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国王陛下来訪2

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 馬車が停まって二人はすぐにそこから降りてヒースに駆け寄った。

「お父様」
「どこへ行っていたんだ?」

 振り向いた先に二人揃って居た事に安堵したような表情を向けるも声色は少し厳しいものだった。何があった。そう問いかけたくなるぐらいには。

「なぜここへ……?」

 馬車の中で新しい家の話をしている最中、アーデルはこれで父親を招く事ができると安堵していた。仲良くやっていると手紙で色々報告はしていたが、彼が住んでいた一人用として建てられた家で暮らしているとは言っていなかっただけにアーデルはこれをマズいと表情が苦くなる。

「手紙を出してもお前から返事がないから心配してここまで来た」

 旅行に行っていると手紙を出すべきだった。郵便受けには入りきらない手紙が隙間隙間を重ねながら差し込まれている状態。シャンディだろうかとゾッとするも今は彼を無視して動く事はできない。
 家を見られてしまったと青ざめるラビが慌てて土下座しようとするのをアーデルが背中の服を掴んで止めた。

「アーデル?」

 なぜ止めるんだと顔を向けるラビのほうに顔は向けず、父親を見ている。

「お父様、ここで立ち話もなんですから、中へどうぞ」
「そうさせてもらおう」

 ラビが慌てて解錠してドアを開けた。閉め切って出たため、季節的に蒸された室内にラビもヒースも眉を寄せる。

「し、少々お待ちください!」

 すぐに家中の窓を開けて熱気を外へと逃す。幸いにも今日は風がよく吹いているためドアと窓を開けると家中を風が吹き抜けていく。
 アーデルは馬車に戻って御者にお金を支払い、ラビを呼んだ。裏口から出てきたラビに荷物を頼むとアーデルが父親を中へと案内する。

「帰ってきたばかりで氷がないので熱い紅茶でも大丈夫でしょうか?」
「アイスティーを飲むのか?」
「はい。市場で買ってきた氷を砕いてラビ皇子が淹れてくださるのです」
「ラビ皇子が、か」

 ソファーに案内はしたがすぐには座らず家の中を見回す父親が何を考えているのか、娘には手に取るようにわかる。
 最高の思い出の後にはなぜいつも最悪な事が起こるのか、アーデルは不思議でならない。

「良い絵だな」

 ビバリーで描いてもらった似顔絵を見る父親にアーデルはあえて明るい声を出した。

「新婚旅行で行ったビバリーで画集を買った時にいただいた物です」
「今回はどこへ?」
「ハイデンです。もっと早くに手紙を出しておくべきでした。すみません」
「旅行へはよく行くのか?」
「二度目です。これからもたくさん行きたいと馬車の中で話していたばかりで──」
「家がこれなのにか?」

 唐突すぎる物言いにアーデルの動きが一瞬止まる。悪意あるあえての物言い。父親が言いたい事はわかっている。だが、アーデルは正直とても不愉快になった。

「そうです」

 開き直ったような言い方に家の中を見回していたヒースの視線がキッチンに立つアーデルの背中に注がれる。まるで矢が刺さったように感じる強い視線を背中に受けながらもアーデルは振り向かず、お湯が沸くのを待つ。

「す、すみません。すぐに片付けますので!」
「ラビ皇子、ゆっくりで構いません。焦って転ばないようにしてください」
「だ、大丈夫です!」

 荷物を抱えて二階の寝室へと上がる。トランクもお土産も全部抱えて上がる強い腕力。飛ばし飛ばしで階段を上がり、バタバタと音を立てながら降りてきては郵便受けに入っていた封筒を抱えてもう一度寝室へと上がり、部屋の中にばら撒くように放った後、降りてきてソファーの近くに立った。

「君は──」
「紅茶です。ストレートしかありませんので、お砂糖はご自由にどうぞ」

 城ではこんな風に出てくる事はない。ミルクも砂糖もレモンも好きに飲めるようにいつも用意されている。でもここは城ではない。使用人はいないし、なんでも出てくる魔法の箱もない。
 相手がルーカスならこうした事はしないが、父親が相手だ。対処はできると先程受けた不愉快さを顔に出したままアーデルもソファーの傍に立った。反対側に立つアーデルの横にラビが慌てて移動する。

「いただこう」

 紅茶を一口飲んだ後、ヒースは時計を確認してから二人に身体を向けた。視線はアーデルではなくラビに。それだけでラビに身体が硬直するほどの緊張が走る。

「送り出した娘の生活についてあれこれ言うつもりはなかったが、申し訳ない。これは言わずにはいられない」

 聞こえるほどに心臓がけたたましく鳴り、汗をかく緊張感にラビがごくりと喉を鳴らした。ラビもヒースが何を言いたいのかはわかっている。問題はその内容。どこまで言われるのだろうか。それが不安でならなかった。

「ラビ皇子に侮辱のつもりがないことはわかっている。アーデルを受け入れるつもりがないという意思表示ではないこともね。だが、一国の王女を妻として迎えたにもかかわらず、家の一軒も建てようとしなかったその心が私はとても残念だ。何も娘のために城を建ててくれと言ってるわけじゃない。ただ、今後の事を考えた新居を用意してほしかった。これは親の勝手な願いかもしれないが、親元を離れて目の届かない所に行ってしまった娘には何不自由なく生活していてほしい。生活できていると言えばそうなのだろうが、祝いに来てくれた者さえ歓迎してもてなせない家の広さはいかがなものか」

 一国の王女を迎えるにはあまりにもお粗末な家。使用人のために建てた別棟よりもずっと狭い家。これでいいと思ったラビの考えがヒースはとても悲しかった。
 帝国の皇子との結婚。最低限の暮らしは保障されるべきであり、当然の如くそうされていると思っていたヒースにとってこの現状は裏切りでしかない。
 失望した。どこかそんな風にも聞こえたラビはアーデルが止める隙もないほど高速で土下座に入った。

「も、ももももももも申し訳ございません! こ、このような家にアーデル王女をお招きする失態。全て僕に責任があります!」
「当然だ」
「お父様、おやめください」
「婚約を申し込んできたのはヒュドールだ。このような場所で一年近く娘を暮らさせていたのかと思うと……親としてあまりにも屈辱的だ」
「申し訳ございません!」
「小国の王女を迎えるのはここで十分だと思われていると私ならそう思う」
「そ、そのような考えは毛頭ございません! ぼ、僕が不甲斐ないばかりにアーデル王女に苦痛を強いる形となったまま一年を迎えようとしている事実、否定できません! ですが──」

 土下座したまま声を張るラビの隣に正座をしたアーデルがもう一度服を掴んで顔を上げるよう促した。できないとかぶりを振るも拳で背中をドンッと強めに叩かれた事で顔を上げると怒った表情で父親を見ているアーデルの横顔が視界に映る。

「お父様、私はここが気に入っています。そのような言い方はおやめください」
「お前が気に入っているならそれでいいと思ってはいるが、ここで子を育てるつもりか?」
「確かにこの家は狭いですが、できないわけではありません」
「二人しか座れないソファーだ。子供はどこに座る?」
「僕が床に座ります!」

 勢いよく手を挙げた迷いのないラビの言葉にヒースが眉を寄せる。

「父親が床に座って食事をするのを子供に見せると?」
「ソファーを撤去して家族で床に座ります。世の中にはそういった文化もあると聞きます」
「目を通して得ただけの知識を披露するのは勝手だが、お前達はヒュドールの皇族だろう。お前達は自分の意思だが、子はそれが常識だと思い込んで育つ。それでいいのか?」「私は床に座って食事をする事は間違いではないと──」
「なら、社交界で子が床に座して食べようと止めず、恥じもないと? 両親がそうしているから自分もそうしているのだと言ってもお前達はそれを誇れるのだな? 子が笑い物になろうと胸を張れと言えるのだな?」
「それは……」

 何不自由なく生きてほしいと願うからこそ口うるさくなってしまう。嫁いで国を出た娘の反応からして、この生活を気に入っているのは間違いない。迷いなくキッチンに立って自ら紅茶を淹れる様子には慣れを感じたほどだ。常日頃からそうしているということ。ラビへの態度を見ても大人しく従っているわけでもない事も伝わってきた。だが、ヒースはもっと先の事を考えているため口うるさいと思われると自覚しながらも言葉を止めない。

「床に座って食べる文化を貶すつもりはない。だが、大多数の国が椅子に座って食事をする。お前達が変えねばならない事を変えたくないという一心で子供に特殊な文化を与えるのはいかがなものだろうか。お前達はいくらでも恥をかけばいい。だが、子供にまで恥をかかせるのは違うだろう」

 二人は反論しなかった。ヒースが見せているのは怒りではなく諭しに近かったから。心配しているようにすら見えるその表情にムキになって自論で反論するつもりはなかった。

「あ、新しい家を建てようと、帰りの馬車で話をしていたところです」
「そうなのかい?」
「これからもたくさん旅行に行きたいけど、この家は狭いので二人の思い出の品となりそうな物を買えない事態がいつかやってくるかもしれないからとラビ皇子が提案してくれました」

 安堵したように息を吐き出すヒースに二人も少し肩の力が抜ける。

「確かにこの家はとても狭いですが、二人で生活していく分には問題ありませんでした。ソファーの上で二人だけの時間を過ごせる良い空間ですらあったんです。お父様のお気持ちはありがたいですし、言いたい事もわかりますが──」
「説教してすまなかった」

 説教はやめてくれと突き放される前に自ら謝罪した父親に目を瞬かせるも軽く両手を上げた降参ポーズにアーデルが笑う。

「全ては僕の失態です。ルスの王女を迎えるにあたって、立派な家を用意しておくべきでした」
「ラビ皇子、やめてください」
「で、でも、僕がもっとちゃんとしていたらヒース国王を失望させるような事は──」
「私はこの家がとても気に入っているんです。この家だからこそ楽しかった事があるんです。謝らないでください」
「ぼ、僕はただ──」
「嫁に出した娘が我慢を強いられているわけもないのに勝手に口出しする親に謝る事なんてありません」
「い、言い過ぎでは……」

 ヒースとラビ、両者がアーデルの言葉に苦笑する。

「とりあえず座りなさい。私が立つから」
「僕が立っていますのでお二人でお座りください!」
「家主だろう」
「ゲストに立たせるホストはいません!」

 それもそうかと頷いて立ち上がりかけたのを戻して深く腰掛ける。座り心地は悪くない。良いソファーだとすら思った。狭く、物も少ない家だが、置いてある家具の一つ一つがとても頑丈で良質な物であるのが窺える。
 少し温度が下がった紅茶をもう一口飲むとヒースは再び口を開いた。

「あの大量の封筒の送り主は誰なのか、聞いてもいいかい?」
「……あれは……」
「郵便受けから出ている差出人の名前を見てしまったのだが、ほとんどがウェルザー家からだった。ハワード・ウェルザーは故人となり、残っているウェルザーは娘のシャンディ・ウェルザーだけ。確か、幼馴染だったね?」
「はい……」
「聞かせてもらってもいいだろうか?」

 それこそ被害を被ってはいないのだから父親は関係ない事だが、あれこれ黙っているよりは全て話して納得してもらったほうがいいだろうとアーデルが身体を向けるも

「アーデル、僕が話すよ」

 そう言ったラビの浮かない表情にヒースは自分が知らない事件があったのだと悟った。
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