めるようになっているおかしな世界にいるのだ。
 婚約破棄を受けてようやく人の評価など気にせずに済むと思っていたのに周りが放っておいてくれない。

「根性ナシには無理か……」

 悪役令嬢に憧れて、そのチャンスを手に入れたと思ったら周りの方が悪役令嬢っぽくて、自分はどこかヒロイン扱いを受けるような立場となっている。望んでいない展開ばかりやってくるのは何故なのか。
 だが、リリーの溜息の原因はそこではなく、悪役令嬢として生きると決めたのにオレリアの前でその振舞いをする根性がないということ。
 結局は良い子に見られたいのだと中途半端な自分に嫌気がさす。

「悩みがあるなら話してみろ。俺にも解決できるかもしれん」
「絶対無理」
「むっ……」
「独りよがりの無駄な足掻きだから」

 婚約者が出来るまでの期間限定のお遊び。
 あの家の中限定である傍若無人な父親にどれほど反論しようと貴族の娘である以上、親が決めた結婚からは逃れられない。
 大切なのは娘の想いではなく、家の存続および拡大。

「俺はお前の力になりたい」
「なれない」
「何故だ?」
「だから、だから、私の問題なの。誰かが関わってるんじゃないし、私一人の問題。貴方が馬鹿みたいに後先考えずに婚約破棄して元婚約者を追いかけまわしてるのと同じ。一人で考えて動いてるの。だから誰かに力になってもらうとかそんなの必要ないし意味ないの」

 ———後先考えずに動いてるのは私も同じか———

「頼ればいい。お前一人では何も解決できんだろう」

 リリーの表情がにっこりと張り付けた笑みに変わった。

「……リリー、今日はオレリア妃の誕生———」

 嫌な予感がするクロヴィスはとりあえず今日が何の日であるかを思い出させて難を逃れようとしたが、リリーは最後まで聞かなかった。

「うるさい」
「オレリア妃の前でそんな態度を見せるつもりか?」
「いいえ。今までどんなに退屈で嫌でも私は立派に婚約者としての務めを果たしてきた。今日もそれを貫くつもり」
「そうか」

 ホッと安堵を見せるクロヴィスに鋭い目を見せたリリーは胸倉を掴んで引き寄せた。
 リリーの顔が近くにあるはずなのにそこにドキッとした胸の高ぶりはなく、今まで見た事がない鬼の形相に緊張が走っていた。

「隣には立つけど必要以上に話しかけないで」
「リリー……」
「うるさい」

 ピシャリと突き放されるとクロヴィスは黙って口を閉じた。
 何が原因だったのかわからないまま、リリーが中に戻るまで従者のように傍に立っていた。


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