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243話 権力の暴力

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「もう……意味わかんない!!」
「るりか……私だって何がどうなってるのか全然わからない!」

 駅員から締め出され、狙っていた九藤光流さえも逃がした。
 自分たちの思い通りにはならず、地面を足裏で叩きつけていたるりか。

 計画は完璧だったはず。
 他の誰も見ていない瞬間に痴漢だと叫び、もう一人がそれを証明する。
 乗り合わせたサラリーマンたちをも巻き込み、ターゲットを取り囲む。

 そうすれば簡単に痴漢犯罪者の出来上がりだ。

「もう……托真になんて言えばいいのよ……」
「苛つく! あの駅員だってなんなの!? なんで九藤光流を見逃したの!?」

 何が起こったのか全く理解できなかった二人。
 駅員室まで連れていけば確定で犯罪者にできると聞いていたはずなのに、そうはならなかった。

「——そこのお二人さーん」

「ん?」


 仕方なく秋皇学園に向かおうと、ゆっくり駅から歩道へと出た時だった。
 なんと駅前にいきなりリムジンが出現したのだ。

 路肩につけたリムジンの窓が下りていくと、そこから顔出したイケメンの青年が突然二人に呼びかけてきたのだ。

「君たち、すごい可愛いね。これから学校?」

 青年は熱い眼差しでその雰囲気から明らかに只者ではない様子が伺えた。
 普通の女性であれば、彼のスマイルで簡単に落とされてしまう。そんなアイドル性も持ち合わせた甘いマスク。

「ちょ、ちょっと那実! あれ誰? 超イケメン!」
「るるる、るりかこそ! 知り合い……じゃないよね?」

 そんなイケメンに話しかけられた二人は、九藤光流に対する怒りなどすぐに忘れてしまい、体を寄せ合って驚きを表現した。

「服装を見るに、今から学校だよね。でもさ、学校ってつまらなくない? 少しくらいサボっても良いよね。ならさ、俺と一緒にこれからドライブしない?」

 唐突な誘い。
 普通なら明らかに怪しい。しかし青年の天性のオーラがその怪しさを消し去り、かつ心を惹き寄せていた。

「どどど、どうする!?」
「そ、そんなこと言われたって……! 学校は別に少しくらいサボってもいいけど」
「お。サボってもいいなら来なよ。ちょっと海まで走って気持ちいい風でも浴びようぜ?」

 そのキザなセリフはこの青年だからこそ通じる。
 キュンとしてしまった二人の思考はもう固まってしまっていた。

「しかもリムジン……あんなのに乗れる機会なんて、そうそうないよ?」
「そうだよね、ないよね。……ちょうど苛ついてたとこだし、気分転換にも……」

 気持ちは傾くどころか、決まっていた。
 そして青年は最後の一押しの言葉を言い放った。

「良いから乗りな。最高の一日にしてやるよ」
「「きゃああああ~~っ!!」」

 イケメンで年上の青年からのキザ過ぎるセリフは、女子高生にとっては夢のようなセリフになっていた。
 そのままリムジンへと近づき扉が開くと、警戒など一切せずに乗り込んだ。


「はーーーーい。確保。出発してくれ」
「へ?」


 女子高生二人が車内に入るなり急に態度を変えた青年。その様子に目が点になったるりかと那実。
 リムジンの中には、長く横並びになっているソファの上に複数人のスーツを着た謎の男たちが座っていた。
 そしてその全員がサングラスを着用して、異様な雰囲気を醸し出していた。これから始まるのは楽しいドライブではないのだと——。

 彼女たちを乗せたリムジンが出発。
 すぐには降ろす気配は感じられなかった。

「きゃあっ!?」

 すると次の瞬間、パリンと車内に大きな音が響き渡った。
 るりかと那実を車に誘った青年が、目の前のテーブルに置いてあった赤ワインをグイッと飲み干すと、手に持っていたワイングラスをそのままテーブルに叩きつけ割ったのだ。

 るりかと那実は同時に悲鳴を上げたものの、スーツにサングラス姿の男たちは微動だにもしなかった。

「なぁ、お前ら。せっかくだから自己紹介しておこうか。こいつはスミス。最近やっと雇えたんだぜ? アメリカから連れて来るのが大変だったって父さんが言ってたよ。でも、この図体に反して可愛いところもあるんだ」

 青年はペラペラと一人で語りだす。
 隣にいた大柄の黒人の肩をバシバシと叩きながら、楽しそうに話すその姿はどこか狂気じみていた。

「そんでもって、なんとそのスミスの友人も雇えちゃいました! それがこっちのマーカス。前はアメリカ陸軍に所属してたらしくて、すんげえ筋肉だよな」

 スミスの隣に座っていたのは白人の人物。
 マーカスはスミス同様に大柄な体躯で、はきちれそうな筋肉がスーツ姿をぴちぴちにしていた。

「あ、あ……あの……」
「そんでもって、こっちは篠塚。篠塚にも結構迷惑かけちゃってるけど、給料には満足してるみたいだし、大丈夫だよな?」

 るりかの言葉に反応せず、青年は続ける。

「最後は宮本。この中だとちょっと身長は低いほうだけど、昔はボクシングをやっていたらしい。前にスパーリングしたことあるけど、さすがに勝てなかったわ。ははは」
「あ、あの!!」

 ちゃんと話を聞いてもらおうと、那実が大きな声を振り絞った。
 すると、やっと青年が反応し視線を合わせた。結局、彼自身の自己紹介は聞けないままで——、

「なんだ」
「こ、これは……どういうことでしょうか?」

 彼女たちも明らかな異様な雰囲気に恐怖でいっぱいだった。
 しかし、降ろしてもらうために、どうにかしないといけないと思い声をかけたのだ。

「どういうことだと……? わからないのか?」
「え……さっきは海に行くとか行ってましたけど……」

 最初に彼女たちに声をかけた時、青年は海にドライブへ行こうと誘っていた。

「お前らが行くのは地獄だよ」
「へ…………?」

 青年からの冷徹な声に、喉が詰まる。
 鋭い眼光を向けられ、追い詰められた二匹のネズミは猫に狩られるのを待つだけの餌に成り果てていた。


「最初から許してはいなかったけどな。——九藤光流に手を出したお前らが悪い」
「く、九藤光流がなんだって言うんですか!?」

 状況が飲み込めないが、今起きている出来事に九藤光流が関係していることは明らかだった。
 そんな時、青年がポケットから二枚の紙を取り出した。

「廣井るりか、十五歳。秋皇学園一年G組。小学生時代から悪さをしてきた友人と今でも付き合い、痴漢冤罪からパパ活詐欺に手を染める。父親は廣井雅人、四十八歳、大手ゼネコンでエンジニアをしている。しかし長丁場の勤務と職場でのストレスの結果、妻と娘に手を出すクズ男。母親は廣井和重、四十六歳、専業主婦。夫からのDVに耐えかねて、夫と娘がいない時には、マッチングアプリで繋がった不倫相手を家に誘って行為に励んでいる。あとは——」
「きゃああああああ!?」

 青年が読み上げた一枚の紙から次々と暴露される個人情報。
 その内容に耐えられなくなったるりかが発狂し、両手で頭を抱えた。

「る、るりかっ!?」

 それを心配したのは那実。しかし次は——、

「横里那実、十五歳。秋皇学園一年G組。桜庭托真のことが大好きで何でも従う奴隷。犯罪を犯せと言われれば、迷うことなく他者を貶める能無し女。小学生の時からその性根は変化せず、廣井るりかのことを可愛いと言っておきながら、桜庭托真の前ではブスだと陰口を言いまくっている」
「ち、ちが……っ。るりかっ、嘘だからね!?」

 最後に暴露したことが本当なのか、本当ではないのか。
 しかしるりかにとっては先程言われた自分のことは全て本当だった。ただ最後、母の不倫は知らなかった。
 それも含めて、那実に関する内容も真実だと思い込み——、

「那実ぃぃぃぃぃっ!!」

 先程まで発狂していたはずのるりかは那実に飛びかかっていた。

「違う! 一度もそんなこと思ったことない!」
「うるさい! 陰で私のことずっとブスだって言ってたんでしょ!」
「言ってないって! 信じてよ!」
「信じられるかこのブス!」
「………………だる」
「……は?」

 るりかに詰め寄られ、プチンときた那実は小さい声で一言呟いた。

「あんたね、いつもいつも香水臭いのよ! 何プッシュしたら気が済むわけ!? こっちの身にもなれっての!」
「はああ!? 那実だって何そのダサいネックレス! 高校生になってまでそんなデザインのつけてるとかお子ちゃまかよ!」
「言ったな!!」
「ああ言ったよ!!」

 二人はリムジンのソファの上でもみ合いになり、収集がつかなかった。
 この狭い車内——車の中では狭くはないのだが、どれだけ広くても車内は車内。キャットファイトするには狭かった。
 しかしそれでも二人はお構いなしだ。

「友情って脆いもんだな。こいつらのような下衆はルーシー、光流……お前たちには似合わないよな。——だから俺たちが守るんだ。小学校での事を絶対に繰り返さないように」

 るりかと那実の様子を見ながら、青年は小さく独り言を呟く。
 そうして目で合図し、スミスに二人を止めるように命令した。

 次にポケットからスマホを取り出すと、タップしてどこかへと電話をした。

「ああ、もしもし?」

『もしもし。大丈夫でしたか?』

「滞りなく。これからこいつらの家に向かう」

『そうでしたか……とにかく警察沙汰になる前に止められて良かったです』

「お前らを雇って良かった。今度ボーナスでもやるよ」

『はは。まだ六月ですよ? あ、でも六月と七月ってちょうどボーナスの時期ですよね』

「なんだよ。やっぱ欲しいんじゃねーか」

『僕たちの働きによって報酬がもらえるなら、それは認められたってことですからね』

「ふっ……とりあえず千影にもお礼を言っておいてくれ」

『わかりました。それではまた何かあれば連絡します——アーサーさん』

 相手と電話を終えると、女子高生二人をこの車へと誘った青年——アーサーがポケットにスマホをしまう。
 ちょうど、るりかと那実はスミスによって互いの位置を離されていたところだった。


「こ、これ……誘拐ですよね! すぐに捕まりますよ!」
「そ、そうだ! 誘拐だ!」

 少し落ち着いたのか、今度はるりかと那実がアーサーに向かって強く言いつける。

「はあ……まだわかってねぇのか。こっちはお前らの犯罪の証拠、個人情報全部持ってんだよ。どっちの立場が上かわかるか?」
「…………っ」

 先程、家族構成や過去まで個人情報を知られていたこと、それが彼女たちには大きかった。
 もしこれで誘拐だと警察に話した場合、何をどこに暴露されるかわからない。
 そんな不安が頭を駆け巡った。

 白昼堂々、こんなことができるのだ。
 どこに逃げたとしても、その手が自分に伸びるかもしれないと感じたのだ。

「わかったなら、あとは静かにな」

 最後にそう呟いて、アーサーは割れたワイングラスの破片を拾いはじめた。
 すぐに隣にいたボディガードたちも破片を拾いはじめ、大柄な男四人が腰を落として這いつくばるという奇妙な光景になった。




 ——秋皇学園一年G組、廣井るりか・横里那実の両名は、今日この日を以て秋皇学園高等学校を退学した。

 謎の権力によって、長く娘の悪行を放置していた家族ごと、東京から離れた遠い地へと転勤転居させられ、二度とこの場所へ戻ってくることはなかったという。



 ◇ ◇ ◇



『千影、グッジョブ。アーサーさんからお礼を言っておいてくれと言われたよ』
「そう……ありがと。でも、もうちょっとうまくやれたかもしれなかったのに……」

 守谷千影は悔やんでいた。

 彼女らの目的は大まかに言えばルーシーと光流の平穏な学校生活を守ること。

 千影は光流と同じクラスになったため、毎日のように尾行し、トラブルが起きないかを見守っていた。
 ただ、千影も女性であり、もし暴力が関係するようなトラブルが起こった場合、止めることは不可能だと思っていた。

 なので、できる限り全てにおいて先に手を打っておいた。
 それは自分の会社と通じて、そしてアーサーが関わる会社を通じてだ。

 光流の通学ルートからどの車両に乗るかまで逐一報告していた。
 しかし唯一できなかったのが、光流に近づき過ぎることだけ。

 平穏を守るためには、ターゲットに近づき過ぎてはいけない。
 以前兄には、もっと近づいて友達になったらどうかとは言われていたが、それはまだできていなかった。

 だから、少し遠くから監視するしかなかったのだ。
 焔村火恋の時や桜庭托真や臼田怜央との接触の時は介入したが、今回ばかりはやり方を間違えたと思っていた。

 そうして今日の痴漢冤罪。
 起きることは想定していた。なぜなら、桜庭托真、臼田怜央、廣井るりか、横里那実の机の近くには盗聴器を仕掛けており、いつでも会話を聞ける状態にしていたから。

 しかし、移動中やスマホだけでのメッセージのやりとりはどうしてもわからない。
 それでも痴漢冤罪を仕掛ける話をし出したため、ギリギリで対処できたのだ。

 そんな中でも一番悔やんだのは、やはり光流に疑いがかけられ、心にダメージを負ってしまった可能性があることだ。
 大勢の人から冷たい目線を向けられたのは多分初めてだろう。本当ならあんな経験はさせたくなかった。

 もっと他にやれたはずのに。まだまだ考えが甘いと千影は自分を戒めた。
 やはりあの状況で光流の近くまで行き、『この人はやっていません』と言うこと。
 しかしやった証拠もなければ、やっていない証拠もなかったのだ。

 相手は二人の女子高生に対し、こちらは女子高生一人。
 証言の数としては人数が足りていなかった。

 長男の真護は基本的にはルーシーの護衛のため、光流の傍にはいられない。
 だから自分でどうにかするしかなかった。

 もっと早くから協力者を見つけて、光流の近くを囲むべきだったのだ。

 光流に痴漢冤罪がかけられた時、電車を降りてすぐに兄・偵次に連絡。
 そこからアーサーに連絡が行くと、アーサーしか知り得ない何かを実行。
 警察が呼ばれる前に光流を解放することに成功した。

 結果的に光流が警察まで連れて行かれることはなかったが、一歩間違えばとんでもないことになっていた。

「偵次兄ちゃん……私、もっと頑張るよ。九藤くんと友達になってできることを増やす」
『良い心掛けだ。でも千影の行動によって彼は救われた。それを彼自身に報告することはできないが、そのこと自体は誇っても良い』
「うん……」

 電話越しの兄からの褒め言葉で少しだけ救われた千影。
 もう、事は終わった。だから、今やることは次に向けてもっとうまく対処できるよう行動することだ。

『よくやった。改めて言おう。お前は最高の妹だ』
「なんだよ。かしこまって……なら、今日はステーキにしてよね」
『それは母さんに言ってくれ』
「はいはい」
『じゃあ、今日はお疲れ様。千影も学校遅れてるだろ? 早く行かないとな』
「わかってる。じゃあ、またね」

 千影は兄との電話を切り、一呼吸。
 光流とは違い、急ぐことはなくゆっくりと学校へ向かった。
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