包帯令嬢の恩返し〜顔面難病の少女を助けたら数年後美少女になって俺に会いに来た件〜

藤白ぺるか

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247話 秋皇学園浄化作戦 その2

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「あ、あの……九藤光流くん……ですよね?」
「ん?」

 翌日。一人でトイレに向かう途中、見知らぬ男子生徒に声をかけられた。
 どこかで見たことがあるような気がしたが、思い出せなかった。

 少し小太りで姿勢が悪いその男子は俺に近づくと、

「ええと、放課後、校舎裏の森に、来てもらえませんか?」
「え、どういうこと?」
「と、とにかく来てくださいっ!」

 しかし、細かい内容は告げずにその男子は去っていってしまった。

 見たこともない男子からの誘い。
 でも、俺が行かないことで、何か起きるかもしれない。

 だから行くしかないと思っていた。
 ただ、こういう時こそ冬矢に連絡をしておくべきだと感じた。

 俺は冬矢を教室の外へと呼び出し、二人きりになると先程のことを説明した。

「ふーん、そうかそうか」
「何か知ってるの?」
「いんや。とにかくその誘いは乗るな。俺がなんとかしておく」
「…………冬矢に任せるって言ったから任せるけど、本当に無茶はしないでね」
「おう、任せとけ」

 心配だ。
 でも、冬矢には協力者がいるらしい。

 今、俺の周りに何が起きているのか、正直いってよくわからない。
 わからないけど、色々な人が動いている気配はする。

 俺はそのわからない協力者たちのお陰で無事でいられる。
 それだけはわかる。



 ◇ ◇ ◇



 放課後、校舎裏の森。
 ここは校舎側からは行けず、一度校門から外に出てぐるっと回らなければ入れない森になっていた。

 何も無いただの草木が生い茂る場所であって、誰も立ち入らないところでもある。
 そんな場所に一人の男子生徒が佇んでいた。

「待ったか?」
「あ、九藤くん——え?」

 そこで待っていた男子生徒——沢田真央は振り返ると驚いた。
 来るはずの相手が来ておらず、その友人が呼び出した場所へやってきたのだから。

「光流はこねぇぜ?」
「あ、あ……」

 そう言った人物。それは池橋冬矢だった。
 沢田は何が起きているのかわからず、声が出なかった。

「はいはいはいはい。そーいうことね」

 すると木の陰から出てきたのは、もう一人の男子生徒——臼田怜央だった。
 その手には金属バットが握られていて、土の地面にそれを引きずってやってきた。

「よう。お前が臼田か」
「そうだ。お前は——池橋とかいうやつだな」
「俺の事も知っていたのか、それもそうか」

 冬矢は素手で何も持っていない。
 しかし、臼田が持っている金属バットに気圧されることなく、会話を始める。

「お前か、お前が集金袋や短パンを動かしたんだな」
「…………ふ。ははははは」
「何がおかしいんだよ」

 臼田の指摘に冬矢は笑う。
 それもそうだ。全て的外れなのだから。

「教えてやらねーよ」
「で、九藤光流はここには来ないってか?」
「俺が来たってことはそうだろ。それにしても、もう隠さないんだな」
「ん? ああ、俺たちが九藤光流を狙っていることか?」
「ああ」

 臼田は悪びれる素振りすら見せず、光流を狙っている事実を隠しもせずにあっけらかんと話す。

「ったく。だりー。なんで来ねえんだよ」
「お前らのシナリオはもう崩れてるんだよ」

 冬矢は言い切る。
 もうやめろと。これ以上何をしても意味はないと。

 しかし、臼田は後戻りはできない。
 ここで失敗すれば、来馬に潰されてしまう、そう思っているから。
 彼の権力を間近で見てきていたからこそ、逆らえない。

「あっそう。そんなの、どうでもいいけどな」
「なに?」

 臼田は金属バットをぎゅっと握り直す。
 足を踏み込み、そして真っ直ぐに冬矢に向かって駆けた。

「——なら、お前をボコボコにしたら、九藤光流はここに来てくれるかなぁ!!」

 金属バットを振りかぶり、思い切りに振り下ろす。

 その瞬間、沢田は恐くて目を閉じた。
 暴力沙汰だなんて、関わりたくない。けど、関わってしまったなら、できるだけ見たくないと、そう思って——。

 しかし、次に目を開けた時、沢田が思うような光景は広がっていなかった。

「なに……っ!?」

 冬矢は防御体勢にすら入っていなかった。
 防御するまでもない。

 なぜなら——、

「さすがに武器は良くないな。男なら素手だろう」

 そこには二メートル近い身長の男子生徒。
 高校一年生とはとても思えない屈強な体格を持つ、類まれなる体を手に入れていた男——守谷真護が突然現れ、片手でバットを受け止めていたから。

「これ、正当防衛が成立ってことでいいよな?」
「——は?」
「さようなら」
「ぶへっ!?」

 臼田からバットを強引に奪い取ると、真護が右腕でラリアットを食らわせる。
 顔面にモロに食らった臼田は、そのまま土の地面にノックアウト。鼻から血が出ていた。

「わ、わあああああっ」

 絶対的な暴力に恐れをなした沢田は腰を抜かし、次は自分がこうなるのではないかと思ったのだ。

「真護兄ちゃんがやると一瞬で終わっちゃうね~」

 すると木陰から現れたもう一人の女子生徒——守谷千影がふいに顔を出す。
 スマホを掲げており、今の一部始終を撮影していた。

「千影ちゃん、お疲れ様」
「池橋くんはもう私を名前呼びするんですね~許可した覚えないのに」
「まあ良いだろ」

 冬矢の態度に少し目を細めるが、今の本題はそこではない。
 倒れた臼田と動けなくなっている沢田の処遇だ。

「う……ぅ……」
「あら? 真護兄ちゃんのラリアットでまだ意識あるとか、凄いですね~」

 すると地面に倒れていた臼田が、うめき声を上げていた。

「ごはっ……み、みてろよ……托真が、托真が今頃、九藤光流を……」
「は?」

 その言葉を聞いて、顔が青ざめた冬矢。
 謹慎処分になっているはずの桜庭。その桜庭が学校に来ているようなことを言い出したのだ。

「今度こそ、終わりだ……死ね……クソ……………」

 そう言うと、臼田は意識を失った。

「おい、千影ちゃん! 光流が! 光流がっ!!」
「池橋くん。大丈夫ですって。そのくらいこっちで手配してますから」
「え……?」
「監視は常につけています。一人にはさせないように今までもしてきましたから。今回ばかりは私も絶対にミスしないようにって準備してきたので」

 焦る冬矢に比べ、千影は楽観的だった。
 千影は痴漢冤罪の時、もっとうまくやれたと思っていた。
 だからこそ、今回は全てにおいて事前準備を済ませ、手を打っておいたのだ。

「——さあ、後は任せましたよ。ジュードさん」

 千影はそっと独り言を呟いた。



 ◇ ◇ ◇



「見つけたぞ。見つけたぞ九藤光流……!」

 廊下の角。隠れながらその先の通路で一人歩いている九藤光流を見つけた。
 放課後ともあり、ほとんどの人が下校しており、ちょうど廊下には九藤光流以外誰もいなかった。

 光流は冬矢が心配で、ルーシーたちは先に部室棟へ行かせて自分は少しだけ教室に残っていたのだ。
 ただ、じっとしていてもしょうがないので、遅れて部室棟へ向かおうと教室から廊下に出ていた。

 その様子を見て今がチャンスだと、謹慎処分中の男子生徒——桜庭托真は懐に忍ばせた小型ナイフを手に取った。

 校内でこんなことをすれば、成功したとしても即逮捕だ。
 しかし、既に集金袋を盗んだ犯人として先生たちには知られている。

 どうせもうこの学校にはいられない。
 なら、これを成功させて、あとは来馬になんとかしてもらおうと思っていた。

 九藤光流が角を曲がってしまうと、そこに別の生徒がいるかもしれない。
 狙うのは今。今しかないと小型ナイフをぎゅっと握り走り出した。

 そうして振りかぶり、九藤光流の背中へと角を曲がり切る前にナイフを突き刺す——、

「————っ!?」
「くぅ…………」

 九藤光流の背中にはナイフは突き刺さらなかった。
 その前にそれを止めた人物がいた。
 光流と入れ違いに廊下の角から突然姿を現した人物だ。

 その人物の右手にナイフがぐっさりと突き刺さり、刃が掌を貫通。
 ポタポタと赤い血が床に落ちていく。

「だ、誰だてめぇ……」
「はは、はははは……」

 桜庭がその人物に強い目を向けるなか、一方でそれが誰なのか検討もつかなかった。
 学校の制服を着ているでもないその人物は、作業着のような服装をしていて——、

「ようむ、いん……?」

 桜庭には、その人物が用務員にしか見えなかった。
 見たことはあっても、記憶には残らない人物。用務員など殆どの生徒にとっては、その程度の人物。
 学校生活において、関わることがないモブのような人物だ。

「クソ……九藤光流が……まっ——!?」
「ユアールーザー」

 桜庭の声は光流に届くことはなかった。
 低く太い声がしたと思えば、桜庭の顔面は重いフックの拳によって潰されていた。

「くど……ひか……」

 意識を失う直前、桜庭は何も知らない光流が廊下の角を曲がるのを見送ることしかできなかった。
 

「——ふぅ。なんとかなったね」
「ジュード、サン。オツカレサマデス」

 そこに現れたのは、ジュードだった。
 後方の階段には、掃除中の札が立てかけられており、誰も通さないように手を打ってあった。
 ジュードに声をかけ、桜庭にフックを喰らわしたのは大柄の黒人——少し前に再雇用されたばかりのスミスだ。

「じゃあ、引き上げるよ。ほら君たち仕事だ。裏口からね。一人は床拭いておいて」
「わかりました」

 するとジュードの後方から四人ほど清掃業者の服装を着て変装した宝条家のボディーガードたちが現れ、桜庭を持ち上げた。
 残った一人は雑巾と何かの液体の入ったスプレーを取り出し、落ちた用務員の血を拭き取っていった。

「船渡さんもお疲れ様。頑張ってそれ抜いて」
「くっ……ぬっ!?」

 船渡と呼ばれた用務員は、右手に刺さっていたナイフをなんとか引き抜いた。
 必死になってその痛みを堪える。

「じゃあまずは保健室へ行こうか。それまでこの包帯で我慢して」
「あ、ありがとうございます……」

 ジュードは船渡の右手に触れて、ぐるぐると包帯を巻いてゆく。
 これ以上血を落とさないための応急処置だ。

「悪い役目させちゃったね」
「いいえ……これで、二人のためになれば、私も……」

 歯を食いしばりながらそう言うと、包帯を巻かれたお陰で徐々に止血されていく。

「二人には気づかれない役目だけどね」
「いいんです、これで。気づかなくて良い。気づかれなくて良い——それが条件でしたから」




 作業着姿の船渡と呼ばれた男性——船渡裕次、四十二歳。職業は秋皇学園の用務員。
 前職は大型トラックの運転手。

 船渡裕次は不幸な男だった。

 運送会社に就職したものの、長く勤務した結果、睡眠時間がほとんどなく、長距離長時間の運転で時間内に物を届けなくてはいけない仕事状況になっていた。

 車の運転が好きという理由で働きはじめた運送会社。
 はじめは良かった。大きなトラックを運転できることで、見たこともない高さから景色が見られたから。
 でも、長く勤めていくと、状況が変わっていった。

 状況が変わった、というのは会社の方だ。
 次々と辞めていく従業員に、即日配送を求められるスピード重視の配達。

 仕事環境はどんどん悪化していった。
 だから寝不足続きの生活が続いて——。

 五年前のある日。船渡はいつも通りに仕事を終わらせた。
 その夕方。上司から言われたのは『もう一件だけお願いできないか』という残業の依頼だった。

 仕事が終わって、帰ってビールで一杯やろうと思っていた。
 でも、船渡は断れない人間だった。
 だから上司の言う通りにその配達依頼を受けたのだ。

 配達が終わる頃には恐らく夜中近くになる。
 そんな場所への長距離移動だった。

 だから、睡眠不足と疲れのせいで居眠り運転してしまい、気づいた時にはもう遅かった。
 T字路の交差点に侵入し、ガードレールへの激突を避けようと咄嗟にハンドルを切った。

 その判断が、最悪の結果を生んでしまった。

 目の前に停車していたリムジンに横から激突し、大きく吹っ飛ばした。
 一瞬、視界に映ったのは、割れた窓から飛び出ていく二人の小さな子供の姿。

 激突の衝撃で船渡も意識を失った。

 しかし、目覚めた時には、ほとんど怪我はなく、首がむちうちになっていただけ。
 それもすぐに回復した。

 船渡が知らされたのは、自分のせいで子供一人が大怪我をし、もう一人の子供が死ぬかもしれないという状況になっていたことだった。

 理不尽なことに、会社からは解雇された。
 事故を起こした責任は自己管理ができていない自分のせいだと。体調が悪いならなぜ断らなかったのだと。十年以上勤めた会社からそんなことを言われたのはショックだった。

 でも、解雇などどうでも良かった。
 船渡は事故を起こした子供の家族に土下座して謝り倒した。

 毎日のように病院へと通い、お見舞いにきた家族に謝罪をし続けた。
 許してもらいたかったのではない。ただただ申し訳なくて、自分にできることが謝ることしかできなかったからそうした。

 一ヶ月後、船渡は許された。
 被害届すら出されず、それ以上謝らなくて良いと言われたのだ。
 その理由は、腎臓移植手術が成功し、二人とも助かったから。

 船渡は、それから次の仕事を見つけられなかった。
 実家に戻り、ただ、ぼうっとしたまま数年過ごした。

 そんなある時だった。

 金色の髪をした、見覚えのある青年が船渡の元を訪れた。
 変な話だが、お前のお陰で病気が治ったのだと。そう、意味のわからないことを告げられた。

 事故に遭った子供が難病であり、その後、奇跡的に治ったということを聞かされた。
 そしてそれは、腎臓移植手術をした結果治った可能性があるのだと聞いたのだ。

 事故を起こしたことを喜べるわけもない。
 ただ、そんな幸不幸が入り混じった出来事が事故の結果だったのだと、話してくれた。

『——用務員として働いてみないか』

 そう言われた時は腰を抜かす勢いだった。
 そこで初めて、彼がとんでもない権力者だと知った。

 船渡は五年前から止まっていた時間を動かされた気がした。
 答えはもちろんYESだった。

 ただ、条件があった。
 それは、正体を明かさないこと。子供の二人は誰が事故を起こしたのか、名前すら知らない。
 もし正体を明かした時、何かのきっかけにトラウマが蘇るかもしれないから。

 そして用務員としての仕事は、ただ掃除などを行うだけではなかった。
 その二人の生徒を見守り、時には体を張って直接守ること。それに加えて警備員としての仕事も状況に応じてすること。

 どこにも行き先のなかった感情。自分ができる最大の贖罪はこれだと思い、願ってもない仕事だと感じ、すぐに飛びついた。
 その翌日から、船渡裕次は秋皇学園の用務員兼警備員として働きはじめ、光流やルーシーが入学してくると、陰からずっと彼らを見守ってきたのだ。


「本当に、大きくなったんですよね……」
「あれから五年だ。僕もだけど、この年齢の子供はすぐに大きくなるからね」

 角を曲がった九藤光流の横顔を思い出し、船渡は昔病院で見かけた彼のことを思い返す。

 毎日のように謝罪のために通っていた船渡は知っていた。
 光流が毎日毎日毎日毎日。ルーシーの病室に通い、目覚めない彼女に語りかけていたことを——。

「なら、これからも頼むよ」
「はい。私にできることなら、なんでも——」

 ジュードと船渡は、後方の階段を降りて保健室へと向かった。


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