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233話 中間テストの結果

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 翌日から、テストが返却され始めた。

 まず最初は国語と数学教科から返却され始めた。

「ラウちゃん、どうだった?」

 昼休みになってすぐ、一番成績が心配な右隣の席の樋口ラウラに声をかけてみた。
 テストの点数を聞くなど、デリカシーのかけらもないのだが、心配だからという理由でラウちゃんには事前に見せてくれるよう話をしておいた。

「ん……」

 いつも通り無気力で机に体を預けながら、机の中に乱雑にしまっていた二枚のテスト用紙を取り出し、そのまま俺に手渡してくれた。

 そうしてラウちゃんのテスト用紙に目を通すと――、

「八十……二?」

 国語のテストの点数だ。

 俺は見間違いだと思い、一度目を瞑って瞬きをしたのだが、記載されている点数は八十二点で変わりなかった。

 もう一つ、数学のテストに目を通してみた。

「…………!? 八十七……ええっ!? ラウちゃん予想より大分良い点数なんだけど!?」

 この言い方はとても失礼かもしれないのだが、学校でもほぼ眠っているし、勉強時間も足りていない。
 だから俺は六十点取れれば良い方だと思っていた。

 なのにこの予想以上の結果はどういうことなのか……。

「ねえ、聞きたいんだけどさ、ラウちゃんって一般受験組?」
「んー、普通の受験だよ」
「まじか……」

 こういう人が天才というのだろう。
 さすがに大学受験では通用しないと思うが、少ない勉強時間の中でもこれだけ結果を出せるんだ。ポテンシャルは高いのだろう。

「見直した?」
「う、うん……凄いよ」

 でも、ちょっと待てよ。
 今思えば、ラウちゃんはアニメや漫画好きで、十八禁ゲームも密かにやってるらしい。
 それぞれ活字が多いし、コスプレだって正確に計算しながら裁断しなくてはいけないはずだ。

 そういう趣味が勉強に活かされているのではないか。
 俺だって冬矢としていたサッカーゲームのお陰でかなりの数の国旗を覚えたし、地理だってすぐに覚えられた。
 それと似たようなことが起きている可能性があるのではないかと考えた。

 ただ、気になるのは他の科目。
 趣味と関係ない分野はどうだろうか。
 英語や理科だなんてさすがに関係ないだろうし……。

「百点の人に、褒められた……」
「まあ……どういたしまして」

 俺は二教科とも百点だった。
 もちろん普段から勉強しているお陰と勉強合宿のお陰でもあり、満点を取ることができた。
 一応、高校でも勉強についていけるようで安心した。



 ◇ ◇ ◇



 そして翌々日までに、英語に社会に理科関連のテストが返却された。

 英語に関してはルーシーと真空は満点だった。
 ただ、日常生活では文法を考えずに使っているため、考えないといけないところもあったらしい。でも、他の人より勉強にかける時間は少なくて良いので、今回のように良い点数が取れたようだ。

「光流くんより良い点数取れるとはねえ~」
「私たちは英語だけだけね。他は勝負にならないよ」
「俺はちょっとリスニングがまだ……」

 流されたリスニング音声に対する問題。
 俺ははっきりと聞き取ることができず、解答を間違ってしまった。
 それでも九十四点ではあったけど、麻悠との勝負では痛い部分だった。

 ちなみにルーシーと真空は、英語の教科以外でも高得点を叩き出していた。
 少しだけルーシーの方が点数は高いが二人とも平均的には九十点くらいは取れていた。
 やはり、元々成績が良いと言うのは本当らしい。

 そしてラウちゃんの他の教科。
 おおよそ七十点前後の成績だった。とても微妙なラインだった。

 一夜漬けでもいけなくはなさそうな点数でもあり、普段の様子から考えるとやはり彼女のポテンシャルがあるからこそ取れた点数かもしれないとも感じた。
 でも、それはもう良い。ラウちゃんが留年せずに進級できるなら、彼女が天才でもそうでなくてもどちらでも良いのだ。
 これからはそこまで勉強について心配する必要はないと思えたことが成果ではある。

 ……って、俺は教師か親か。

 なんでラウちゃんの進級に対してここまで考えてるんだ。
 多少仲良くなった手前、進級してほしいのは事実だけど、心配のしすぎだったかもしれない。



 ◇ ◇ ◇



 そうして、全てのテストが出揃い、順位が記載された紙が配られる時がやってきた。

 帰りのホームルームで担任の揺木ほのか先生が一人一人名前を呼び、前に来た生徒に紙を配っていく。
 俺も名前を呼ばれて前へ行くと小さな紙を手渡された。

 自分の机に戻り、紙に視線を落とす。
 ゆっくりと教科ごとの点数と順位、そして総合順位が記載されている部分へと視線を移動させた。


 ――一位だ。


 一位と記載されていた。

 俺は軽く息を吐き、机の下で軽くガッツポーズをした。
 これは感覚的な問題なのだが、一般受験で最高点を取ってしまったが故に、テストでも一位を取りたい、もしくは一位以外になりたくないなんて気持ちが芽生えてきていたのだ。

 だからこそ、今回一位を取れて本当に良かった。

 そして、今回は一位のために勉強を頑張ったわけではない。
 麻悠との勝負に勝つためである。

 俺が一位だった、ということはつまり、麻悠に勝ったということなのだ。
 これでバンドがまた一歩前に進めるのだ。



 ホームルームが終わり、放課後。
 俺は麻悠の席へ行き、廊下で話すことにした。


「――光流っちとこうして話すのは久しぶりだねぇ」 


 雰囲気はラウちゃんに似ていてゆったりとしているが、見た目は全く違う。
 小柄な体型に毛先が外ハネしているミディアムボブ、さらに大きめの伊達メガネをかけている。


「うん。カフェ以来だね」

 姉が働くカフェでキーボード加入の話をした時以来だ。
 もちろん廊下ですれ違ったり、接触する場面があれば少し会話はしたが、ほとんど挨拶程度だった。

 今日、この日からもっと仲良くなる予定だったから。

「じゃあ、早速だけど、一緒に紙見せ合いっこしよっかぁ」
「なんか言い方が気になるけど……そうしよう」

 そうして、俺と麻悠は制服のポケットから順位が記載された紙を取りだした。
 俺が一位ということは、麻悠だって見せ合いをするまでもなく俺の順位を理解しているはずだ。

「じゃあ、せーの」

 掛け声を出し、二人同時に紙を見せ合った。


「…………えっ!?」


 俺は勝利を確信しこの場所に来たつもりだった。
 しかし、最初からそのパターンがあることを失念していたのだ。

 麻悠はずっと表情を変えず、暗い雰囲気を全く見せず、それでいて楽しそうな顔をしていたのだから。


「まさかこんなことになるなんてねぇ」
「同率……一位……」


 つまり、俺と麻悠の総合点は全く一緒だったのだ。
 今回の中間テスト、恐らく二位は存在せず、同率で二人が一位になったことにより、次の順位は三位の人が存在することになる。


「引き分けってことか……」


 勝利はできなかった。

 条件の一つは麻悠に勝利することだった。それができなかったということになる。
 一位をとったのに、勝てなかったなんて、こんなことがあるなんて思いもしなかった。


「どうしたのさ、一位取ったのに嬉しそうじゃないじゃん」
「そりゃあ、勝てなかったし……」

 わかってるくせに……と内心思っていた。
 少し意地悪に言っているだけなのだとニヤリとした彼女の表情から感じとった。

「――ま、引き分けだけど、良いよ」
「え?」

 麻悠が自分の順位が記載されている紙をポケットにしまいながらそう言った。
 俺はポカンとしながら彼女の顔を見つめた。

 これって、つまり……。

「良いって言ってるのぉ。キーボード。あ、でも参加じゃなくて私のピアノを見てもらうところからねぇ」
「ほんと!? ほんとに!? よかったぁ……」

 ルーシーたちの期待も背負って俺は麻悠を誘っていた。
 だから今回は必ず彼女に勝ちたかったのだ。

 そして今の彼女の言葉で、それが決定付けられた。まだ、参加とは確定してはいないが、ほぼ決まったも同然だろう。

 だって、これだけ勉強ができるんだ。
 ピアノだって才能はあるはずだ。

「ちょっとぉ、喜び過ぎじゃない?」
「いや、だってさ。勝ってないのに、こっちのお願い聞いてもらうことになったんだし、それは嬉しいでしょ」
「まあね、それは私の懐が大きかったということになるねぇ」

 これでバンドがまた一歩先に進むことができる。
 まず、ルーシーたちに報告だ。

「じゃあさ、早速だけどこれから部室ってこれたりする?」
「あ~、まあ、いいけど」
「ありがと! なら少し待って! ルーシーたちにも話してくるから一緒に部室行こう!」
「はぁい」

 俺は早速教室に戻り、麻悠がお願いを聞いてもらえることになった話をした。
 ルーシーが目を大きくして喜ぶと、すぐに勉強道具をカバンに詰め込み、部室へと向かうことになった。

 

 ◇ ◇ ◇



「麻悠ちゃん! よろしくねっ!!」


 部室に到着してすぐのことだ。
 まだ先輩たちがいない静かな部室のなか、いつもの机を囲んで五人が座ると早速ルーシーが声を大きくしてそう言った。

「まだ入るって言ってないけど、そこのところ大丈夫ぅ?」
「あ、うん! でも! 多分大丈夫!」
「凄い押せ押せだねぇ……」

 ルーシーのキラキラした態度に少し熱さを感じたのか、麻悠は俺に視線を送ってきた。
 苦笑いを向けて応えたが、これは慣れてもらうしかないのだ。

「じゃあ名前とポジションくらいで良いから簡単に自己紹介しようよ!」
「いいぞ」

 ルーシーの提案に冬矢が同意する。
 同時に俺と真空も同意すると、自己紹介が始まった。

「私から! 知ってると思うけど、宝条・ルーシー・凛奈。ポジションはギターボーカルだよ! よろしくね、麻悠ちゃんっ!」

 麻悠がここに来てくれたことがそれほど嬉しいのか、わざわざ起立して元気いっぱいにルーシーが挨拶をした。

 そういえば、麻悠はキーボードの席が空いていることを知っているだけで誰がどのポジションをしているかは知らないよな。

「じゃあ次私ね! 朝比奈真空、ドラムやってるよ! 今はルーシーのお家にお世話になってる……ことも知ってるかな? 今度お家来て皆でお茶でもしようよ!」
「あ、それ良い! 真空ナイス提案!」

 もう麻悠のことは氷室さんの孫だと皆知っているので、そういう点からも接しやすい感覚があるのだろう。
 俺もそのことがあるから、話しやすいのかもしれない。

「次は俺、池橋冬矢だ。光流とは中学校からの同級生でベースをやってる。麻悠ちゃんよろしくな!」

 冬矢は相変わらずで、あまり会話したことのない女子でも怖気づくことなくさらっと挨拶を済ませた。
 しかも最初から麻悠ちゃん呼びだ。彼のような精神的強者にしかできないことだろう。

「もう知ってると思うけど最後に俺。九藤光流。ギターやってる。聞きたいことがあったら何でも言ってね。俺じゃなくても皆話聞いてくれると思うから」

 歩みよることからが大切だ。
 ちょっと麻悠の雰囲気から考えるとルーシーたちは明るすぎるきらいがあるが、彼女はあまりそんなことは気にしない感じがする。

 なぜなら最初から少し不思議な雰囲気を持った人だと感じていたからだ。
 つまりマイペース。そういう性格の人は嫌なことは嫌だと言える人だろう。

「ありがとう。じゃあ私も自己紹介しておくねぇ。氷室麻悠。ピアノ歴は一応小学校低学年からだから……七年くらいはやってたかなぁ? ひとまずはよろしくねぇ」

 ピアノ歴に関して言えば申し分ないと言えるだろう。
 ただ聞く話によれば最近はやっていなかったそうだ。少しブランクがあるのはしょうがない。
 それでも七年もしていたんだ、体が覚えているだろう。すぐに弾けるようになるはずだ。

「それじゃあとりあえず紅茶でも飲む!? それか私たちの今の演奏聴く!? キーボードここにないから麻悠ちゃんの演奏は聴けないから……」
「ルーちんの家に行こう」
「ルーちん!?」

 そう言えばルーシーはルーちんと呼ばれていることを知らなかったっけ。
 俺は二人で話していた時はルーシーのことをそう呼んでいたことは知っていたけど、いきなりそんなあだ名で呼ばれたら驚いてしまうだろう。

「ルーちんの家ならピアノくらいあるでしょお?」
「うん、ある! あるけど……ルーちん!?」
「ねぇねぇ、私は!?」
「ん~~、まそらん?」
「えー! 初めて呼ばれた! かわいいっ! ね、ルーちん?」
「ちょっと、真空! 便乗しないでよ!」

 麻悠のあだ名が面白かったのか、その話題で盛り上がる二人。
 確かにルーちんもまそらんも珍しい呼び方だ。

 俺も名前呼びはしていても、あだ名で呼んでいる人はいないので新鮮に聞こえた。

「なぁ、俺はどうだ?」

 すると、唯一まだあだ名呼びされていなかった冬矢が麻悠に自分のあだ名を求めた。
 俺たちは冬矢の言葉にじっと麻悠を見つめたのだが――、

「………………池矢」
「なんでだよ!」
「あははははっ!」

 俺とルーシーと真空は腹を抱えて笑った。

「ルーちんにまそらんと来て、なんで俺だけ名字と名前を組み合わせたやつなんだよ!」

 冬矢は納得いっていないようで、別のあだ名を求めた。
 池橋冬矢からの池矢。いや……なんかね、さすがに……ふふ。

「しょうがない。スノーにしよう」
「俺だけ英語!? てか冬ですらない、雪じゃねーか! 麻悠ちゃん頭良いんだからもっと良い感じのつけられると思うんだけど!?」

 なんと驚いたことに、いきなり英語になってしまった。
 俺やルーシーたちとは、全く別のベクトルの名付けだった。

「冬矢ってゴロが悪い。光流っちみたいに、ちを入れると変だしねぇ」
「スノー、その変にしておきなよ。アーティストネームみたいでいいじゃん」
「光流っちよぉ、お前馬鹿にしてるだろ!」
「何言ってるんだよスノー。俺は好きだな、スノー」
「スノースノーしつけえ!」

 このあとしばらくスノー呼びされたことに納得がいっていなかったが、麻悠ちゃんの呼び方がスノーで決まったらしく、これ以降変えることはなかった。
 俺は冬矢呼びに戻している。たまに茶化したい時にはスノー呼びしようとは思う。


「――じゃあ、私の家行こっか!」


 麻悠の実力を見るため、グランドピアノが置いてあるルーシーの家に向かうこととなった。




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