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178話 どっちのチョコが美味しい?
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「――で、私とルーシー、どっちのチョコが美味しかったの?」
翌日の休み時間。
トイレに行った帰り、俺は廊下でしずはに詰め寄られていた。
ついでに横には千彩都もいる。
「あ~は~、深月……かな?」
「あんなの勝てるわけないでしょ! 頭おかしいのよ!!」
やはり深月と一緒に作っていたのか、どんなチョコを作ったのか知っているようだった。
「ルーシーのもしずはのもすごい美味しかったよ。優劣をつけるなんてとても……」
「いくじなし!」
そう言われても困る。
もし俺がルーシーの方が美味しかったと言ったらどうなるのだろうか。
もし俺がしずはの方が美味しかったと言ったらどうなるのだろうか。
……わからん!
「とりあえず朝渡したルーシーのチョコでも食べてよ」
「もちろん食べるわよ。でもそれとこれとは関係ないでしょ?」
「じゃあどうしろって言うんだ」
「私の方が美味しかったと言いなさい」
「あれぇ!?」
こいつ、話が変わってるぞ。
「じゃあ、しずはの方が美味しかった……これでいい?」
「…………やったぁっ!」
そう言った瞬間、しずはの表情がニコニコになって喜んだ。
「いや、言わされただけだからね? ここ重要だよ?」
「やったー! ルーシーに勝ったー!!」
「千彩都どうにかしてよ……」
「たまには勝たせてあげなさい」
「理不尽だ……」
俺の味方はいないようだ。
「あとルーシーのチョコ見せなさいよ。写真撮ったんでしょ?」
「あ~、でも一個食べちゃったあとに撮ったから食べかけになちゃうけど」
そうして、俺はスマホで撮ったルーシーのチョコの写真を見せた。
「ふーん。こういう洋菓子みたいなお洒落タイプなのね、ルーシーは」
「そうだね。多分お母さんの影響が強いんだと思う」
オリヴィアさんの作る料理も洋風が中心。だから作るデザートもそっち寄りになるのだろう。
それを教えてもらっているルーシーも同様だ。
「へぇ。なら私の光流のことを考えたチョコも良かったわけだ」
「まぁ……ね。普通にギターとか嬉しくない? しずはだってピアノみたいなチョコもらったら嬉しいでしょ?」
「それ、作ってくれるってこと?」
「俺の技術で作れるわけっ!」
無理難題過ぎる。
そもそも手が器用なほどではないというのに。
「手作り感満載のチョコで我慢してくれ」
「ふふっ、それが言いんじゃん。下手に上手なチョコよりもずっと良いよ」
「そういうもん?」
「そーいうもん」
俺は見た目はともかく心がこもってたら何でも嬉しいけどな。
「てか、いつになったらルーシーちゃんたちとグループチャット作ってくれるわけー?」
チョコの話から話題を変えた千彩都。
前々から言っていたことだが、ルーシーの推薦入試が終わったあとにとは言っていたはずだ。
「俺たちも受験終わったし、そろそろ聞くか」
「早急によろしく!」
がっつきすぎだろ。
女性への美に対する執着心はすごいな。
「あー、一個質問良い?」
「もちろん」
俺は気になったことを聞くことにした。
「深月って冬矢にチョコあげたの?」
「あげたわよ」
「そっか、どんなやつあげたの?」
「それ聞く~?」
「だって俺にくれたやつがあのレベルだよ? 冬矢のはもっとすごいのかなって」
「あ~」
すると、しずはがクスクスと笑い出す。
なんだよ。面白いものでは渡したのか……?
「教えてあげる。深月は冬矢に渡したのは――」
◇ ◇ ◇
日付は一日前。バレンタイン当日。
帰り際、ぶっきらぼうに深月からチョコを渡された冬矢。
冬矢自身も下級生や同級生からかなりの数のチョコを渡されたが、一番チョコをもらいたい相手は一番最後だった。
内心いつもらえるのかとヒヤヒヤしていたが、深月の性格を思うと誰もいない場所で渡すほうが深月らしいと冬矢もあとで気付いた。
「さぁ~て、どんなチョコかな~」
家に帰った冬矢は、ドサッとリビングに山盛りのチョコたちを置いて、深月のチョコだけを持って自室へとこもった。
そうして、紙袋から取り出したのは、大きめの箱。
箱の大きさからして、明らかにチョコ自体も大きいとわかるものだった。
その箱の大きさはホールケーキで言うと六号――直径十八センチほど、それがすっぽりと入るサイズだった。
冬矢はテーブルの上でその箱を開けてみることにした。
優しく優しく蓋を開く。するとそこから出てきたのは――、
「なんだこりゃあ!?」
デカい。
箱のサイズからデカさはわかってはいたのだが、とにかくデカい。
そして、白と黒がタイルのように組み合わさっていた表面。
上下がないこの形はまさに真球だった。
「サッカーボールじゃねえかっ」
そう、深月が冬矢に渡したチョコとは、幼稚園児が使うほどのサッカーボールのサイズとほぼ一緒。
見た目サッカーボールそのままのチョコがその箱には入っていた。
「あいつ……俺への当てつけかぁ?」
冬矢は嬉しい気持ち半分、複雑な気持ち半分だった。
それもそうだ。実際まだサッカーに対してどこか吹っ切れてはない。
だから、サッカーの話題やサッカーに関するものを見てしまうと、きゅっと心臓が締め付けられるような感覚に襲われる。
自分からはサッカーのことは一切しないようにしていた。
「まぁ……でも食うか」
夕食前に少し食べようと冬矢は一階からフォークを持ってきて、一人で巨大サッカーボールチョコを食べ始めた。
黒い部分は一般的なチョコ、そして白い部分はホワイトチョコになっていて、ムラなく綺麗な表面。
さすがは深月、そう思った冬矢。
「すげぇうまい……な」
サッカーボールに孔を開けるようにフォークを刺してチョコを口に入れると、ほわっと広がるラムの香り。
甘さ控えめで、健康にも配慮された味だった。
「この量は健康に配慮されてないけどな」
その通りである。
ひとまず少しだけ食べて一旦箱に仕舞い直して冷蔵庫に入れた。
夕食後、冬矢は再度深月のチョコを食べることを再開。
そうして、半分ほど食べ進めていき、サッカーボール表面のタイルが全て剥がれると冬矢は違和感に気づいた。
「あれ……中になんかある?」
少し中心に向かって食べ進めていくと、空洞になっていたような空間があった。
その空洞はそれほど大きくはないのだが、何かちらっと見えたのだ。
そのまま食べ進めていくと、なんとか中心にある空洞まで辿り着いた。
「……カード、か?」
そこにはカードのような長方形の何かがあった。
「あ、これもチョコなのか」
壊さないようにフォークではなく、手づかみで長方形のチョコを手前にとってみる。
すると、その板状になっていた長方形のチョコ。そこに何かが刻まれていた。
「ダサい……」
そこに書かれていた文字はたった三文字。
カタカナ二文字とひらがな一文字の『ダサい』でした。
「どういうことなんだよ……」
何に対してダサいと言っているのか冬矢には全くわからなかった。
一つ考えついたもの。視線を向けたのは、机のすぐ横に置いてある学校用のカバン。
そのフックのような部分に括られていたのは、大人気アニメのキャラである『ちるかわ』、そのクリスマス限定トナカイ場0ジョンのキーホルダーだった。
「似合ってないってことか……?」
冬矢はクリスマスイブの日、深月から持っていなさいと言われたキーホルダーを律儀にカバンにつけていた。
それも、ちゃんと見えるところで。
確かに冬矢は可愛い系のキャラは全く似合わないし、買ったりもしない。
今までよく買っていたものと言えば、海外サッカー選手のポスターなど。そのポスター類も今は全て剥がされいて、シンプルで何もない部屋になっているが……。
「わかんね……」
そう言いながら、チョコを頬張る冬矢。
量が多くとも全部一人で食べるつもりだ。
そして、明日には「すっげえうまかった!」と深月に伝えるつもりだ。
「お返しどうすっかなぁ。あいつ、ちるかわ以外に好きなものなさそうだし」
また、ちるかわに関わる何かをプレゼントするのか。
でもそれだとワンパターン。どうしようかと悩んでいた。
今までの女子なら、少し高めのチョコや特別感のあるデートをすることで喜んだ。
でも、深月の場合それがよくわからない。
身につけているものから好きなことを予想するのは容易いが、その範囲が深月は狭い。
あと残すはピアノに関すること。
「ピアノ関連で俺が喜ばせられるものってなんだ……?」
冬矢はホワイトデーまでの一ヶ月間、悩み続けることになる。
◇ ◇ ◇
「ねぇ、深月ちゃんのチョコ!? やばすぎない!?」
後日、俺はルーシーにお礼の意味を込めて電話をしていた。
しずはと深月にもらったチョコの写真を送ってほしいと言われたのでメッセージで送った。
そうしたらこの反応だ。
「そうだね、やばいよね」
「お母さんより凄いかもしれない……」
「中学生とは思えない技術だよね」
「あるところにはあるのね、才能って」
身近にいる尊敬する対象が最も凄いと思っていたのに、すぐ近くにそれ以上の存在が現れる。
世の中は広い、たまにあることだろう。
「あ、そういえばさ、千彩都としずはがルーシーと真空の四人のグループチャット作って欲しいって話してるんだけど、良い?」
「え!? しずはも!?」
「あ~、メインは千彩都かな」
「でもそこにはしずはも入るんだ」
「そうなるね」
「もちろんオッケー!」
ルーシーの喜ぶ顔が目に浮かんだ。
彼女はなぜかしずはのことをかなり気に入っている。
「じゃあルーシーの連絡先教えておくから、連絡きたら追加してね」
「わかった! 真空にも言っておく!」
「そこでチョコの話とかも色々聞いてみなよ。俺よりも詳しく話できるでしょ」
「そうするー!」
楽しそうで何よりだ。変に喧嘩とかしないと良いけど。
初めて会った時は喧嘩したから仲良くなったらしいけど、また喧嘩しないとは限らない。
◇ ◇ ◇
「ヘイ! 三ヶ月振りだねリンナ……リンナ!?」
「久しぶり、アレックス」
推薦入試が終わった直後から、また私の曲作りが再開された。
事務所契約はまだしないけど、アメリカにいる間は曲を作ってくれるという話があったので、手が空いた今こうしてレコーディングスタジオに収録に来ていた。
メッセージや電話などでやりとりはしていたが、こうして歌のコーチであるアレックスに直接会うのは久しぶりだった。
そして、素顔を見せるのはこれが初めてだった。
「包帯がないじゃないか! キュート過ぎるよ!」
「ありがとう。やっと病気が治ったの」
「最高だね! ならサムネイル写真も仮面つけないで撮るかい?」
「ふふ。仮面はつけたままでお願い」
「わかったよ!」
できるだけエルアールが誰なのかわからないようにしたい。
なら、仮面はずっとつけたままの方が良い。
そしてアレックスの他にもう一人。
「エリーさん! 久しぶりですねっ!」
「えっ!? あっ!?」
私はエリーさんに近づいて両手を握り上下にぶんぶんと振りながら握手した。
…………あれ?
「あ、あの……リンナさん。これは……」
「あれ、私……」
以前会った時は、こんなことはしなかった。
そもそもピシッとしたビジネスマンであるエリーさんに対してこんなことをするなんて、私はどうしてしまったのだろう。
「……ふふ。リンナさん。少し変わりましたね。それに素敵なお顔です」
「あ……はい……ありがとうございます」
いきなり失礼な態度をとった私にも微笑みかけてくれたエリーさん。
「日本で何かありましたか?」
女の勘というのは、どの国でもあるのだろうか。
でも、ここまで露骨におかしい態度をとっていれば当たり前だろうか。
「はい、ありました。色々と」
「それがいい影響を与えたのかもしれませんね。前よりも明るいです」
そうか、私明るくなっていたのか。
自分では気づかなかった少しの変化。アメリカに来て十分明るくなっていたと思ったけど、光流やその友達とも会えたお陰でまた少し明るくなったようだ。
「なら、それが歌にも反映されていたら良いですね」
「はいっ」
私とエリーさんは再度握手をした。
再度説明しておくが、エリーさんはアメリカの大手音楽事務所である『バウリー・レコード』のプロデューサーだ。
アレックス経由で紹介され、一曲目から無償で数人のスタッフを揃えて収録してくれている。
「じゃあ、始めようか」
「オッケー!」
今から収録するのは四曲目。多分日本に行くまではこの曲を含めてあと二曲。
心を込めて歌おう。
私は後ろに控えていた母と須崎に見守られながら、収録ブースへと足を踏み入れた。
ー☆ー☆ー☆ー
この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!
もしよろしければ下のハートのいいねやお気に入り登録などの応援をしていただけると嬉しいです。
カクヨムと小説家になろうでも同じタイトルで投稿しているのですが、他の読者のコメントが見たい方はカクヨムがお勧めです。
翌日の休み時間。
トイレに行った帰り、俺は廊下でしずはに詰め寄られていた。
ついでに横には千彩都もいる。
「あ~は~、深月……かな?」
「あんなの勝てるわけないでしょ! 頭おかしいのよ!!」
やはり深月と一緒に作っていたのか、どんなチョコを作ったのか知っているようだった。
「ルーシーのもしずはのもすごい美味しかったよ。優劣をつけるなんてとても……」
「いくじなし!」
そう言われても困る。
もし俺がルーシーの方が美味しかったと言ったらどうなるのだろうか。
もし俺がしずはの方が美味しかったと言ったらどうなるのだろうか。
……わからん!
「とりあえず朝渡したルーシーのチョコでも食べてよ」
「もちろん食べるわよ。でもそれとこれとは関係ないでしょ?」
「じゃあどうしろって言うんだ」
「私の方が美味しかったと言いなさい」
「あれぇ!?」
こいつ、話が変わってるぞ。
「じゃあ、しずはの方が美味しかった……これでいい?」
「…………やったぁっ!」
そう言った瞬間、しずはの表情がニコニコになって喜んだ。
「いや、言わされただけだからね? ここ重要だよ?」
「やったー! ルーシーに勝ったー!!」
「千彩都どうにかしてよ……」
「たまには勝たせてあげなさい」
「理不尽だ……」
俺の味方はいないようだ。
「あとルーシーのチョコ見せなさいよ。写真撮ったんでしょ?」
「あ~、でも一個食べちゃったあとに撮ったから食べかけになちゃうけど」
そうして、俺はスマホで撮ったルーシーのチョコの写真を見せた。
「ふーん。こういう洋菓子みたいなお洒落タイプなのね、ルーシーは」
「そうだね。多分お母さんの影響が強いんだと思う」
オリヴィアさんの作る料理も洋風が中心。だから作るデザートもそっち寄りになるのだろう。
それを教えてもらっているルーシーも同様だ。
「へぇ。なら私の光流のことを考えたチョコも良かったわけだ」
「まぁ……ね。普通にギターとか嬉しくない? しずはだってピアノみたいなチョコもらったら嬉しいでしょ?」
「それ、作ってくれるってこと?」
「俺の技術で作れるわけっ!」
無理難題過ぎる。
そもそも手が器用なほどではないというのに。
「手作り感満載のチョコで我慢してくれ」
「ふふっ、それが言いんじゃん。下手に上手なチョコよりもずっと良いよ」
「そういうもん?」
「そーいうもん」
俺は見た目はともかく心がこもってたら何でも嬉しいけどな。
「てか、いつになったらルーシーちゃんたちとグループチャット作ってくれるわけー?」
チョコの話から話題を変えた千彩都。
前々から言っていたことだが、ルーシーの推薦入試が終わったあとにとは言っていたはずだ。
「俺たちも受験終わったし、そろそろ聞くか」
「早急によろしく!」
がっつきすぎだろ。
女性への美に対する執着心はすごいな。
「あー、一個質問良い?」
「もちろん」
俺は気になったことを聞くことにした。
「深月って冬矢にチョコあげたの?」
「あげたわよ」
「そっか、どんなやつあげたの?」
「それ聞く~?」
「だって俺にくれたやつがあのレベルだよ? 冬矢のはもっとすごいのかなって」
「あ~」
すると、しずはがクスクスと笑い出す。
なんだよ。面白いものでは渡したのか……?
「教えてあげる。深月は冬矢に渡したのは――」
◇ ◇ ◇
日付は一日前。バレンタイン当日。
帰り際、ぶっきらぼうに深月からチョコを渡された冬矢。
冬矢自身も下級生や同級生からかなりの数のチョコを渡されたが、一番チョコをもらいたい相手は一番最後だった。
内心いつもらえるのかとヒヤヒヤしていたが、深月の性格を思うと誰もいない場所で渡すほうが深月らしいと冬矢もあとで気付いた。
「さぁ~て、どんなチョコかな~」
家に帰った冬矢は、ドサッとリビングに山盛りのチョコたちを置いて、深月のチョコだけを持って自室へとこもった。
そうして、紙袋から取り出したのは、大きめの箱。
箱の大きさからして、明らかにチョコ自体も大きいとわかるものだった。
その箱の大きさはホールケーキで言うと六号――直径十八センチほど、それがすっぽりと入るサイズだった。
冬矢はテーブルの上でその箱を開けてみることにした。
優しく優しく蓋を開く。するとそこから出てきたのは――、
「なんだこりゃあ!?」
デカい。
箱のサイズからデカさはわかってはいたのだが、とにかくデカい。
そして、白と黒がタイルのように組み合わさっていた表面。
上下がないこの形はまさに真球だった。
「サッカーボールじゃねえかっ」
そう、深月が冬矢に渡したチョコとは、幼稚園児が使うほどのサッカーボールのサイズとほぼ一緒。
見た目サッカーボールそのままのチョコがその箱には入っていた。
「あいつ……俺への当てつけかぁ?」
冬矢は嬉しい気持ち半分、複雑な気持ち半分だった。
それもそうだ。実際まだサッカーに対してどこか吹っ切れてはない。
だから、サッカーの話題やサッカーに関するものを見てしまうと、きゅっと心臓が締め付けられるような感覚に襲われる。
自分からはサッカーのことは一切しないようにしていた。
「まぁ……でも食うか」
夕食前に少し食べようと冬矢は一階からフォークを持ってきて、一人で巨大サッカーボールチョコを食べ始めた。
黒い部分は一般的なチョコ、そして白い部分はホワイトチョコになっていて、ムラなく綺麗な表面。
さすがは深月、そう思った冬矢。
「すげぇうまい……な」
サッカーボールに孔を開けるようにフォークを刺してチョコを口に入れると、ほわっと広がるラムの香り。
甘さ控えめで、健康にも配慮された味だった。
「この量は健康に配慮されてないけどな」
その通りである。
ひとまず少しだけ食べて一旦箱に仕舞い直して冷蔵庫に入れた。
夕食後、冬矢は再度深月のチョコを食べることを再開。
そうして、半分ほど食べ進めていき、サッカーボール表面のタイルが全て剥がれると冬矢は違和感に気づいた。
「あれ……中になんかある?」
少し中心に向かって食べ進めていくと、空洞になっていたような空間があった。
その空洞はそれほど大きくはないのだが、何かちらっと見えたのだ。
そのまま食べ進めていくと、なんとか中心にある空洞まで辿り着いた。
「……カード、か?」
そこにはカードのような長方形の何かがあった。
「あ、これもチョコなのか」
壊さないようにフォークではなく、手づかみで長方形のチョコを手前にとってみる。
すると、その板状になっていた長方形のチョコ。そこに何かが刻まれていた。
「ダサい……」
そこに書かれていた文字はたった三文字。
カタカナ二文字とひらがな一文字の『ダサい』でした。
「どういうことなんだよ……」
何に対してダサいと言っているのか冬矢には全くわからなかった。
一つ考えついたもの。視線を向けたのは、机のすぐ横に置いてある学校用のカバン。
そのフックのような部分に括られていたのは、大人気アニメのキャラである『ちるかわ』、そのクリスマス限定トナカイ場0ジョンのキーホルダーだった。
「似合ってないってことか……?」
冬矢はクリスマスイブの日、深月から持っていなさいと言われたキーホルダーを律儀にカバンにつけていた。
それも、ちゃんと見えるところで。
確かに冬矢は可愛い系のキャラは全く似合わないし、買ったりもしない。
今までよく買っていたものと言えば、海外サッカー選手のポスターなど。そのポスター類も今は全て剥がされいて、シンプルで何もない部屋になっているが……。
「わかんね……」
そう言いながら、チョコを頬張る冬矢。
量が多くとも全部一人で食べるつもりだ。
そして、明日には「すっげえうまかった!」と深月に伝えるつもりだ。
「お返しどうすっかなぁ。あいつ、ちるかわ以外に好きなものなさそうだし」
また、ちるかわに関わる何かをプレゼントするのか。
でもそれだとワンパターン。どうしようかと悩んでいた。
今までの女子なら、少し高めのチョコや特別感のあるデートをすることで喜んだ。
でも、深月の場合それがよくわからない。
身につけているものから好きなことを予想するのは容易いが、その範囲が深月は狭い。
あと残すはピアノに関すること。
「ピアノ関連で俺が喜ばせられるものってなんだ……?」
冬矢はホワイトデーまでの一ヶ月間、悩み続けることになる。
◇ ◇ ◇
「ねぇ、深月ちゃんのチョコ!? やばすぎない!?」
後日、俺はルーシーにお礼の意味を込めて電話をしていた。
しずはと深月にもらったチョコの写真を送ってほしいと言われたのでメッセージで送った。
そうしたらこの反応だ。
「そうだね、やばいよね」
「お母さんより凄いかもしれない……」
「中学生とは思えない技術だよね」
「あるところにはあるのね、才能って」
身近にいる尊敬する対象が最も凄いと思っていたのに、すぐ近くにそれ以上の存在が現れる。
世の中は広い、たまにあることだろう。
「あ、そういえばさ、千彩都としずはがルーシーと真空の四人のグループチャット作って欲しいって話してるんだけど、良い?」
「え!? しずはも!?」
「あ~、メインは千彩都かな」
「でもそこにはしずはも入るんだ」
「そうなるね」
「もちろんオッケー!」
ルーシーの喜ぶ顔が目に浮かんだ。
彼女はなぜかしずはのことをかなり気に入っている。
「じゃあルーシーの連絡先教えておくから、連絡きたら追加してね」
「わかった! 真空にも言っておく!」
「そこでチョコの話とかも色々聞いてみなよ。俺よりも詳しく話できるでしょ」
「そうするー!」
楽しそうで何よりだ。変に喧嘩とかしないと良いけど。
初めて会った時は喧嘩したから仲良くなったらしいけど、また喧嘩しないとは限らない。
◇ ◇ ◇
「ヘイ! 三ヶ月振りだねリンナ……リンナ!?」
「久しぶり、アレックス」
推薦入試が終わった直後から、また私の曲作りが再開された。
事務所契約はまだしないけど、アメリカにいる間は曲を作ってくれるという話があったので、手が空いた今こうしてレコーディングスタジオに収録に来ていた。
メッセージや電話などでやりとりはしていたが、こうして歌のコーチであるアレックスに直接会うのは久しぶりだった。
そして、素顔を見せるのはこれが初めてだった。
「包帯がないじゃないか! キュート過ぎるよ!」
「ありがとう。やっと病気が治ったの」
「最高だね! ならサムネイル写真も仮面つけないで撮るかい?」
「ふふ。仮面はつけたままでお願い」
「わかったよ!」
できるだけエルアールが誰なのかわからないようにしたい。
なら、仮面はずっとつけたままの方が良い。
そしてアレックスの他にもう一人。
「エリーさん! 久しぶりですねっ!」
「えっ!? あっ!?」
私はエリーさんに近づいて両手を握り上下にぶんぶんと振りながら握手した。
…………あれ?
「あ、あの……リンナさん。これは……」
「あれ、私……」
以前会った時は、こんなことはしなかった。
そもそもピシッとしたビジネスマンであるエリーさんに対してこんなことをするなんて、私はどうしてしまったのだろう。
「……ふふ。リンナさん。少し変わりましたね。それに素敵なお顔です」
「あ……はい……ありがとうございます」
いきなり失礼な態度をとった私にも微笑みかけてくれたエリーさん。
「日本で何かありましたか?」
女の勘というのは、どの国でもあるのだろうか。
でも、ここまで露骨におかしい態度をとっていれば当たり前だろうか。
「はい、ありました。色々と」
「それがいい影響を与えたのかもしれませんね。前よりも明るいです」
そうか、私明るくなっていたのか。
自分では気づかなかった少しの変化。アメリカに来て十分明るくなっていたと思ったけど、光流やその友達とも会えたお陰でまた少し明るくなったようだ。
「なら、それが歌にも反映されていたら良いですね」
「はいっ」
私とエリーさんは再度握手をした。
再度説明しておくが、エリーさんはアメリカの大手音楽事務所である『バウリー・レコード』のプロデューサーだ。
アレックス経由で紹介され、一曲目から無償で数人のスタッフを揃えて収録してくれている。
「じゃあ、始めようか」
「オッケー!」
今から収録するのは四曲目。多分日本に行くまではこの曲を含めてあと二曲。
心を込めて歌おう。
私は後ろに控えていた母と須崎に見守られながら、収録ブースへと足を踏み入れた。
ー☆ー☆ー☆ー
この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!
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