上 下
2 / 17

改め、中年、出没注意!

しおりを挟む
「いち、にい、さーんし!ご、ろく、しち、はち・・・。」



 均等な澄んだ声が、朝の空気に流れる。

台所まで漂う、その音をジュっとサケを焼く音で閉じ込めた。

五月。朝はまだ肌寒いけれど、もう立派な初夏。

少し前の季節まで、この時間が夜だったのが嘘のように太陽が高く上っている。

不意にバイクの音がして、私は、朝食を作る手を止めた。

玄関には案の定朝刊を届けに来たおじさんが不信感丸出しで奥の部屋を見つめていた。


 
「・・・に、さん、し、腕を斜めに振り上げます!」



奥の部屋から、ラジオ体操が流れる。

けれど、それを聞かず宙返りを決める男がいる。

うちの馬鹿だ。

朝からマット代わりに、布団を敷き大掛かりなことをしたら誰もがこんな顔するだろう。



「おはようございます。」



奥の部屋を隠すよう私は、おじさんの前に笑顔で立った。



「あ、ああ、おはようございます。」



 このおじさんも災難だ。

朝からこんな光景見た挙句、笑顔で圧までかけられて。

分かる。

分かっている。

けど、私にもプライドがある。



「どうかされました?」



「い、いえ、あの・・・。」



 おじさんは、部屋の奥を指さした。



「すごいですね、あれ。」


おじさんのとおりに振り返るとどこから取り出したのか交差飛びで二十とびをしてた。

けれど、私はおじさんに向き直り言った。



「何か、見えます?」


 凍り付くおじさん。とぼける私。



「え、あの、おしいれから縄跳び取り出して・・・。」



あれは、押し入れにあったか。

後で切るか。

いや、それはもったいない、梱包にでも使って処分しよう。

涙目で続ける彼に憐れみの表情を浮かべ言った。



「いらっしゃるんですよねえ、そういう方。」



よりおじさんの顔が引きつる。

知るもんか。

私は背を向け無慈悲に続けた。



「なんかね、座敷で、宙返りしていたり、三十とびしたり、一人でが~まるちょばのネタやったりする中年男が見えるらしいんです。
私はまだないんですけど、あんまりに、みんな恐れるんで以前、知り合いにちょっと、その辺に明るい方がいらっしゃったので見ていただいた所・・・。」



「・・・ところ?」



不意に振り返ると、彼は、ヒッとのけぞった。

この調子。

じっと目を見てとどめの一撃。



「いるらしいんですよ。中年の座敷童。」



「ヒイイ!」



初老の優しそうな外見から想像できない、爽やかな朝を劈く声がとどろいた。

まだ続けようとする私を置いて、おじさんはすごい勢いでバイクにまたがり去ってった。

きっとまた、うちの配達員は変わるだろう。

これで、変わるのは5回目だ。

ある日は、中年の亡霊、ある日は中年の式神。

タンクトップで動く霊的なものを見つけるたび彼らは、うちから姿を消した。

ある意味おっさんは、中年のローレライでもある。

情けなさすぎる真実に私は、はあ、とため息をついた。

もう新聞辞めようかな。そう思いうちに入った時だった。



「おはよう、わが娘。今日も市民との情報収集ご苦労だった。」
 


シャワーを浴びた中年の疫病神が後ろから現れた。

得意の笑顔で私から新聞を抜き取る。



「お父さん、もう、うち新聞とるのやめませんか?」



「迷い犬探しています」の欄を異様に熱心に読む彼の背中に私はそう呼びかけた。



「ハハ!わかっていないな、わが娘。市民に紛れて知れる程、この世界せまくはないんだぜ!」



自分のせいで市民が混乱しているとも知れないで、ヒーローはそう返した

ぱらぱら新聞をめくり彼は食卓に着いた。朝から全てをあきらめて私も食卓にサケとご飯を並べる。



「なあ、新しい衣装に興味はないか?」



少しソワソワしながらいう父親に私は、嫌な予感がした。

答えを聞くまでもなく、手元に握られた生地でチェックメイト。



「やめてください。」



近藤真彦も驚く、ギンギラギンな衣装だった。

目を刺すような金でテラテラした生地。

足元には星のチャームまでついている。

いいところといえば、嫌でも迷子にはなれないとこだろう。



「ほら、見てみろ。ここに虎もついているんだ。」



見せてきたのは荒々しい白虎ではない。

胸元につけられたファンシーなアップリケ。

何処かで見覚えあるのは、私が幼稚園トラ組の時に帽子に着いてたたやつだからだろう。

それを、好きなトラだからと本人が良かれとつけてるのが情けない。

まさに、ギンギラギンにさりげなく。

ニコニコと彼が見せつける自作のスーツを手元からひったくった。



「おい、何をする!」



「お願いです。こんなの着てるの、紅白の松平健くらいです。」



「素敵なことだ!彼も悪を成敗する!」



「あれは、時代劇の話です。」



朝っぱらから、こんな会話をしながら走り回っているの、うちくらいだ。

トムとジェリーだって、もっと高尚な喧嘩してる。

家じゅうをぐるぐると走り回っていたら、チリンチリンと本日二度目の自転車の音が聞こえた。

ふと、時計を見る。

午前8時。

二階まで逃げてた私は、あの時間かと舌打ちをした。

窓から父が下をみて呟く。



「奴だ。」



ガラガラと響く扉の音に鼻歌が混じる。

下に降りてみると大きな体を小さく丸めた背中が見えた。

私に気づいたのか不意に振り返る。



「おう!嬢ちゃんか!」



やっぱりそうか。

嫌気がさしてる私を差し置き武蔵さんは豪快に笑った。

襖を座れる分だけ少し開け煙草をゆっくりくゆらせている。

かっちりしてる制服のぶんだけ、なんだかだらしなくも見えた。



「来たか、情報通。」



背後から聞こえた声に、武蔵さんは、おお!と反応し立ち上がった。



「おーす、誠。今日も、仕事頼むぞ!」



いつの間にとったのか、持っていたお菓子をレジに置く。

黄色いコーンポタージュのうまい棒。

万引きまがいなのは、まあ、置いて、武蔵さんは毎朝コレを買いに来る。

別にうまい棒が好きではないらしい。

前たわむれに好物を聞けば、酒と女と返された。

毎晩、彼は父に仕事を持ち掛け、作戦を練る。

夜が明け、彼が買うのが青いソース味だと「安心して挑め」赤いたこ焼きだと「危険だからやめろ」と、まあ、単純なシステムだ。

「ねぇ、武蔵さん。
ガム一つおまけに買ってくれたら一円まけますよ。」

「いらねぇよ。」

そんないつものやり取りをこなしながら彼はポケットから裸の十円を出す。



「何で今日は、黄色なんですか?」



会計しているのを見ながら聞けば悪びれもせず言った。



「え?依頼人が美人だったから、とるんじゃねえぞって。」



なるほど、どこまでも単純だ。

馬鹿はさておき、と、私は鞄をもった。



「あれ?学校か?送っていったろうか?」



警察なのに堂々と二人乗りを推奨してきた。



「結構ですよ。」



そう答えてると置いといた金の衣裳が視界の端で動いた。



「お父さん、今日帰るの遅いんで。」



ぴたりと動きが止まる。



「嬢ちゃん、部活でもあんのか?」



「いえ、違います。」



私はあえて、ひょうひょうと言った。

無言の圧をひしひしと感じる。




「嬢ちゃんもいい年だし、気になる人でもいんのか?」



「まあ、そうですね。」



「!」


にやにやしながら聞く武蔵さんに何事もない様に答えると言葉にならない叫びを背後に感じた。



「おー!そりゃ、大胆だなあ!」



家族の空気が悪くなる度、無神経に武蔵さんは笑う


私は、父親の圧を感じながら家を出た。






しおりを挟む

処理中です...