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とても静かな結婚式

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 結婚式の日取りが決まるのは早かった。二人が部屋に戻ると『お前達の結婚式は一ヶ月後だ』と言われ、あっという間に過ぎた一ヶ月。アーデルは純白のウエディングドレスに身を包み、椅子に腰掛け、鏡の中の自分と向き合っていた。

(お母様のドレスが着たかったな……)

 亡き母親が結婚時に着ていたドレスが好きだった。いつか結婚する時はこのドレスを着たいと願っていたのだが、ルーカスに伝えると『他国からの持ち込みは全て禁じている』と譲る姿勢は見せなかった。あのドレスはきっとフォスが着ることになるのだろう。
 
(あれ以降、ラビ皇子には会えてなかったし、二度目の逢瀬がまさか結婚式だなんて……)

 政略結婚とはそういうもので、恋愛を含むことは少ないため珍しくはないが、緊張してしまう。
 この姿を見て彼はなんと言うだろう。綺麗だ、似合ってると言ってくれるだろうか。いや、そもそも直視するかさえ怪しいのに言葉を期待することはやめよう。
 前入りするのかと思っていたのだが、当日に来てくれと言われたためまだワーナー家の人間とは会えていない。それも相まって緊張が加速している。
 使用人は一切言葉を発さず「よくお似合いです」の一言もなかった。愛想もなく、無口。冷たい印象を受けた。

「お時間です」

 後ろからかけられた声に立ち上がると裾を持つ使用人と一緒に会場へと歩いていく。
 豪勢な式を期待していたわけではないが、想像していたものよりも質素な物に思えた。花の数や装飾品もそう。第七皇子との結婚はこういうものだろうかと基準がわからないだけに判断のしようがない。
 会場に入るドアの前に立つ男性の姿にアーデルは酷く安堵した。

「お父様」
「アーデル。とても綺麗だ。よく似合っているよ。今日のお前は世界で一番美しいね」
「ありがとうございます」

 父親にそう言ってもらえることが一番嬉しい。

「毎日見ていたお前の顔が見れなくなると思うと寂しいよ」
「私もです」

 ルーカスは言った。『ヒュドールでは嫁いだ者の里帰りは禁じられている』と。親子がこうして会うためには子が帰るのではなく親が子に会うために足を運ばなければならない。王妃なき王国の王が簡単に国を抜けられるはずもなく、それをわかっていながらルーカスは陽気に言い放ったのだ。そこに申し訳ないという気持ちは微塵も感じられなかった。

「緊張しているかい?」
「少し。でも、お父様のお顔を見たら安心しました」
「それはよかった。ラビ皇子が──」
「入場の時間となりました」

 会話を遮る使用人をチラリと見るも相手が目を伏せているため合わない。

「さ、笑顔で行きなさい」
「はい」

 ルーカスの印象からしてそうだが、ヒュドールに入国してから良い印象を感じたことはまだ一度もない。クスッと笑われたわけでも、睨まれたわけでも、舌打ちされたわけでもないのだが、どうにも馴染めない雰囲気が漂っている。それは父親も感じているのか、苦笑を滲ませながら位置についた。
 父親のエスコートを受けて祝福の場に入る。気を持ち直そう。笑顔でいなければおかしく思われる。深呼吸をし、父親を見て笑顔を作ったアーデルだが、ドアが開いた先にある光景に足が前へと踏み出すことはなかった。

「え……」

 驚いたのは父親も同じだった。
 立ち上がって拍手で迎えるはずの招待客が一人もいない。いるのはルーカスと神父、それと夫となるラビ皇子だけ。
 花が飾ってあるわけでもなく、ヒュドールの国民が普段使う姿のままの内装に口を開いたのは父ヒースだった。

「これはどういうことですか。説明していただきたい」

 あくまでも冷静に問いかける。だが、怒っているのは表情から伝わってくる。

「ラビの希望でこうなった。極度のあがり症で人前に立つのを嫌がる。大勢の前で愛を誓い合うのが耐えられないと言うものでな、父親として息子の望みは叶えてやりたいと思ってのことだ。許せ」
「許せ……? これを……このような不誠実な対応を許せとおっしゃるのか! 一生に一度の結婚式をこのような形で台無しにされて許せるはずがないでしょう!」
「お父様、どうか気をお鎮めください」
「あなたが彼の父親としてとおっしゃるように、私もこの子の父親として願うことがある! なんの相談もなくこのような仕打ち……到底受け入れられるものではありません!」
「ならどうする? 婚約は破談か?」

 なぜそんなにも勝気でいられるのか。申し訳ないという気持ちを微塵も滲ませないのはなぜか。結婚を申し入れてきたのはヒュドールだというのにこの扱いはあまりにも酷い。
 拳を震わせながらもその場で返事をすることはせず、ヒースはラビを見た。

「ラビ皇子、これがあなたの望みか?」
「こ、これは……」
「夫婦とは思い合って生きるものだ。それを自分が嫌だからとなんの相談もなく当日になってこのような仕打ち。私はあなたのもとへ娘を送り出すのが不安でならない」
「も、申し訳ございません!!」

 その場で勢いのある土下座をするラビにヒースも驚きに目を見開く。

「僕が至らないばかりにこのような式となってしまいましたこと、この場にてお詫び申し上げます! アーデル王女にもヒース国王にも申し訳ない気持ちでいっぱいです! ヒース国王のお怒りも、アーデル王女の失望も全て理解しているつもりです!」
「ラビ皇子、頭を上げてください」
「このような式で出迎えた身で許しを請える立場にないことは重々承知しています! ですが、僕はアーデル王女と結婚したいのです! アーデル王女と穏やかな生活を夢見ています! 必ず幸せにするとお約束します! お願いです! どうか破談だけはお考え直していただけないでしょうか!?」

 大帝国の皇子ともあろう者が容易に土下座をし、赤い絨毯に額を押し付けながらの懇願。父親は悪びれず、息子だけが土下座をする光景はヒースには耐え難いものがあった。
 これはラビ自身の言葉か、それともこちらの反応を予想した上で父親に仕込まれた対処法かわからない。
 それでも、結婚式に招待客一人いないという状況は親として許せるものではない。事前に相談を受けていたのなら納得もできたが、アーデルの反応から見てもこれは相談なしの実行と考えて間違いない。
 政略結婚に愛は必要ないのかもしれない。だが、結婚式がこれでは安心して送り出すことなど不可能に近い。
 娘がぞんざいに扱われて喜ぶ親がどこにいるのか。

「アーデル、帰ろう」

 踵を返す父親にアーデルはついていかなかった。

「アーデル?」

 踵を返すどころか足を進めてラビのもとへと向かう娘にヒースは怪訝な顔をする。

「アーデル王女……ぼ、僕のせいでこのような……」

 静かにかぶりを振るアーデルが差し出した手を握ると立たされた。

「結婚式に土下座なんてカッコ悪いですよ」

 微笑むアーデルにほくそ笑んでいるのはルーカスだけで、ラビもヒースも喜の感情を表すことはしない。今にも泣きそうな顔をする情けない顔に触れて微笑むアーデルにラビが手を伸ばすも触れられなかった。グッと拳に変わった手を身体の横に下ろす。

「お父様、どうかご心配なく。ラビ皇子と結婚致します」

 ヒースは驚きはしなかった。アーデルは自分で決めたことは必ず貫き通す性格で、しかも頑固。親が言おうと自分が満足するか納得するまでやめない。この最悪の始まりである結婚式も娘にとっては例外ではないのだと諦めたように溜息をついて首を振った。

「賛成はできないが、反対もしない。お前の人生はお前の物だ。お前がその道を歩くと決めたならそれでいい」

 本当は反対だった。腕を掴んで自国に連れ帰りたいほどに。だが、こんな屈辱を味わって尚、彼と結婚すると決めたのなら見守るしかない。見守ることしかできないのだ。
 
「立派な心構えだ、アーデル王女。さすがはルスの王女だ。これから──」
「ルーカス皇帝陛下」

 言葉を遮られた事を不快に思ったルーカスの表情に不機嫌が滲むもアーデルは笑顔を変えない。

「この結婚式はラビ皇子と二人だけで挙げますので、ご退場願えますか?」
「なんだと?」
「私もラビ皇子と同じであがり症なのです。招待客が見守る中での愛の誓いはともかく、指輪の交換は手が震えて落としてしまう可能性もありましたので、この状況は逆にありがたいです。ラビ皇子にも手紙で静かな結婚式を望んでいるとお伝えしておりました。ですので、二人だけの結婚式を挙げさせてください」

 頭を下げるアーデルに驚いていたラビが慌てて頭を下げる。

「自分の父親をも追い出すと?」
「はい」
「祝福はいらぬと?」
「父はいつも我が子の幸せを一番に考えてくださっています。ですから、ここで二人だけの式を挙げたとしても父からの祝福がない事にはなりません」
「俺は──」
「よいではありませんか。我が子の晴れ舞台。主役は我が子。彼らがそう望むのであれば叶えてあげるべきでしょう、親として」

 親を強調するヒースの意地の悪さに不愉快を全面に出しながらも反論はしなかった。その代わり、「勝手にしろ」と吐き捨てるように言った。結婚式の主役に向ける言葉としては相応しくないものではあるが、大人しく出ていった事に二人は安堵する。
 ドアが閉まってようやく頭を上げた二人。

「アーデル王女……本当に……」

 また頭を下げようとするラビの手をアーデルが握る。

「今日からはアーデルとお呼びください」
「アーデル……」

 微笑むアーデルにラビは唇を噛み締めて手を握り返す。

「必ず、幸せにします」
「よろしくお願いします」

 音楽も拍手もない教会の中で二人はとても静かな式を挙げた。
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