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226話 朝比奈真空の誕生日会 その1

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 ゴールデンウィークが明け、学校の教室では机に寝そべりぼうっとしている人が増えた。
 五月病が後を引いているのか、気力なさげなクラスメイトが多い中、元気な人物もそれなりにいた。

「な、なんで連絡くれないのよっ!」

 昼休み。トイレ横の階段の隅。
 俺はデジャブのように再び壁ドンをされて言い寄られていた。

 声を張り上げた人物は、若手女優としてメキメキ実力を上げてきているというクラスの中でも目立っている人物。
 少し前にデート……のようなものをした時に、最終的に家まで行くことになり、ルーシーたちには手出ししないと思われるくらいには仲が深まった。

 そんな彼女――焔村火恋が今現在俺に眉を眉を寄せ、口を尖らせていた。
 ちなみに焔村さんはよく髪型を変える人で、今日はツインテールのような髪型だ。
 この髪型は鞠矢ちゃん以来あまり見かけない髪型で、少し珍しい。

「なんでって言われても……」

 焔村さんの言動は、忙しくて彼女に連絡しない彼氏に言うような言い方だ。
 確かに彼女とは仲良くなったかもしれないけど、本当に今の俺は忙しい。

 しかもゴールデンウィークも北海道に行ったり、社交界に参加したりと色々あったし、焔村さんに連絡する暇などなかった。

「おはよう……とか、そういう挨拶くらいでもくれたら良いじゃない!」
「さすがにそんな逐一連絡してたらキリないよ」
「そ、そうかもしれないけど……!」

 彼女が俺にどことなく好意を持ってくれていることは、十分に認識している。
 俺だって彼女を邪険にしたいわけじゃない。

 焔村さんこそ、俺にはルーシーがいるってことは知っているはずなのに、どうしてか変な態度をとってくる。
 抑えられない感情……というものなのだろうか。
 それでも俺は彼女の期待には応えることはできないのだが……。

「焔村さんこそ、ゴールデンウィーク中もお仕事で忙しかったんじゃないの?」
「まあね。京都で撮影だったし」
「え、京都!?」
「なによ。もしかして京都に興味あるの、光流?」

 京都と言えば、小さい頃に家族と旅行に行った記憶がある。
 子供ながらに神社などの雰囲気が好きだったような気がする。

 そういえば、京都で出会ったあの子は元気にしているだろうか。
 今考えるとちょっとキツイ言葉をかけてしまったと思っているけど、それで変われているなら嬉しい限りだ。

「ちょっと昔の事を思い出して。しばらく京都に行ってないなって」
「ふぅん。……なら、今度お休みが合ったら私と京都に行く?」
「それは行かない」
「なんでよっ!」

 なんでと言われても、私とってことは二人きり。それって普通に彼氏彼女の旅行じゃないか。
 しかも京都までの行き来にはかなりお金がかかる。俺は焔村さんみたいに稼いでないしそう簡単には行けないよ。
 それに夏にルーシーと北海道にも行く予定だし、今からお金はあまり使えない。

「それって二人きりってことでしょ……? 旅館でも泊まる気なの?」
「りょ、旅館っ!? バカっ! それって、一緒のお布団に寝るってことじゃない!」
「いや、布団は普通別々に用意されるでしょ」
「変態っ! 光流は普段は紳士ぶってるくせに変態なんでしょ!」
「いいがかりは良してくれ。というか、男は全員変態だから気を付けた方が良いよ」
「やっぱり変態なんじゃない!」

 なんだかすっごい話がズレている気がする。
 うーん。焔村さんみたいなタイプは簡単には諦めてくれないような気がする。
 樋口さんのコスプレの件も話さないといけないし……。

 それならいっそ――、

「焔村さんって、成績ってどうなの?」
「何よ急に。女優で忙しいけどこれでも勉強は頑張ってるつもりよ」
「そっか。――ならさ、中間テスト前に勉強合宿みたいなことしてみない?」
「え……っ」

 勉強合宿を提案すると、そんな誘いを受けると思っていなかったのか焔村さんは目を点にした。
 俺が考えた勉強合宿とは、中学生の時にもやっていたが、皆で勉強をして教え合うことにより、自分の成績も上がったことに気づいた。
 だから今回も皆で勉強をしようとは考えていたのだが、真空の誕生日も来週に迫っておりその練習もしなければいけないので中間テストまで時間がない。
 なら、一日中泊まり込みで勉強をすれば良いのではと考えた。
 今考えたことなので、ルーシーたちにも聞かないといけないのだが。

「でも、焔村さんって、忙しいからそんな時間とれないよね?」
「行くっ! 行くわ! 仕事が入ってもリスケしてもらうから!」
「それはこっちが罪悪感あるんだけど……一応、中間テスト前の土日で考えてるから、もし来てくれるなら親にも相談してみてよ」
「問題ないわ!」
「そ、そう……」
「とりあえずスケジュール帳を見てくるから、あとで連絡する!」
「あ……」

 焔村さんが足早に教室に戻ってしまった。
 というか勘違いしていないだろうか。ルーシーたちも誘うとはまだ言っていない。焔村さんは俺と二人きりだと思っているかもしれない。後でちゃんと訂正しておかないと。

 俺も彼女の後ろをゆっくり歩いて教室に戻ることにした。

 そんな時だった。

「あっらぁ! どこの誰かと思えばハレンチ木偶の坊ではありませんか!」
「ん?」

 つい最近、聞いたばかりのような甲高い声を発するいかにも高飛車な言動をする人物。
 それは後ろには二人の生徒……あれ、なんか増えてる。を引き連れていつも歩いているA組の生徒、倉菱玲亜だった。

「こんにちは、倉菱さん、鳳さん、剣持さん」

 俺がそう挨拶すると鳳さんは軽く、剣持さんは丁寧に挨拶を返してくれた。

「あなた。学校では本当に冴えませんわね。ルーシーの隣を歩くなら、もうちょっとどうにかなりませんの?」
「あ~、あの時の衣装とかヘアメイクは宝条家の人にやってもらったから……」
「確かにあの格好を学校でやるわけにはいきませんものね」
「それはそれとして、後ろにいる人たちは……?」

 倉菱さんの後ろには鳳さんと剣持さんがいたのだが、なぜか見慣れない生徒も数人後ろに並んで歩いていた。 

「ああ、この方たちですか。もちろん私の下僕ですわっ」
「何言ってるの?」
「平民のあなたにはわからないでしょうけど、気品溢れる私のオーラに惹き寄せられて自ら私の下僕になってくれたのです」

 本当だろうか。後ろに並んでいる数人の生徒を見ると、姿勢正しく自分は空気とでも言わんばかりに倉菱さんを立てている雰囲気だった。

「そうなんだ。さすがは倉菱さん。赤いドレス素敵だったもんね」
「あら、あなたもあのドレスの素晴らしさがわかって? アーサーの褒め方には百分の一にも届きませんが一応受け取っておきますわ」

 いちいち気に障る言い方だなこの人。
 根は悪くない人だとは思うんだけど。

「アーサー様にドレスを褒められた時はそのドレスと同じくらい顔を真っ赤にしてたんだけどね」
「確かに……あの時はどちらに顔があるのか私たちにも判別不可能でした」
「あなたたち……!」

 鳳さんと剣持さんはいつも通りだった。
 倉菱さんはアーサーさんと婚約関係にある。

 社交界から数日して、ルーシーからは倉菱さんとアーサーさんが冷えた関係になっていたことを教えてもらった。
 でも、ルーシーの活躍があってその関係は回復したんだとか。
 俺が社交界の会場に到着する前にそれは解決したらしい。

 倉菱さんと会話すると面白いけど、疲れる。
 ちょうどチャイムが鳴ったので、俺も急いで教室に戻ることにした。


 そのあと、勉強合宿についてルーシーたちにも確認をとると「絶対楽しい!」と勉強ではなく楽しさの方に興味が出ていた。
 ルーシーの他も皆それぞれ問題なさそうだった。
 しずはに関してはピアノがない場所だと難しいと話していたが、ルーシーがピアノは用意するだなんてとんでもないことを言い出した。

 宝条家には別荘がいくつかあるらしく、そこを使おうということになった。その別荘にピアノを運ばせるらしい。
 ただの勉強合宿なのにちょっと壮大すぎやしないか?



 ◇ ◇ ◇



 五月十五日。

 学校が再開されてから約一週間後。ついに真空の誕生日の日がやってきた。
 いつも通りに学校の授業を済ませ、今日は部室に行くことなくそのままルーシーの家に皆で行くことになった。
 ルーシーだけは色々やることがあると話し、俺たちより先に車で帰宅した。


「――ここがあの女のハウスね……!」


 ルーシーの家の大きな門の前に到着すると、突然しずはが変なことを言い出した。
 どこかで聞き覚えがあるようなセリフだ。

「しずはちゃん何それ~」
「……なんか言いたくなったのよ」

 真空が笑いながらしずはに聞くと目を細めながら答えた。
 今日、真空の誕生日会に来たメンバーはこうだ。

 俺、冬矢、しずは、深月、千彩都、開渡だ。
 真空は他のクラスメイトとも話しているところを見かけるが、ある程度話したことがある人の方が良さそうだったので、こんな参加者になった。

 ルーシーの家が初めての俺と冬矢以外の面々は、さすがに腰を抜かしていた。

「ちょっと光流! あんたなんて子と知り合ってたの!? お金目当てじゃないでしょうね!」
「小四でお金目当てだったら俺はどんな子供だよ……」

 千彩都が失礼なことを冗談っぽく言い出す。
 それだったらもっと昔からしずはと友達だったお前はお金目当てってことになるだろうとは思った。

 門を潜り中庭に入ると、玄関近くで出迎えてくれたのは複数の使用人たちだった。

「うそ……日本で本当にこんなお家あるんだ……」
「漫画の中の世界みたいだな」

 千彩都・開渡カップルが目を広げて驚き続けていた。
 最初の頃の俺のようだ。

 しずはや深月はそれほど驚いた様子はなかった。
 ピアノをやっているとそれなりに親の関係で富豪とも会う機会があったりしたのだろうか。

「あ、九藤様! ゴールデンウィークの件、私まだ根に持ってますからね!」
「及川さん……こんにちは」

 出迎えてくれた使用人の中には及川志津句さんもいた。
 彼女は大学生くらいに見える使用人だ。

 ゴールデンウィークの時にこの家に泊まることになった時、風呂場でのトラブルで一番最初に巻き込んだのはこの及川さんだ。
 頑張って協力はしてくれたけど、結局はバレることになってしまった。
 しかも一番最初に裸を見た人物だったし……。

 てか、他に友達もいるのに、なんでこのタイミングで言うんだよ。
 ほら、しずはと千彩都が俺に変な目を向けてきたじゃないか。

「ねえ、ゴールデンウィークの件って何?」
「さ、さあ……俺にもよくわからないなぁ」
「九藤様忘れたんですか! 私の――んん~~っ!?」

 しずはに聞かれたので言葉を濁したのだが、目の前で聞いていた及川さんが余計なことを言おうとした。
 だから、風呂場での時と同じように彼女の口を塞いでしまった。

「こら志津句ちゃん! あなたは他にも準備があるんですから行きますよ! 皆さんごゆっくりしていってくださいね」
「ありがとうございます、牧野さん。及川さんの口は糸で縫っておいてもらえれば……」

 すると、使用人たちの奥から出てきたのは牧野さん。社交界の時に俺にメイクをしてくれた人だ。

「光流、随分ルーシーのお家の人と仲が良いんだね」
「成り行きでね……」

 何度か関わっていれば、どこかで話す機会が出てくる。
 あの社交界での出来事は本当に特別だったけど、こうして使用人の人とも会話できるようになった。



 ◇ ◇ ◇



 俺たちはひとまず客間に通されて、そこでお茶することになった。

 その間、真空は使用人に呼ばれどこかに行ってしまった。ルーシーもまだ来ないようだったので、しばしの自由時間だ。

 部屋に残されたのは六人。全員小学生の時からの知り合いだ。

「なんかこのメンバーだけでいるのって久しぶりじゃね?」

 懐かしさを感じさせる言い方で冬矢が呟いた。
 ルーシーと真空と同じ高校になってからは二人のどちらかとは必ず一緒に行動することが多かった。

「あれから結構時間経ったねぇ……」

 開渡の隣でソファに埋まりながら天井を見上げていた千彩都が言った。
 千彩都も最初の頃とは関係性が変わった。最初の頃はただの幼馴染だったが、中学に入っていつの間にか開渡と付き合っていて。
 だからか皆と一緒に遊ぶ回数も減っていった。今は同じクラスになったので、話す機会は復活したが。

「見た目も大人になったよね。身長も伸びたし」

 俺は冬矢と開渡を見ながら呟いた。
 小学生の時は皆小さくて本当に子供だった。今は男子が全員百七十センチを超えているし、見た目の成長は自分でも感じている。

 女性陣はルーシーを除いて一般的な身長に成長している。
 真空と千彩都は一緒の身長らしく、しずははそれより少しだけ小さい。深月に関してはしずはよりさらに三センチほど小さい。

「――皆、お待たせっ!」

 俺たちが過去を振り返っていた時、客室の扉が開いてやってきたのはルーシーだった。
 制服姿のルーシーが金色の髪を揺らしながら少し汗ばんだ顔を見せた。

「準備完了だよ! 地下室に集まってもらえるかな?」

 俺たちはルーシーに誘導されて、バンドの練習でもお世話になっている地下室に案内された。



 ◇ ◇ ◇



「すごー! ひろーい! てか、ゴージャス過ぎない!?」

 入るなり一番に叫んだのは千彩都だ。
 楽器を置いて合わせ練習をしている地下室。いつもならほとんど何も置かれていない場所だったのだが、それが一変していた。

 数々の丸テーブルには結婚式のように白いクロスが敷かれていて、壁際には複数の料理や飲み物が並べられている。
 ただ、ビュッフェではないようで、そこから俺たちが座るテーブルへと料理を運ぶようで、パッと見た感じコース料理的な内容が振る舞われるのだと思った。

「皆のテーブルはこっちだよ!」

 ルーシーが案内してくれた場所は俺たち八人全員が座れる大きなテーブルがあった。
 他にはまだお客さんが来ていないようで、案内された通りに着席した。
 ちなみに真空だけはまだこの場所には来ていなかった。

「あとは始まるのを待つだけだから、私たちは座っていよう!」

 ルーシーは既に表情からとてもワクワクしている様子が伝わってきていた。
 真空をもてなすことがかなり楽しみなんだろう。

 俺たちはしばらく座っていると、そこにアーサーさんやジュードさん、ルーシーの両親まで顔を見せた。
 しかも皆正装をしていて、かなりきらびやかだ。俺たちは制服だけど大丈夫なんだろうか。

「ふふ。大丈夫。今日は真空が主役だから、私たちは制服でも問題ないよ!」
「そうなんだ。確かに主役がお洒落にしていればそれで良いよね」

 俺の顔を読み取ったルーシーが鼻を鳴らして教えてくれた。

 そうして、見覚えのある使用人たちも顔を出してきた。
 全員が準備を進めているわけではなさそうで、数人の使用人が着席していた。
 その様子を見て参加者を多く見せるための宝条家の気遣いなのかもしれないと感じた。

「じゃあ、そろそろ良いかな……」
「ルーシーちゃん?」

 ルーシーがそう言いながら立ち上がると千彩都が不思議そうに聞いた。
 するとニヤリと口元を緩ませたルーシー。

「実は今日、半分は私が司会をします!」
「ええっ!?」

 参加者の一人であるルーシー。
 しかし、真空のためなのか彼女を十二分に楽しませるために自ら前に出ることを選択したようだ。

「じゃあ私は前に行くから、後で! あ、ちゃんとご飯の時には戻って来るからね!」

 ルンルンで席から離れてマイクが用意されている前の場所へと進んでいった。
 誕生日会に司会というのも仰々しくて本当に結婚式みたいなイメージだった。


「――皆様! 今日はお集まりいただきありがとうございます!」

 マイクを持ったルーシーがハツラツとした声で皆に呼びかけた。

「今日は、私の親友である朝比奈真空の誕生日です! こうやって友達の誕生日を祝うのは初めてです! なのでこんなに色々とやっちゃいましたけど、参加者の皆様もどうぞお付き合いください!」

 ルーシーの家族たちがその話を聞いてクスクスと笑いながらも温かい眼差しでルーシーを見つめていた。
 これまでのルーシーの事を思うと嬉しいこと極まりないのだろう。

 普通のことが普通にできることが、どれだけ難しかったことか。
 ただ、今は普通以上のことをしようとしているが、こんな家に生まれてしまったら感覚はバグっても仕方がないだろう。

「では、今日の主役! 朝比奈真空の入場です!」

 すると、スポットライトのような明かりが使用人の操作で地下室の入口の方へと向けられた。

「マジで結婚式かよ……っ!」

 冬矢が呟いた。どこまでも結婚式のような演出だった。
 同時に全員が地下室の入口の方へと視線を送ると、ゆっくりと扉が開いた。

「わああああ……っ」

 最初に目を輝かせたのは千彩都だった。
 入口から登場したのは、もちろん朝比奈真空。

 しかし、その真空は制服からドレスのような衣装に着替えていた。
 社交界の時のような露出の高いドレスではない。

 そして色合いも全然違った。

「ウェディングドレス!?」

 思わず俺も椅子から転げ落ちそうになった。
 真空が着ていたのは真っ白なドレス。しかもウェディングドレスだと言ってもおかしくないくらいの素敵なドレスで、頭にはティアラのようなアクセサリーまで乗っていた。
 艷やかな長い髪もまとめていて、耳にはあの社交界の時につけていたピアスもしていた。

「「…………」」

 俺は少しだけ視線を動かした。
 何も言わずにいたしずはと深月。その二人がどこか感動したような、羨ましいような表情を真空に向けていた。

 やはり二人ともウェディングドレスに憧れているのだろうか。

 真空が一歩一歩前へと踏み出す。靴まで白いヒールで、コツコツと移動しながら、後ろにいた使用人が長いドレスの裾を掴んで一緒に移動していた。
 見ながら俺たちは真空を拍手で迎えた。

 さらにはその様子を一人の使用人がカメラマンをしていて、これでもかとパシャパシャ写真撮影していた。

「ちょっ、あっ!? ルーシー!? これはやり過ぎだってぇ!?」

 首から下は全て真っ白なドレス姿。
 なのに首から上はタコのように真っ赤になっていた真空。
 その真空が恥ずかしさを叫びながらこちらへと向かってきた。

「しかも皆は制服じゃんっ! 私だけ恥ずかしいよぉっ!」

 冬矢は良い気味だと言わんばかりに笑っており、司会のルーシーはニコニコしていた。
 俺たちの目の前まで着た真空は、ルーシーと千彩都の間の席へと腰を下ろした。

「…………ちょっとあんまり見ないでぇ!?」

 俺たちは全員真空に視線を向けていた。
 いつもは元気一杯な真空もちゃんと恥ずかしいようで、しばらく一人で悶えていた。
 一応なにかに役立つかもしれないと俺も彼女にスマホを向けて写真を撮っておいた。


「本日の主役の入場でした!」


 ルーシーの声で視線が前へと戻される。
 

「では最初に乾杯から行きましょう!」


 ルーシーがそう声を上げると使用人たちが一気に動き出す。
 俺たちのテーブルとルーシーの家族たち、使用人たちのテーブルに飲み物が配られていく。

 それぞれ何のドリンクにするか選べるようで、目の前にあった小さなメニュー表の中から選び、使用人に告げるとその場でワイングラスのようなコップに注いでくれた。


「では皆様、ご準備はよろしいでしょうか? 今日、五月十五日という朝比奈真空が生まれた素敵な日を盛大に祝いましょう! 彼女の生誕を祝って、乾杯! そして十六歳の誕生日おめでとう!」
「「乾杯!!」」

 俺達はグラスを上に掲げて、真空の誕生日を祝った。
 そして乾杯のあとには一人一人真空におめでとうと声をかけて、グラスを打ち付けあった。
 ルーシーの家族たちもわざわざ真空の席までやってきて、簡単におめでとうと声をかけた。

「では、しばらくの間、歓談と行きましょう!」

 ルーシーはマイクを置いて、こちらの席へと戻ってきた。

 同時に料理が配られ始め、フランス料理のような高級そうな料理が置かれていった。
 まずは前菜だ。

「ちょっと、ルーシ~~っ」
「ふふ。どう、真空?」

 ルーシーが着席するなり、真空は泣きつくように彼女の肩を揺らした。

「嬉しいけどさぁ。まだ恥ずかしさが勝ってるんだけど……」
「真空、まだまだ甘いよ。誕生日会は始まったばかりなんだから。このあとも覚悟しておいて」
「もう……私の知らない間にどんな準備してたのよぉ」

 どちらかと言えば、真空がルーシーをいつも茶化す立場。だけど今日ばかりは真空はルーシーに茶化される立場のようだ。

「ねぇ、ルーシーちゃん。これ真空ちゃんが着てるのってウェディングドレス!?」

 そう聞いたのは千彩都だ。最初から興味津々だったのでいち早く聞きたかったのだろう。

「ううん、これはウェディングドレスじゃないよ。でも、それに近いようにデザインはお願いしたの。真空のスリーサイズはバッチリと記録してるからね」

 ルーシーが言っているのは恐らく社交界でドレスを選んだ時に真空のサイズを測ったので、その時のものを利用しオーダーメイドでこのドレスを作ったのだろう。
 それにしてもいくらかかっているのだろうか……。

「そうなの!? もう真空ちゃん結婚するのかと思ったくらいに綺麗でっ!」
「相手もいないのにね。ルーシーったらほんとに……」

 この卓の中で一人だけキラキラしている真空。
 違和感ありまくりのテーブル席になっているのだが、ルーシーは何も気にしていない様子だ。

 そう会話しているうちにも料理を食べるとお皿を回収され、新しい料理が運ばれてくる。

「ムカつくけど、美味しい……」

 食感は豆腐なのだが、しょっぱさがある美しい形の料理を食べながらしずはが呟いた。

「でしょ~。これ全部お母さんと私が考えたんだよ!」
「ふぅん……やるじゃない」

 しずはの舌をも唸らせる料理だったようだ。
 恐らくしずはも花理さんに連れられてこれまでにかなり良い料理を食べてきたはずだ。
 この歳にして舌は肥えていると思われるが、さすがはオリヴィアさんだ。

「じゃあ私はまた前に行くから注目しててね~!」

 メインの料理が来る前に再び席を立ったルーシー。
 マイクを持つと、次なるプログラムが始まるようだった。

「皆様、楽しんでいただけていますでしょうか。本人は恥ずかしいと言っていますが、実は彼女、去年の私の誕生日を祝ってくれた時に、盛大に祝ってほしいと言ってたんです!」
「ちょっと待って、盛大になんて言ったっけ? なんか記憶改変されてない!?」

 ルーシーが満面の笑みで説明していたが、真空自身は納得がいっていない様子だった。
 まぁ、盛大にやる分には良いだろう。真空の表情を見ればわかる。恥ずかしそうにはしているが、やっぱりこうやって皆に祝われると嬉しいものは嬉しいのだ。

「ということで、まずは私からのお手紙タイムです!」

 ルーシーが制服のポケットから手紙を取り出す。
 それを広げると、静かに語りだした。


「――私が真空に出会ったのは、中学三年生の半ばくらいだったと思います。なので、今はまだ一年も過ぎていません」

「転校生として同じクラスにやってきた真空を見て日本人だと思った私は意を決して話しかけました」

「綺麗な長い黒髪で誰が見ても可愛いと思う子で、とにかく仲良くなりたいと思ったことを覚えています」

「ただ私はその時、顔に包帯をぐるぐる巻きに巻いた状態でした。なのに一ヶ月後には毎日一緒にいるような関係になりました」

「今までちゃんと友達がいたことがなかった私は、グイグイくる真空に圧倒されていましたがそれも良い思い出です」

「その時にはほとんど病気が治っていましたが、ある理由のために私は包帯を外すことはできませんでした。それでも真空はずっと仲良くしてくれて、本当に嬉しかったです」

 ここらへんの詳しい話を聞くのは、初めての人だっているだろう。
 特に開渡は知らない話だと思う。千彩都も口は硬いだろうから余計なことは言っていないはずだ。

「多分、私は真空がいなければ、今ここにいなかったかもしれません。去年の十二月、日本に行くという背中を押してくれたのは家族でしたが、真空がいたからこそ行動できました」

「私はそんな勇気をくれた恩人であり、友達である真空が大好きです。これからもずっとずっと仲の良い友達でいたいです」

「母は言いました。いつか喧嘩するかもしれないと。でも、私は何があっても、真空と友達で居続けます。少し重いかもしれませんが、私の愛は重いです!」

 ルーシーの言葉にも力がこもっていった。
 ふと、真空の顔を覗いてみた。前を向いている真空は角度的に横顔しか見えなかったが、ルーシーを照らすスポットライトからの光が彼女の瞳に反射して、キラキラと涙を溜めていた。

「――十六歳の誕生日。本当におめでとう。しつこいけど、ずっとこれからも仲良くしてね。……ルーシーより」

 手紙の内容を読み終えると皆から拍手が贈られた。
 真空はもう我慢ができなくなったのか、顔を覆っていた。
 前に立つルーシーも読んでいるうちに感極まったのか、瞳に涙を浮かべていた。

「じゃあ、真空! 最初のプレゼントです! どうぞ!」
「えっ」

 突然ルーシーがそんなことを言い出すと、彼女を照らしていたスポットライトが急に地下室の入口に向いた。
 真空は涙を流しながらも呆けた声を出し俺たちと同じく入口へと視線を向けた。

 そうして入口から出てきた人物は――、

「えっ……えっ……!?」

 真空は再び顔を覆った。
 驚きの目とヒクつかせた声のまま、ずっと入口を見つめていた。

 入口から現れたのは二人の男女。そして小さな男の子だった。

 全員、どこか真空に似ているようで。
 特に女性は美人で、中でも一番真空に似ていて――、

「お父さん! お母さん! 真来斗!」

 真空が叫んだ。
 それだけで、その三人が誰なのかわかった。
 真空の両親と弟だ。

 三人はゆっくりとこちらに歩いてくる。
 真空の弟と思われる真来斗くんの手には、その体躯には似合わない大きな花束を抱えていて。

 ついには真空の前までやってくると、花束を前に出した真来斗くんが一言。

「お姉ちゃん! 誕生日おめでと!」
「あ、あ……っ。真来斗……っ。皆……ありがとうっ!!」

 大粒の涙を流しながら真空は席から立ち上がって三人に抱きついた。

「なんで、なんでここに……っ!」

 抱きつきながら、なぜアメリカにいるはずの家族が今ここにいるのか訪ねた。
 ルーシーが関わっているということで大体は予想ができるが……。

「宝条さんのお家に招待されてね。せっかくだから会社も休みをとって来てみたよ」

 答えたのは真空の父だ。エリートっぽい印象が強く、どことなく雰囲気は勇務さん寄りだ。

「あなた今はこんなにお友達がいるのね。聞いてはいたけど嬉しい限りだわ」
「うん……日本に送り出してくれた皆のお陰だよ……っ」

 真空は転勤族だったと聞いている。
 なら、友達を作ることは難しかっただろう。

 俺たちのように小学生からの友達というのは、転勤族には特に縁のないことだったのかもしれない。

「――あの、皆さん。うちの真空がいつもお世話になっています。これからも是非仲良くしてやってください」
「あ、いえ……こちらこそです」

 真空の父に頭を下げながらそう言われ、俺はしどろもどろに返事をした。

 同じだ。どこか、真空の家族の雰囲気が俺の家と同じような雰囲気に感じた。
 父親の雰囲気はうちとは全く違うが、にじみ出る優しさは一緒だ。
 多分、素敵な家族の元で育ってきたのだろうと俺は感じた。

「はい! 最初のサプライズでしたー! 真空、喜んでくれた!?」
「ルーシー……バカ! なんでこんな…………ありがとう……っ」

 前のルーシーに向かって真空は声をぶつけた。
 ルーシーはニシシと笑顔を見せて、サプライズの成功を実感していた。

 ただ、ルーシーが言った通りこれはまだ最初のサプライズだ。
 俺たちが演奏することを真空は知らない。

 今日は真空がたくさん泣く日らしい。
 なら、俺たちも本気で演奏しないとな。

「じゃあ真空のご家族はそちらの空いている席へどうぞ! あ、真空も家族の席に移動お願いします!」

 ということでウェディングドレス姿の真空は俺たちの席を離れて家族だけの席へと移っていった。
 それにしてもルーシーは凄いな。まさか家族まで呼び寄せるとは。

 恐らく旅費は宝条家がお金を払ったんだろうけど、本当に真空を喜ばせたくてやっている。


 そうして、再び歓談の時間となり、メインの肉料理が運ばれてきた。

 真空の誕生日会はまだ始まったばかり。
 プレゼントを渡したり、ライブ演奏もある。その他は何があるかルーシーからは聞かされてはいないが、これからどうなるのだろう。

 俺たちも誕生日会の演出に驚きながらも食事を進めた。




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