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215話 GW直前のミーティング
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「うわあああああ~~~っ!!」
「火恋ちゃん!?」
光流とママを家から見送ったあと、私は一人で叫んでいた。
パパが驚いていたけど、気にしない。いちいち説明するのも面倒くさい。
それに、今の状態を説明なんてできるわけがない。
光流が家に来た時から、体中が熱い。
できるだけ冷静にしていたつもりだけど、光流にはバレなかっただろうか。
パパに怒っているのはいつも通りのことだ。だからあれはしょうがない。
他はどうだ。私の匂い、臭くなかっただろうか。
パパのタバコの匂いを指摘しておいて、自分が臭いだなんておかしい話だ。
今日は昼から夕方まで遊んでしまった。
だから少し汗をかいてしまった。
大丈夫だよね? 私臭くないよね?
というか、私本当に何をやってるの?
スマホを渡す条件で会うことになった時点から、ただのお食事デートになることはわかっていた。
でも、でも……。色々ありすぎて、頭の整理がつかない。
『危ないよ! ちゃんと前見て! こんな、一緒にいる時に事故なんてダメだよ!』
「…………っ」
あの、体育倉庫の時とは違う。
あれは私がこれからしようとしていた行動に怒っていた。
でも今日は私の体を心配して怒ってくれた。
私が事故というものに特別な想いがあったからだろうか。
光流に間一髪腕を引かれて事故を免れた時、恐怖を感じたと同時に彼の強さを温かさを感じてしまった。
「しかも抱き締められてたじゃん……」
腕を引かれた反動で、私は彼の胸の中にすっぽりと収まってしまった。
前はお姫様抱っこをされて、今度は抱き締められて……。
全部が硬かった。
顔に似合わないゴツゴツした強い体。
私は光流に男を感じないわけにはいかなかった。
でも、結局はトラウマみたいな恐怖が全身を支配してしまい、しばらく動けなかった。
だから光流は私の肩を持って休ませてくれた。
私はリビングでバッグから缶コーヒーを取り出した。
まだ飲んでいない缶コーヒー。
あの時光流がくれた缶コーヒーだ。
もう生温くて飲めたものではないが、私はカシャっとプルタブを開けた。
そうして一口喉に通してみた。
「あっ……これブラックだ」
微糖の缶じゃないんだ。
もしかして前にナンパから助けられた時のカフェで私が砂糖を入れてなかったのを覚えていたのだろうか。
本当にそうなら嬉しい。どこまでちゃんと見てくれていたのだろうか。
あの時の私はほとんど彼のことを見ていなかったというのに。
カフェで頼んだ私のロコモコ。
しばらく暗い表情をしていたせいか、光流は私のハンバーグをあろうことかフォークをぶっ刺して奪っていった。
食欲がなかったとは言え、反射的に奪い返したい気持ちになった。
だから少し怒ったのだが、それは光流の思惑通りの行動だった。
すぐにハンバーグを返してくれて。それが私のためにしてくれた行動だとわかってしまって、なぜか笑ってしまった。
ああ、この人は普通とは違うんだなって思った。
この年齢になると、子役時代にはなかった出来事がよく起きはじめる。
それは、男性俳優からのお誘いだ。
小さい頃はそういった誘いは私が可愛かったとしても全くなかった。
でも体が少しずつ大きくなり始めると、年上の男性若手俳優から連絡先を聞かれるようになったり、食事に行こうと誘われたりするようになった。
もちろん良い人もいる。でも大半が下心を持っていた。
カッコいい人気の若手俳優から誘われた時は心が踊った。
私がまだ純粋な一面を残していた中学生だったからだろうか。
いざ食事に行くと本当につまらなかった。
自慢話や私の容姿を褒めたは良いものの変な視線を向けてきたり。
確かに私の方も少しは下心があった。
でも、本当に私が聞きたかったのは、演技に関する本気のアドバイスだった。
アドバイスに近い話をしたとしても、本気でアドバイスしてくれるようなことはなかった。
つまり私が言いたいのは、男性の役者に幻滅したのだ。
女性の役者同士のほうが男性よりも酷いのかもしれない。
いじわるは当たり前にあるし、媚を売って役を勝ち取る人だっている。
それは役を勝ち取るために必要なコミュニケーションかもしれない。
でも、私は演技で役を勝ち取りたかった。
だから、必死に努力してきたのだ。
しかし中々私が目指しているような役を勝ち取れなかったからか、どんな手段を使ってでも……なんて思うようになり、まずはクラスメイトの中で一番の人気者になろうと考えたりしたけど。
いつの間にか私が嫌いな役者の姿に私自身がなっていたのだ。
中学校の同級生。私に目を向ける男子のほとんどに下心があった。
そんなの目線ですぐにわかる。もちろん男の子だから仕方がないのかもしれないと思う時もあった。
けど、九藤光流は下心なしに私を助けたり、本気で叱ってくれたり心配してくれたりした。
もちろんそれも色々な表情を見てきた私にとっては、彼が心からそう思ってしたのだとわかった。
だから、彼は他の人とは違ったのだ。
私はいつの間にか彼の手をとっていた。
恐怖と寂しさがあったからそうしたのかもしれない。
そうだとしても、自分から男性の手を取るなんて初めてのことだった。
パパの手だってもう触りたくないのに、ましてやほとんど会話したことのない相手の手だ。
光流の手は汗ばんでいた。
彼も彼で緊張していたのだろうか。それもそうか、いきなり事故に遭いそうになった現場に遭遇したんだ仕方ない。
そして、昼食のあとも予定にはなかったのに、服を見に行こうだなんて言った。
彼の服装は別に悪くはない。ダサいと言ったのは、私が一緒にお買い物をしたかったから。
この時にはもう、私は光流のことを……。
プリクラだって初めてだった。しかも初めてなのに男の子と来るなんて破廉恥過ぎる。
あんな狭い空間に二人きりとかおかしい。
光流は驚いていたけど、プリクラ自体は初めてではなかったらしい。
カップルモードが嫌だったのか、意味もわからない戦国時代モードなんてものを選んだ。
光流のハゲた頭がおかしすぎて、涙が出た。
今の時代にちょんまげなんて……。大河ドラマの役者ならこんなに笑うことなんてなかったのにね。
一方の私は完璧だった。さすがは大女優だ。
どこか光流も私の表情の変化やポーズに驚いていた気がする。
だから少し嬉しくなった。
結局そのあとも自分のお買い物に付き合わせて、光流が選んだ服を買ってそのまま着替えてしまった。
今思えば、私ってなんてチョロいやつなんだろう。
男の子が選んだ服を嬉しそうに着て、そんなの、そんなの……。
と、思えばママが無理やり光流を家に招待するし、私も気が動転した。
そういえば、私家の中で何話したっけ。
緊張であまり覚えていない。
ただ、光流の表情が優れなかったのは覚えている。
だから改めて感謝を告げなければいけないと思った。
すると光流は少しずつ表情を取り戻していった。
「てかなんだよ光流って! なんで私名前で呼んでるんだっ」
恐ろしい。いつから名前を呼んでいたんだろう。
でも、なんとなく名前で呼びたい気分だった。
でも――、
「宝条のことが好き、なんだよね……」
今ならわかる。
光流があれだけ怒って私の行動を止めようとした理由。
本当に彼女のことが好きだから、私をどうしても止めようとしたのだ。
確かに可愛いかもしれない。
けど、今日少し彼のことを知って思った。多分見た目だけではないのだと。
宝条だって、光流が体育館で倒れた時には明らかに異常な心配の仕方だった。
二人には何かある。
「明後日からの学校、どうしようかな……」
◇ ◇ ◇
――日曜日の朝。
俺は昨日、焔村さんとのデートで疲れて寝てしまっていたことを思い出し、スマホを見ると冬矢から着信が入っていたことに気付いた。
朝ご飯を食べてから、冬矢に折り返し電話をしてみることにした。
「よお光流」
「おはよう冬矢」
少し冬矢の声が低く呆れているような声に聞こえた。
「なにかあった?」
「お前なあ。何かあったじゃないだろ。――昨日お前、焔村と一緒にいただろ」
「えっ!?」
冬矢にそう指摘されて、色々な考えがこもった驚きを見せてしまった。
そういえば冬矢に相談してなかったんだっけ。
あ、焔村さん関連といえば、守谷さんにも連絡してなかったような。協力してくれるって話だったのに。
「相談してなくてごめん……」
「お前のことだ。焔村に気があるなんてことはないだろうけど仲良くなりすぎだろ……」
どこから見ていたのだろうか。俺を見かけてからずっと尾行していたのだろうか。
冬矢がいることなんて全く気が付かなかった。
「それはもちろんだよ。俺はただルーシーたちに危害が加えられないように焔村さんと仲良くなろうとしただけ。その流れで食事に誘われることになったんだけど……」
「あいつ変わりすぎだろ。すげえ楽しそうに見えたけど」
ってことは服屋さんに行ったあたりで見つかったということなのかもしれない。
そうなったのは、カフェで元気を取り戻してからだから。
「最初はね、そんなんじゃなかったんだ。俺もあっちも凄いぎこちなくて。でもちょっと事故になりそうになったからそれを助けようとして……とにかく色々あったんだよ」
「またか。またなのか。トラブルメーカーじゃねえか。お前が行くところに事故ありってか? 歩けば殺人事件に遭遇するどっかの少年探偵じゃあるまいし」
そんなに毎回のように事故に巡り合っているわけではないと思うが、たまにそういう場面に遭遇している。
ナンパは事故ではないがトラブルの一種。他にはルーシーのおばあちゃんを助けた時のこともある。
「でも、昨日で焔村さんはもう大丈夫だと思う。多分ルーシーたちには手出ししようとはしないんじゃないかな」
「それは良いことだ。でもな、お前もさすがにわかってるだろ?」
冬矢のいう『わかってる』というのは、もちろん理解している。
焔村さんが俺のことを光流呼びしだしたり、手を繋いだり、振り回して連れて行ったり、最後には家に行ったり。
「うん。でも自然とそうなっちゃったんだからしょうがないじゃん。これからどうしろって言うんだよ」
「昔の俺のファンみたいに応援してるってだけじゃない。大体がガチなんだよ。ルーシーちゃんが大事なら、先に俺には連絡くらいしろよ?」
ファンというのは冬矢がまだサッカーをやっていた頃、冬矢ガールズと勝手に名前をつけていたファンたち。
初めて行ったサッカーの応援では、大勢の冬矢ファンが応援していた。ガチ恋の人も中にはいたかもしれない。
でも、基本的には一線を引いて応援していた人がほとんどだったんだろう。
それが俺の場合、本当に恋愛目的で女の子が近づいてること。
冬矢はそれが言いたかったんだと思う。
「うん。今回はごめん。頭から抜けてたんだ」
「なら良い。じゃあ次デートに誘われたらどうすんだ?」
「え、次……?」
「このままだと絶対に誘われるだろ」
「あー、うん。どうしよう」
「お前なぁ……」
呆れたように電話越しにため息を吐く冬矢。
断れということなのだろうか。
ただ、仲良くなってしまった手前、断りづらいのもある。
それなら、二人きりではなく他の皆とも一緒に遊ぼうとか言えば良いのだろうか。
「やるなら俺みたいにうまくやんねーと身を滅ぼすぞ」
「そうだね。俺は冬矢とは違うからね。何が一番大事なのかちゃんと考えて行動するよ」
「ああ、とにかくなんかあったら連絡はしろよ」
「ありがとう。頼りにしてる」
冬矢との電話はこれで終わった。
俺はルーシーのことが一番大事だ。
ただ、しずはにも迫られている仲、他の人にもアプローチされ始めることは考えていなかった。
焔村さんが実際に何かそういうアプローチをしてきたわけではない。
今後連絡だってとるかわからない。
でも、ちゃんと断ったりしなければいけないんだ。
◇ ◇ ◇
ゴールデンウィーク前、最後の一週間がやってきた。
アメリカにはゴールデンウィークなんていう大型連休はなかったので、嬉しいお休みだ。
まだ連休の予定は決まっていないが、光流は何か予定はあるのだろうか。
そんな楽しみを心の内に秘めながら、私は文化祭に向けたオリジナル曲を一つを完成させた。
『一瞬の刹那でも煌めけ』。
一瞬も刹那も同じような意味だけど、それだけ短い時間だと思ってもらえるように二つの同じ意味の言葉を使ったタイトル。
小さなことでも良い。たった一つでも良い。そのたった一つの小さなことを一瞬でもいいから輝かせてほしい。それを見つけて煌めいてほしい。
そんな意味を込めて作った曲だ。
好きなことをしていれば、その間だけはどんな人でも目の色が変わって生き生きとした顔になるはず。
人生は全てがうまく行くわけではない。けど、好きなことはその人の人生を輝かせるもの。
例えば私は歌。
歌うことが好きで、それを褒められて、そのことが私の人生を一つ輝かせてくれた。
出来た歌詞を皆に共有し、また冬矢くんに作ってもらうことになった。
現在、真空のための歌は最終段階らしい。
無茶を言って作ってもらっている。
真空の誕生日まで二十日ちょっと。練習期間はかなり短い。
合わせる時間だってほんの数回。
私が言い出したことだ。一番実力がない私が一番頑張るべきだ。
曲の完成を待ちながら私は決意を新たにした。
そんな月曜日。
お昼休みのことだった。
「宝条、さん……」
真空と廊下を歩いていた時、後ろから声をかけられた。
それはよくクラスで見たことのある人で――、
「あ、焔村……火恋ちゃん……?」
焔村火恋ちゃん。いつも誰かに囲まれていてとっても可愛くて女優をしているという凄い子だ。
席が離れてることもあり、一度も面と向かって話したことがなかった子だった。
「ごめん、なさい……」
「え……?」
「それだけっ! じゃあね!」
「え、えっ……?」
話しかけてくれたと思ったら、なぜかいきなり頭を下げて謝ってきた。
謝られるようなことに全く身に覚えがなくて戸惑っているとそのまますぐにどこかへ行ってしまった。
「どういうこと……?」
「あーうん。全くわからないね」
一瞬、真空に謝ったのかなとも思ったが、私の名前を出していた。
本当にどういうことなのだろうか。
いくら考えても答えは出なかった。
昼休みが終わると焔村さんは何事もなかったように教室に戻り、自分の席に座っていた。
本当にわからない。
◇ ◇ ◇
ゴールデンウィークを数日前に控え、ついに真空のための曲が出来上がったと冬矢に言われた。
今日は放課後、ルーシーには真空にうまく言い訳して先に帰ってもらい、しずはを加えた俺たち四人はファミレスに集まっていた。
「…………どうよ?」
俺たちはできた音源データを共有してもらい、それぞれイヤホンをしてその場で曲を聴き終えたところだった。
それぞれイヤホンを外すと感想会のはじまりだ。
「うん。俺は凄く良いと思うな」
「私もっ! 冬矢くんセンス良い! 本当にありがとうっ!」
俺とルーシーは合格点。
ルーシーはパッと笑顔になり冬矢への感謝を告げた。
そして残るは一人。
「まあ、良いんじゃない? 深月に手伝ってもらったんでしょ?」
「ああ。深月とあとは光流にもな」
しずはは大絶賛とまではいかないが合格点は超えたようだった。
今回、深月も協力してくれたことも関係しているだろう。
恐らくは細かい部分で指摘したい点もあるのだと思うが、時間もないしこれから修正するのは苦労する。
「それにしても冬矢くん。最後まで作ってくれたんだね。……嬉しい」
「そりゃあ最後まで歌詞を提出されたからな。せっかくならと思って」
歌う機会は誕生日会だけではないかもしれない。
もしかするともっと先にあるかもしれない。
真空を元気づけたり、嬉しい気持ちにさせるものになれば良いと思う。
それを考えると三番まで作曲されてよかったのだろう。
「でも、誕生日会は一番までだからね。そこわかってる?」
「うん! しずはも忙しいのにありがとうっ」
念を押してそう言ったしずは。
ルーシーの前ではほとんどしかめっ面で、ドリンクをストローで吸いながら眉を寄せる。
それに対してルーシーは太陽のような笑顔を見せてしずはに答える。
しずはは大事なコンクールを控えている。
そのためその大事な時間を使って真空の曲を覚えてくれるのだ。
「夏にヨーロッパでのコンクールがあるもんね。これ以上は邪魔させられないよ」
「ちょっ、光流!」
「あれ……言っちゃだめだった?」
確か海外でのコンクールがあるということはルーシーたちには言っていなかっただろうか。
もしくはただコンクールがあるとしか言っていなかっただろうか。
記憶がおぼろげだ。
しずはにとってルーシーたちに知られることはマズかったのだろうか。申し訳ない。
「えっ! ヨーロッパ!? しずは凄いっ!」
「ほらこうなる……」
頬を膨らませむぅっとした顔を俺に向けてきたしずは。
彼女の言う通りなのかその隣に座るルーシーが目を輝かせていた。
座っているソファの上をお尻の移動だけでしずはに近づき、もっと話を聞きたいという表情だ。
「しずはって本当に、本当に凄かったんだ!」
「あんたね、その言い方煽ってるようにしか見えないのよ。それにあんただって動画の再生数がおかしいことになってるじゃない」
しずはのピアノの実力は俺も教えていたし、あの文化祭のライブでも多少なり知っていたと思う。
しかし本当に海外のコンクールに出るという話を聞いたことでルーシーにはやっと実感が湧いてきたのだろう。
そして、しずはの言う通りエルアールの動画の再生数は留まるところを知らない。
少し前からは『歌ってみた』系の動画もアップされ始めた。こういった現象は人気が出ないとならないものだろう。
「いつか私もしずはの演奏を生で見てみたい! 日本でのコンサートはないの?」
「コンサートじゃなくてコンクールね。全然意味が違う。ただの高校生がコンサートなんて……」
しずはは「離れて」と言いながら迫るルーシーを押しのける。
ルーシーの間違いは俺も最初の頃よくしていた気がする。
コンサートはお金をもらってお客さんを集めて演奏をする会。しかしコンクールはいわゆる大会なのだ。
今のしずはの実力でもコンサートは開けそうだが、コンクールも学校もあるし忙しさ的には難しいだろう。
「しばらくはないわね。海外中心のコンクールにばかり出るから」
「ええ~、残念」
「しずはの演奏を生で見られる人は幸せ者だと思うよ。俺も冬矢も千彩都も開渡だって泣いたんだから」
どれだけの練習をしたらあんなに凄い演奏ができるのだろう。
才能があったとしてもそれだけでは済まされない周囲とは一線を画した演奏。
多分、DVDのような映像越しでは伝わらないものがあのコンサートには詰まっていた。
ミスしないかという緊張感もそうだし、会場にいる全員が注目しているピリピリ感。
そんな中で演奏しきるなんて、盛り上がって楽しむようなバンドの演奏とは全く違うもの。
だからしずはも文化祭では、あんなに楽しそうに演奏していた。
「光流……。まあ私の演奏を見たいならヨーロッパまで来ることね」
「え、行ったら見ても良いの?」
「は……?」
「コンクールって夏休み? 夏休みなら学校も休みだし、お父さんに聞いてみようかな……」
「こいつが金持ちで頭がおかしいってこと忘れてた……」
なんとルーシーは本当にしずはのコンクールを海外まで観に行こうと考え始めた。
確かに彼女の家の経済力なら海外旅行なんていつでもできるだろう。
普通の家では考えられないフットワークの軽さだ。
「てか、そんなことしてる暇あるならギターの練習しなさいよ。時間なんてあっという間。ヨーロッパなんて行ったら一週間なんて簡単に過ぎるんだから」
「あ……そっか。練習もしなくちゃいけないのか」
「まあ本気でうまくなりたいなら、光流じゃなくて私のお父さんにでも教えてもらったら? 成長するスピード変わってくるよ」
「え……私に紹介してくれるの?」
「別にあんたなら良いけど……」
「うそっ!? しずは優しいっ! ええっ、なんかとっても嬉しい! 光流、どうしようっ!」
俺は透柳さんというプロのギタリストから奇跡的に教わることができた。
だから、こんなにも早く上達することが出来たんだと思う。
確かに透柳さんなら俺だけでは見逃しているポイントや的確なアドバイスができるかもしれない。
「ルーシー……」
「あ、ちなみに私が紹介するのは面倒くさいから本当に教わりたいなら光流から紹介してもらってね」
「俺が!? 勝手に良いの?」
「良いのよ。最近あいつがなんて言ってるか知ってる? 光流くんが俺の手を離れてから暇でしょうがない、だよ? 暇なのよあのオヤジは」
「あ~~、はは……」
透柳さんから教わっていたのは中学生の間。正確に言えば三年の文化祭までだ。
それ以降はほとんど透柳さんに連絡はしておらず、高校に入ってからの練習は基本的には個人練習だ。
ルーシーを紹介することで、透柳さんに恩返しのようなことができるだろうか。
でも、あの歳でもやろうと思えばいくらでも仕事を受けられると思うんだけどな。しないのはなんでだろう。
若者に教えたい欲の方が強いのだろうか。
「光流っ! お願いねっ!」
「わかったよ、ルーシー」
今日のルーシーはキラキラした目ばかりだ。
しずはに対してと俺に対して。
家に帰ったら透柳さんに連絡してみよう。
エルアールの中身だって言ったら驚くだろうか。
「んじゃ、あとは真空の曲を個別練習して、時間がある時に合わせよう。TAB譜はルーシーちゃんの分しか用意してないけど、お前らは耳コピでいけるよな?」
すると、最後に冬矢がドリンクを飲みきってそう言った。
ルーシーは俺たちの中でも楽器をやり始めたばかりの立場。だからわざわざTAB譜も作ってくれたのだろう。
そもそもしずはの場合はピアノだし、譜面なんてものを冬矢が作れるのだろうか。中学生の時は一度も見たことないけど。
「わかった」
「まあ、いいわよ。いつものことだし」
俺もしずはも問題なく頷く。
まずは真空の曲を何度も聞いて音を拾っていく作業からだ。
一応ルーシーと俺のギターパートは分かれているので、俺もルーシーのTAB譜をもらってその差分で自分が弾く部分を見極めることとなった。
「じゃあ今日は解散だ!」
「はーい」
「お疲れ様」
「皆、ありがとうっ」
俺たちはファミレスを出て、それぞれ個人練習をするために家へと帰宅した。
ー☆ー☆ー☆ー
この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!
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「火恋ちゃん!?」
光流とママを家から見送ったあと、私は一人で叫んでいた。
パパが驚いていたけど、気にしない。いちいち説明するのも面倒くさい。
それに、今の状態を説明なんてできるわけがない。
光流が家に来た時から、体中が熱い。
できるだけ冷静にしていたつもりだけど、光流にはバレなかっただろうか。
パパに怒っているのはいつも通りのことだ。だからあれはしょうがない。
他はどうだ。私の匂い、臭くなかっただろうか。
パパのタバコの匂いを指摘しておいて、自分が臭いだなんておかしい話だ。
今日は昼から夕方まで遊んでしまった。
だから少し汗をかいてしまった。
大丈夫だよね? 私臭くないよね?
というか、私本当に何をやってるの?
スマホを渡す条件で会うことになった時点から、ただのお食事デートになることはわかっていた。
でも、でも……。色々ありすぎて、頭の整理がつかない。
『危ないよ! ちゃんと前見て! こんな、一緒にいる時に事故なんてダメだよ!』
「…………っ」
あの、体育倉庫の時とは違う。
あれは私がこれからしようとしていた行動に怒っていた。
でも今日は私の体を心配して怒ってくれた。
私が事故というものに特別な想いがあったからだろうか。
光流に間一髪腕を引かれて事故を免れた時、恐怖を感じたと同時に彼の強さを温かさを感じてしまった。
「しかも抱き締められてたじゃん……」
腕を引かれた反動で、私は彼の胸の中にすっぽりと収まってしまった。
前はお姫様抱っこをされて、今度は抱き締められて……。
全部が硬かった。
顔に似合わないゴツゴツした強い体。
私は光流に男を感じないわけにはいかなかった。
でも、結局はトラウマみたいな恐怖が全身を支配してしまい、しばらく動けなかった。
だから光流は私の肩を持って休ませてくれた。
私はリビングでバッグから缶コーヒーを取り出した。
まだ飲んでいない缶コーヒー。
あの時光流がくれた缶コーヒーだ。
もう生温くて飲めたものではないが、私はカシャっとプルタブを開けた。
そうして一口喉に通してみた。
「あっ……これブラックだ」
微糖の缶じゃないんだ。
もしかして前にナンパから助けられた時のカフェで私が砂糖を入れてなかったのを覚えていたのだろうか。
本当にそうなら嬉しい。どこまでちゃんと見てくれていたのだろうか。
あの時の私はほとんど彼のことを見ていなかったというのに。
カフェで頼んだ私のロコモコ。
しばらく暗い表情をしていたせいか、光流は私のハンバーグをあろうことかフォークをぶっ刺して奪っていった。
食欲がなかったとは言え、反射的に奪い返したい気持ちになった。
だから少し怒ったのだが、それは光流の思惑通りの行動だった。
すぐにハンバーグを返してくれて。それが私のためにしてくれた行動だとわかってしまって、なぜか笑ってしまった。
ああ、この人は普通とは違うんだなって思った。
この年齢になると、子役時代にはなかった出来事がよく起きはじめる。
それは、男性俳優からのお誘いだ。
小さい頃はそういった誘いは私が可愛かったとしても全くなかった。
でも体が少しずつ大きくなり始めると、年上の男性若手俳優から連絡先を聞かれるようになったり、食事に行こうと誘われたりするようになった。
もちろん良い人もいる。でも大半が下心を持っていた。
カッコいい人気の若手俳優から誘われた時は心が踊った。
私がまだ純粋な一面を残していた中学生だったからだろうか。
いざ食事に行くと本当につまらなかった。
自慢話や私の容姿を褒めたは良いものの変な視線を向けてきたり。
確かに私の方も少しは下心があった。
でも、本当に私が聞きたかったのは、演技に関する本気のアドバイスだった。
アドバイスに近い話をしたとしても、本気でアドバイスしてくれるようなことはなかった。
つまり私が言いたいのは、男性の役者に幻滅したのだ。
女性の役者同士のほうが男性よりも酷いのかもしれない。
いじわるは当たり前にあるし、媚を売って役を勝ち取る人だっている。
それは役を勝ち取るために必要なコミュニケーションかもしれない。
でも、私は演技で役を勝ち取りたかった。
だから、必死に努力してきたのだ。
しかし中々私が目指しているような役を勝ち取れなかったからか、どんな手段を使ってでも……なんて思うようになり、まずはクラスメイトの中で一番の人気者になろうと考えたりしたけど。
いつの間にか私が嫌いな役者の姿に私自身がなっていたのだ。
中学校の同級生。私に目を向ける男子のほとんどに下心があった。
そんなの目線ですぐにわかる。もちろん男の子だから仕方がないのかもしれないと思う時もあった。
けど、九藤光流は下心なしに私を助けたり、本気で叱ってくれたり心配してくれたりした。
もちろんそれも色々な表情を見てきた私にとっては、彼が心からそう思ってしたのだとわかった。
だから、彼は他の人とは違ったのだ。
私はいつの間にか彼の手をとっていた。
恐怖と寂しさがあったからそうしたのかもしれない。
そうだとしても、自分から男性の手を取るなんて初めてのことだった。
パパの手だってもう触りたくないのに、ましてやほとんど会話したことのない相手の手だ。
光流の手は汗ばんでいた。
彼も彼で緊張していたのだろうか。それもそうか、いきなり事故に遭いそうになった現場に遭遇したんだ仕方ない。
そして、昼食のあとも予定にはなかったのに、服を見に行こうだなんて言った。
彼の服装は別に悪くはない。ダサいと言ったのは、私が一緒にお買い物をしたかったから。
この時にはもう、私は光流のことを……。
プリクラだって初めてだった。しかも初めてなのに男の子と来るなんて破廉恥過ぎる。
あんな狭い空間に二人きりとかおかしい。
光流は驚いていたけど、プリクラ自体は初めてではなかったらしい。
カップルモードが嫌だったのか、意味もわからない戦国時代モードなんてものを選んだ。
光流のハゲた頭がおかしすぎて、涙が出た。
今の時代にちょんまげなんて……。大河ドラマの役者ならこんなに笑うことなんてなかったのにね。
一方の私は完璧だった。さすがは大女優だ。
どこか光流も私の表情の変化やポーズに驚いていた気がする。
だから少し嬉しくなった。
結局そのあとも自分のお買い物に付き合わせて、光流が選んだ服を買ってそのまま着替えてしまった。
今思えば、私ってなんてチョロいやつなんだろう。
男の子が選んだ服を嬉しそうに着て、そんなの、そんなの……。
と、思えばママが無理やり光流を家に招待するし、私も気が動転した。
そういえば、私家の中で何話したっけ。
緊張であまり覚えていない。
ただ、光流の表情が優れなかったのは覚えている。
だから改めて感謝を告げなければいけないと思った。
すると光流は少しずつ表情を取り戻していった。
「てかなんだよ光流って! なんで私名前で呼んでるんだっ」
恐ろしい。いつから名前を呼んでいたんだろう。
でも、なんとなく名前で呼びたい気分だった。
でも――、
「宝条のことが好き、なんだよね……」
今ならわかる。
光流があれだけ怒って私の行動を止めようとした理由。
本当に彼女のことが好きだから、私をどうしても止めようとしたのだ。
確かに可愛いかもしれない。
けど、今日少し彼のことを知って思った。多分見た目だけではないのだと。
宝条だって、光流が体育館で倒れた時には明らかに異常な心配の仕方だった。
二人には何かある。
「明後日からの学校、どうしようかな……」
◇ ◇ ◇
――日曜日の朝。
俺は昨日、焔村さんとのデートで疲れて寝てしまっていたことを思い出し、スマホを見ると冬矢から着信が入っていたことに気付いた。
朝ご飯を食べてから、冬矢に折り返し電話をしてみることにした。
「よお光流」
「おはよう冬矢」
少し冬矢の声が低く呆れているような声に聞こえた。
「なにかあった?」
「お前なあ。何かあったじゃないだろ。――昨日お前、焔村と一緒にいただろ」
「えっ!?」
冬矢にそう指摘されて、色々な考えがこもった驚きを見せてしまった。
そういえば冬矢に相談してなかったんだっけ。
あ、焔村さん関連といえば、守谷さんにも連絡してなかったような。協力してくれるって話だったのに。
「相談してなくてごめん……」
「お前のことだ。焔村に気があるなんてことはないだろうけど仲良くなりすぎだろ……」
どこから見ていたのだろうか。俺を見かけてからずっと尾行していたのだろうか。
冬矢がいることなんて全く気が付かなかった。
「それはもちろんだよ。俺はただルーシーたちに危害が加えられないように焔村さんと仲良くなろうとしただけ。その流れで食事に誘われることになったんだけど……」
「あいつ変わりすぎだろ。すげえ楽しそうに見えたけど」
ってことは服屋さんに行ったあたりで見つかったということなのかもしれない。
そうなったのは、カフェで元気を取り戻してからだから。
「最初はね、そんなんじゃなかったんだ。俺もあっちも凄いぎこちなくて。でもちょっと事故になりそうになったからそれを助けようとして……とにかく色々あったんだよ」
「またか。またなのか。トラブルメーカーじゃねえか。お前が行くところに事故ありってか? 歩けば殺人事件に遭遇するどっかの少年探偵じゃあるまいし」
そんなに毎回のように事故に巡り合っているわけではないと思うが、たまにそういう場面に遭遇している。
ナンパは事故ではないがトラブルの一種。他にはルーシーのおばあちゃんを助けた時のこともある。
「でも、昨日で焔村さんはもう大丈夫だと思う。多分ルーシーたちには手出ししようとはしないんじゃないかな」
「それは良いことだ。でもな、お前もさすがにわかってるだろ?」
冬矢のいう『わかってる』というのは、もちろん理解している。
焔村さんが俺のことを光流呼びしだしたり、手を繋いだり、振り回して連れて行ったり、最後には家に行ったり。
「うん。でも自然とそうなっちゃったんだからしょうがないじゃん。これからどうしろって言うんだよ」
「昔の俺のファンみたいに応援してるってだけじゃない。大体がガチなんだよ。ルーシーちゃんが大事なら、先に俺には連絡くらいしろよ?」
ファンというのは冬矢がまだサッカーをやっていた頃、冬矢ガールズと勝手に名前をつけていたファンたち。
初めて行ったサッカーの応援では、大勢の冬矢ファンが応援していた。ガチ恋の人も中にはいたかもしれない。
でも、基本的には一線を引いて応援していた人がほとんどだったんだろう。
それが俺の場合、本当に恋愛目的で女の子が近づいてること。
冬矢はそれが言いたかったんだと思う。
「うん。今回はごめん。頭から抜けてたんだ」
「なら良い。じゃあ次デートに誘われたらどうすんだ?」
「え、次……?」
「このままだと絶対に誘われるだろ」
「あー、うん。どうしよう」
「お前なぁ……」
呆れたように電話越しにため息を吐く冬矢。
断れということなのだろうか。
ただ、仲良くなってしまった手前、断りづらいのもある。
それなら、二人きりではなく他の皆とも一緒に遊ぼうとか言えば良いのだろうか。
「やるなら俺みたいにうまくやんねーと身を滅ぼすぞ」
「そうだね。俺は冬矢とは違うからね。何が一番大事なのかちゃんと考えて行動するよ」
「ああ、とにかくなんかあったら連絡はしろよ」
「ありがとう。頼りにしてる」
冬矢との電話はこれで終わった。
俺はルーシーのことが一番大事だ。
ただ、しずはにも迫られている仲、他の人にもアプローチされ始めることは考えていなかった。
焔村さんが実際に何かそういうアプローチをしてきたわけではない。
今後連絡だってとるかわからない。
でも、ちゃんと断ったりしなければいけないんだ。
◇ ◇ ◇
ゴールデンウィーク前、最後の一週間がやってきた。
アメリカにはゴールデンウィークなんていう大型連休はなかったので、嬉しいお休みだ。
まだ連休の予定は決まっていないが、光流は何か予定はあるのだろうか。
そんな楽しみを心の内に秘めながら、私は文化祭に向けたオリジナル曲を一つを完成させた。
『一瞬の刹那でも煌めけ』。
一瞬も刹那も同じような意味だけど、それだけ短い時間だと思ってもらえるように二つの同じ意味の言葉を使ったタイトル。
小さなことでも良い。たった一つでも良い。そのたった一つの小さなことを一瞬でもいいから輝かせてほしい。それを見つけて煌めいてほしい。
そんな意味を込めて作った曲だ。
好きなことをしていれば、その間だけはどんな人でも目の色が変わって生き生きとした顔になるはず。
人生は全てがうまく行くわけではない。けど、好きなことはその人の人生を輝かせるもの。
例えば私は歌。
歌うことが好きで、それを褒められて、そのことが私の人生を一つ輝かせてくれた。
出来た歌詞を皆に共有し、また冬矢くんに作ってもらうことになった。
現在、真空のための歌は最終段階らしい。
無茶を言って作ってもらっている。
真空の誕生日まで二十日ちょっと。練習期間はかなり短い。
合わせる時間だってほんの数回。
私が言い出したことだ。一番実力がない私が一番頑張るべきだ。
曲の完成を待ちながら私は決意を新たにした。
そんな月曜日。
お昼休みのことだった。
「宝条、さん……」
真空と廊下を歩いていた時、後ろから声をかけられた。
それはよくクラスで見たことのある人で――、
「あ、焔村……火恋ちゃん……?」
焔村火恋ちゃん。いつも誰かに囲まれていてとっても可愛くて女優をしているという凄い子だ。
席が離れてることもあり、一度も面と向かって話したことがなかった子だった。
「ごめん、なさい……」
「え……?」
「それだけっ! じゃあね!」
「え、えっ……?」
話しかけてくれたと思ったら、なぜかいきなり頭を下げて謝ってきた。
謝られるようなことに全く身に覚えがなくて戸惑っているとそのまますぐにどこかへ行ってしまった。
「どういうこと……?」
「あーうん。全くわからないね」
一瞬、真空に謝ったのかなとも思ったが、私の名前を出していた。
本当にどういうことなのだろうか。
いくら考えても答えは出なかった。
昼休みが終わると焔村さんは何事もなかったように教室に戻り、自分の席に座っていた。
本当にわからない。
◇ ◇ ◇
ゴールデンウィークを数日前に控え、ついに真空のための曲が出来上がったと冬矢に言われた。
今日は放課後、ルーシーには真空にうまく言い訳して先に帰ってもらい、しずはを加えた俺たち四人はファミレスに集まっていた。
「…………どうよ?」
俺たちはできた音源データを共有してもらい、それぞれイヤホンをしてその場で曲を聴き終えたところだった。
それぞれイヤホンを外すと感想会のはじまりだ。
「うん。俺は凄く良いと思うな」
「私もっ! 冬矢くんセンス良い! 本当にありがとうっ!」
俺とルーシーは合格点。
ルーシーはパッと笑顔になり冬矢への感謝を告げた。
そして残るは一人。
「まあ、良いんじゃない? 深月に手伝ってもらったんでしょ?」
「ああ。深月とあとは光流にもな」
しずはは大絶賛とまではいかないが合格点は超えたようだった。
今回、深月も協力してくれたことも関係しているだろう。
恐らくは細かい部分で指摘したい点もあるのだと思うが、時間もないしこれから修正するのは苦労する。
「それにしても冬矢くん。最後まで作ってくれたんだね。……嬉しい」
「そりゃあ最後まで歌詞を提出されたからな。せっかくならと思って」
歌う機会は誕生日会だけではないかもしれない。
もしかするともっと先にあるかもしれない。
真空を元気づけたり、嬉しい気持ちにさせるものになれば良いと思う。
それを考えると三番まで作曲されてよかったのだろう。
「でも、誕生日会は一番までだからね。そこわかってる?」
「うん! しずはも忙しいのにありがとうっ」
念を押してそう言ったしずは。
ルーシーの前ではほとんどしかめっ面で、ドリンクをストローで吸いながら眉を寄せる。
それに対してルーシーは太陽のような笑顔を見せてしずはに答える。
しずはは大事なコンクールを控えている。
そのためその大事な時間を使って真空の曲を覚えてくれるのだ。
「夏にヨーロッパでのコンクールがあるもんね。これ以上は邪魔させられないよ」
「ちょっ、光流!」
「あれ……言っちゃだめだった?」
確か海外でのコンクールがあるということはルーシーたちには言っていなかっただろうか。
もしくはただコンクールがあるとしか言っていなかっただろうか。
記憶がおぼろげだ。
しずはにとってルーシーたちに知られることはマズかったのだろうか。申し訳ない。
「えっ! ヨーロッパ!? しずは凄いっ!」
「ほらこうなる……」
頬を膨らませむぅっとした顔を俺に向けてきたしずは。
彼女の言う通りなのかその隣に座るルーシーが目を輝かせていた。
座っているソファの上をお尻の移動だけでしずはに近づき、もっと話を聞きたいという表情だ。
「しずはって本当に、本当に凄かったんだ!」
「あんたね、その言い方煽ってるようにしか見えないのよ。それにあんただって動画の再生数がおかしいことになってるじゃない」
しずはのピアノの実力は俺も教えていたし、あの文化祭のライブでも多少なり知っていたと思う。
しかし本当に海外のコンクールに出るという話を聞いたことでルーシーにはやっと実感が湧いてきたのだろう。
そして、しずはの言う通りエルアールの動画の再生数は留まるところを知らない。
少し前からは『歌ってみた』系の動画もアップされ始めた。こういった現象は人気が出ないとならないものだろう。
「いつか私もしずはの演奏を生で見てみたい! 日本でのコンサートはないの?」
「コンサートじゃなくてコンクールね。全然意味が違う。ただの高校生がコンサートなんて……」
しずはは「離れて」と言いながら迫るルーシーを押しのける。
ルーシーの間違いは俺も最初の頃よくしていた気がする。
コンサートはお金をもらってお客さんを集めて演奏をする会。しかしコンクールはいわゆる大会なのだ。
今のしずはの実力でもコンサートは開けそうだが、コンクールも学校もあるし忙しさ的には難しいだろう。
「しばらくはないわね。海外中心のコンクールにばかり出るから」
「ええ~、残念」
「しずはの演奏を生で見られる人は幸せ者だと思うよ。俺も冬矢も千彩都も開渡だって泣いたんだから」
どれだけの練習をしたらあんなに凄い演奏ができるのだろう。
才能があったとしてもそれだけでは済まされない周囲とは一線を画した演奏。
多分、DVDのような映像越しでは伝わらないものがあのコンサートには詰まっていた。
ミスしないかという緊張感もそうだし、会場にいる全員が注目しているピリピリ感。
そんな中で演奏しきるなんて、盛り上がって楽しむようなバンドの演奏とは全く違うもの。
だからしずはも文化祭では、あんなに楽しそうに演奏していた。
「光流……。まあ私の演奏を見たいならヨーロッパまで来ることね」
「え、行ったら見ても良いの?」
「は……?」
「コンクールって夏休み? 夏休みなら学校も休みだし、お父さんに聞いてみようかな……」
「こいつが金持ちで頭がおかしいってこと忘れてた……」
なんとルーシーは本当にしずはのコンクールを海外まで観に行こうと考え始めた。
確かに彼女の家の経済力なら海外旅行なんていつでもできるだろう。
普通の家では考えられないフットワークの軽さだ。
「てか、そんなことしてる暇あるならギターの練習しなさいよ。時間なんてあっという間。ヨーロッパなんて行ったら一週間なんて簡単に過ぎるんだから」
「あ……そっか。練習もしなくちゃいけないのか」
「まあ本気でうまくなりたいなら、光流じゃなくて私のお父さんにでも教えてもらったら? 成長するスピード変わってくるよ」
「え……私に紹介してくれるの?」
「別にあんたなら良いけど……」
「うそっ!? しずは優しいっ! ええっ、なんかとっても嬉しい! 光流、どうしようっ!」
俺は透柳さんというプロのギタリストから奇跡的に教わることができた。
だから、こんなにも早く上達することが出来たんだと思う。
確かに透柳さんなら俺だけでは見逃しているポイントや的確なアドバイスができるかもしれない。
「ルーシー……」
「あ、ちなみに私が紹介するのは面倒くさいから本当に教わりたいなら光流から紹介してもらってね」
「俺が!? 勝手に良いの?」
「良いのよ。最近あいつがなんて言ってるか知ってる? 光流くんが俺の手を離れてから暇でしょうがない、だよ? 暇なのよあのオヤジは」
「あ~~、はは……」
透柳さんから教わっていたのは中学生の間。正確に言えば三年の文化祭までだ。
それ以降はほとんど透柳さんに連絡はしておらず、高校に入ってからの練習は基本的には個人練習だ。
ルーシーを紹介することで、透柳さんに恩返しのようなことができるだろうか。
でも、あの歳でもやろうと思えばいくらでも仕事を受けられると思うんだけどな。しないのはなんでだろう。
若者に教えたい欲の方が強いのだろうか。
「光流っ! お願いねっ!」
「わかったよ、ルーシー」
今日のルーシーはキラキラした目ばかりだ。
しずはに対してと俺に対して。
家に帰ったら透柳さんに連絡してみよう。
エルアールの中身だって言ったら驚くだろうか。
「んじゃ、あとは真空の曲を個別練習して、時間がある時に合わせよう。TAB譜はルーシーちゃんの分しか用意してないけど、お前らは耳コピでいけるよな?」
すると、最後に冬矢がドリンクを飲みきってそう言った。
ルーシーは俺たちの中でも楽器をやり始めたばかりの立場。だからわざわざTAB譜も作ってくれたのだろう。
そもそもしずはの場合はピアノだし、譜面なんてものを冬矢が作れるのだろうか。中学生の時は一度も見たことないけど。
「わかった」
「まあ、いいわよ。いつものことだし」
俺もしずはも問題なく頷く。
まずは真空の曲を何度も聞いて音を拾っていく作業からだ。
一応ルーシーと俺のギターパートは分かれているので、俺もルーシーのTAB譜をもらってその差分で自分が弾く部分を見極めることとなった。
「じゃあ今日は解散だ!」
「はーい」
「お疲れ様」
「皆、ありがとうっ」
俺たちはファミレスを出て、それぞれ個人練習をするために家へと帰宅した。
ー☆ー☆ー☆ー
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カクヨムと小説家になろうでも同じタイトルで投稿しているのですが、他の読者のコメントが見たい方はカクヨムがお勧めです。
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