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228話 勉強合宿 その1

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 真空の誕生日会が終わり、中間テストまで残り約二週間となった。
 そこからは完全に勉強の日々が続いた。

「おまたせいっ!」
「九藤わりぃ、少しだけ遅れた!」
「大丈夫だよ。皆遅れてるから」

 土曜日の早朝、駅前で俺に声をかけたのは、クラスメイトの家永潤太と堀川暖だ。
 家永は野球部に所属する坊主で堀川は家永と同じ中学校で現在は帰宅部だ。
 部活動はテスト二週間前から禁止だそうだ。

「師匠っ!」
「九藤くーん!」

 次に現れたのは美術部で見た目は女子よりも女子っぽい金剛大和ことやまときゅんと陸上部の遠藤友希さん。
 二人共互いに好意はあるようだが、あれからどうなったのかわからない。
 ただ、いつも一緒にいるところを見ても仲が良いことには変わりないようだった。

「なあ九藤、今更だけどマジなのかよ。俺たちも参加して良いなんてさ」
「うん。言ったでしょ」
「今から女子と勉強合宿だなんて驚きだぜ……」

 家永の口癖は『彼女欲しい』だ。
 彼のためにこの場を用意したわけではないが、今回の合宿、元々は男子の参加は俺と冬矢だけだった。
 なのに女子の数は六人。なんだか男女比的に居心地が悪そうな気がしたので他に追加して男子を呼んだ。
 ちなみに千彩都と開渡は用事があるとかで結局参加しないことになった。理沙たちにも声をかけたのだが、三人で用事があると返された。特に理帆がいるなら先生役として助かるとは思ったのだが、今回は難しいようだった。

 宝条家の別荘は海沿いにある二階建ての一軒家であり、十数人が一つ屋根の下で泊まれるようになっていると聞いた。
 浴場もオリヴィアさんが設計したからか、大浴場になっているらしく、複数人が同時に入れるらしい。

「光流、おはよう~」
「うわ、人数多い……」

 そこに来たのはしずはと深月。しずはは元気そうに俺に挨拶したが、深月の方は他の面々を見ると、少し引いていた。
 特に深月は他の男子とは話さないので、拒否反応が出ているのかもしれない。

「マジで藤間さんと若林さん来たよ……っ」

 しずはと深月の登場に目を見張り、驚きの様子を見せた家永。女好きの彼からすると天国なのかもしれない。

「おはよう。眠たそうだね」
「休みなのに朝の七時だよ? いつもならもっとゆっくり起きるのに」
「勉強のためだからね、しょうがないよ」

 眠たそうな目を擦っていたしずはの今日の服装は、やはりというかキャップ姿でボーイッシュ。
 一方、その横で冬矢と会話していた深月は女の子らしいふわふわとしたワンピースだ。

「ひ、光流! 来たわよ!」
「むにゃ…………」

 次に来たのは、焔村火恋と樋口ラウラ。
 二人は一緒に来たとは考えられない。途中で一緒になったのだろう。

 焔村さんは女優ともあってかサングラスにマスクに帽子と完全に顔が隠れるような服装をしていた。
 一方のラウちゃんはリュックにキャリーケースにとかなり荷物が多い。

 こいつ、コスプレ衣装作る気だ……!

「おはよう、朝早くからごめんね」
「ううん。全然大丈夫。仕事はもっと早い日だってあるんだから」
「なら良かった。……ラウちゃんは既にダメっぽいね」
「…………」
「この子電車で見てたけどずっと寝てたわよ。あれだけぐっすり寝ていてよく降りれたものだわ」

 焔村さんは意外と面倒見が良いのかもしれない。
 現に一緒にこの場所まで来ているし。

「ラウ、ちゃん……? しかも光流って名前呼び……アンタ本当に私が知らない間にどうなってるのよっ」
「はは……成り行きだよ……」

 ぐっとしずはに近づかれ、目を細くして耳元でそんなことを言われた。
 焔村さんのことだって、ラウちゃんのことだって本当に成り行きなのだ。

 そして今日、俺は一つのミッションがあった。
 皆をコスプレに誘うこと。

 ……そういえばなんで俺そんな約束をしたんだっけ?
 まあ良いか。約束したことには変わりないし。

「焔村さんに樋口さんまで本当に来た……! ここは天国か?」
「おい潤太。まだ宝条さんと朝比奈さんいないだろ。そんなことでいたらこの後持たないぞ」

 堀川が家永の肩を組みながら諭していた。
 家永はかなりスケベっぽいが、面倒なことは起こさないよな……?

 ちなみにルーシーと真空は車移動だ。
 なので、これで勉強合宿のメンバーは全員揃ったことになる。


 俺たちは電車を乗り継いで、宝条家の別荘へと向かった。



 ◇ ◇ ◇



「いらっしゃーい!!」

 別荘の玄関で出迎えてくれたのは、夏ではないのに白のノースリーブのワンピース姿のルーシーだ。
 横には同じくノースリーブの青いブラウスを着た真空もいて、今の今までここに住んでいたのではないかという雰囲気で出迎えてくれた。

「うぉおおおおお! 本当に宝条さんと朝比奈さんがいる……っ」

 家永が失神しそうな勢いで胸を手で抑えていた。

「お前これから勉強するのに大丈夫かよ。目的見失うなよ」

 堀川が家永の背中を叩いて落ち着かせる。

「わー! 火恋ちゃんとラウラちゃんもいる!」
「……どうも。お世話になるわ」
「むにゃあ……」

 ルーシーが目を輝かせてそう話しかけると焔村さんが軽く会釈をして応えた。
 ラウちゃんの方はうつらうつらとしていて、眠そうなままだ。

「これが光流ガールズか……」

 真空はルーシー含む視界全体を見渡しながらそんなことを呟いた。

「はは、光流ガールズだってよ! 俺のことはもう言えねーな!」

 冬矢が真空の言葉に笑った。
 確かにサッカーをしていた時は冬矢ガールズなる彼のファンがいたが、今の状況を見ると言い返せない。
 別に全員が恋愛ごとに絡んでいるわけじゃないけど……。

「宝条さんっ、私たちもお邪魔するねっ!」
「お、お邪魔しますっ!」
「遠藤さんに金剛君もだ! こちらこそよろしくね!」

 遠藤さんとやまときゅんがルーシーに元気よく挨拶をすると、ルーシーも元気よく挨拶を返した。
 こんなに友達が一同に集まることが嬉しいのだろう。

 日本ではこのようなことを経験してこなかったルーシー。
 これだけの人数が集まってくれたことが嬉しいんだろう。

「しずはも深月ちゃんも! さあ、入って入って!」

 俺たちは宝条家の別荘へとお邪魔した。



 …………



 中に入ると広がっていたのは、高い天井のリビング。
 別荘と言えども、こじんまりとした家ではなくお金をかけて建築したような大豪邸だった。

 そのリビングの中心にはシャンデリアのような髙そうな照明がぶら下がっており、ちょうど十二人が座れる長いテーブル。

 同じフロアにはキッチンやローテーブルにソファなどもあった。
 しかも暖炉のような設備もあり、秋冬だと薪なんかを投入してしっぽりと過ごすこともできるのかもしれないと感じた。

 ガラス一面の窓の外にはテラスがあり、そこから少し先に砂浜と海が見えた。
 またテラスにはテーブルセットと何台かのビーチチェアがあった。
 ルーシーの家のお風呂の外のあったのと似たようなものだった。

 ……やばい、またあの時のことを思い出しそうだ。

 リビングに一旦荷物を置くと、まずはルーシーから家の中を一階から二階まで案内された。
 ルーシーもここに来るのが初めてだそうだが、先に来て全ての部屋を見回っていたとか。

 二階には二つの大部屋といくつかの小部屋があった。
 基本的には男子と女子で大部屋に分かれて寝るという話だった。

 なんだかそれだけで修学旅行のように感じた。
 また一階には聞かされていた通りに大浴場があった。オリヴィアさん設計とのことで、とんでもない広さと気持ちよさそうな湯船が存在していた。
 シャワーも五人分あり、同時に五人までは頭や体を洗えるようだった。

 そしてしずはの要望通り、一階の角部屋にグランドピアノが置かれていた。
 見た感じ地下室に置いてあったピアノのようで、うるさくならないように壁には防音加工がされているとのことだった。

 ルーシーはしずはには「いくらでも大音量で練習して良いからね」と言っていた。

 一通り家を案内されると俺たちは勉強前にお茶タイムとなった。

 女性陣が積極的に用意してくれて、それぞれに紅茶、お茶、コーヒーなどが配られた。
 俺は眠気を取ることも含めて、コーヒーをいただくことにした。


「なんかこの空間、すっごい良い匂いがする気がする……」

 家永が慣れない紅茶を口に含みながらそんなことを言う。
 彼が言っているのはフレーバーな紅茶の匂いではなく、この空間自体の匂いのことだ。

 俺はコーヒーを飲んでおり、コーヒーの匂いしかほとんど感じていなかったが、飲み物を用意される前は家永が言っていたことと同じことを思っていた。

 この部屋には合計七人の女子――いや、もう一人加えると八人だろうか。
 女子に混ざって一人の男子がそれに負けないくらいの良い匂いを放っているからだ。
 その人物とは、もちろんやまときゅんなのだが……。

「家永くん……」
「はいっ!? 朝比奈さんっ!?」

 十二人がテーブルを囲んでいる場でそんなことを呟いた家永に真空が目を細くして声をかけた。
 すると自分が声をかけられるとは思えず家永は瞠目した。

「君ぃ~、そういうことは女子の前で言う事じゃないと思うけどなぁ~?」
「あっ、えっ……すみませんでしたぁぁぁぁっ!!」
「そこまで謝ってほしいわけじゃないんだけど……なんか私が悪いみたいじゃん」
「はは。朝比奈さんごめん。こいつ、女に憧れ過ぎてて耐性がなくてな。兄弟も全員男なんだ」

 家永のデリカシーのなさを指摘した真空。
 そして家永よりも何倍も女性に対して慣れていそうな堀川は彼をフォローした。

 確かにクラスの中でも可愛さ上位の女子たちが集まっているからと言って、その人たちを前に本音を言い過ぎるのも良くない。
 受け取られ方によっては、ただ変態呼ばわりされるだけだ。

「私は正直で良いと思うけどなぁ? ね、しずはっ?」
「なんで私に振るのよ。普通にキモいでしょ!」
「しんらつぅ~!?」

 そういったことには鈍感らしいルーシーが家永を肯定すると一瞬彼の顔が明るくなったが、それをしずはに振った途端、豪速球で殴られ、ショックを受けた。

「おい家永。そういうことは、ちゃんと雰囲気を見て一対一の時に言うんだぞ。でも一対一だからと言って、言って良い時とダメな時もある」
「池橋の言ってることがわからねぇ……」

 恐らく冬矢なりの的確なアドバイスではあるが、その雰囲気というのが一番難しい。

「キモっ」
「んあ!?」
「キモいって言ったのっ!」

 家永へアドバイスした冬矢に対して今度は深月は彼を罵倒した。
 まあ、これも女子の前で話すことではなかったというわけだ。

「ほらな、こうなる」
「自分で不正解を実践してみせてくれたのか……お前すげーな」
「んなわけないでしょ。こいつは普段からこうだからキモいのよ」
「は、はあ……若林さんがそういうなら、池橋はキモいんだろうな……」
「へいへい、俺はキモいでいいですよ~」

 深月の言葉を予想していたと言わんばかりに冬矢がさらにキモいと言われる。
 実際、本当にこう予想してわざと言ったのかどうかはわからないが、冬矢ならあり得るのが恐いところだ。

「とりあえず皆の匂いは良いってことを家永は言いたかったんだよね。俺はコーヒー飲んでたせいか全然わからなかったけど……」
「光流はわかってよ!」「あんたは気づきなさい!」「私の匂いはしないとでも!?」
「あつっ!?」

 俺が不正解な発言をしてしまったようで、ルーシー、しずは、焔村さんまでもが同時に反応した。
 すると三人同時にテーブルをバンと叩いたものだから、たっぷりとティーカップに入った熱々の紅茶がびちゃんと飛び跳ねた。

 不幸なことにその紅茶が入ったカップは一口もまだ飲まれていなかった為に水滴が跳ねてしまった。
 そしてちょうどそのティーカップの前にいたのがラウちゃんだった。

「あ、ごめん……」

 隣に座っていた焔村さんが、ラウちゃんに謝罪すると、頬に熱い紅茶がかかったのか、ラウちゃんが手で頬を擦っていた。

「……あれ……、ここ、どこ?」
「え?」

 自分が今どこにいるかわからないと言った言動をしたラウちゃん。
 誰もが目を点にして彼女を見つめた。

「ここはルーシーのお家の別荘だよ。俺たちは勉強しにきたんだよ」
「…………あ~、愛の巣ってやつか……」
「何言ってるのこの人!?」

 寝起きだからなのか、まだ頭がぽわぽわしているようで、ラウちゃんが突拍子もないことを言い出す。
 この別荘に入る時から今の今までほとんど寝ていたということになる。

 この子に勉強させる自信が俺にはなかった。

「はあ……じゃあとりあえず勉強始めようか。一応今日は先生役としては俺と冬矢とルーシーと真空がやる予定。皆一緒の教科からするから、わからないことがあったらすぐに言ってね」

 俺は話を変えるように今日明日の目的を語った。
 またテストがないので、ルーシーと真空の成績はよくわからないが、授業後に少し勉強の話をしている時は、かなり整理して頭に入っていたようなので、テストでも高得点はとれそうだとイメージした。

「べ、べんきょ~?」

 先程まで目を見開いて起きていたはずなのに、また半目状態になり、ぽけ~っと寝そうになっていたラウちゃんが呟いた。

 俺は彼女を動かすため、あることを耳打ちすることにした。

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