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手に余るものだから
しおりを挟むコンラッド・グレンフェルはグレンフェル家に生まれた次男で噂通りの遊び人だ。
「コンラッド、授業をサボっているようだな?」
「もう勉強済みの所ですから受ける意味がないので出ませんでした」
「大事なのは内容ではなく集団に馴染む事だ」
「努力はしていますがグレンフェル家という時点で特別扱いを受けるのでそれも難しいかと」
父親の注意はいつもその瞬間だけのもので、コンラッドも大人しく聞くようにしている。
家庭教師がついているコンラッドにとって学校の授業内容は今まで習ったことの復習でしかないため退屈でしかなかった。だから出席せずサボっては同じようにサボっている女子生徒と遊んだりするのだが、父親がそんなコンラッドに失望することはない。
「ランドルフは優秀な成績で大学院を卒業するのだぞ」
「らしいですね。さすがは兄上。父上も鼻が高いでしょう」
「私の功績ではない」
「トラヴィスも優秀だとか」
「ああそうだ。あの子には素質がある」
「では兄上と一騎打ちだ」
「コンラッド。お前も同じなのだぞ」
父親の言葉を鼻で笑い飛ばしたいぐらいには白々しいもので、コンラッドは肩を竦めて首を振った。
兄のランドルフは親の言いつけを破らず今まで真面目一筋でやってきた出来の良い息子。
弟のトラヴィスは何をやらせても上手く、成績も常にトップに君臨している。
父親の言い方から察するに王に向いているのは真面目が取り柄のランドルフではなくトラヴィスという事になる。女遊びもせずに王になるために頑張ってきたランドルフが聞けばどういう心境になるかコンラッドには容易に想像がついた。
「お前は何故そう簡単に諦めてしまうのだ?」
「諦めてなんていませんよ。僕は最初から興味がないだけです。兄上やトラヴィスのように優秀ではないし、王になる自信もない。好きな事をして生きている方が性に合ってる。それだけです」
勝ち目のない戦に特攻するほどバカではない。
両親に恥を欠かせないよう成績はトップでいる。だがそれ以上は何もしない。されてもいない期待に応えるなどあまりにもバカバカしいことでしかなく、兄のように恋愛もせず親が決めた婚約者と夫婦になるなどごめんだとずっと思っていた。
その反動が今の遊び人気質を作り上げている。
「昨日お友達が教えてくれたんですけど、いつの間にか私達が婚約するなんて噂が立っているみたいで驚きました」
連取したのかと思わせる白々しい驚き方に
「コンラッド様は素敵な方ですから結婚される方は幸せでしょうね」
いじらしい言葉選びに
「コンラッド様は理想の夫婦生活などありますか?」
バカバカしい質問をくれる全てが作り物の女。
「そうだろうな」
鼻で笑ってやろうと媚びた笑顔を見せるばかりで苛立ち一つ見せない機械のような女が嫌いだった。
媚びる人間は男でも女でも気持ち悪い。
「お父様ったらコンラッド様が息子になってくれたら嬉しいって毎日言ってるんですよ。コンラッド様のお相手はきっとどこかの国の王女様だって言ってるのに諦めきれないみたいで飽きるほど聞いてます」
ふふっと笑いながら言葉とは裏腹に結婚したいオーラを全開にする好意ありありには毎度うんざりしていた。
親同士の付き合いがなければ親しくする事もないのにと何度思ったことか。
「俺は結婚したらグレンフェル家とは縁をきってどこか見知らぬ土地で暮らしたい」
「え?」
「何もない土地で新たに暮らすのもいい。娯楽も何もない世界でのんびり暮らすんだ。どうだ? いい考えだろ?」
「え、ええ! 素敵ですね!」
顔を引きつらせながらの同意に説得力はない。
この女が〝王子〟である自分に魅力を感じているのは最初からわかっている。王子と結婚して悠々自適な暮らしと贅沢三昧な毎日を夢見ての事だと。装飾品で身を飾り、特注のドレスに身を包み、その日のために培ってきた礼儀作法で王族の仲間入りを果たす。
想像に難くない。
「土仕事をしてみたいんだ。顔や服が汚れるのも気にせず野菜を育てる。自分で食べる分を自分で育て、自分で料理する。俺の夢だ」
すぐに「ついて行きたいです」と微笑まれる事はなかった。予想もしていなかった言葉だっただろう。だが、だからこそ言葉なき本心が見えた。
いつだってコンラッドについて回るのは〝王子〟という肩書。だからいつも王子らしからぬ言動をして相手の本性を確かめていた。そうしているうちに人が信じられなくなり、恋や愛だと言っているのが本気でバカらしくなった。
本気になるより互いに遊びだと同意の上で一緒にいる方がいいと思った。
だが、そんな時に出会ったのがティファニー・ヘザリントンという女。
噂ではその悪名を耳にしていた。
傍若無人で怖いモノ知らず。伯爵の娘でありながら公爵の娘マリエット・ウインクルを敵視しており、ありとあらゆる嫌がらせをし続けているという女。
マリエットが嫌いなのはコンラッドも同じだった。マリエットに媚びる者がほとんどの中で一人、身分も考えずにぶつかっていく強靭な精神を持つ女はどういう女のか知りたくなり、遠目から見るようになった。
女同士の醜いバトルは呆れるほど退屈だったが、その言い合いにどこか違和感を覚えたの間違いではない。
「ティファニー・ヘザリントンを知っているか?」
「怠け者のヘザリントンを知らない人はいませんわ」
「怠け者?」
「ええ、いつもどこかで寝てて、それが学校全体で許されてますの。授業中に寝ようと、どこかで寝て授業をサボろうとお咎めなし。そのくせ悪びれる事なく威張り散らすから皆に嫌われてますわ」
この学校での伯爵の地位はそれほど高いものではない。当然上の令嬢達から文句が出るだろうに学校はそれを聞き入れずティファニーの方を受け入れていた。たかが伯爵。ヘザリントン家が莫大な寄付をしているのなら話は別だが、そういう話は聞いたことがない。
なら何故か?
いくつかの答えが出てきたが、本人に確認するまで正解にはならない。
なら一度接触してみるかと考えたコンラッドはその後、自分でも想定外の行動に出てしまった。
「なっなっなっ……なんで……」
キスをした時の反応は他の令嬢達と同じだったのに
「ああ、初めてだったのか。悪いな。責任でも取ってやろうか?」
こう言えば大体の令嬢は喜んだし、頬を染めた。だがティファニーは違った。
パンッ
「くたばりあそばせ」
喜び一つ見せないまま平手打ちをかまして去って行った。
キスした相手がコンラッド・グレンフェルだと知りながらも平手打ちに暴言に睨み付けを送り、その後もそれを後悔することなく拒み続けている。
面白いと思った。
「キスで目覚めるなんてまるで小説の中の話だ」
どこででも眠る眠り姫は自分がキスをすると必ず目を覚ます。
物語のように嬉しそうに笑って抱き合う流れは未だ発生していないがそれでもキスをして目覚める事実は嬉しかった。
「デレた顔が見てみたい」
執着してしまうとは思ってもいなかった。
声をかけるだけで眉を寄せ、嫌がる相手のはにかんだ表情はどんなものか見たいと思った。
「何ニヤニヤしてるの?」
「んー? 好きな女が出来たんだ」
「女性って言わなきゃダメだよ」
「そうだな。好きな女性が出来たんだ」
「どこの王女様?」
そこでマリエット・ウインクルの名前を出さない事が面白かった。
親同士の仲が良かろうと婚約者になる事を認めていないのは自分だけではなかったと肩を揺らすコンラッド。
「王女様じゃない。伯爵令嬢だ」
滅多に見開かれる事のない弟の目がこれでもかというほど見開かれ、驚きに声も出せなかった顔に笑いながら部屋へと戻っていった。
恋愛なんかするつもりはなかった。付き合って別れての繰り返しなんかバカみたいだ。相手の所有物になるのも相手を所有物にするのも嫌で、遊びだって割り切れる関係が好きだった。
王子というのは肩書きであってそれ以上でも以下でもない。
自分がとんでもない偉業を成し遂げたから王子になれたわけじゃなく、生まれた家が王族だったってだけ。
だが女の中では王子ってのは〝それだけ〟で〝最高〟らしく遊び人だろうとどうだっていいらしい。
大切なのは中身ではなく家柄や地位で、周りに群がる甘い匂いをさせる女達が見ているのは勝手にある付属物。なら別に丁寧に扱う必要はないと思った。だって中身を見てはくれないのだから。
女が男を〝金〟や〝家柄〟で選ぶならこっちは女を〝顔〟と〝身体〟で選ぶ事にした。〝家柄〟や〝性格〟とは言ってやらない。
運が良い事に顔だけは良かったから女は選び放題だったから遊び相手には困らなかった。
それなのに特別顔も身体も良くない弟が驚くような相手を選んだのは何故か———
「手に余るものだからこそ欲しくなるんだ」
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