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君が君であること
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ずいぶん暫くしてリスさんが帰ってきました。
花も咲かないこの時期に、どこでつんだのか、たっぷりの山菜を前にして、暫しのお別れ会ができるくらい沢山の料理を作っています。
「こんなに僕と君の好物を作ったのは久しぶりだよ。」
はしゃぎながら言うリスさんに狼さんは力なく微笑みました。
「久しぶりに、冬眠用の穴に行って掃除をしたけど、ずっと寝てるのも飽きちゃうだろうね。まあ、ねぼすけさんな君にとっては天国みたいなんだろうけど。」
リスさんはスープの味見をしながら楽しそうに言いました。
結局泣きつかれた狼さんはリスさんが帰ってくるまで眠っていました。
目が覚めても、あのモヤモヤは消えることなくいすわって、リスさんを見ることができません。
そんなことは露しらず、リスさんは行き帰りにあった出来事を楽しそうに話しました。
「今日新しい発見をしたんだ。なんと、君のでも僕のでもない足跡を見つけてね。」
狼さんはドキリとしました。
狼さんの様子に気づくことなくリスさんは弾んだ声で続けます。
「いやはや、ずぅっとこの森は僕と君の二匹ぼっちと思っていたよ。けれど、どうやらまだ知らない素敵な仲間がいるようだ。」
嬉しそうなリスさんに、どう答えてよいかわからなくて、小さな声で、そうだね、と、今日二度目の嘘をつきました。
_決まっているじゃないか、キツネやウサギ、リスなんかだよ!
忘れるはずないあの言葉が、頭の中で響きます。
飛び出しそうな心臓を抑えオーブンの前でかがんでいるリスさんを狼さんは盗み見ました。
ぷっくりとした丸いお尻が暖かな火に照らされてとても柔らかそうに見えました。
いつもは可愛らしいと思っているほっぺも、このごろ少し出てきたおなかも周りの美味しそうな匂いも手伝って、狼さんはなんだかリスさんがおいしそうに見えてきました。
_ダメだ、ダメだ!何を考えているんだ。僕ってば!
頭の中で何度も何度も、気持ちをかき消そうとしても、口の中にはよだれががジュワジュワ溢れるようにわいてきます。そうしてついに、グーッ!と大きな音が響きました。
その音に振り返ったリスさんはパチクリと狼さんの顔とおなかを見比べて、プッと、ふき出してしまいました。
「君ってば、眠ってよっぽどお腹が減ったんだね!」
狼さんは黙ってフラフラ、リスさんに近づきました。
もう、そこにいるのはいつもの狼さんではありませんでした。
「君の好きなパイを焼いてるんだ。これがなきゃあ始まらないからね。」
そう言い終えたか終えないかの時でした。
グワーッ!!と森を揺らすような雄たけびがあたりにとどろきました。
振り返ると見たことのない眼をした狼さんが鼻息荒くリスさんに飛び掛かってきました!
驚いたリスさんは、持っていたスープの皿を思わず狼さんに投げつけました。
その皿は、狼さんに頭からスープをかけ、さっきとは打って変わって弱弱しい悲鳴を上げながら狼さんはうずくまりました。
スープの熱さに悶えながら頭の中ではグルグルと自分がやってしまったことが駆け巡ります。
_ああもうおしまいだ。
狼さんはそう思いました。
_あんな大変なことをしてしまったんだ。僕は、なんてことを・・・。
狼さんの目から涙が溢れます。
その時、そっと冷たいものが耳に当たりました。
上目使いで見てみると頭の上に上ったリスさんが、冷やしたタオルを耳に当てていました。
「スープがかかってヤケドをしたからね。早く冷やすことが肝心だよ。」
そう言いながらせっせと新しいタオルを変えるリスさんを見て狼さんはありがたく思う一方で、もっと悲しくなりました。
「ごめんなさい。」
沢山の気持ちが胸で混ざり合い狼さんは顔も上げずに言いました。
その言葉に何も答えずリスさんは鼻の頭に降りてきました。
涙に濡れた狼さんの顔をリスさんは目もそらさずじっと見つめました。
寂しい色の月がリスさんの顔を照らします。
月明りは二匹の影の間に光の道をうっすら作り上げていました。
「こうなることが当たり前なんだよ。」
リスさんはおもむろにそう言いました。
「生きているってことはね、どんどん知らない君にかわっていくっていうことなんだ。それは、生きている上では当たり前のことなんだよ。」
黒々としたまっすぐな瞳でそう言って、そっと狼さんのほっぺを触りました。
いつも見慣れたその小さな手は何だか小さく震えていました。
「君だけじゃない。君の周りだって、ちょっとずつ変わってしまうんだ。僕も君とずっとは一緒にいられないかもしれない。けど、これだけは、忘れないで。」
震える手で狼さんの鼻をリスさんは力強く抱きしめました。
速く脈打つ心臓の音を聞きながら狼さんはリスさんがこういうのを聞きました。
「恐れないで、君が君であるっていうことを。」
狼さんの止めどなくあふれる涙に濡れながら、リスさんは抱きしめていました。
切り裂くような冬の空気が二人の近くでとろとろとほどけていきます。
たんぽぽの綿毛のような雪がちらちら舞い始めても流れる涙に濡れながら、リスさんはいつもより速く波打つ自分の鼓動を聞いていました。
花も咲かないこの時期に、どこでつんだのか、たっぷりの山菜を前にして、暫しのお別れ会ができるくらい沢山の料理を作っています。
「こんなに僕と君の好物を作ったのは久しぶりだよ。」
はしゃぎながら言うリスさんに狼さんは力なく微笑みました。
「久しぶりに、冬眠用の穴に行って掃除をしたけど、ずっと寝てるのも飽きちゃうだろうね。まあ、ねぼすけさんな君にとっては天国みたいなんだろうけど。」
リスさんはスープの味見をしながら楽しそうに言いました。
結局泣きつかれた狼さんはリスさんが帰ってくるまで眠っていました。
目が覚めても、あのモヤモヤは消えることなくいすわって、リスさんを見ることができません。
そんなことは露しらず、リスさんは行き帰りにあった出来事を楽しそうに話しました。
「今日新しい発見をしたんだ。なんと、君のでも僕のでもない足跡を見つけてね。」
狼さんはドキリとしました。
狼さんの様子に気づくことなくリスさんは弾んだ声で続けます。
「いやはや、ずぅっとこの森は僕と君の二匹ぼっちと思っていたよ。けれど、どうやらまだ知らない素敵な仲間がいるようだ。」
嬉しそうなリスさんに、どう答えてよいかわからなくて、小さな声で、そうだね、と、今日二度目の嘘をつきました。
_決まっているじゃないか、キツネやウサギ、リスなんかだよ!
忘れるはずないあの言葉が、頭の中で響きます。
飛び出しそうな心臓を抑えオーブンの前でかがんでいるリスさんを狼さんは盗み見ました。
ぷっくりとした丸いお尻が暖かな火に照らされてとても柔らかそうに見えました。
いつもは可愛らしいと思っているほっぺも、このごろ少し出てきたおなかも周りの美味しそうな匂いも手伝って、狼さんはなんだかリスさんがおいしそうに見えてきました。
_ダメだ、ダメだ!何を考えているんだ。僕ってば!
頭の中で何度も何度も、気持ちをかき消そうとしても、口の中にはよだれががジュワジュワ溢れるようにわいてきます。そうしてついに、グーッ!と大きな音が響きました。
その音に振り返ったリスさんはパチクリと狼さんの顔とおなかを見比べて、プッと、ふき出してしまいました。
「君ってば、眠ってよっぽどお腹が減ったんだね!」
狼さんは黙ってフラフラ、リスさんに近づきました。
もう、そこにいるのはいつもの狼さんではありませんでした。
「君の好きなパイを焼いてるんだ。これがなきゃあ始まらないからね。」
そう言い終えたか終えないかの時でした。
グワーッ!!と森を揺らすような雄たけびがあたりにとどろきました。
振り返ると見たことのない眼をした狼さんが鼻息荒くリスさんに飛び掛かってきました!
驚いたリスさんは、持っていたスープの皿を思わず狼さんに投げつけました。
その皿は、狼さんに頭からスープをかけ、さっきとは打って変わって弱弱しい悲鳴を上げながら狼さんはうずくまりました。
スープの熱さに悶えながら頭の中ではグルグルと自分がやってしまったことが駆け巡ります。
_ああもうおしまいだ。
狼さんはそう思いました。
_あんな大変なことをしてしまったんだ。僕は、なんてことを・・・。
狼さんの目から涙が溢れます。
その時、そっと冷たいものが耳に当たりました。
上目使いで見てみると頭の上に上ったリスさんが、冷やしたタオルを耳に当てていました。
「スープがかかってヤケドをしたからね。早く冷やすことが肝心だよ。」
そう言いながらせっせと新しいタオルを変えるリスさんを見て狼さんはありがたく思う一方で、もっと悲しくなりました。
「ごめんなさい。」
沢山の気持ちが胸で混ざり合い狼さんは顔も上げずに言いました。
その言葉に何も答えずリスさんは鼻の頭に降りてきました。
涙に濡れた狼さんの顔をリスさんは目もそらさずじっと見つめました。
寂しい色の月がリスさんの顔を照らします。
月明りは二匹の影の間に光の道をうっすら作り上げていました。
「こうなることが当たり前なんだよ。」
リスさんはおもむろにそう言いました。
「生きているってことはね、どんどん知らない君にかわっていくっていうことなんだ。それは、生きている上では当たり前のことなんだよ。」
黒々としたまっすぐな瞳でそう言って、そっと狼さんのほっぺを触りました。
いつも見慣れたその小さな手は何だか小さく震えていました。
「君だけじゃない。君の周りだって、ちょっとずつ変わってしまうんだ。僕も君とずっとは一緒にいられないかもしれない。けど、これだけは、忘れないで。」
震える手で狼さんの鼻をリスさんは力強く抱きしめました。
速く脈打つ心臓の音を聞きながら狼さんはリスさんがこういうのを聞きました。
「恐れないで、君が君であるっていうことを。」
狼さんの止めどなくあふれる涙に濡れながら、リスさんは抱きしめていました。
切り裂くような冬の空気が二人の近くでとろとろとほどけていきます。
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