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しおりを挟む 駅前広場、公園、空港の前、大きな演芸場の前で夜遅くまで大道芸を披露した。立ち止まって観てくれる人は決して多くはなかったが、決して上手くない芸に感動しお金をくれる心の温かい人がたくさんいることにじんわりと胸が熱くなった。
ブダペストには10日ほど滞在した。大道芸を披露するとき以外は図書館で遅くまで過ごし、24時間営業のファミレスやコンビニの飲食スペースでスキットの脚本を書いたり本を読んだり、うたた寝したりして夜を明かした。少ない料金で使用できる公営のジムで筋トレをしたりシャワーを浴びたりもした。2月の前半の寒気とスクールバスでした恐ろしい経験を思うと、野宿する勇気はとてもなかった。
十分なお金が貯まったら寝台列車に乗りウィーンへ向かった。亀のような移動ペースではあるが、地球の裏側にいたオーロラに着実に近づいている。同時に憎き標的にも。
寝台の上に仰向けになり白い天井を見ていたら、サーカス列車の自室の2段ベッドにいるみたいな錯覚をおぼえた。列車がガタンゴトンと揺れるのも車輪が線路を擦る音も、全てが懐かしかった。
ルーファスやシンディやトム、ジュリエッタやジャン、アルフレッドの顔が浮かんできた。猿のコリンズやゾウのトリュフ、2頭の馬とツキノワグマのニックのことも。結局最後までレオポルドとは打ち解けられないままだった。
仲間たちと沢山の国を巡り生活を共にし、 ショーを成功させ助け合った日々のことを、こんなに懐かしく切なく思い出すなんて。あの場所は確かに私の家で、学校で、かけがえのない居場所だった。慌ただしくて苦しいことも沢山あったけれど、毎日が充実していて寂しいと感じる暇もなかった。生きてるって感じがした。
帰る場所がすぐそばにないことが、おかえりと迎えてくれる仲間がいないことがすごく寂しくて心細い。
でも列車から逃げ出した私に彼らと一緒にショーを作る資格はない。例え戻ったとして、自分勝手なことをした私を皆に受け入れて貰えないかもそれない。そんな懸念があの場所に戻ることを阻んでいた。
あの赤子のことは常に頭にあった。サーカス列車にいる皆なら、戸惑いつつも世話をしてくれるだろうと思った。その判断はきっと間違いではなかったはずだ。彼らは今頃おしめを変えられミルクを飲まされすやすや眠る赤子の顔を眺めているかもしれない。それとも、激しい夜泣きに悩まされているだろうか。
気がかりなことはいくつもあるけれど、私が次に対峙すべき問題は1つだ。
音楽の都ウィーンでは人通りの少ない路地を使った即興のパフォーマンスをすることにした。手書きのチラシを作ってコンビニでコピーし、あちこちの店や公共施設に頼んで貼ってもらった。どこでも快く受け取って貰えるのが嬉しかった。
3日後の路上パフォーマンスの日、開始時刻に集まった人の数は30人ほどだった。
路地でのパフォーマンスの目標は「とにかくのびのび自由にやる!」だった。
まず手始めにゆっくりと走ってきた知らないおじさんの車の助手席に乗り込んだ。おじさんは笑っていた。
通りがかりのおじいさんと踊ったり、猫と駆けっこをしたり、サッカーボールを持った中学生くらいの女の子と対戦してあっさりボールを奪われたり、最近練習していた下手くそなムーンウォークを披露したり。
風で転がるビニール袋を追いかけて、まるで猫にするみたいに舌を鳴らしておいでと手招きして見せたり、老婦人が紙袋に溢れるほど入れて持って歩いているグレープフルーツをいくつか拝借してジャグリングをしてみせたりする。
道路の真ん中で死んだふりをしたあと、クラウチングスタートでダッシュして大きなトラックの荷台に乗り込み、走り去るトラックの荷台から、路肩の見物人たちに向かって手を伸ばして叫ぶふりをする。見物人たちは大爆笑していた。
そのうち見物人は100人ほどに増えた。ボールとクラブを使ったジャグリングを披露し、その場で考えついた寸劇を披露した。
男に鞭で打たれる。何度も打たれ、倒れる。ここまでは以前披露したマイムと似ている。今度は相手にビンタをされている体で、臍のあたりで両手を連続で叩いて顔を左右に逸らす。ビンタのリズムは速くなり、だんだんQUEENの" We Will Rock You " の前奏のリズムになってくる。私がビンタのことなど忘れたようにあのダン、ダン、パン! のリズムの足拍子と手拍子を始めると見物人たちも乗ってきて、足拍子と手拍子を合わせた大合奏になりパフォーマンスは幕を閉じた。
調子に乗って翌日と翌々日にも日に2回ずつ路上パフォーマンスを行った。口コミが広まったのか最終日には1000人ほどの人が集まって580ユーロものお金を稼いだ私は、夕方に格安航空券を買って空路でフランスのカレーへ向かった。ちなみに食べ物ではなくて都市の名前だ。機内食を貪りながら映画を観ているうちに2時間くらいで着いた。
カプセルホテルの狭い部屋でジャグリングとマイムの練習に励み、オーロラの新作絵本を何度も読んでは泣いた。絵本を開くたびにオーロラがすぐ近くで私に語りかけてくれている気がした。そうして絵本を読んで泣くほどに、自分自身に戻っていくような気がした。
ブダペストには10日ほど滞在した。大道芸を披露するとき以外は図書館で遅くまで過ごし、24時間営業のファミレスやコンビニの飲食スペースでスキットの脚本を書いたり本を読んだり、うたた寝したりして夜を明かした。少ない料金で使用できる公営のジムで筋トレをしたりシャワーを浴びたりもした。2月の前半の寒気とスクールバスでした恐ろしい経験を思うと、野宿する勇気はとてもなかった。
十分なお金が貯まったら寝台列車に乗りウィーンへ向かった。亀のような移動ペースではあるが、地球の裏側にいたオーロラに着実に近づいている。同時に憎き標的にも。
寝台の上に仰向けになり白い天井を見ていたら、サーカス列車の自室の2段ベッドにいるみたいな錯覚をおぼえた。列車がガタンゴトンと揺れるのも車輪が線路を擦る音も、全てが懐かしかった。
ルーファスやシンディやトム、ジュリエッタやジャン、アルフレッドの顔が浮かんできた。猿のコリンズやゾウのトリュフ、2頭の馬とツキノワグマのニックのことも。結局最後までレオポルドとは打ち解けられないままだった。
仲間たちと沢山の国を巡り生活を共にし、 ショーを成功させ助け合った日々のことを、こんなに懐かしく切なく思い出すなんて。あの場所は確かに私の家で、学校で、かけがえのない居場所だった。慌ただしくて苦しいことも沢山あったけれど、毎日が充実していて寂しいと感じる暇もなかった。生きてるって感じがした。
帰る場所がすぐそばにないことが、おかえりと迎えてくれる仲間がいないことがすごく寂しくて心細い。
でも列車から逃げ出した私に彼らと一緒にショーを作る資格はない。例え戻ったとして、自分勝手なことをした私を皆に受け入れて貰えないかもそれない。そんな懸念があの場所に戻ることを阻んでいた。
あの赤子のことは常に頭にあった。サーカス列車にいる皆なら、戸惑いつつも世話をしてくれるだろうと思った。その判断はきっと間違いではなかったはずだ。彼らは今頃おしめを変えられミルクを飲まされすやすや眠る赤子の顔を眺めているかもしれない。それとも、激しい夜泣きに悩まされているだろうか。
気がかりなことはいくつもあるけれど、私が次に対峙すべき問題は1つだ。
音楽の都ウィーンでは人通りの少ない路地を使った即興のパフォーマンスをすることにした。手書きのチラシを作ってコンビニでコピーし、あちこちの店や公共施設に頼んで貼ってもらった。どこでも快く受け取って貰えるのが嬉しかった。
3日後の路上パフォーマンスの日、開始時刻に集まった人の数は30人ほどだった。
路地でのパフォーマンスの目標は「とにかくのびのび自由にやる!」だった。
まず手始めにゆっくりと走ってきた知らないおじさんの車の助手席に乗り込んだ。おじさんは笑っていた。
通りがかりのおじいさんと踊ったり、猫と駆けっこをしたり、サッカーボールを持った中学生くらいの女の子と対戦してあっさりボールを奪われたり、最近練習していた下手くそなムーンウォークを披露したり。
風で転がるビニール袋を追いかけて、まるで猫にするみたいに舌を鳴らしておいでと手招きして見せたり、老婦人が紙袋に溢れるほど入れて持って歩いているグレープフルーツをいくつか拝借してジャグリングをしてみせたりする。
道路の真ん中で死んだふりをしたあと、クラウチングスタートでダッシュして大きなトラックの荷台に乗り込み、走り去るトラックの荷台から、路肩の見物人たちに向かって手を伸ばして叫ぶふりをする。見物人たちは大爆笑していた。
そのうち見物人は100人ほどに増えた。ボールとクラブを使ったジャグリングを披露し、その場で考えついた寸劇を披露した。
男に鞭で打たれる。何度も打たれ、倒れる。ここまでは以前披露したマイムと似ている。今度は相手にビンタをされている体で、臍のあたりで両手を連続で叩いて顔を左右に逸らす。ビンタのリズムは速くなり、だんだんQUEENの" We Will Rock You " の前奏のリズムになってくる。私がビンタのことなど忘れたようにあのダン、ダン、パン! のリズムの足拍子と手拍子を始めると見物人たちも乗ってきて、足拍子と手拍子を合わせた大合奏になりパフォーマンスは幕を閉じた。
調子に乗って翌日と翌々日にも日に2回ずつ路上パフォーマンスを行った。口コミが広まったのか最終日には1000人ほどの人が集まって580ユーロものお金を稼いだ私は、夕方に格安航空券を買って空路でフランスのカレーへ向かった。ちなみに食べ物ではなくて都市の名前だ。機内食を貪りながら映画を観ているうちに2時間くらいで着いた。
カプセルホテルの狭い部屋でジャグリングとマイムの練習に励み、オーロラの新作絵本を何度も読んでは泣いた。絵本を開くたびにオーロラがすぐ近くで私に語りかけてくれている気がした。そうして絵本を読んで泣くほどに、自分自身に戻っていくような気がした。
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