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203話 二つの条件
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倉菱玲亜が教室に訪れた日の夜。
俺は冬矢に電話をしていた。
頭の中を整理するために、一日考え寝かせてから冬矢に相談しようと思い、今の時間に話すことにした。
その内容というのは、もちろん焔村火恋のことだ。
「まさかそんな出来事があったなんてな……」
「うん。俺ちょっとカッとなっちゃって。でも守谷さんがいて良かったよ」
体育倉庫で起きた出来事を包み隠さずに話した。
守谷さん以外に今のところ話せるのは彼くらいだ。
できれば俺以外にも彼女の動向に目を向けてほしかった。
「なら俺の方でもちょっと調べてみるよ」
「調べる?」
「そういうのは俺のほうが得意だろ」
「まぁ、知り合いとかは冬矢の方が多いだろうけど」
「とりあえず、その守谷さんと繋げてもらえるか?」
「わかった」
彼ほど信頼できる存在はなかなかいない。
話すだけで悩みが空に霧散していくように解決する。
俺は守谷さんに冬矢に連絡先を教えても良いかを聞き、二人を繋げた。
◇ ◇ ◇
「――今日は集まってもらってごめんね」
数日後。週末の休日。
俺と冬矢としずはは、ルーシーからの呼び出しで姉の働く『FOREST BEANS COFFEE』に集まっていた。
ただ、いつもルーシーと一緒にいるはずの真空がいない。
それは今日ルーシーがこれから話すことに関係があった。
「大丈夫だけど、真空抜きなんて珍しいね」
「うん。――実はね来月、ゴールデンウィークが開けた十五日が真空の誕生日なんだ」
ルーシーが言いたいことはすぐにわかった。
ただ、誕生日まであと一ヶ月もあることに疑問を覚えた。
「これはね、私のワガママで、断ってくれても良いんだけど……」
「なによ、早く言いなさいよ」
口ごもるルーシーにテーブルに肘をついて手に顎を乗せていたしずはが急かすように言う。
「――真空の誕生日に歌をプレゼントしたいの」
予想もしなかった答えだった。
ルーシーは真空のことをとても大切に思っているらしい。
アメリカでの最後の半年間、彼女がいたことでルーシーの世界はさらに明るくなったそう。
そして、俺が手紙を送った時に相談に乗ってくれたのも真空だったようだ。
つまりルーシーにとっての真空は俺にとっての冬矢のような存在というわけだ。
「ま、まさか……。私たちをここに呼んだのって――」
しずはが何かに勘づいたように目を大きく広げる。
「うん。その歌っていうのが、バンドの演奏でプレゼントしたいんだ」
だから真空抜きの俺たち……というわけだった。
多分、俺と冬矢は問題はない。
ただ、しずはは――、
「――私にキーボードやれってこと?」
「断ってくれてもいいの! しずはも自分もピアノの練習で忙しいのは理解してるつもりだから……」
最初に言った『断ってくれても良い』というルーシーの言葉。
これは特にしずはに宛てた言葉だったようだ。
「ちなみに、光流と冬矢くんはどうかな……?」
上目遣いでちらっとこちらに目線を送るルーシー。
「文化祭に向けた活動もあるけど、一曲だけならそこまで支障はないんじゃないかな?」
「一曲か。ただ、今から速攻で曲作り始めないと間に合わないぞ。やれないことはないとは思うが……」
「そうだよね。難しいお願いになっちゃうよね」
俺は問題ないが、プレゼントする曲を作るための時間が必要だ。
そして、打ち込み作業は冬矢の担当。彼目線ではギリギリらしい。
それもそうだ。中学の文化祭の時だって、かなり無茶をして四曲目をねじ込んだ。でもあれはルーシーの発表されている曲。一から作るのと既に存在している曲を利用するのにかかる労力は全く違うだろう。
「――私さ、真空とそんなに仲良くないんだけど。話だってそこまで多くしたことないし……」
「うん……そうだよね。あまり親しくない人を祝うことって難しいよね」
一応、真空のゴリ押しでしずはは名前呼びすることにはなったが、基本的には普段はあまり話さない。
真空の方から話しかける時はあるが、しずはの方から話しかけているところは見たことがない。
真空とは前後の席ではあるが、しずはは深月と千彩都とばかり話している。
ずっとグループチャットでやり取りはしてきたようだが、それだけで仲良くなったとは言えないだろう。
「やるなら三人でってことになるか……」
冬矢がそう呟いた時だった――、
「――条件がある」
しずはが一言、前向きな話をしようとしていた。
「うんっ!」
ルーシーはその言葉だけで目を輝かせるようにしてしずはを見つめた。
「一曲は無理。でも二番……いや、一番だけ。一般的な曲は歌詞が二、三番まであると思うけど、私の余裕的には一番が限界。それなら、ピアノの練習の合間に少しやれば覚えられると思う」
「しずは……」
しずはが出した条件は、一曲まるまるやるのではなくその中の一番だけ。それならできるという話だった。
「――それでどうなの? この条件でやるの? やらないの?」
「やる! 短い曲でも真空のための曲ってのが良いの!」
良い方向へと話がまとまったようだ。
これなら冬矢の負担もかなり減るだろう。
あと、俺も今度は打ち込み作業を手伝いたいとは思っていた。
どんな感じでパソコンを触っているのかも気になるし。
「――じゃあもう一つの条件」
「えっ!? もう一つ!?」
しかし、ここで話はまとまっていなかった。
しずはがニヤリと口角を上げる。
「この条件を飲んでくれたら、本当に協力してあげる」
「う、うん……」
先に条件を飲ませてOKをもらっておきながらの後出し。
なかなか卑怯な手を使うものだと思った。
「――今度、光流と私が二人きりでデートすること。それをあんたがちゃんと認めて」
「俺ぇ!?」
「ひ、光流と二人きりでデート!?」
これにはさすがに俺も驚いた。
そもそも誘うならルーシーに言わずに誘えば良いのに、そうはせずにわざわざルーシーに了承をとる。
ルーシーがほぼ断れない状況になってからのこれだ。
ルーシーがじっと俺の目を見つめる。
「むぅ~~~」
そして、頬をぷくーっと膨らませて唸る。
「あれ? 私なら良いんじゃなかったの?」
「むぅ~~~っ!」
しずはの煽りがルーシーに追加ダメージ。
唸り声がさらに大きくなった。
「…………そもそも私に承諾とるようなことじゃないのに。しずはのいじわる」
「あんたに承諾とらせるのがいいんじゃない」
「あぁ、昔の私……」
それは正月。ルーシーとしずはが初めて対面し、一緒に年越しを過ごした日。
二人が話した内容の全てはわからないが、ルーシーはしずはを煽ったようなことを言ったらしい。
その結果、しずはは俺へのアプローチを再開。
ルーシーと話して、我慢していた自分が馬鹿らしくなったと話していた。
今回はその時の煽り返しのようなものだろうか。
いや、少し前にも保健室のベッドに潜り込んできていたし、既にアプローチは始まっていたも同然か……。
「それで? 二つの条件飲むの? あぁ、私のキーボードが入れば真空に凄い演奏聞かせられるのになぁ……」
「むぅ~~~っ!」
しずはの煽りが止まらない。
ルーシーの頬が風船のように膨らみ、今にも破裂しそうな勢いになっていた。
「……わかったよぉ。認める。認めるから。――だから真空を喜ばせてね?」
「ふふ。交渉成立だね。あ、デートの時はルーシーも後ろからついてきて良いよ? いちゃいちゃしてるところ見たいならね? でも近づいたらダメ。その時点でこの話はなかったことにするから」
「しずは~~っ!」
ルーシーはしずはの煽りに負け、テーブルをバンと叩いて椅子から立ち上がった。
その瞬間、お店にいるお客さんの目線が一気に集まる。
「――はーいルーシーちゃん。お店ではお静かに~」
すると、店員である姉がひょっこりと顔を出してルーシーに注意をした。
「あ、あ……ごめんなさい」
ルーシーは申し訳無さそうに椅子に座る。
一方のしずはは口笛を吹くように口を尖らせて、私には関係ないと言わんばかりに窓の方を向いていた。
「あんたたち本当に面白いね。――そういえば文化祭以外にはライブしないの? 私、ちゃんと光流の演奏ビデオでしか見たことないから、一度は生で見たいなぁ」
姉から思いも寄らない意見が出た。
確かに俺たちの目標は文化祭だ。でも、そのための練習をすると思えば、別に文化祭以外でも人の前で演奏する機会は作った方が良いのかもしれない。リハーサルの時の俺のようにならないためにも。
「ふむ。灯莉さんの話はごもっともですね」
冬矢が顎に手を当てて考え込む。
「となれば、どっかのライブハウスに出演させてもらえるかだけど、あれはチケットとか売らないといけないからなぁ」
そう。これは俺も知っていた。
ライブハウス側もちゃんと利益を出さなくてはいけない。
売上を上げるためには、チケットを売りお客さんを呼び込まなくてはいけない。
そしてそれは出演するアーティスト側の集客力に依存する。
しかしアーティストに知名度がない場合は売上も立たない。だから赤字にならないよう最低ノルマがあるわけだ。
もちろんそれだけではない。
出演するバンドとして認められなくてはいけない。お遊びだけのバンドがライブハウスで演奏するなんて真面目にやっている他のバンドにも失礼だ。
「あとは一曲だけやるってのは違うよね。浅い知識だけどライブハウスでの演奏ってオリジナル曲を二、三曲はやると思うし」
「なら、私たちが最低でも三曲くらいは演奏できるようになったらってことだよね」
俺の意見にルーシーが同意する。
「チケットについてはあんまり心配しなくても良いと思うけどなぁ。私の友達もいるし、あとは中学の時にたくさんファンができたでしょ? 連絡取ってみたら観に来てくれるんじゃない?」
「あぁ……俺たちのこと皆覚えてるかなぁ」
「ははっ、CDとDVDまで配ったんだぜ? 確かに灯莉さんの言う通りかもしれない」
最初はチケットのノルマについて心配していた冬矢もファンのことを思い出すと考えを改めたようだった。
「じゃあライブハウスで演奏するとして、まずやることはオリジナルの曲を弾けるようにするってことだね」
「そうだな。ひとまずは今までと同じだな。ルーシーちゃんの歌詞も待ってるぞ」
「うんっ」
文化祭とライブハウスでのライブ。
二つの目標ができた俺たち。
今の話はルーシーから真空に話してもらうとして――、
「てか、さっきの話、俺に拒否権はないわけ……?」
「私と遊ぶことが不満なわけ!?」
「いや、不満ではないけど……」
「ならいいじゃんっ。ね、ルーシー?」
「うん……これは真空を喜ばせるための条件なの。光流、我慢してしずはとデートして?」
「我慢だとぉ!? やっぱナチュラルに煽ってるだろ!」
「仕返しだよ~、にひひ」
「やっぱあんたのこと嫌いっ!」
「私はしずはのこと好きだよ」
しずはに煽られたことでルーシーも煽り返した。
そして、俺には拒否権がなかったようだ。
別にしずはとデートすることに不満があるわけではない。
ただ、複雑な気持ちになっているだけだ。
ルーシー公認とは言え、いつ修羅場になってもおかしくない状況。
俺の気持ちはずっとルーシーなのだが、しずはの気持ちも蔑ろにはできない。
特別な友達だからこそ、キツイ言葉で突き放したりできないわけだが、逆に言えばそれが良くないのかもしれない。
今後もどうすれば良いかわからないが、今回はしずはの言うことを聞くしかないようだ。
◇ ◇ ◇
真空の誕生日プレゼントとして、バンドでの演奏をプレゼントすることが決まり、今日はこれで解散。
そう思ったのだが、冬矢が少し残れというので先にルーシーとしずはを帰して、二人でカフェに残った。
「――焔村火恋のことだけどな」
そういえば、冬矢も彼女のことを調べることをしてもらっていた。
何か彼女に関することがわかったのだろうか。
「わかったことは少ない。両親がいて一人っ子だってことだけだ。一応、中学の同級生だった女子を見つけたんだが、中学では凄い人気だったらしい」
「だよね……」
焔村さんに体育倉庫で聞かされた話。
女優として成功するためにクラスで人気者になることが一つの通過点。
なら、中学でもそうだったことが伺えた。
「じゃあ弱み、みたいなのは特にないのかぁ……」
「弱みってわけじゃないけどな。あぁいう仕事柄だ。ちゃんとした友達はいなかったらしい」
それもそうか。
人気者であっても仕事で忙しければ友達と遊ぶことはあまりできないし、深い仲になることも難しくなるだろう。
聞く話によれば小さい頃から芸能活動をしてきたらしいし、その頃から忙しかったのだろうと想像できる。
「人はないものねだりの生き物だ。よく『隣の芝生は青い』って言うだろ? なら、友達だ。友達になって手出しできないほど仲良くなるしかねぇ」
さすがは冬矢だ。
この短期間で答えをくれる。
ただ――、
「忙しい相手に友達か……。これは俺の想像なんだけど、多分彼女に近寄ってきた人ってたくさんいると思うんだよね。下心持って近づくと避けられるような気がする」
「あぁ、それは俺もわかってる。だからそう思わせない近づき方が必要ってことだな」
「うーん。例えばなんだろう。修学旅行のグループで一緒になるみたいなやつとか?」
一年生は修学旅行はないが、そういった班の中で強制的に接することが増えれば、少なからずチャンスはやってくるのではないだろうか。
「単純接触効果ってわかるか?」
「あれだよね。興味がなかった人でも何回も接触していくうちに親しみを持ったり好きになっていくとかだよね?」
「そんな感じだ。ただ、教室の中だけじゃ他のクラスメイトと一緒だ。だから、それ以外で接触する必要がある」
「じゃあ、放課後かぁ……」
尚更難しい。
バンドも勉強もあるし、筋トレもジョギングも継続している。
俺にやれることは少ないのだろうか。
そんなことを思っていた時、思いもよらぬ機会がやってきた。
「――お、おい光流! あれ!」
すると冬矢が突然、すぐ横にあった窓を指差した。
その指の方向に視線を送ると、そこにいたのは――、
「ほ、焔村さん!?」
まさかの焔村さんが歩いていたのだ。
芸能人ともあろう人が休日に一人で歩く。
いや、芸能人でも一人で歩いたりするか。
でも、変装も何もしていないし、遠くから見ても焔村さんだとわかった。
ただ、その焔村さんの現在の状況が普通ではなかった。
「光流っ!?」
こういう状況を見た時、俺は先に体が動いてしまう。
しずはの時だってそうだった。
しかし、しずはは大事な友達だから体が動いた。
一方の焔村さんは大事な友達でもなければ、ルーシーたちを陥れようとしている存在。
助ける義理なんてない。
でも、一度知り合ってしまった存在。
これから長く一緒に過ごすクラスメイト。
そして、できれば友達になって手出しできないくらいに仲良くなる。
そんなことを頭の片隅に置きながら、俺の足は勝手に動いていた。
「――俺、行ってくる!」
冬矢にそう言い残しカフェの外に出ると横断歩道を駆け抜け、焔村さんの所まで走った。
ー☆ー☆ー☆ー
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俺は冬矢に電話をしていた。
頭の中を整理するために、一日考え寝かせてから冬矢に相談しようと思い、今の時間に話すことにした。
その内容というのは、もちろん焔村火恋のことだ。
「まさかそんな出来事があったなんてな……」
「うん。俺ちょっとカッとなっちゃって。でも守谷さんがいて良かったよ」
体育倉庫で起きた出来事を包み隠さずに話した。
守谷さん以外に今のところ話せるのは彼くらいだ。
できれば俺以外にも彼女の動向に目を向けてほしかった。
「なら俺の方でもちょっと調べてみるよ」
「調べる?」
「そういうのは俺のほうが得意だろ」
「まぁ、知り合いとかは冬矢の方が多いだろうけど」
「とりあえず、その守谷さんと繋げてもらえるか?」
「わかった」
彼ほど信頼できる存在はなかなかいない。
話すだけで悩みが空に霧散していくように解決する。
俺は守谷さんに冬矢に連絡先を教えても良いかを聞き、二人を繋げた。
◇ ◇ ◇
「――今日は集まってもらってごめんね」
数日後。週末の休日。
俺と冬矢としずはは、ルーシーからの呼び出しで姉の働く『FOREST BEANS COFFEE』に集まっていた。
ただ、いつもルーシーと一緒にいるはずの真空がいない。
それは今日ルーシーがこれから話すことに関係があった。
「大丈夫だけど、真空抜きなんて珍しいね」
「うん。――実はね来月、ゴールデンウィークが開けた十五日が真空の誕生日なんだ」
ルーシーが言いたいことはすぐにわかった。
ただ、誕生日まであと一ヶ月もあることに疑問を覚えた。
「これはね、私のワガママで、断ってくれても良いんだけど……」
「なによ、早く言いなさいよ」
口ごもるルーシーにテーブルに肘をついて手に顎を乗せていたしずはが急かすように言う。
「――真空の誕生日に歌をプレゼントしたいの」
予想もしなかった答えだった。
ルーシーは真空のことをとても大切に思っているらしい。
アメリカでの最後の半年間、彼女がいたことでルーシーの世界はさらに明るくなったそう。
そして、俺が手紙を送った時に相談に乗ってくれたのも真空だったようだ。
つまりルーシーにとっての真空は俺にとっての冬矢のような存在というわけだ。
「ま、まさか……。私たちをここに呼んだのって――」
しずはが何かに勘づいたように目を大きく広げる。
「うん。その歌っていうのが、バンドの演奏でプレゼントしたいんだ」
だから真空抜きの俺たち……というわけだった。
多分、俺と冬矢は問題はない。
ただ、しずはは――、
「――私にキーボードやれってこと?」
「断ってくれてもいいの! しずはも自分もピアノの練習で忙しいのは理解してるつもりだから……」
最初に言った『断ってくれても良い』というルーシーの言葉。
これは特にしずはに宛てた言葉だったようだ。
「ちなみに、光流と冬矢くんはどうかな……?」
上目遣いでちらっとこちらに目線を送るルーシー。
「文化祭に向けた活動もあるけど、一曲だけならそこまで支障はないんじゃないかな?」
「一曲か。ただ、今から速攻で曲作り始めないと間に合わないぞ。やれないことはないとは思うが……」
「そうだよね。難しいお願いになっちゃうよね」
俺は問題ないが、プレゼントする曲を作るための時間が必要だ。
そして、打ち込み作業は冬矢の担当。彼目線ではギリギリらしい。
それもそうだ。中学の文化祭の時だって、かなり無茶をして四曲目をねじ込んだ。でもあれはルーシーの発表されている曲。一から作るのと既に存在している曲を利用するのにかかる労力は全く違うだろう。
「――私さ、真空とそんなに仲良くないんだけど。話だってそこまで多くしたことないし……」
「うん……そうだよね。あまり親しくない人を祝うことって難しいよね」
一応、真空のゴリ押しでしずはは名前呼びすることにはなったが、基本的には普段はあまり話さない。
真空の方から話しかける時はあるが、しずはの方から話しかけているところは見たことがない。
真空とは前後の席ではあるが、しずはは深月と千彩都とばかり話している。
ずっとグループチャットでやり取りはしてきたようだが、それだけで仲良くなったとは言えないだろう。
「やるなら三人でってことになるか……」
冬矢がそう呟いた時だった――、
「――条件がある」
しずはが一言、前向きな話をしようとしていた。
「うんっ!」
ルーシーはその言葉だけで目を輝かせるようにしてしずはを見つめた。
「一曲は無理。でも二番……いや、一番だけ。一般的な曲は歌詞が二、三番まであると思うけど、私の余裕的には一番が限界。それなら、ピアノの練習の合間に少しやれば覚えられると思う」
「しずは……」
しずはが出した条件は、一曲まるまるやるのではなくその中の一番だけ。それならできるという話だった。
「――それでどうなの? この条件でやるの? やらないの?」
「やる! 短い曲でも真空のための曲ってのが良いの!」
良い方向へと話がまとまったようだ。
これなら冬矢の負担もかなり減るだろう。
あと、俺も今度は打ち込み作業を手伝いたいとは思っていた。
どんな感じでパソコンを触っているのかも気になるし。
「――じゃあもう一つの条件」
「えっ!? もう一つ!?」
しかし、ここで話はまとまっていなかった。
しずはがニヤリと口角を上げる。
「この条件を飲んでくれたら、本当に協力してあげる」
「う、うん……」
先に条件を飲ませてOKをもらっておきながらの後出し。
なかなか卑怯な手を使うものだと思った。
「――今度、光流と私が二人きりでデートすること。それをあんたがちゃんと認めて」
「俺ぇ!?」
「ひ、光流と二人きりでデート!?」
これにはさすがに俺も驚いた。
そもそも誘うならルーシーに言わずに誘えば良いのに、そうはせずにわざわざルーシーに了承をとる。
ルーシーがほぼ断れない状況になってからのこれだ。
ルーシーがじっと俺の目を見つめる。
「むぅ~~~」
そして、頬をぷくーっと膨らませて唸る。
「あれ? 私なら良いんじゃなかったの?」
「むぅ~~~っ!」
しずはの煽りがルーシーに追加ダメージ。
唸り声がさらに大きくなった。
「…………そもそも私に承諾とるようなことじゃないのに。しずはのいじわる」
「あんたに承諾とらせるのがいいんじゃない」
「あぁ、昔の私……」
それは正月。ルーシーとしずはが初めて対面し、一緒に年越しを過ごした日。
二人が話した内容の全てはわからないが、ルーシーはしずはを煽ったようなことを言ったらしい。
その結果、しずはは俺へのアプローチを再開。
ルーシーと話して、我慢していた自分が馬鹿らしくなったと話していた。
今回はその時の煽り返しのようなものだろうか。
いや、少し前にも保健室のベッドに潜り込んできていたし、既にアプローチは始まっていたも同然か……。
「それで? 二つの条件飲むの? あぁ、私のキーボードが入れば真空に凄い演奏聞かせられるのになぁ……」
「むぅ~~~っ!」
しずはの煽りが止まらない。
ルーシーの頬が風船のように膨らみ、今にも破裂しそうな勢いになっていた。
「……わかったよぉ。認める。認めるから。――だから真空を喜ばせてね?」
「ふふ。交渉成立だね。あ、デートの時はルーシーも後ろからついてきて良いよ? いちゃいちゃしてるところ見たいならね? でも近づいたらダメ。その時点でこの話はなかったことにするから」
「しずは~~っ!」
ルーシーはしずはの煽りに負け、テーブルをバンと叩いて椅子から立ち上がった。
その瞬間、お店にいるお客さんの目線が一気に集まる。
「――はーいルーシーちゃん。お店ではお静かに~」
すると、店員である姉がひょっこりと顔を出してルーシーに注意をした。
「あ、あ……ごめんなさい」
ルーシーは申し訳無さそうに椅子に座る。
一方のしずはは口笛を吹くように口を尖らせて、私には関係ないと言わんばかりに窓の方を向いていた。
「あんたたち本当に面白いね。――そういえば文化祭以外にはライブしないの? 私、ちゃんと光流の演奏ビデオでしか見たことないから、一度は生で見たいなぁ」
姉から思いも寄らない意見が出た。
確かに俺たちの目標は文化祭だ。でも、そのための練習をすると思えば、別に文化祭以外でも人の前で演奏する機会は作った方が良いのかもしれない。リハーサルの時の俺のようにならないためにも。
「ふむ。灯莉さんの話はごもっともですね」
冬矢が顎に手を当てて考え込む。
「となれば、どっかのライブハウスに出演させてもらえるかだけど、あれはチケットとか売らないといけないからなぁ」
そう。これは俺も知っていた。
ライブハウス側もちゃんと利益を出さなくてはいけない。
売上を上げるためには、チケットを売りお客さんを呼び込まなくてはいけない。
そしてそれは出演するアーティスト側の集客力に依存する。
しかしアーティストに知名度がない場合は売上も立たない。だから赤字にならないよう最低ノルマがあるわけだ。
もちろんそれだけではない。
出演するバンドとして認められなくてはいけない。お遊びだけのバンドがライブハウスで演奏するなんて真面目にやっている他のバンドにも失礼だ。
「あとは一曲だけやるってのは違うよね。浅い知識だけどライブハウスでの演奏ってオリジナル曲を二、三曲はやると思うし」
「なら、私たちが最低でも三曲くらいは演奏できるようになったらってことだよね」
俺の意見にルーシーが同意する。
「チケットについてはあんまり心配しなくても良いと思うけどなぁ。私の友達もいるし、あとは中学の時にたくさんファンができたでしょ? 連絡取ってみたら観に来てくれるんじゃない?」
「あぁ……俺たちのこと皆覚えてるかなぁ」
「ははっ、CDとDVDまで配ったんだぜ? 確かに灯莉さんの言う通りかもしれない」
最初はチケットのノルマについて心配していた冬矢もファンのことを思い出すと考えを改めたようだった。
「じゃあライブハウスで演奏するとして、まずやることはオリジナルの曲を弾けるようにするってことだね」
「そうだな。ひとまずは今までと同じだな。ルーシーちゃんの歌詞も待ってるぞ」
「うんっ」
文化祭とライブハウスでのライブ。
二つの目標ができた俺たち。
今の話はルーシーから真空に話してもらうとして――、
「てか、さっきの話、俺に拒否権はないわけ……?」
「私と遊ぶことが不満なわけ!?」
「いや、不満ではないけど……」
「ならいいじゃんっ。ね、ルーシー?」
「うん……これは真空を喜ばせるための条件なの。光流、我慢してしずはとデートして?」
「我慢だとぉ!? やっぱナチュラルに煽ってるだろ!」
「仕返しだよ~、にひひ」
「やっぱあんたのこと嫌いっ!」
「私はしずはのこと好きだよ」
しずはに煽られたことでルーシーも煽り返した。
そして、俺には拒否権がなかったようだ。
別にしずはとデートすることに不満があるわけではない。
ただ、複雑な気持ちになっているだけだ。
ルーシー公認とは言え、いつ修羅場になってもおかしくない状況。
俺の気持ちはずっとルーシーなのだが、しずはの気持ちも蔑ろにはできない。
特別な友達だからこそ、キツイ言葉で突き放したりできないわけだが、逆に言えばそれが良くないのかもしれない。
今後もどうすれば良いかわからないが、今回はしずはの言うことを聞くしかないようだ。
◇ ◇ ◇
真空の誕生日プレゼントとして、バンドでの演奏をプレゼントすることが決まり、今日はこれで解散。
そう思ったのだが、冬矢が少し残れというので先にルーシーとしずはを帰して、二人でカフェに残った。
「――焔村火恋のことだけどな」
そういえば、冬矢も彼女のことを調べることをしてもらっていた。
何か彼女に関することがわかったのだろうか。
「わかったことは少ない。両親がいて一人っ子だってことだけだ。一応、中学の同級生だった女子を見つけたんだが、中学では凄い人気だったらしい」
「だよね……」
焔村さんに体育倉庫で聞かされた話。
女優として成功するためにクラスで人気者になることが一つの通過点。
なら、中学でもそうだったことが伺えた。
「じゃあ弱み、みたいなのは特にないのかぁ……」
「弱みってわけじゃないけどな。あぁいう仕事柄だ。ちゃんとした友達はいなかったらしい」
それもそうか。
人気者であっても仕事で忙しければ友達と遊ぶことはあまりできないし、深い仲になることも難しくなるだろう。
聞く話によれば小さい頃から芸能活動をしてきたらしいし、その頃から忙しかったのだろうと想像できる。
「人はないものねだりの生き物だ。よく『隣の芝生は青い』って言うだろ? なら、友達だ。友達になって手出しできないほど仲良くなるしかねぇ」
さすがは冬矢だ。
この短期間で答えをくれる。
ただ――、
「忙しい相手に友達か……。これは俺の想像なんだけど、多分彼女に近寄ってきた人ってたくさんいると思うんだよね。下心持って近づくと避けられるような気がする」
「あぁ、それは俺もわかってる。だからそう思わせない近づき方が必要ってことだな」
「うーん。例えばなんだろう。修学旅行のグループで一緒になるみたいなやつとか?」
一年生は修学旅行はないが、そういった班の中で強制的に接することが増えれば、少なからずチャンスはやってくるのではないだろうか。
「単純接触効果ってわかるか?」
「あれだよね。興味がなかった人でも何回も接触していくうちに親しみを持ったり好きになっていくとかだよね?」
「そんな感じだ。ただ、教室の中だけじゃ他のクラスメイトと一緒だ。だから、それ以外で接触する必要がある」
「じゃあ、放課後かぁ……」
尚更難しい。
バンドも勉強もあるし、筋トレもジョギングも継続している。
俺にやれることは少ないのだろうか。
そんなことを思っていた時、思いもよらぬ機会がやってきた。
「――お、おい光流! あれ!」
すると冬矢が突然、すぐ横にあった窓を指差した。
その指の方向に視線を送ると、そこにいたのは――、
「ほ、焔村さん!?」
まさかの焔村さんが歩いていたのだ。
芸能人ともあろう人が休日に一人で歩く。
いや、芸能人でも一人で歩いたりするか。
でも、変装も何もしていないし、遠くから見ても焔村さんだとわかった。
ただ、その焔村さんの現在の状況が普通ではなかった。
「光流っ!?」
こういう状況を見た時、俺は先に体が動いてしまう。
しずはの時だってそうだった。
しかし、しずはは大事な友達だから体が動いた。
一方の焔村さんは大事な友達でもなければ、ルーシーたちを陥れようとしている存在。
助ける義理なんてない。
でも、一度知り合ってしまった存在。
これから長く一緒に過ごすクラスメイト。
そして、できれば友達になって手出しできないくらいに仲良くなる。
そんなことを頭の片隅に置きながら、俺の足は勝手に動いていた。
「――俺、行ってくる!」
冬矢にそう言い残しカフェの外に出ると横断歩道を駆け抜け、焔村さんの所まで走った。
ー☆ー☆ー☆ー
この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!
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カクヨムと小説家になろうでも同じタイトルで投稿しているのですが、他の読者のコメントが見たい方はカクヨムがお勧めです。
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