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186話 楽器屋にて
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大手楽器店の店長とは思えない言葉遣いの滋野さんだが、パワーを感じる人だった。
白髪まじりのヒゲがとても似合い、正直ヒゲがなかったらもっとイケメンに見えるだろうと思った。
若い頃はイケイケだったはずだ。
そんな滋野さんについて行くと、数々のギターが並んでいる場所へと案内された。
「僕、透柳さんからずっとギター借りてて、買うのがこれで初めてなんです」
「そうかそうか。中学校卒業したばかりなんだって? はははっ、ちょうど良いじゃないか。これから高校でくたびれるほど新しいギターを使ってやれ!」
滋野さんが豪快に笑う。
その笑顔を見て、俺と冬矢は顔を見合わせて笑った。
「そういやトオルからはストラト借りてたんだって?」
「はい」
「中坊が使うにはとんでもねぇギターだが、結構使いこなしてたって聞いてるぞ」
「そうなんですか!」
透柳さんがそんなこと言ってくれてたなんて嬉しい。
ちなみに俺もスマホで借りていたギターを調べていた。まぁ百万近いギターだったということは後からわかった時は腰を抜かした。
「まぁ自分の金で買うには同じようなレベルのギターは買えないとは思うが、俺の権限でできるだけまけてやる」
「そこまで……」
ちなみに滋野さんは、雇われ店長ではあるのだが、透柳さんを始め数々の有名な音楽関係者と知り合いらしい。
その伝手やよくこのお店にも足を運ばせているために、ある程度裁量権を与えられているとか。
「じゃあとりあえず、パッと気になったのを教えてくれ。選んだやつを説明してやる」
「わかりました」
しばらくギターを見ていきながら滋野さんに話を聞くと、最終的に二つに絞ることになった。
どちらもナチュラルカラーでピックガードは白なのだが、ギブソンのレスポールタイプにフェンダーのテレキャスタータイプ。
透柳さんから借りていたものよりもブラウンが濃くオレンジよりの色ではある。。
「とりあえずざっと弾いてみるといい」
滋野さんに従い、俺はギターを構えてその場にあった簡易的な椅子に座る。
チューニングを済ませると、エルアールの『星空のような雨』を伴奏部分やソロの部分を弾いてみた。
「へぇ……それ最近の有名になって来てる歌手の曲だよな? うちの子も騒いでたよ」
「有名なんだ……」
滋野さんからも知っていたエルアール。影響力はかなりあると言っていい。
そうして二つのギターを弾き比べると、なんとなく手に収まったのは、ギブソンのレスポールタイプの方だった。
「僕こっちにします」
「おう、予算は大丈夫か?」
「はい。なんとか……」
全財産とまではいかないが、かなり貯金がなくなる買い物だ。
滋野さんの言う通り使い倒すくらい使っていこう。
「よし、なら次はベースだ。行くぞ」
…………
次に滋野さんの案内でやってきたベースコーナー。
俺と同じく冬矢は滋野さんに色々と聞きながら、ベースを選んだ。
結局冬矢の決めては色だった。前は赤いベースだったから今度は逆である青にしたいということになり、青系のベースになった。
試し弾きする時には滋野さんに色々とアドバイスされていた。
そうして、俺たちが会計を済ませてギターケースを背負って帰ろうとした時だった。
「――うおっ。お前らいたのか」
冬矢が驚きの声を出した相手、それは――、
「それこっちのセリフなんだけど。暇つぶしに来ただけ」
そう返したのはしずはだった。隣には深月もいる。
二人で遊びに来たのだろうか。
「おう、しずはちゃんじゃねーか! トオルは元気にしてるか? たまには顔出せって言っておいてくれ」
滋野さんはしずはを見るなり話しかけた。
「こんにちは滋野さん。あの親父はいつも元気ですよ。言っておきますね」
父の知り合いということもあり、しずはは滋野さんと面識があったようだった。
「それ、買ったの?」
俺と冬矢の背負っているものを見て聞いてきたのは深月。
深月は前よりもお洒落になった気がする。細いジャンパースカートの上には短めのジャケットを羽織り、小さめなバッグを肩にかけていた。頭にはキャスケット帽を被っている。
ちなみにしずはの方はデニムジャケットにキャップのカジュアルスタイル。
最近はこういう服装の方が多いような気がする。
「おう、たった今な」
「色は?」
「青だけど」
「へぇ、ハチワルと同じ色ね……」
冬矢は深月と謎の会話を繰り広げていた。
ハチワルと言えば、ちるかわに登場しているキャラではあるのだが……。
「ねぇ、せっかく買ったんだし少し弾いてみたら?」
「え? さっき試しに弾いてみたよ」
「ううん。セッションだよ。適当にバッと弾くの」
セッションと言えば、藤間ファミリーでのセッションが記憶に新しい。
あの地下スタジオでは、とんでもないものを見せられた。
「ねぇ、いいですよね? 滋野さん」
「あぁ。別に良いが……」
いいの!?
「ならキーボードも二台貸してもらってもいいですか?」
「はは、しずはちゃんも弾くのかい?」
「いいじゃないですか。今日は暇なんですよね?」
「言ってくれるなぁ。なら、少し待っとけ」
勝手に話が進んでいき、なぜか四人でセッションすることになった。
「ここ、楽器屋だよね?」
「私もたまにこのお店来てるから。ある程度融通は利くよ」
「さすがです……」
◇ ◇ ◇
滋野さんは、適当な場所にスペースを作り、そこに椅子とキーボードを置き、アンプまで用意してくれた。
俺と冬矢はケースからギターとベースを取り出し、再びチューニングしはじめた。
「深月、いきなりだけどいけるよね?」
「まぁ……適当にやるくらいなら」
「深月は天才だもん。大丈夫だよ」
「あんたに言われたくないわよ」
そんな会話をしながら、二人もキーボードを調整していく。
しずははシンセサイザーの音に調整、深月は実際のピアノ音に調整していった。
そして、俺たちが準備していくと、何かが始まるのかと思われたのか、それほど多くなかったお客さんがぞろぞろと周囲に集まりはじめた。
「なんか観客いるんですけど……」
「光流、怖気づいちゃった?」
「ううん。もうあの時みたいにはならないよ」
「成長したね」
リハーサルでの失敗。観客の目線が怖くて声が出なくなったこと。
今回は声を出すわけではないが、手が動かなくなるということはないだろう。
ただ心配なのは、アドリブセッションは初めてだということだ。
「なんかコツ教えてよ」
「そんなのないわよ。他の人の音を聞きながら、こんな感じなら合うでしょって思いながらやるだけ」
「まじかよ」
「光流の腕ならできるよ。あいつに教わってたんだし」
謎の信頼感。確かに透柳さんに教わったことは大きかったがセッションのやり方を教わったわけではない。
「そろそろどうだ?」
滋野さんが俺たちに声をかけてくる。
俺は三人の顔を見渡すとコクリと一階頷いた。
「大丈夫です」
「なら、好きな時に初めてくれ」
滋野さんにそう言われたが、誰からどう始めればよいかわからなかった。
ただ、こういう時はリーダーが率先してやってくれる。
それは、あの文化祭のライブの時でも同じだった。
「――――!」
合図もなしに、しずがはピアノを弾き始める。
すると観客がピクッと反応する。
このお店に来ているということは、少なからず音楽をやっている人たち。
俺なんかよりずっとうまい人も混ざっているかもしれない。
そんな人たちがしずはの音に反応していた。
もう中学生レベルをとうに超えているしずはの実力。こういったセッションだけでも上手さがわかる。
そして、次に俺がギターの音を鳴らす。
一応俺にレベルを合わせてくれているのか、なんとかアドリブでもいけている。
意外と馴染む。
初めてこうやってこのギターで演奏したが、思いの外悪くないようだ。
新品だからか、音がよく出る感じがする。
次は深月のピアノ音が響く。
この音でぐっとジャズっぽいセッションが見え隠れしていく。
深月もセッションなんて初めてだろう。しかし、彼女も天才だ。
しずはによれば絶対音感があるらしい。人に合わせる演奏などお手の物だろう。
最後に冬矢。久しぶりに彼のベースを見たが、衰えてはいないようだ。
俺と同じく家でもたまに触っていたのが見てわかる。
流れるような指裁きが心地よい音を奏でる。
四人が揃い、音が重なり合う。
俺たちはリズムに乗りながら指を動かしていく。
観客も少し頭を振ったり、かかとをタップしたりして、リズムをとってくれていた。
そうして最後には四人でアイコンタクトをして、演奏を終了した。
パチパチパチと響く観客の拍手。
拍手されるくらいの演奏にはなっていたようだ。
「良かったじゃないか!」
演奏を終えると滋野さんが拍手と共に褒めてくれた。
「ありがとうございました」
俺は観客と滋野さんにペコリとお辞儀をした。
すると、観客たちはバラバラに散っていった。
…………
「――今日はありがとうございました。良いギターを選べたと思います」
「こっちこそ若ぇのにいいもん見せてもらった」
俺たちはお店の入口で滋野さんに挨拶をしていた。
「またね、滋野さん」
「あいよ。トオルによろしくな」
最後にしずはが挨拶すると、四人は一緒に楽器屋を出ることになった。
「お前らどうせ暇なんだろ? 飯でも行こうぜ」
「は? 暇って決めつけないで。私はしずはと遊んでたんだから」
「いや、お前も楽しそうに演奏してたじゃねーか……いでっ!?」
冬矢がしずはと深月を誘うも深月に断られる。
そこでセッションを楽しんでいたことを指摘したのだが、冬矢は深月に殴られることになってしまった。
「しずはも顔が広いね」
「まぁ、お父さん繋がりだし。家に来たり出先で紹介されたり、そういうのたまにあるから」
「さすがは音楽一家」
「そういや、お父さん言ってたけど、ギター返さなくて良いらしいよ。何かあった時のスペアとして持っておけってさ」
「うそでしょ!?」
百万円近いギターを俺にくれるというのか。
ちょっとさすがにそこまでは……と思いつつも正直一年も使ってきたので、借り物とは家かなり愛着が湧いていた。
「たくさんあるし、一本くらいどうってことないんだと思うけど」
「そういうもんかぁ」
俺はあとで透柳さんに連絡しようと思った。
「深月、もういいでしょ? せっかくだし遊ぼうよ」
「あんたは光流目的でしょ」
「バレた?」
「バレるも何もないでしょうに……」
そんな会話をしつつ、結局は深月とも一緒に遊ぶことになった。
「ルーシーもまだいないし、羨ましがることしに行こう!」
「なにするのさ」
「ゲーセン! 前に理沙たちと行ってきたんでしょ?」
「あぁ、全然良いけど」
「私もあんまり行ったことないし」
ということでしずはのリクエストでゲーセンに行くことになった。
三月も残りわずか。
すぐに入学の日がやってくる。
桜の木も蕾も少しずつ動きはじめ、入学式の頃には咲きそうな雰囲気があった。
中学が終わり、高校。ルーシーももうすぐ日本に到着。
楽しみなことがたくさんだ。
足取り軽く、俺たちは街に繰り出していった。
ー☆ー☆ー☆ー
この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!
もしよろしければ下のハートのいいねやお気に入り登録などの応援をしていただけると嬉しいです。
カクヨムと小説家になろうでも同じタイトルで投稿しているのですが、他の読者のコメントが見たい方はカクヨムがお勧めです。
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「そういやトオルからはストラト借りてたんだって?」
「はい」
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「そうなんですか!」
透柳さんがそんなこと言ってくれてたなんて嬉しい。
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「そこまで……」
ちなみに滋野さんは、雇われ店長ではあるのだが、透柳さんを始め数々の有名な音楽関係者と知り合いらしい。
その伝手やよくこのお店にも足を運ばせているために、ある程度裁量権を与えられているとか。
「じゃあとりあえず、パッと気になったのを教えてくれ。選んだやつを説明してやる」
「わかりました」
しばらくギターを見ていきながら滋野さんに話を聞くと、最終的に二つに絞ることになった。
どちらもナチュラルカラーでピックガードは白なのだが、ギブソンのレスポールタイプにフェンダーのテレキャスタータイプ。
透柳さんから借りていたものよりもブラウンが濃くオレンジよりの色ではある。。
「とりあえずざっと弾いてみるといい」
滋野さんに従い、俺はギターを構えてその場にあった簡易的な椅子に座る。
チューニングを済ませると、エルアールの『星空のような雨』を伴奏部分やソロの部分を弾いてみた。
「へぇ……それ最近の有名になって来てる歌手の曲だよな? うちの子も騒いでたよ」
「有名なんだ……」
滋野さんからも知っていたエルアール。影響力はかなりあると言っていい。
そうして二つのギターを弾き比べると、なんとなく手に収まったのは、ギブソンのレスポールタイプの方だった。
「僕こっちにします」
「おう、予算は大丈夫か?」
「はい。なんとか……」
全財産とまではいかないが、かなり貯金がなくなる買い物だ。
滋野さんの言う通り使い倒すくらい使っていこう。
「よし、なら次はベースだ。行くぞ」
…………
次に滋野さんの案内でやってきたベースコーナー。
俺と同じく冬矢は滋野さんに色々と聞きながら、ベースを選んだ。
結局冬矢の決めては色だった。前は赤いベースだったから今度は逆である青にしたいということになり、青系のベースになった。
試し弾きする時には滋野さんに色々とアドバイスされていた。
そうして、俺たちが会計を済ませてギターケースを背負って帰ろうとした時だった。
「――うおっ。お前らいたのか」
冬矢が驚きの声を出した相手、それは――、
「それこっちのセリフなんだけど。暇つぶしに来ただけ」
そう返したのはしずはだった。隣には深月もいる。
二人で遊びに来たのだろうか。
「おう、しずはちゃんじゃねーか! トオルは元気にしてるか? たまには顔出せって言っておいてくれ」
滋野さんはしずはを見るなり話しかけた。
「こんにちは滋野さん。あの親父はいつも元気ですよ。言っておきますね」
父の知り合いということもあり、しずはは滋野さんと面識があったようだった。
「それ、買ったの?」
俺と冬矢の背負っているものを見て聞いてきたのは深月。
深月は前よりもお洒落になった気がする。細いジャンパースカートの上には短めのジャケットを羽織り、小さめなバッグを肩にかけていた。頭にはキャスケット帽を被っている。
ちなみにしずはの方はデニムジャケットにキャップのカジュアルスタイル。
最近はこういう服装の方が多いような気がする。
「おう、たった今な」
「色は?」
「青だけど」
「へぇ、ハチワルと同じ色ね……」
冬矢は深月と謎の会話を繰り広げていた。
ハチワルと言えば、ちるかわに登場しているキャラではあるのだが……。
「ねぇ、せっかく買ったんだし少し弾いてみたら?」
「え? さっき試しに弾いてみたよ」
「ううん。セッションだよ。適当にバッと弾くの」
セッションと言えば、藤間ファミリーでのセッションが記憶に新しい。
あの地下スタジオでは、とんでもないものを見せられた。
「ねぇ、いいですよね? 滋野さん」
「あぁ。別に良いが……」
いいの!?
「ならキーボードも二台貸してもらってもいいですか?」
「はは、しずはちゃんも弾くのかい?」
「いいじゃないですか。今日は暇なんですよね?」
「言ってくれるなぁ。なら、少し待っとけ」
勝手に話が進んでいき、なぜか四人でセッションすることになった。
「ここ、楽器屋だよね?」
「私もたまにこのお店来てるから。ある程度融通は利くよ」
「さすがです……」
◇ ◇ ◇
滋野さんは、適当な場所にスペースを作り、そこに椅子とキーボードを置き、アンプまで用意してくれた。
俺と冬矢はケースからギターとベースを取り出し、再びチューニングしはじめた。
「深月、いきなりだけどいけるよね?」
「まぁ……適当にやるくらいなら」
「深月は天才だもん。大丈夫だよ」
「あんたに言われたくないわよ」
そんな会話をしながら、二人もキーボードを調整していく。
しずははシンセサイザーの音に調整、深月は実際のピアノ音に調整していった。
そして、俺たちが準備していくと、何かが始まるのかと思われたのか、それほど多くなかったお客さんがぞろぞろと周囲に集まりはじめた。
「なんか観客いるんですけど……」
「光流、怖気づいちゃった?」
「ううん。もうあの時みたいにはならないよ」
「成長したね」
リハーサルでの失敗。観客の目線が怖くて声が出なくなったこと。
今回は声を出すわけではないが、手が動かなくなるということはないだろう。
ただ心配なのは、アドリブセッションは初めてだということだ。
「なんかコツ教えてよ」
「そんなのないわよ。他の人の音を聞きながら、こんな感じなら合うでしょって思いながらやるだけ」
「まじかよ」
「光流の腕ならできるよ。あいつに教わってたんだし」
謎の信頼感。確かに透柳さんに教わったことは大きかったがセッションのやり方を教わったわけではない。
「そろそろどうだ?」
滋野さんが俺たちに声をかけてくる。
俺は三人の顔を見渡すとコクリと一階頷いた。
「大丈夫です」
「なら、好きな時に初めてくれ」
滋野さんにそう言われたが、誰からどう始めればよいかわからなかった。
ただ、こういう時はリーダーが率先してやってくれる。
それは、あの文化祭のライブの時でも同じだった。
「――――!」
合図もなしに、しずがはピアノを弾き始める。
すると観客がピクッと反応する。
このお店に来ているということは、少なからず音楽をやっている人たち。
俺なんかよりずっとうまい人も混ざっているかもしれない。
そんな人たちがしずはの音に反応していた。
もう中学生レベルをとうに超えているしずはの実力。こういったセッションだけでも上手さがわかる。
そして、次に俺がギターの音を鳴らす。
一応俺にレベルを合わせてくれているのか、なんとかアドリブでもいけている。
意外と馴染む。
初めてこうやってこのギターで演奏したが、思いの外悪くないようだ。
新品だからか、音がよく出る感じがする。
次は深月のピアノ音が響く。
この音でぐっとジャズっぽいセッションが見え隠れしていく。
深月もセッションなんて初めてだろう。しかし、彼女も天才だ。
しずはによれば絶対音感があるらしい。人に合わせる演奏などお手の物だろう。
最後に冬矢。久しぶりに彼のベースを見たが、衰えてはいないようだ。
俺と同じく家でもたまに触っていたのが見てわかる。
流れるような指裁きが心地よい音を奏でる。
四人が揃い、音が重なり合う。
俺たちはリズムに乗りながら指を動かしていく。
観客も少し頭を振ったり、かかとをタップしたりして、リズムをとってくれていた。
そうして最後には四人でアイコンタクトをして、演奏を終了した。
パチパチパチと響く観客の拍手。
拍手されるくらいの演奏にはなっていたようだ。
「良かったじゃないか!」
演奏を終えると滋野さんが拍手と共に褒めてくれた。
「ありがとうございました」
俺は観客と滋野さんにペコリとお辞儀をした。
すると、観客たちはバラバラに散っていった。
…………
「――今日はありがとうございました。良いギターを選べたと思います」
「こっちこそ若ぇのにいいもん見せてもらった」
俺たちはお店の入口で滋野さんに挨拶をしていた。
「またね、滋野さん」
「あいよ。トオルによろしくな」
最後にしずはが挨拶すると、四人は一緒に楽器屋を出ることになった。
「お前らどうせ暇なんだろ? 飯でも行こうぜ」
「は? 暇って決めつけないで。私はしずはと遊んでたんだから」
「いや、お前も楽しそうに演奏してたじゃねーか……いでっ!?」
冬矢がしずはと深月を誘うも深月に断られる。
そこでセッションを楽しんでいたことを指摘したのだが、冬矢は深月に殴られることになってしまった。
「しずはも顔が広いね」
「まぁ、お父さん繋がりだし。家に来たり出先で紹介されたり、そういうのたまにあるから」
「さすがは音楽一家」
「そういや、お父さん言ってたけど、ギター返さなくて良いらしいよ。何かあった時のスペアとして持っておけってさ」
「うそでしょ!?」
百万円近いギターを俺にくれるというのか。
ちょっとさすがにそこまでは……と思いつつも正直一年も使ってきたので、借り物とは家かなり愛着が湧いていた。
「たくさんあるし、一本くらいどうってことないんだと思うけど」
「そういうもんかぁ」
俺はあとで透柳さんに連絡しようと思った。
「深月、もういいでしょ? せっかくだし遊ぼうよ」
「あんたは光流目的でしょ」
「バレた?」
「バレるも何もないでしょうに……」
そんな会話をしつつ、結局は深月とも一緒に遊ぶことになった。
「ルーシーもまだいないし、羨ましがることしに行こう!」
「なにするのさ」
「ゲーセン! 前に理沙たちと行ってきたんでしょ?」
「あぁ、全然良いけど」
「私もあんまり行ったことないし」
ということでしずはのリクエストでゲーセンに行くことになった。
三月も残りわずか。
すぐに入学の日がやってくる。
桜の木も蕾も少しずつ動きはじめ、入学式の頃には咲きそうな雰囲気があった。
中学が終わり、高校。ルーシーももうすぐ日本に到着。
楽しみなことがたくさんだ。
足取り軽く、俺たちは街に繰り出していった。
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この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!
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カクヨムと小説家になろうでも同じタイトルで投稿しているのですが、他の読者のコメントが見たい方はカクヨムがお勧めです。
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