包帯令嬢の恩返し〜顔面難病の少女を助けたら数年後美少女になって俺に会いに来た件〜

藤白ぺるか

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249話 妹

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 時は少し遡り、臼田怜央が守谷真護のラリアットで沈み、清掃業者の服装をした宝条家のボディーガードたちに運び出された頃。

 木漏れ日が差し込む静かな校舎裏の森。
 そこに残されたのは、池橋冬矢と沢田真央の二人だった。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 沢田は今、目の前で何が起きているのかわからず、自分が逃げられないとわかると、ただただ頭を地面につけて謝り倒していた。
 冬矢はその様子を見ながら千影たちに先に行くように言い、一人だけこの場所に残っていた。

「——お前のことは全部聞いてるぜ」
「ぇ…………」

 冬矢が沢田に話しかける。すると沢田は地面に擦り付けていた頭を上げた。
 額は土塗れで、流していた涙も相まって大変なことになっていた。

「脅されてたんだろう。妹をなんとかってな」
「なんで、それを……」

 冬矢はしゃがみ込んで、沢田と同じ目線になる。

「俺にもな、可愛い妹が二人いるんだ。だからお前と同じ状態になったなら、普通じゃいられなくなると思う」
「ぁ……ぁ……」

 同じ妹がいる同士、わかりあえることもある。
 冬矢はそう言うかのように優しく語りかけた。

「だからお前があいつらに加担していたことはしょうがない。それを皆わかってるからお前だけ何もされてないんだ」
「そう、だったんですか……」

 沢田は少しずつ状況を理解していく。
 ただ、水面下で動いている権力については全くわからない。
 九藤光流からルーシーへと繋がり、その背後にある最大権力——宝条家まで繋がるだなんて彼には想像もできない。

「安心しろ。もうあいつらの言うことを聞かなくてもいい」
「で、でも……」
「明日になればわかる」

 だから沢田は桜庭たちがどこかに連れて行かれてもすぐにまた顔を出して、戻って来るのではないかと思っていた。
 その時はまた元の生活に元通りだと思って。

「まあともかくだ。光流のことは悪く思わないでくれ。あいつは本当にいいヤツだから」
「も、もちろん。悪いだなんて少しも思ったことない。だって、ちゃんと話したこともないんだから」

 その態度を見て、冬矢も安心した。
 沢田は桜庭たちさえいなくなれば普通の生活に戻れると思ってのことだ。

「よし。じゃあ立ち上がって土を払いな。今日は家に帰って家族を安心させてやれ」
「う、うん……! ありがとう……!」

 沢田は立ち上がり、冬矢に言われた通りに服や額についた土を払った。
 そうして、小走りで森から出ていく。

「ふぅ……あとは任せておけば大丈夫か」

 額の汗を拭い、一仕事終えたことにホッとする。

 痴漢冤罪以降、何も知らない光流。
 そして、痴漢のことすら知らないルーシー。

 千影から色々と聞かされた冬矢は、宝条家が裏で色々なことをしていると知った。
 その内容は、自分が望んでいたことでもあった。

 光流とルーシーには平穏で楽しい学校生活を送ってほしい。
 そこには、悪意を持って近づく存在はいらないのだと。

 冬矢は森から出て行く沢田の背中を見て、ふと思い返す。
 彼が妹を大事にしていると知り、それがいつかの自分と重なって——。



『——ゆば! ひみ! どこー!?』


 それは冬矢と光流が出会う前。
 二歳になった冬矢の双子の妹が一人で歩けるようになり活発に遊ぶようになった頃のこと。

 子供を連れていけずどうしても家を空けなければいけなくなった両親に留守番を言い渡された冬矢は、妹たちの面倒をお願いされ、一軒家の家の中で二人を見守っていた。
 七歳だった冬矢はこの時、妹たちのことをあまり見ていなくても、家からは出られないと思い安心しきっていた。

 だから、初めたばかりのサッカーの練習を家の前ではじめたのだ。
 一時間後、冬矢は家の中に戻り、喉を潤すため水を飲もうとリビングに向かった。

 しかし、リビングにいるはずの二人の妹がそこにはいなかった。
 身長の高さ的にも玄関の扉を開けられるわけがないし、家の前にもずっと自分がいた。
 だからどうやっても妹たちが外に出られるわけがなかった。

 それ故に冬矢は家中を探し回った。

 なのに、家の中では妹たちは見つからなかった。
 冬矢は必死の思いで家を飛び出した。

 妹の名前を叫び、探し回ったのだ。
 しかし、しばらく周囲を探しても見つからず、頭を抱えた。

 両親に怒られるということを考えたわけではない。
 ただ、二人の妹がいなくなってしまう可能性に子供ながら恐怖したのだ。

 初めてできた二人の可愛い妹。
 そのはずなのに、サッカーが楽しくて上手くなりたくて、目を離してしまった自分を責めた。

 陽が落ちはじめ、夕焼けが視界を照らし出す頃。
 たまたま通りかかったとある公園。

『きゃははっ、きゃははっ』

 聞き覚えのある笑い声が聞こえてきたのだ。
 冬矢は公園の中へと走った。

 そこには、二人の妹と砂場に埋められて顔だけが露出していた不憫な少年がいた。
 妹たちがぺたぺたと素手で少年の体に砂を次々と被せているのだ。まさに砂風呂状態だった。

『たす、けて……」

 冬矢はこんなところで何をしてるのかと妹たちを怒ろうと思った。
 けど、悪いのは二人から目を離した自分。だからそれをぐっと堪えた。

 元々大人びていた冬矢は、そう自分の気持ちを押し殺したのだが、そうでなくても目の前の光景を見て吹き出してしまった。

『あはははははっ』

 自分と同じくらいの年齢の少年が二人の妹に生き埋めにされていた状況があまりにもおかしくて、笑ってしまったのだ。

『笑ってないで、早く……』
『ごめんごめん』

 冬矢は二人の妹に生き埋めにした少年を出すように言い、自分も一緒になって砂を掻き出した。

 そのあと話を聞くと、あまりにも小さい子が歩いていたのを見かけ、親も近くにはいなかったので心配して声をかけたら、遊んでと言われたとか。
 そう言ったは良いが彼女たちに振り回されてしまい、最後には砂に生き埋めにされたと聞いた。

 少年は怒った様子もなく、へらへらと笑いながらそう説明してくれた。
 名前を聞くと『ひかる』と名乗った。冬矢も自分の名前を告げた。

 その一年後のことだ。偶然二人は同じ小学校に通っており、そしてクラス替えにより同じクラスになったことで、友達になった。
 冬矢は「久しぶりだな。あの時は——」と声をかけたが、その少年は当時のことを全く覚えていなかった。

 自分にとっては彼に大きく感謝すべきことで、妹をより一層大事に思うようになったきっかけの出来事だったが、今思えば彼にとってはただ小さい女の子と遊んだだけの出来事だった。
 故に一年前のことなど忘れてしまったのだろうと考えた。

 冬矢はその時から彼と積極的に仲良くなろうとした。
 彼と過ごしていく中でサッカーで悩んでいた時にかけてくれた一言も、自分を大きく変えた。
 いつの間にか彼には二つの恩ができてしまっていた。

 そして、自分が大きくなってから、より一層その恩を感じはじめた。
 テレビでたまに見る子供の行方不明事件。小さい子が目を離した隙にいなくなり、そこから一生見つからないという話。

 もしあの時、彼——九藤光流が二人の妹を見つけてくれず、一緒に遊んでくれていなければ、一生見つからなかったかもしれない。
 そのことを考えると、光流には感謝しきれないほどの恩があった。
 それはそのまま妹の命二つ分といっても良いくらいの恩だ。

 だから冬矢は光流を助けるのだ。
 だから冬矢は光流の背中を押すのだ。
 だから冬矢はずっと光流の味方なのだ。

 小さかった二人の妹も、光流に遊んでもらったことを覚えていない。
 しかし、本能でわかっていたのか、初めて光流が家に遊びに来た時、すぐに光流に懐き、振り回して遊んだ。

「今思えばあいつ、小さい頃から女誑ししてんじゃねーか」

 なのに、小学四年生のあの時まで自分以外のちゃんとした友達がいなかったことが不思議だった。

「皆、見る目がねーよな」

 と、言いつつも自分も偶然の出会いがなければ、彼とは友達になっていなかったのかもしれない。
 冬矢はそんな自分に対して「ふん」と鼻を鳴らしながら静かに森を出て、部活へ行くため校舎へと戻った。


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