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1話 サクラでお仕事
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外にはグラウンドが二つあった。校舎に隣接した広いグラウンドと、道路を一つ挟んだ敷地にある、小さめのグラウンド。小さなグラウンドには、古ぼけて錆だらけの第二体育館と柔道部用の武道場が建ち並んでいた。
横断歩道を渡り、小さなグラウンドに向かう。普段はサッカー部が練習をしているらしいが、今日は休みらしく、人1人いなかった。
グラウンドに足を踏み入れた瞬間、はっと目を惹かれた。奥に、たった一本の、とても大きなサクラの木が聳え立っていたのだ。校門前に並ぶサクラたちとは違い、無二の存在感があるように思えた。
「ひおさんぽ」の花見酒の回に出てきたサクラの木に似ているからだろうか。
「美しいですね」
息を吐くように、皇が呟いた。教室の説明以外のことを話すのは初めてだった。
「サクラ、好きなんですか」
「どうでしょう。
ただ、この世界に存在する生きとし生けるものはすべからく、美しいものに惹かれてしまうものだと……そう、僕は思います」
それは全くの同意見だ。
私は、ほくそ笑んだ。
「もっと近くで見てもいいですか? できれば、上から」
第二体育館の屋上に登ると、サクラが上から見えた。
フェンスから身を乗り出してサクラの香りをすうっと吸い込む。甘酸っぱくて、いい香りだ。
見た目もとても可愛らしい。
「もふもふですね」
「そうですね」
「私、このもふもふに埋もれてみたいです」
振り向くと、皇は不思議そうに、わずかに唇を開いていた。
「飛び込んでみませんか? このサクラの中に」
皇は私の隣に並ぶと、フェンスから少し身を乗り出し、サクラのもふもふと、遥か下の地上とを見た。
「ここから桜までの距離は3m20cmといったところでしょうか。僕の去年の立ち幅跳びの記録が2m55cmなので、エルデさんの体重を計算に含めて考えるとして……。エルデさんの体重はいくつですか?」
「ありません、そんなもの」
皇は一瞬きょとんとしたが、すぐにまた理系の顔に戻った。
「いずれにしても、2m55cmからもう15cm、どう伸ばすかを考えないと……」
「そんなこと、考えなくて構いません」
「地上まで、26mほどです。体を打ちつけた場合の衝撃力を計算したら、確実に死に至る高さです」
「死んだら死んだです。人間はいつか死ぬのです。これで死んだとしても、美しいもののために死ぬのですから、いいではありませんか。
一緒に、死んでしまいましょう。ジャパニーズ・心中です」
私が手を差し伸べる。皇の手が、ゆっくり伸びる。
そして、私の手を、やさしく握った。
かかった。私の洗脳に。
死んでもいい――皇の脳みそはその思考で埋め尽くされたのだ。
フェンスを超えて、コンクリートを蹴った。
――なんて簡単な任務だったのだろう。
こんな男に10年もかけていた東洋支部の死神たちの無能ぶりに笑えてくる。
標的に接近すること、洗脳すること、身を投げるよう仕向けること……すべて、東洋支部の死神がやらなかったことをやったまで。
まあ、せっかく日本に来たのだから、東洋の死神が古くにやっていたという殺し方――ジャパニーズ・心中をやってみようと思ってやってみたというのが正直な話であるが。
さあ、このまま落ちて魂を回収し、祝い酒と推し活を……!
……と、愉悦に浸っていた時だった。
私の腕と体とがぐっと前にひっぱられ、美しきジャパニーズ・サクラの上に、もふりと着地した。
ズザザザッ!
幹や枝を削るような音が下から聞こえた。下を覗くと、少し下の太い枝の上に、皇が片膝をついていた。
横断歩道を渡り、小さなグラウンドに向かう。普段はサッカー部が練習をしているらしいが、今日は休みらしく、人1人いなかった。
グラウンドに足を踏み入れた瞬間、はっと目を惹かれた。奥に、たった一本の、とても大きなサクラの木が聳え立っていたのだ。校門前に並ぶサクラたちとは違い、無二の存在感があるように思えた。
「ひおさんぽ」の花見酒の回に出てきたサクラの木に似ているからだろうか。
「美しいですね」
息を吐くように、皇が呟いた。教室の説明以外のことを話すのは初めてだった。
「サクラ、好きなんですか」
「どうでしょう。
ただ、この世界に存在する生きとし生けるものはすべからく、美しいものに惹かれてしまうものだと……そう、僕は思います」
それは全くの同意見だ。
私は、ほくそ笑んだ。
「もっと近くで見てもいいですか? できれば、上から」
第二体育館の屋上に登ると、サクラが上から見えた。
フェンスから身を乗り出してサクラの香りをすうっと吸い込む。甘酸っぱくて、いい香りだ。
見た目もとても可愛らしい。
「もふもふですね」
「そうですね」
「私、このもふもふに埋もれてみたいです」
振り向くと、皇は不思議そうに、わずかに唇を開いていた。
「飛び込んでみませんか? このサクラの中に」
皇は私の隣に並ぶと、フェンスから少し身を乗り出し、サクラのもふもふと、遥か下の地上とを見た。
「ここから桜までの距離は3m20cmといったところでしょうか。僕の去年の立ち幅跳びの記録が2m55cmなので、エルデさんの体重を計算に含めて考えるとして……。エルデさんの体重はいくつですか?」
「ありません、そんなもの」
皇は一瞬きょとんとしたが、すぐにまた理系の顔に戻った。
「いずれにしても、2m55cmからもう15cm、どう伸ばすかを考えないと……」
「そんなこと、考えなくて構いません」
「地上まで、26mほどです。体を打ちつけた場合の衝撃力を計算したら、確実に死に至る高さです」
「死んだら死んだです。人間はいつか死ぬのです。これで死んだとしても、美しいもののために死ぬのですから、いいではありませんか。
一緒に、死んでしまいましょう。ジャパニーズ・心中です」
私が手を差し伸べる。皇の手が、ゆっくり伸びる。
そして、私の手を、やさしく握った。
かかった。私の洗脳に。
死んでもいい――皇の脳みそはその思考で埋め尽くされたのだ。
フェンスを超えて、コンクリートを蹴った。
――なんて簡単な任務だったのだろう。
こんな男に10年もかけていた東洋支部の死神たちの無能ぶりに笑えてくる。
標的に接近すること、洗脳すること、身を投げるよう仕向けること……すべて、東洋支部の死神がやらなかったことをやったまで。
まあ、せっかく日本に来たのだから、東洋の死神が古くにやっていたという殺し方――ジャパニーズ・心中をやってみようと思ってやってみたというのが正直な話であるが。
さあ、このまま落ちて魂を回収し、祝い酒と推し活を……!
……と、愉悦に浸っていた時だった。
私の腕と体とがぐっと前にひっぱられ、美しきジャパニーズ・サクラの上に、もふりと着地した。
ズザザザッ!
幹や枝を削るような音が下から聞こえた。下を覗くと、少し下の太い枝の上に、皇が片膝をついていた。
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