包帯令嬢の恩返し〜顔面難病の少女を助けたら数年後美少女になって俺に会いに来た件〜

藤白ぺるか

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214話 焔村火恋の恋の味 その2

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 焔村さんに服を買ってもらったのは良いとして、買ってもらった服をそのまま着ることになった。
 自分がほぼ選んだ服を着てもらっていることに満足なのか、カフェにいる時の陰鬱な雰囲気はもう微塵も感じなかった。

「次はプリクラ行くわよー!」
「ええっ!?」

 この強引さ。最近の藤間なんとかさんに似ている。

 俺は焔村さんに手を引かれながら、同じくショッピングモール内のゲームセンターの隅にあったプリクラへと突入した。

 プリクラといえば、いつ以来だろう。
 理沙たちに合格のお礼に連れて行ってもらった時以来だろうか。

 そう言えばプリクラはルーシーとは撮ったことがない。
 一緒に撮りに行きたいとは思いつつも、最近はやることが増えてきて困る。
 でも今日だってルーシーのための行動だ。

 俺はいつだってルーシー中心で動いている。


「あ、このボタンかな」
「焔村さんプリクラ撮ったことないの?」

 勢いよくプリクラ機の中に飛び込んだが良いが、ボタン操作がぎこちなかった。
 俺だって二度目だ。ただ、大体のボタンはわかっていた。

「わ、わるいっ? 仕事が忙しくてそんな遊ぶ暇なかったの!」
「もちろん悪くはないよ」

 友達はいないことはわかっている。
 もしかすると役者仲間的な人はいるのかもしれないけど、それはまた友達とは別枠なのかもしれない。

 仕事で学校を休むことだってあるそうだし、友達を作ることは難しいだろう。それが例え人気者だったとしても。

「カップルモードかぁ……」

 すると、焔村さんがどのモードで撮影するのか悩んでいた。
 そしてなんとカップルモードというボタンを押そうとしていたのだ。

 これは二人が画面に映し出されたポーズを真似て撮るモードで、カップルということもあり互いの頬に手を触れたり、顎を掴んだり、抱き締めたりなど絶対にカップルではない男女がやるべきではないモードだ。

 だから俺はなんとかしてそれを阻止しようとして、目の前に合ったボタンを適当に押した。

「あっ! 何してるのよ!」
「ちょっと手が滑って」

 すると画面に映し出されたのは、なんと戦国時代モード。
 正直プリクラ機に必要あるのかと思われる機能なのだが、画面に映し出された説明では、戦国時代の人たちの服装や髪型を勝手にAIカメラで変換してくれるものだそう。

 十枚ほど撮影することになるのだが、一枚目からとんでもない画面が映し出された。

 俺はお殿様姿の着物で焔村さんはその奥方の着物。
 服装は問題なかったのだが髪型が良くなかった。

 焔村さんは黒髪のセンター分けになってさすがは女優なのか結構似合っていた。
 しかし俺は戦国時代ともあり、完全なちょんまげだったのだ。
 しかもハゲさせなくて良いところまで髪がなくなっており、ほぼ後頭部に近いところしか髪が残っていなかった。

「あはははははっ! 九藤っ、九藤の髪~~っ!!」

 その画面を見て、焔村さんがお腹を抱えるようにして笑いはじめた。

「なんで俺だけ!」

 顔立ちで判断しているのかわからないが、俺が焔村さんの位置と交換しても姿が変わることはなかった。
 彼女をちょんまげ姿にしてやろうかとも思ったのだが、それは叶わなかった。

『撮影をはじめます。イチ、ニ、サンっ。はい、十秒後にもう一度撮影します』

 そうしているうちに写真撮影が始まってしまい、俺たちは適当なポーズをとった。
 俺はAIカメラ上ではなぜか扇子を持っていたのでそれをかざし、焔村さんは斜めに構え大河ドラマに出ている女優のように色っぽい表情を作った。

 今の今まで笑っていたのにこの切り替えよう。
 俺の顔とは全く違い焔村さんの表情は堂に入っているようだった。

 やはり今まで積み上げてきた彼女のこれまでは、本物らしい。

 その後、武将の甲冑や雑兵、忍者、平民、農民などの服装と切り替えられた。
 その中でも女性の忍者――つまり焔村さんのくノ一姿がどことなくエロかった。

 なぜかというと、焔村さんの体ではないので少し胸が大きく強調されていたからだ。
 ラウちゃんの話によれば、焔村さんは謎のエロ作品の中では微乳悪魔の方に分類されると聞いた。
 つまり、そういうことなのだろう。


 プリクラが終わったあとは、今度は自分の服が見たいと言い出した。
 焔村さんの機嫌も良くなったし、目的のために今日はとことん彼女に付き合おうと決めた。

 ――その判断が良くなかった。


 焔村さんがどっち服が良い? なんて言いながら俺を更衣室の前で待たせてどんどんファッションショーをしはじめた。
 ただ、楽しそうに聞いてくれているので、俺も真剣に答えた。

 結果、焔村さんは俺が選んだ服を購入した。

「じゃーん。着ちゃった」

 着ちゃった、じゃねーよ。なんだよ、完全にデートじゃねえか。
 いや、最初からもうデートだったのかもしれない。

 流れがマズい気がしてきた。

 そんな時だった。焔村さんに電話がかかってきた。
 なんと近くまで母親が来ているらしく合流すると言い出したのだ。
 
 嫌な予感は的中した。



 ◇ ◇ ◇



 ――俺は今、焔村家の車に乗っていた。


 流れはこうだ。
 焔村さんのスマホに母親から電話がかかってきたかと思えばこちらに合流する話になり、俺たちの場所まで来た母親がせっかくならお家でご飯を食べましょうと言い出した。

 俺は拒否できなかった。
 いや、正確には拒否したのだが、焔村さん以上に母親が強引だったのだ。

 心の中で焔村さんとは仲良くなっておいたほうが良いという気持ちがずっとあったため、最後まで拒否できなかったのかもしれない。
 俺はただ普通に仲良くなれば良いと思っていたのに、家まで行くのは想定外だった。

「光流くんだっけ? ごめんねデート中だったのに」
「いえいえ僕は全然……ってデートじゃないです!」
「あらあら。恥ずかしがっちゃって……」

 もうダメだ。
 焔村さんの母親は合流した時からこんな感じだった。
 完全に今日のことは色恋ありのデートだと思っている。

「ママもう良いって。光流だって困ってるでしょ」

 焔村さんだってそうだ。
 いつの間にか俺のことを『光流』と下の名前で呼ぶようになっていた。
 距離感の詰め方がバグり始めている。

「ごめんね光流。ママったら強引で……」
「あ、うん……大丈夫」

 はにかんだ微笑みを見せ、優しい雰囲気を醸し出す焔村さん。
 全然大丈夫ではない。俺はもう逃げられなかった。


 そうして焔村邸に着いたのだが、そこは東京の一等地にあるタワーマンションだった。

 焔村さんの女優としてのギャラで住んでいるのか、それとも父親の収入だけでも住めているのか。
 どちらなのかわからないが、ともかく凄そうなタワマンだった。

 しずはの家やルーシーの家は大きくてもあくまで一軒家。
 だからこういったタワマンに入るのは初めてのことだった。

 まず目の前に広がったのは広いエントランス。
 エントランスにはコンシェルジュも立っており普通のマンションとは全く違っていた。

 そこを抜けると見えたのはラウンジ。
 ソファやテーブルなどがいくつか置いており、ホテルのように休憩できるスペースがあった。
 さらにその横にはカフェスペースがあり、日中の時間だけカウンターに人が立って飲み物を頼めるんだとか。

 ちなみに聞いた話だと中層階にはジムなどもあるそうだ。
 とにかくなんでもありなマンションだった。

 そうしてエレベーターで降りた先は高層階と言われるエリアだった。

「自分の家だと思っていいからね」

 そう、焔村さんの母親に言われたがそんなことできるはずもない。

 玄関から続く廊下はシンプルなのにとてもお洒落でセンスが良かった。
 さすがは芸能に関わるお家だ。

 既に居心地がかなり悪いのだが、家に上がらせてもらうと早速リビングに通された。
 そのリビングはしずはの家と置いてあるものが近い感じだった。

 広い空間にL字型のソファとローテーブル。
 今のところ、お金持ちの家にはL字型のソファが必ずといっていいほどあった。

「光流はそこに座ってて、飲み物用意するから」
「うん、ありがとう」
「ご飯は少しだけ待ってね。もう準備だけは出来てるから温めるだけ」
「はい、お気遣いありがとうございます」

 焔村さんには飲み物、彼女の母親には料理。
 俺はダイニングテーブルの椅子に座り、簡単な返事しかできずにただ待っていた。

 貧乏揺すりが止まらない。
 なんだか汗もいつもより出ている気がする。

 ああ、なんで俺ってここにいるんだっけ?


「ただいまー! パパが帰ってきたぞー!」

 
 すると大きな声で、焔村さんの父親らしき人がリビングの扉から入ってきた。


「パパうるさい! お客さん来てるんだから静かにして!」
「火恋ちゃん。ごめんごめん。お客さんなんて珍しいじゃないか――ん?」


 ダイニングテーブルの前に座る俺と目が合った焔村さんの父親。
 俺はその顔を見た瞬間、背筋が凍るような感覚に陥った。

 なぜなら、短髪で色付き眼鏡で口の周りにはヒゲを蓄え、ギラギラしたようなスーツ。
 腕には高級そうな金色の時計をつけていた。
 誰が見てもカタギではないような見た目の父親だったのだ。


「あ……初めまして、お邪魔しています。焔村さんと同じクラスの九藤光流と言います」


 俺はなんとか立ち上がり、声を震わせながら自己紹介をした。


「か、火恋ちゃん。お客さんって男なのか? しかも同じクラスって……」
「そうよ。光流がそう言ってるじゃない。どうでも良いけど早く着替えてきたら? タバコ臭いんだから」
「光流……?」
「臭いから早く着替えて歯も磨いてきて!」
「わかったよ……」

 ヤクザのような見た目の父親は信じられないような目を俺に向けたものの、焔村さんは父親にはかなり強めに出ていた。
 娘には頭が上がらないのか、父親はそのままリビングを出ていってしまった。

「光流、ごめんね。パパいっつもタバコ臭いから……」
「あ、あぁ……」

 また簡単な返事しかできなかった。
 ヤクザと繋がっている悪徳芸能事務所でも経営してそうな見た目だった。
 マジで恐い。



 …………




 その後、食卓には料理が並べられ、四人が揃った。

 焔村さんの父親は着替えて歯も磨いたのか少しミントの香りがした。
 ちなみに服装は半袖短パンというラフな家着だった。
 今は色付き眼鏡を外してはいるが、それでも目つきは恐かった。


「いただきまーす!」


 焔村さんが元気よくそう言って食事が始まった。
 俺も小さい声でいただきますをして食事を始めた。


「火恋ちゃん、もしかしてこの男は……か、彼氏なのか?」
「そんなわけないでしょ! しかも男って言い方失礼じゃない!」
「あ、あぁ。そうか、そうだったのか……」

 恐すぎて俺は目線を上げられなかった。
 絶対に敵視されている。大切な一人娘がいきなり男を連れてきたとなれば、どんな父親だってこうなるだろう。
 今、俺は睨まれているのか、それとも……。

「光流ごめんね。パパってこういう見た目だけど、全然怖くないから安心して? 変なこと言ったら私が怒るから大丈夫だよ」
「あ、うん……」

 食事が喉を通らない。味もしない。

「光流、大丈夫? なんか元気ないみたいだけど。もしかしてママが無理やり連れてきたから?」
「……っ。いや、全然大丈夫だよ! ごめん、少し戸惑ってて。でも元気だから!」

 俺は空元気で無理矢理に声を出した。
 ただ、緊張と恐怖で顔は強張っていたと思う。

 そんなことは表情のプロにはすぐに見抜かれてしまったが。

「――光流。今日はありがとう」

 だからなのか、焔村さんの表情が柔らかくなり感謝を告げてきた。
 その感謝の内容はまだ母親にも言っていないことだった。

「実はね、今日赤信号で横断歩道渡りそうになって……その時に光流に危ないって助けられたんだ」
「火恋ちゃん……」

 それがどういった意味を持つのかすぐに理解した様子を見せた両親。
 彼女にとっては祖父の死の原因となった出来事が本当に起こるかもしれなかった。

「今日の私、最初からおかしくて。それは私のせいでもあるんだけど……でもとにかく光流は私を助けてくれて、私のために怒ってくれたの」

 怒ることまでしなくても良かったかもしれない。
 でも、怒ってしまっていた。
 目の前で死ぬなんて、怪我をするなんて……絶対にあってはならないから。

「私がショック受けてたら、缶コーヒーを買ってくれたり、他にも笑わせて元気づけてくれたり。とにかく今日はとってもお世話になったの。……わかるでしょ? 光流は優しくて面白くて、ダメなことをしたらちゃんと人を叱ってくれるような人なの。だからパパもちゃんと仲良くしてほしい」

 最後の流れで、父親に向けて俺と仲良くするように話した焔村さん。
 神妙に語っているが俺はそこまで焔村さんの父親と仲良くするつもりはないのだが……。

「…………光流くんと言ったね」

 すると、焔村さんの父親が俺に向けて話しだした。
 ただ、いつの間にか目には涙を浮かべていた。涙もろすぎない?

「――ありがとう! 火恋ちゃんを救ってくれてありがとう! 俺は、俺は……火恋ちゃんを毒牙にかける輩が来たのだとばかり思っていたが、私の間違いだった!」

 とても熱い父親だった。
 これが親バカというやつだ。透流さんより数倍酷い親バカに見えた。

「君は火恋ちゃんが初めて家に連れてきた友達だ。頼む、これからも仲良くしてやってくれ……」
「は、はい……」

 目の前の料理に頭がつくのではないかというくらい頭を下げた父親。
 めちゃめちゃ申し訳ない気持ちになった。ただ、この発言で少し恐怖は薄らいだ。
 
 というか俺が焔村さんが友達を家に上げたの初めてらしい。
 でも、考えればそうだよな。

「パパ……」

 焔村さんも泣きそうになりながら、父親の言葉に感動していた。


 その後は、焔村さんの母親や父親のことを教えてもらった。
 父親はなんと本当に芸能事務所を経営しているとのことだった。

 十年ほど前に焔村さんが芸能デビューしてから前の仕事を辞めて個人事務所を立ち上げたところから、法人化して他の子役も所属させるようになったとか。今は焔村さん以外にも数十人が所属する芸能事務所らしい。ちなみに名前は全く聞いたことのない芸能事務所だった。

 でも、この様子を見ると稼いでいるのだろうとは思った。
 稼ぎ頭は焔村さん以外にもいるのかもしれない。


 俺はなんとか食事の時間を切り抜けると、そそくさと帰ろうとした。
 さすがに遅い時間だ。勉強もしなくてはいけないし、ギターの練習もしなくてはいけない。
 そういう話をすると俺の帰宅を受け入れてくれた。

 そうでもしないと、このまま焔村さんの部屋に連れ込まれそうな気がした。
 さすがに女の子の部屋に二人きりはヤバい。仲良くなることの方向性が違っているから。

「――光流。気を付けてね」

 俺の名前を呼ぶことに抵抗すらない焔村さん。

「うん。今日はご飯もありがとう」
「ありがとうはこっちだよ。……あと色々とごめんなさい」

 色々とは色々だ。語らなくてもその色々はルーシーたちに纏わることだとわかる。
 これで、ひとまずはルーシーたちに手を出すような真似はしないのではないだろうか。

 ミッション達成ではあると思うが、その結果、良からぬ方向へと進みそうで今から怖い。
 だって、焔村さんが俺を見る目が……。


 そうして焔村さんの家を出ると、最寄り駅まで彼女の母親が車で送ってくれた。


「本当に今日はごめんね~?」
「いえ、ちょっと展開についていけなくて驚いちゃいましたけど」

 運転しながら謝る焔村さんの母親。
 ちなみに彼女はマネージャー業をしているそうだ。

 それは焔村さんだけではなく、事務所に所属している他の役者のスケジュール管理や同行などもしているそう。専業主婦ではなかったようだ。

「ほんの一ヶ月も立たないうちに、あの子凄い変化したのよ」
「そうなんですか?」
「なんだかお仕事が調子良いみたいでね。そのせいか、詳しくは言えないけど良い役が決まりそうなのよ」
「それは素敵なことですね」
「だからこれからもあの子をよろしくね」

 親にそんなことを言われると断れるわけもない。
 もちろん仲良くするのは良いが、俺は仲良くするという意味を勘違いしてはいけないと思った。

 だから言うべきことがあったのだ。

「あの――」
「ん?」
「実は僕、好きな人がいて…………だから、焔村さんにはとても申し訳ないんですけど……」

 勘違いだったら恥ずかしい。うぬぼれかもしれないけど先に言っておきたかった。

「ふふふふふっ」

 するとハンドルを握る焔村さんの母親が笑い出した。
 それはまさに魔女のような笑い方で。

「良いのよ。そんなことじゃないかと思ってたから」
「え……」

 俺は見透かされていたのだろうか。
 それをわかっていて、家に招待したということだろうか。

「あの子と仲良くなるのって多分とっても大変よ。母親の私が言うんだもの本当よ」
「そうかも、知れません……」

 学校での焔村さんはいつも人に囲まれている。
 ただ、高飛車な性格も相まって同じ目線で会話ができていない。
 女優の仕事で忙しくなくても対等な友達になることは難しいように見えた。

「だから、あの子と仲良くなれただけであなたは多分どこか人を惹きつける何かがあるのよ」

 そうなんだろうか。
 今回はたまたまルーシーのことで焔村さんと関わることになったけど、彼女と話をして一緒に行動して見えてきたのは、彼女もまた努力家だということだ。

 つまり彼女は俺の好きな努力をする人だった。
 女優のことを語る目は真剣で、プリクラで見せた表情変化やポーズだってそうだ。
 だから、俺は人として彼女を蔑ろにはできないんだろう。

「そんな男の子ですもの、他にも女の子が集まっていてもおかしくないわ」
「そういうものですかね……」
「ええ。これでも人を見る目はあるつもりよ。私も芸能事務所で色々な子を見てきたから」

 確かにこの人の言う通りかもしれない。
 芸能事務所で色々な人を見てきたなら、信じられる部分はあるかもしれない。

 会話をしながら駅まで送ってもらい、俺はやっと帰路についた。

 家に帰ったのは夜の八時過ぎだった。
 先にお風呂に入ってから机に向かった。

 ただ、一日中気を張っていたからか疲れが酷かった。
 勉強もそこそこに、ギターの練習もできず俺は眠ってしまった。

 冬矢の着信にも気づくことなく…………。



 ◇ ◇ ◇



「――偵次兄ちゃん」
「どうした」

 あるタワーマンションの外。
 そこに一人、物陰に隠れていた少女。

「色々追っかけてみて盗聴もしてみたけど、多分悪いことにはならなそうだよ」
「そうか。ならひとまず焔村火恋についてはもう問題ないだろう」

 変装してショッピングモールですれ違いざまに光流に装着した小さな盗聴器。
 そこからずっと光流たちの会話を聞いていた。

 彼女らのミッションはトラブルを未然に防ぐこととトラブルが起きたとしてもそれに対応するために情報集めをすること。
 ルーシーだけではなく、優先順位は低いが光流もその対象だ。

「光流くんって、なんか凄いよ。次々に女の子落としていくんだよ?」
「はは、なんだよそれ」
「ずっと見てるけどさ。彼と相手の女の子が仲良くなるためにトラブルが舞い込んでるみたいな感じなんだよ」
「マジかよ。そんなことあるのか」

 守谷家の末子である千影は、その様子をリアルに目撃していた。
 それはあの氷室麻悠の時もそうだった。樋口ラウラについてはまだ目をつけられている段階だが。

「うん。近づきすぎると私もトラブルに巻き込まれるかも」
「あ~、千影も恋愛経験あるわけじゃないもんなぁ」
「偵次兄ちゃんだってないくせに」
「俺は良いんだよ。とにかく引き続きよろしくな」
「わかってるよ。じゃあ私は引き上げるね。あ~ほんとに疲れた」
「今日は長かったな。お疲れ様。ゆっくり休んでくれ」
「はーい」

 そんな会話を兄としたあと千影は今日の任務から離れた。









 ー☆ー☆ー☆ー


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