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15話 恋愛証明でお仕事
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木曜、金曜は仕事を休んだ。
とはいっても、学校には行く。皇に萌えるためだ。ファンサをもらって、とりとめのない質問をされて帰る。それだけの二日間だった。
金曜日の帰り際、皇から手紙を渡された。
『キルコさんへ
明日はよろしくお願いします。
夕方十七時に駅に車を向かわせます。いつものナンバーの車に乗り込んでください。
終了時刻は二十時以降を予定しています。遅い時間となりますが、帰りもお送りしますので安心してください。
楽しみにしています。
皇 秀英』
とうとう、私の気持ちが推しではないことの証明をされるらしい。
なぜ私の気持ちが推しでないということを証明するのだろう。そして、それになんの意味があるのだろう。やけに真剣だったし……。この証明の先に目標があるとも言っていた。
ファンサと萌えに夢中なあまり意識せずにいたが、直前になったからなのか、ようやく疑問が湧いてきた。
「おはよう、キル・リ・エルデ。何を読んでるの?」
ソファの後ろから、ハデスが覗き込んできた。
またか。不法侵入上司が。
「おはようございます。本日の仕事に必要な資料です。ところで、どうしてここに?」
「君の進捗状況を聞きにきたのと、ジャックの痕跡を探しにね」
「てっきりもう捕まったかと。しばらく来ていなかったので」
「まあ、時間の問題だけどね。部下どもに、ジャックを捕えたら君が求婚に応じてくれるからと言ったら、血眼になって仕事をするようになったからね。使えないやつらだが、あの勢いならなんとかやりきるだろう」
またか……! 毎度毎度、私を餌にしてけしかけやがって……!
ハデスのこういう、部下を道具としか思っていないところが憎らしくてならない。この私が、こんなやつに道具と思われ、雑に使われているという事実が死ぬほどいやだ。
ああ、仕事、辞めたい。
「おや? これは何?」
ハデスが皇コーナーの前にしゃがみ込んだ。
「まさか、好きになった……とか、ないよね?」
――推しです。
と答えそうになったのをぐっと噛みしめ、私は笑顔をつくった。
「仕事への意識を保つためのものです」
「これ、ツーショット?」
「距離感を縮め、いつでも隙をつけるようにしているのです」
「ふぅん?」
ハデスの蛇のような目が、じろりと私を睨んだ。
私も、変わらぬ表情で見据え返す。
ハデスは、ふっと頬を緩めた。
「そうだよね? 2000年、あらゆる男を振り続けてきた君が、人間――あまつさえ、標的の男に堕ちるなんて。そんなプライドとアイデンティティを捨てるようなこと、まさかしないよね?」
「信じていただけましたか?」
「君のことは信じているよ。君は優秀で、何よりもキャリアの優先する死神だ。絶対に失敗はしないし、落ちぶれるようなこともしない。
だけど、かなり時間がかかっているし、念には念を押しておく。標的に恋愛感情をもったから殺せないなんていうことは、許されないよ」
ヒュッと、私の喉元にハデスの鎌の切っ先が触れた。
私のものとは違う、不気味に光る鎌――西洋支部長のハデスと東洋支部のイザナミ様だけが持つ、死神殺しの鎌だ。
「当たり前です」
「そうだね」
ハデスの鎌がふっと消えた。
「じゃあ、引き続き頑張って。いい知らせを待っているよ」
「そちらも、ジャックの件、頑張ってくださいね」
ハデスは返事をせずに消えた。
ふん。舐められたものだ。
私の感情は推し! 恋愛感情などという浅ましいものでは断じてない。
そして私は、推しという最大で最高の愛情を抱いているにも関わらず、仕事を遂行している。仕事を放棄するなどという愚行を、どうして心配されなければならないのだ!
美しく、完璧に仕事をこなすことこそ、私のプライドとアイデンティティ。私は推しを愛するとともに、私自身を愛している。
だから、仕事は放棄しない。
皇の証明が終わったら、再び鎌を握るのだ。
とはいっても、学校には行く。皇に萌えるためだ。ファンサをもらって、とりとめのない質問をされて帰る。それだけの二日間だった。
金曜日の帰り際、皇から手紙を渡された。
『キルコさんへ
明日はよろしくお願いします。
夕方十七時に駅に車を向かわせます。いつものナンバーの車に乗り込んでください。
終了時刻は二十時以降を予定しています。遅い時間となりますが、帰りもお送りしますので安心してください。
楽しみにしています。
皇 秀英』
とうとう、私の気持ちが推しではないことの証明をされるらしい。
なぜ私の気持ちが推しでないということを証明するのだろう。そして、それになんの意味があるのだろう。やけに真剣だったし……。この証明の先に目標があるとも言っていた。
ファンサと萌えに夢中なあまり意識せずにいたが、直前になったからなのか、ようやく疑問が湧いてきた。
「おはよう、キル・リ・エルデ。何を読んでるの?」
ソファの後ろから、ハデスが覗き込んできた。
またか。不法侵入上司が。
「おはようございます。本日の仕事に必要な資料です。ところで、どうしてここに?」
「君の進捗状況を聞きにきたのと、ジャックの痕跡を探しにね」
「てっきりもう捕まったかと。しばらく来ていなかったので」
「まあ、時間の問題だけどね。部下どもに、ジャックを捕えたら君が求婚に応じてくれるからと言ったら、血眼になって仕事をするようになったからね。使えないやつらだが、あの勢いならなんとかやりきるだろう」
またか……! 毎度毎度、私を餌にしてけしかけやがって……!
ハデスのこういう、部下を道具としか思っていないところが憎らしくてならない。この私が、こんなやつに道具と思われ、雑に使われているという事実が死ぬほどいやだ。
ああ、仕事、辞めたい。
「おや? これは何?」
ハデスが皇コーナーの前にしゃがみ込んだ。
「まさか、好きになった……とか、ないよね?」
――推しです。
と答えそうになったのをぐっと噛みしめ、私は笑顔をつくった。
「仕事への意識を保つためのものです」
「これ、ツーショット?」
「距離感を縮め、いつでも隙をつけるようにしているのです」
「ふぅん?」
ハデスの蛇のような目が、じろりと私を睨んだ。
私も、変わらぬ表情で見据え返す。
ハデスは、ふっと頬を緩めた。
「そうだよね? 2000年、あらゆる男を振り続けてきた君が、人間――あまつさえ、標的の男に堕ちるなんて。そんなプライドとアイデンティティを捨てるようなこと、まさかしないよね?」
「信じていただけましたか?」
「君のことは信じているよ。君は優秀で、何よりもキャリアの優先する死神だ。絶対に失敗はしないし、落ちぶれるようなこともしない。
だけど、かなり時間がかかっているし、念には念を押しておく。標的に恋愛感情をもったから殺せないなんていうことは、許されないよ」
ヒュッと、私の喉元にハデスの鎌の切っ先が触れた。
私のものとは違う、不気味に光る鎌――西洋支部長のハデスと東洋支部のイザナミ様だけが持つ、死神殺しの鎌だ。
「当たり前です」
「そうだね」
ハデスの鎌がふっと消えた。
「じゃあ、引き続き頑張って。いい知らせを待っているよ」
「そちらも、ジャックの件、頑張ってくださいね」
ハデスは返事をせずに消えた。
ふん。舐められたものだ。
私の感情は推し! 恋愛感情などという浅ましいものでは断じてない。
そして私は、推しという最大で最高の愛情を抱いているにも関わらず、仕事を遂行している。仕事を放棄するなどという愚行を、どうして心配されなければならないのだ!
美しく、完璧に仕事をこなすことこそ、私のプライドとアイデンティティ。私は推しを愛するとともに、私自身を愛している。
だから、仕事は放棄しない。
皇の証明が終わったら、再び鎌を握るのだ。
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