静かで穏やかな生活を望む死神と呼ばれた皇子と結婚した王女の人生

永江寧々

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豪商来訪

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 シャンディは本当にルスの国王に手紙を送ったのだろう。アーデルのもとに父親から心配の手紙が届いた。

「ホント……すごい人」

 手紙には詳細こそ書かれていないものの、綴られている父親の言葉の端々から猛烈な抗議内容が書かれていたのは間違いない。気になるからいっそ手紙を転送してほしいぐらいだった。
 手紙を送ると言ってから父親からこうして心配の手紙が来るまで一週間と少し。あれから帰ってすぐに手紙を書いたのは想像に難くない。
 捨て台詞としてはあまりにもみっともない感じだったが、シャンディは本気だった。ルスが小国だと見下しているのが言動から伝わっていた。だからきっと、国王相手にも礼儀を欠いたのだろう。父親の手紙にはこう書いてあった。

『自分の立場を勘違いしたまま驕り高ぶった人間はきっと星の数より多いだろう。お前もこれからラビ皇子の妻としてそういう人間に多く出会うかもしれない。でも傷つく必要はないよ。相手は必ずどこかで恥をかくか、大なり小なりの罰を受けるだろうから。黙ったまま相手の目を見て哀れんでやりなさい。口が回りすぎる人間ほど相手の無言には弱いものだよ』

 国王として生き始めてもうすぐ十五年になる父親も多種多様な人間を相手にしてきただろう。だからこそ、その言葉がよく沁みる。自分がシャンディ相手にそんな事が出来るかどうかは置いておくとして、父親からの手紙はとても嬉しいものだった。シャンディから手紙が来たという報告ついでにルスの近況報告とこちらの心配まで記してある。

「……忙しいままいてください。私は元気にやっていますので」

 ここ最近はとても忙しくて時間が取れないため顔を見に行こうにも行けない。フォスの事も話したいが、今年も会えないかもしれないと申し訳なさげに書いてある。アーデルも会いたい気持ちはある。まだ離れて数ヶ月しか経っていないのにルスを恋しく思う日もある。だけど、今この家を見て父親が良い顔をするはずがないとわかっているから、申し訳ないが多忙のままいてほしいと思ってしまった。
 自分はここの生活が気に入っている。狭くとも静かで穏やかな生活が出来ているのだ。でも父親にそう言っても納得はしないだろう。きっと「なぜ君は他国から妻を迎えるにあたって新居を用意しようとしなかったんだ?」と言うのは目に見えている。親心だとわかっていても言われたくない。ラビが土下座した状態で震えながら大声で謝罪をするだろうから。
 相変わらず帰ってこない夫を待つ一人の生活にも少し慣れつつある中での父親からの手紙は落ちていた気持ちを少し晴らしてくれた。

「ヒュドールが戦争を仕掛けた事はそんなに大きな出来事なのかしら?」

 父親もラビが戦争に行っている事は知っていた。ラビが手紙を送ったのか、それとも風の噂で聞いたのか。ラビは新聞をとっていなかったためアーデルには情報が入ってこない。新聞を読めば少しは情報がわかるだろうかと考えはするが、首都まで行くには遠すぎる。馬車でも四十分かかる道を歩いてはいけない。きっとシャンディに聞けば詳細がわかるのだろうが、そのつもりはないため情報入手の道は断念。相変わらず大人しく待っているしかない。
 でもアーデルはこの状況が少し不思議だった。退屈や暇という感情はなく、抱えているのは寂しい恋しいの感情のみ。一人に慣れているおかげだろうかと誇れもしない感情に苦笑しながら手紙を持って二階へと上がる。
 ドアを開けてすぐ右に机が置いてあり、そこに腰掛ける。あまり使われない机。そこから便箋を取り出して、置いてあるインクの蓋を開け、羽ペンの先を浸ける。
 手紙を読み返しながら返事を書く時間がアーデルは好きだ。余計な事を考えずに済む。愛しい人からの手紙に返事を出す。それはとても楽しい行為だから。だが、今日は考えてしまう。ラビはどういう状況下で手紙を書いているのだろうか、と。戦場ではどんな扱いを受けているのだろうか、とか。

「死神……」

 死神と呼ばれているとラビは言っていた。戦場での彼はどんな姿なのだろう。怯えはないのだろうか? 恐れられているのだろうか? 雄々しくすらあるのかもしれない。戦争なのだから人を斬るのも仕方ない。その姿がどれほど雄々しくあろうとも見たいとは思わない。雄々しい姿は見たくはあるが、それはこれからに期待する事にしている。

「誰か来た」

 馬車の音が聞こえる。またシャンディだったらと思うと出るのが億劫になる。ラビはまだ帰還しない。ルーカスだったらどうしようと思うが、ルーカスなら自ら足を運ばず呼び出すだろうと窓から外を覗くように壁に背をつけて家の前に停まる馬車を見た。するとアーデルは勢いよくドアを開け、急いで階段を降りてドアを開けに走った。

「ココ!」
「よっ」

 ココ・ハウザーが立っていた。

「どうして? 来るなんて言ってなかったじゃない!」
「こっちに来る用事ができたんだ。ついでに立ち寄ろうと思ってな」
「嬉しい。今、一人なの」
「だと思った。暇な王女様のために貢物をたくさん持ってきた」
「何かしら?」

 御者が後列の荷台から箱をいくつか運んでくる。

「いつも箱に入れて持ってくるのね」
「頑丈だからな。多少濡れても平気だし、壊れにくい。果物も瓶も箱に入れて運ぶのが一番良い方法だぞ」
「ココ・ハウザーは物知りね」
「だろ」

 置かれた箱を一つずつバールで開けていく。怪我をするかもしれないから触るなと言われているため、ココが蓋を地面に置いてくれるまでアーデルはいつも傍で立って待っている。

「まあッ!」

 一つの箱に入っていたのは全て本だった。ギッシリと詰められた本をグローブをココが一つずつ取り出して玄関先へと運んでいく。ドサッドサッと何冊もの本が積み上げられていく光景をアーデルは嬉しそうに見ていた。

「本好きの王女様が一番喜ぶ土産だろ?」
「ええ、とっても嬉しい!」
「あとは食い物と玩具な」
「玩具?」

 ジャンッと手のひらに乗せて見せられたのはアヒルの玩具。どうしてこんな物を?と顔に書いて首を傾げるアーデルの前でアヒルの後ろについているゼンマイを巻き、最後まで巻けたのを知らせる音がカチッとなったらココがそれを棚の上に乗せた。何が起こるのだろうとジッと見つめるアーデルをチラッと横目で見たココが口元を緩めて手を話した。

「ッ!?」

 驚きに息を吸い込んで、驚きに目を見開いて、驚きに口を押さえる。成功だと悪戯に成功した少年のような笑顔を見せるココが身体の横で小さくガッツポーズをした。
 アヒルは二本の足を動かして棚の上を歩いているのだ。バタバタと動くのではなく本当にアヒルが歩いているように一定のリズムで進んでいく。

「どうだ?」
「どういう仕組みなの?」

 目を輝かせるアーデルの返事にココが吹き出して笑う。

「おいおい、マジか。普通は可愛いとかすごいとか言うだろ。それなのにお前は仕組み? 可愛げねーな」
「すごく可愛い! 可愛いとは思うけど、それと同じぐらい仕組みが気になるの」
「企業秘密だっつーの」
「確かに」

 身体を少し左右に揺らしながら歩く姿などそっくりだ。昔、家族で別荘に行った際に湖畔の近くにいたアヒルを思い出すほどよく似ている。触れた事はないが、ふわふわとした手触りもきっと本物に近く再現してあるのだろう。
『やるなら徹底的に』をモットーにしているココらしい玩具だと感心してしまう。

「これをどうして私に?」
「昔、湖を泳いでるアヒルをずーっと眺めてた事あったろ。二時間も」
「二十分ぐらいじゃなかった?」
「二時間」

 フォスにもまだ見ているのかと呆れられた時間はアーデルにとっては二十分程度だったのだが、実際は二時間も経っていた。あれもこれもと忙しなく動き回るより、同じ物をジッと見つめている時間のほうが好きで、その時間は二時間だろうと苦にならない。
 懐かしい思い出に目を細めながら手に取るとそれを頬に寄せる。

「また見つめちゃいそう」
「ゼンマイ切れたら巻き直さなきゃいけないからすぐに現実に戻してくれる優秀なアヒルだ」
「ありがとう。よかったら上がって。お茶出すから」

 ありがたい誘いではあるが、ココはその場から動かず首を振った。

「旦那がいない間に上がり込む趣味はねぇよ」
「あ……知ってたの?」
「ヒース国王から聞いた。まあ、ヒュドールの死神が現れたって噂が立ってるからな」

 ココも知っていた。知らなかったのは自分だけかと眉を下げるアーデルにココが片手を上げる。

「あ、でも茶は飲む。芋食った時みたいにここで話そうぜ。時間はあるから」
「ええ。じゃあ淹れてくるわね」

 父親に聞くよりは聞きやすい。アーデルはラビについて少し知りたいことがあった。本人に聞くべき事なのかもしれないが、本人には少し聞き辛い事であるためココに聞いてみようとカップに淹れた紅茶を持って外へと向かった。
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