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194話 部活動紹介

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 トイレから戻ると、教室のある席に人だかりができていた。

「――焔村さんって、すっごい可愛いよね!」

 一人の女子が女優であるという焔村火恋ほむらかれんにそう声をかけていた。
 さらには男子女子数人が彼女を囲んで話しかけていたのだ。

「ふふ、ありがとう。あなた見る目あるわね」

 自己紹介からそうだったが、態度といい口調といい、ずっと上から目線だ。

 褒められて嬉しそうな顔をしている。
 もしかして案外チョロいのだろうか。

「少し前にやってた『シフォンケーキはふわとろで』の深夜ドラマ見たよー! あれ漫画読んだことあるんだよね」
「も、もしかして、これからキスシーンとかもあったりする!?」

 とにかく焔村さんは質問責めにあっていた。
 これだけ言い寄られて嫌ではないのだろうか。
 しかもデリケートな質問も飛んでいる。

 俺は自分の席に戻り、遠目にそんな焔村さんの様子を見ていた。

 右隣を見ると、通称・樋口ラウラさんが机に突っ伏して寝ていた。
 入学式の時も彼女はなんとか起き上がりふらふらしながら歩いていた。
 そして教室に戻ってくると、彼女はすぐにまた寝直していた。

 自己紹介では名前しか話さなかった。
 なのでこのクラスでは一番謎な存在は彼女だった。

 その後、ルーシーたちも教室に戻ってきて、三十分が経過。

 再び体育館へと向かい、部活動紹介の時間となった。



 ◇ ◇ ◇



 パイプ椅子が全て撤去されており、俺たちは体育館の隅に体育座りして見ることになった。

 それぞれの部活がユニフォームを来て、パフォーマンスをしていった。
 剣道部は一本打ちをしたり、サッカー部はリフティングの技を見せたり、バスケ部はシュートを見せたり。

 そんな中、俺たちが注目する軽音部がやってきた。
 部活動紹介は舞台上ではなく、体育館の中央に近い場所でパフォーマンスをしていたので、軽音部もその場所にアンプを置いたりして楽器をセットしていった。

 そして、その場にいたのは、校舎に入る前に話したあの女子の先輩と男子の先輩二人。
 最後にマイクをセットすると準備が整った。

 三百名近くの新入生が一同に三人の軽音部に注目した。


「――ようよう新入生ども~!」


 マイクに向かって、先生たちも見つめる公の場とは思えない口調で新入生たちに話しかける女子の先輩。
 俺たちと話した時のままの口調だった。

「私らは見ての通り軽音部だ! まぁ三人しかいねーけどな! あーはっは!」

 一人で喋って一人で笑う。面白い人だ。

「秋皇で部活として認められるのは五名以上からだ。だからうちらはもうそろそろ廃部……なんて思ってた。けど既にうちに入りたいっていうガキどもが出てきたもんだ! 嬉しいぜ!」

 すると俺たちのことを話し始める女子の先輩。

「だから今日はそいつらのために歌おうと思う。軽音部に興味ねーやつらも適当に聞いてくれ」

 つまり、俺たちのために歌ってくれるということだった。

 それと、今思ったが、彼女がボーカルのようだ。そして手元にはベース。
 左の男子の先輩がドラムで右の男子の先輩はギターを持っていた。

 スリーピースバンドというやつらしい。

「ってことで、一曲だけやるからよろしくっ!」

 一つの部活に与えられた時間を考えると披露できるのは一曲。
 小さなライブが始まった。


 俺たちがライブをした時と同様に彼女たちはアイコンタクトをする。
 しかし俺たちと違ったのは、ドラムのスティックでリズムをとることなく、いきなり演奏が始まったことだった。

 見た感じ、彼女に動きに合わせて他の二人が演奏をはじめたという印象だった。

 そして伴奏部分で既にわかったが、正当なロックな曲調になっていた。
 しかし、彼女が歌いはじめると、その印象は壊されることとなった。

 特徴的な誰とも被らない唯一無二の声。

 普段話している時の声からは想像もつかない声が紡ぎ出されていた。
 これは新入生たちも驚いたことだろう。

 彼女は一度たりとも手元を見ずに、顔を上げて真っ直ぐにマイクに向かっていた。


「かっこいい……」


 俺は単純にそう思った。

 そして、演奏が俺たちよりもずっとうまい。
 バンドとしての総合的な完成度が段違いだった。さすがは先輩だ。

 スタンディングで見ることができていたら、俺は盛り上がって騒いでいただろう。
 その気持ちを我慢しながら、じっと演奏を聴き続けた。

 ただ一つ、気になることがあった。


 ――歌詞が酷い。


 歌詞が酷い曲も世の中にはたくさんあるが、この場でこの歌詞というのが非常にマズいのではないかと思ったのだ。

 俺たちのために歌ってくれたという曲のはずなのに、その歌詞には『クソセンコーにボディブロー』とか『黒板をぐちゃぐちゃにするのも悪くねぇ』とか学校や先生に対する侮辱なような言葉も含まれていた。

 俺は近くで見ていた先生に顔を向けた。
 すると、意外にも普通の顔をしていた。あくまで部活動だし、実行されたことではないからなのか、この程度ではなんとも思わないのだろうか。

 はじめはこの歌大丈夫かと思ってはいたものの、途中からはいつの間にか受け入れてしまい、顔が緩んでいた。
 それは他の生徒たちも同様で、小さな笑いが起きたように笑顔で演奏を聴いていた。

 そうして、一曲まるまるやりきり、彼女たちの演奏が終わった。

 新入生たちから拍手されると、最後に彼女がマイクでこう言った。

「『義務教育デストラクション』! 私らの曲だ。聴いてくれてありがとう! じゃあな新入生ども!」

 マイクから離れた彼女たちは楽器を片付けはじめ、体育館を退出した。


 曲のタイトルを直訳すると『義務教育破壊』だ。
 ヤバい言葉もたくさんあった歌詞だったが、通して聴いて見ると良い歌だったようにも感じる。

 義務教育ではない高校。高校からは中学以上に一人一人の責任が増す。プレッシャーや不安も増える。
 だけどそんな時、たまには羽目を外してみろ。そんなことを伝えていた歌でもあった。


「――なんかすごかったね! あんな歌もあるんだぁ」


 隣で聴いていたルーシーが呟いた。
 彼女が今まで歌っていた曲とは全く別の印象を持たされる曲。

 こういう曲はあまり聴いてこなかったのか、そんな感想を漏らした。

 逆に俺はこういった歌詞の曲を歌うプロのアーティストを知っている。
 歌詞の内容はともかく、売れているのは確か。世の中にはそれぞれ人に刺さる曲があるのだ。


「あの人たちはあぁいうことを伝えたかったから、あんな曲になった。ルーシーだって、今までそうだったでしょ? 今後音楽をやる上で色々な影響を受けてブレるかもしれないけど、自分がやりたい曲をやるのが一番だと思うよ」
「光流……なんだかすごいね」
「そうかな。でも透柳さん――しずはのお父さんが言うには、プロ契約したら歌いたい曲を作らせてもらえなくなるかもしれないって言ってた。ルーシーだっていつかそうなるかもしれないんだから、今のうちは自分が良いって思える曲にしたら良いよ」
「光流って大人だね。私はまだまだ子供だ」
「自分を大人だって思ったことはないけど、学生はまだ子供の年齢だし、子供らしく楽しめば良いと思うよ」
「じゃあ……光流は大人として私を見守ってね」
「俺だって子供になりたい時あるけど」
「ふーん。――じゃあその時は、私が大人として子供扱いしてあげるね」
「――っ!」

 俺とルーシーは体育座りをしたまま顔を近づけて、コソコソとそんな話をしていた。
 最後には話が変な方向に進み、ドキッとしてしまった。

 
 その後も他の部活動紹介が続き、ちょうどお昼過ぎの時間になった。

 俺たち新入生は教室に戻ると、帰りのホームルーム後に今日は下校となった。



 …………



「――真空! しずは! 買い食い! 買い食いってやつして帰らない!?」


 続々と教室から生徒たちが下校するなか、ルーシーがそんなことを言い出した。

「あんた。今日はもらった荷物でいっぱいでしょ。持って帰るだけで精一杯よ。これ持ったまま家以外のどこかに移動なんて考えられない」
「ルーシー、それはしずはちゃんに一票かも」
「真空も!? ダメなのぉぉぉ!?」

 しずはに正論を言われがっくりとするルーシー。
 日本に来てからしたいことがたくさんあると言っていた。

 買い食いだってその一つなんだろう。
 俺は中学生の時に何度もしてきたが、ルーシーにとっては今まで関わることのなかった日常。
 アメリカでも基本的に車通学だったらしいし、そういうこともしなかったのだろう。

「また今度ね。今日は全員が荷物いっぱいなんだし、とりあえず帰ろう?」
「うーん……わかったよぉ」

 ルーシーは渋々了承し、買い食いについては諦めた。



 ◇ ◇ ◇



 入学初日を終え、翌日。

 最初の授業が始まる日だ。

 そして、今日のホームルームではまず、クラス委員と他の委員を決めることになった。

「――じゃあ委員長に立候補する人はいますかー?」

 揺木先生は最初に委員長を決めるべく皆に声をかけた。

「はい!」

 一人だけ真っ直ぐに手が上がった。
 ハツラツとした良い声だった。

「あら、あなたは……的場史緒里まとばしおりさんね! 他に立候補者はいないかしら?」

 手元にある出席名簿を見ながら名前を確認する揺木先生。
 まだ完璧に顔と名前が一致していない様子が伺えた。

「……いないようね。なら、的場さんの立候補に不満がある人はいるかしら?」

「…………」

 誰も反対の手は挙がらなかった。
 というかこの状況で手を挙げる人は普通はいないだろう。

「では、クラス委員長は的場史緒里さんに決定! 皆さん拍手~」

 揺木先生の言葉通りに俺たちは拍手で的場さんを歓迎した。


 そしてその後、副委員長は男子の大貫寿志おおぬきひさしという人物に決まった。

「じゃあ二人は前に来て、簡単に意気込みをしてもらえるかな?」

 的場さんと大貫が教壇へと上がる。

 的場さんは肩辺りまで伸びたミディアムヘア。最初に手を挙げた時のように明るい雰囲気で、かつ真面目な雰囲気を併せ持った女子だった。

 そして大貫は、眼鏡をかけた高身長の人物。こちらも真面目な雰囲気だ。
 髪もそれほど長くなく、ショートとミディアムの間のような長さ。

「皆さん、クラス委員長になった的場史緒里です! 実は中学の時もしていたのでせっかくなら高校でもしようかと思って立候補しました。委員長としてできることはしたいと思いますので、ぜひよろしくお願いします!」

 中学生の時も委員長をしていたなら、安心できそうだ。
 おそらく皆もそう思ったことだろう。

「副委員長になった大貫寿志です。中心は的場さんだと思いますが、何かあれば僕にも声をかけてください。できる限り協力したいと思います。よろしくお願いします」

 思った通り真面目な人物のようで、協力的な人のようだ。
 この二人ならとりあえずはクラスを任せられそうだ。

「はい、お二人さんありがとう~! じゃあここからは二人に任せるわね。黒板に書いた委員会の役員をそれぞれ決めてもらえるかしら?」
「わかりました!」

 この後は、的場さんが進めていき、続々と委員会をする人が決まっていった。
 ただ最後の図書委員が問題だった。

 一人は千歳ちとせあせびという物静かそうな女子になったのだが、もう一人がなかなか決まらなかった。

「誰かいませんかー? ひとまず推薦という形でも構いませんよー? その後に辞退してもいいので」

 的場さんの声が教室に響く。
 ただ、それに対して反応がなく、これ以上話が進まず平行線となってしまっていた。

 図書委員か。

 俺はスマホを操作し、一般的な図書委員の仕事を調べてみた。

 するとわかったのは、昼休みと放課後のカウンター当番。本の貸し借りを管理する名簿の管理。本棚の整理に返却本の棚戻し。お勧め本のPOPやポスター作りなどらしい。

 カウンター当番も一年から三年の中で交代制で行う。この学校は三年生も合わせると全二十一クラスもあるので、当番が来る回数もそれほどないだろう。なら、軽音部と兼任してもそれほど忙しくないのではないだろうか?

「――はい」

 俺は手を挙げた。

「光流!?」

 すると横にいたルーシーが驚きの表情をした。

「あ、新入生代表の九藤くんですね!」

 的場さんが俺の名前を覚えていたようだ。
 代表挨拶をしたんだ。覚えられていてもおかしくはない。

「おいおい、お前大丈夫かよ? 部活できるか?」
「うん。そんなに忙しくないみたいだからさ。今まで委員会も入ったことなかったし、良い機会かなって」

 前の席の冬矢にも心配されたが、俺はもう決めていた。

「問題なければ九藤くんになりますが、皆さんよろしいでしょうか?」

「…………」

「では、図書委員は九藤くんに決定で! ということで揺木先生、これで全ての委員会が決まったので、お返しします」

 図書委員は千歳さんと俺に決定した。
 一瞬、千歳さんと目が合ったが、すぐに逸らされた。

 ……恥ずかしがり屋なのかもしれない。



 ◇ ◇ ◇


 ホームルーム後、早速、図書委員になったことについてルーシーたちから色々と聞かれた。

「光流! 図書委員どうしたの!?」
「誰も手挙げないからさ、このままだと時間だけ過ぎると思って。あとは委員会入ったことなかったから良い機会かなって」

 もし残った委員会が大変だったり、責任が重い委員会だったとしたらさすがに手は挙げなかった。

「お人好しだなぁ」
「図書室のカウンター当番も交代制でずっと忙しいわけじゃないと思うし、部活の時間は安心してよ」

 せっかく軽音部に入るんだ。
 ちゃんと時間は作りたい。

 ちなみに通常の委員会の任期は基本的には半年だ。
 ずっと長くやるわけではない。

「うん。……そういえば、いつ軽音部に行こっか?」

 あの女子の先輩も部室は探して来いって言ってたな。

「今日何も予定ないなら皆で行くか?」

 ルーシーの質問に冬矢が答える。

「俺は良いよ。最初の委員会の集まりは週末らしいから」
「私も大丈夫ー!」

 俺と真空が時間があることを伝える。
 ルーシーも冬矢もおそらく時間は空いているだろう。

「よし! なら今日の放課後に顔だして見っか!」
「そうしよう!」

 ということで、今日の放課後に早速、軽音部に顔を出してみることになった。








 ー☆ー☆ー☆ー


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