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159話 バンドのリスク
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「――あ、来てるね」
今日、ルーシーと会った時と同じように、駅前の路肩にはリムジンが停車していた。
物珍しそうに視線を送るカップルたちが次々と通り過ぎていく。
二人でリムジンの前まで歩くと、中から使用人と思われる二人の男性が出てきた。
車の窓を覗いた時にサムズアップしてくれた二人だった。
その二人のうちの一人がリムジンのドアを開けた。
「光流、一緒に乗らなくていいの?」
「うん。電車で帰るから大丈夫だよ」
ルーシーは家まで送ってくれると言ってくれたが、なんとなく今日はここでさよならした方がスッキリするような気がしていた。あとは電車の中で今日の出来事もゆっくりと振り返りたかった。
わかる人にはわかると思うが、一人の時間も大切だからね。
ポケットから繋いでいたルーシーの手を取り出すと、掌から指の付け根、第二関節から第一関節。
指先へとゆっくりと這うようにして、最後には二人の指が離れた。
ルーシーは少し前に抱き締めた時と同じように名残惜しそうな表情をしていた。
「明後日の時間とか細かいことはまたメッセージするから」
「うん。すっごく楽しみ」
車に乗り込む前、ルーシーは天使の笑顔をくれた。
「それじゃあ、また」
「うん、また……っ」
そう言葉を交わすとルーシーは車に乗り込もうとする。
しかし、乗り込む直前で、踵を返した。
「ひかるぅぅっ!」
「ルーシー!?」
ルーシーがこちらに振り返ったかと思えば、突然ダッシュして俺の胸に飛び込んできた。
「ちょっ、見てる……見られてるっ! あっ、あっ……」
「ひかる吸収ぅ~~~っ」
使用人二人とがっつり目が合った。その二人が俺に向かってサムズアップする。
どんどん自分の顔が赤くなるのを感じた。
「じゃあまたねっ!」
ほんの数秒だけ、俺のパワーを吸い取ったルーシーが、手を振りながら今度こそ車に乗り込んでいった。
「もお~~~」
俺は心臓をドキドキさせて息を吐いた。
使用人二人も俺に軽く会釈したあと車に乗り込んでいった。
そうして、ルーシーを乗せた車が出発していく。
俺は手を振りながら、その車が見えなくなるまでその場に居続けた。
◇ ◇ ◇
「――えっ!? 光流くんと一緒にバンドやってたの!?」
ここは原宿のとあるカフェのチェーン店。
光流とルーシーがイタリアンレストランに入るところを見届けてから、真空と冬矢が手頃なカフェに入っていた。
その中で真空は次々と冬矢に質問を投げかけ、光流の過去を聞き出していた。
「やってたってか、文化祭のは解散したけど、俺と光流はこれからもやってくぞ」
「こんなことってあるんだ……」
真空は光流が音楽をやっていたことに対して、ルーシーと似たような反応をしていた。
ルーシーと真空はこれから一緒にバンドをしようと思っていた。ただ、パートが足りないのでこれから集めつもりでもいた。
そんな中、舞い込んだ情報。光流と冬矢のパートはちょうど求めているパートでもあった。
ルーシーと光流ではギターで被るが、メインとなるリードギターとサイドとなるリズムギターでパートを分けることができる。
冬矢から一年前から練習をしていたということを聞いた真空は、やるなら光流がリードギターでルーシーがリズムギターだと想像した。
ボーカルだが、真空はやはり歌唱力的にもルーシーの方が良いと思った。
「ねぇ、ライブしたってことは光流くん歌ったんだよね?」
「そうだけど……映像見るか?」
「見れるの?」
「俺はスマホにデータ移してるからこっちでも見れる」
すると冬矢がスマホを取り出し、文化祭のライブの動画を探す。
それを見つけると、スマホをテーブルの上に置いて小さな音で再生した。
「…………」
しばらく動画を見続けていると、真空がつぶやく。
「――思った以上に、凄い……」
純粋な感想だった。
真空のすぐ近くには、ルーシーというチート才能を持っている存在がいる。
だから、いくら光流が凄いと言っても所詮中学生のバンドなんてと高を括っていた部分があった。
でも、光流たちの映像を見て、考えを改めざるを得なかった。
「一年も練習してるからな。それなりだろ」
「それはそうなんだけど、何ていうんだろ。凄い伝わってくるというか……観客の生徒の盛り上がりも凄いじゃん」
光流のボーカルとしての才能は正直そこまでではない。
ただ、光流の歌声とバンドの演奏が"熱"を持っていた。それは四人全員がだ。
スマホ越しに見ているだけでも、それが真空に伝わっていた。
『ルーシーっ! ルーシーっ! ルーシーっ!』
「なんか聞き流せないコールがあるんだけど……」
映像を眺めていると、突然観客からルーシーコールが響き始めた。
その発端はドラムの陸の発言からだったが、いつの間にかバンド名が『ルーシー』ということになっていた。
「観客はルーシーちゃんのこと知らないよ。知ってるのはこの四人。あと二人くらいは知ってるやつがいる」
「……この超絶うまくて可愛いキーボードの子も?」
真空も気がついたようだった。
このバンドの中で飛び抜けて演奏が上手い存在に。
「あぁ、そうだ」
「ふーん。この子……光流くんのこと好きっぽいね」
「この映像だけでわかるもんか?」
「目とか表情見たら、同じ女の子ならわかるでしょ」
特に同性なら、好きな人を見る目はわかりやすい。
真空はそういう雰囲気を画面越しのしずはから感じとっていた。
「合ってるっちゃ合ってるけど、細かい話は俺からは言えない。光流か本人か、もしくはルーシーちゃんが今日、この話は聞いてるかもだから、そっちから聞いてみてくれ」
「ならあとでルーシーに聞いてみようかな」
そして、文化祭ライブの映像は四曲目に差し掛かる。
「えっ!? これエルアールの曲じゃんっ」
「マジで覚えるの大変だったんだからな。あいつ一ヶ月前にやるって言い出してさ」
四曲目はエルアールの『星空のような雨』だった。
それが披露されたことに真空が驚き、鳥肌を立てていた。
「ってことは、もしかしてエルアールの正体に気づいてたの?」
「動画のサムネイルとか、歌詞の内容で気付いたらしいぞ」
「うわぁ、光流くんすご……。でも、ルーシーの歌、本当に届いてたんだ。すごいなぁ……」
「お前も光流の凄さわかってきたか? まぁこんなもんじゃないぞあいつの凄さは」
光流のことを褒められて、冬矢は自分のことのように嬉しくなる。
そして、冬矢は知っている。ルーシーに与えた影響、しずはに与えた影響、理沙たちに与えた影響、そして自分に与えた影響。
多分文化祭のライブを通して、多くの生徒にも影響を与えたことだろう。
無自覚ながらも、光流が人に良い影響を与える凄さを持っていることを冬矢は十二分に知っている。
「これから光流と関わればわかるよ」
「ふーん。面白そうじゃん」
今後の楽しみが一つ増えたと言わんばかりに真空がニヤける。
「多分光流くんが音楽やってるって話聞いたら、ルーシーは一緒にバンドやろうって言いそうだなぁ」
「それマジで言ってんのか? だってルーシーちゃんはもう……」
「あの子自身は別にエルアールなんてどうでも良いのよ。どうでもは言い過ぎだけど、光流くんと一緒にバンドできるなら、そっちに食いつくに決まってる」
「いや……マジか。ならボーカルはルーシーちゃんで、光流がリードで……あとはキーボードだけか……」
冬矢はその話を聞いて、先ほど真空が考えていたことと同じことを考えていた。
「ルーシーちゃんがいるだけで、凄い人気になりそうだよなぁ」
「そりゃそうだろうね。なんてったってあのビジュアルに声まで付いてるんだもん。正直バンドよりもアイドルとしての方が売れそうな気もするけど」
既に歌だけでもカリスマ性は証明されている。
それに加えビジュアルも公開されれば、大人気となることは簡単に予想できた。
「てか歌ったらすぐにエルアールだってバレるだろ?」
「バレるでしょうね。その時はその時らしいけど、まぁ大変なことになると思う」
「これ本当にバンド組んで大丈夫か?」
既にエルアールとして名前が売れているルーシー。
冬矢は本人が思う以上に顔バレのリスクを考えていた。
「それはルーシーのお母さんも言ってたでしょ。守ってあげてって……」
「人気になればなるほどファンは増える。逆も然りだ。俺と光流だけじゃどうしようもなくなる時が出てくるぞ」
「その時は…………バンド解散かもね」
結成する前から不穏なことを口走る真空。
大っぴらな活動をしなくなれば、そういったトラブルも減るはず。なら、バンドは解散の道を辿るしかなくなるわけだが……。
「俺は光流と楽しくバンドできればそれで良い。一緒にやるかどうかの判断はあいつらに任せるよ」
「私もそうだよ。ルーシーと楽しくできればそれで良い」
二人はそれぞれの親友を優先して、楽しいと思えればそれで良かった。
ここで話していてもどうなるかわからない。なので、ひとまずは二人がどう判断するか成り行きを見守ることにした。
「あっ、二人がお店出たみたい。じゃあ私行くね」
「そうか。なら俺も出るわ」
真空は宝条家のボディガードの一人である宮本から連絡を受けた。
宮本と篠塚の二人は何かの時のために、今もずっとルーシーたちの動きを追っていた。
こうして、真空と冬矢はカフェを出て、ルーシーたちが到着する前に原宿駅へと向かった。
◇ ◇ ◇
「――あれ? 真空まだここにいたの?」
駅前で光流と別れ、車に乗り込んだのは良いが、なぜか真空が車の中にいた。
「野暮用済ませてから、また拾ってもらったの。せっかくだし、ルーシーと一緒に帰りたいなと思って、少し待ってたんだ」
「そうなんだ。お疲れ様っ」
「それはこっちのセリフ。ルーシーもお疲れ様」
私は真空が座っているソファの隣に腰を下ろして、カバンを横に置いた。
「それで、デートはどうだった? お嬢様っ」
まずは真空が一番聞きたかったであろう質問を投げかけてきた。
「最高過ぎて、もう脳が追いつかないよ……」
一言ではまとめられなかったのでそう答えた。
外でのデートなのに、たくさん光流とくっついていたような気がする。
あのポケットに手を入れるやつなんて、もう……。
「さっきも抱き着いてたしね」
「あっ……だって真空が中にいるなんて思わないじゃんっ」
人はいたけど、最後は光流に抱き着いて帰りたかった。
だからあんな行動を取ったけど、まさか真空に見られていたなんて。
「宮本さんたちには見られても良いのかいっ」
「真空は同年代だから気にするけど、他はそんなに」
「ルーシーの気にする基準……」
真空は私の肩にぶつかるくらい隣に近づいてきて、楽しそうに話を聞く。
よほどどんなことがあったのか、私の口から聞きたいのだろう。
「話したいことは話せた?」
「時間的に私の話はできなかったんだけど、今日は光流の話たくさん聞けたよ」
「――バンドしてるって話?」
「ええっ!? なんで知ってるの!?」
光流に会っていないはずの真空が、なぜかバンドの話を知っていた。
ただ、よく考えると一人だけバンドのことを知っていて、真空とも面識がある人がいた。
「……冬矢くんに教えてもらったんでしょ」
「名探偵ですねぇ」
「いつの間に聞いたのやら……」
「それは良いからっ。それでどう思ったの?」
真空は私が何を言おうとしているのか、わかっているような表情をしていた。
私のことを考えれば、自然とそうなることは見え見えだとは思ったけど。
「光流とバンド組みたいなって……」
「やっぱり」
真空の予想通りの回答だったらしい。
「ルーシーならそう言うと思ってた」
「だってさ、ちょうどバンドメンバーが抜けて、これからもバンドやるって言うし、しかも好きな人の近くにいられるって、一緒にやりたいに決まってるよ」
「そうなるよね。でも、ちゃんと考えた? 色々大変だと思うよ?」
真空がバンドを組むことを心配するようなことを言う。
私だってもうわかってる。お母さんにもアーサー兄にも言われたし。
「うん。でも、やりたいって気持ちは止まらないよ。だから覚悟してやるしかないよ」
「よく言った! 私はルーシーの気持ちを優先したいからね。ルーシーがバンドやりたいっていうなら、私もOKだよ」
「真空ぁ……」
私の言葉を肯定してくれると、真空はそのまま私の右腕に絡みついてくる。
今日、私が光流にしたみたいに。
「それで? バンドの話は良いとして、他に何があったのよ。言ってみなさいよっ」
「これ、真空に言っても良いのかな……。全部は言えないけど、少しだけなら。――藤間しずはちゃんって子がいてね……」
このあと、家に帰ってから寝るまでずっと真空と今日のことをお話した。
バンドやしずはちゃんのこと、他には手をポケットに入れてくれたこととか。
ただ、青の洞窟で私が光流とはぐれてしまった時、光流が大声で叫んで私を見つけてくれたことに関して、真空はそレほど驚いていなかった。
光流なら、これくらいの行動はするだろうと、思っていたのだろうか。
少し気になったけど、やっぱり真空は恋愛の話が大好きなようだった。
一緒にベッドに入ると、真空からは終始「キャー!」とか「ええ!?」とか「嘘でしょ!?」とか、そういった興奮や驚きの言葉ばかり聞くことになった。
「――幸せな一日だったなぁ……」
眠りに落ちる直前、光流の顔を思い浮かべながら、小さく呟いた。
ー☆ー☆ー☆ー
この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!
もしよろしければ下のハートのいいねやお気に入り登録などの応援をしていただけると嬉しいです。
カクヨムと小説家になろうでも同じタイトルで投稿しているのですが、他の読者のコメントが見たい方はカクヨムがお勧めです。
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物珍しそうに視線を送るカップルたちが次々と通り過ぎていく。
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車の窓を覗いた時にサムズアップしてくれた二人だった。
その二人のうちの一人がリムジンのドアを開けた。
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「うん。電車で帰るから大丈夫だよ」
ルーシーは家まで送ってくれると言ってくれたが、なんとなく今日はここでさよならした方がスッキリするような気がしていた。あとは電車の中で今日の出来事もゆっくりと振り返りたかった。
わかる人にはわかると思うが、一人の時間も大切だからね。
ポケットから繋いでいたルーシーの手を取り出すと、掌から指の付け根、第二関節から第一関節。
指先へとゆっくりと這うようにして、最後には二人の指が離れた。
ルーシーは少し前に抱き締めた時と同じように名残惜しそうな表情をしていた。
「明後日の時間とか細かいことはまたメッセージするから」
「うん。すっごく楽しみ」
車に乗り込む前、ルーシーは天使の笑顔をくれた。
「それじゃあ、また」
「うん、また……っ」
そう言葉を交わすとルーシーは車に乗り込もうとする。
しかし、乗り込む直前で、踵を返した。
「ひかるぅぅっ!」
「ルーシー!?」
ルーシーがこちらに振り返ったかと思えば、突然ダッシュして俺の胸に飛び込んできた。
「ちょっ、見てる……見られてるっ! あっ、あっ……」
「ひかる吸収ぅ~~~っ」
使用人二人とがっつり目が合った。その二人が俺に向かってサムズアップする。
どんどん自分の顔が赤くなるのを感じた。
「じゃあまたねっ!」
ほんの数秒だけ、俺のパワーを吸い取ったルーシーが、手を振りながら今度こそ車に乗り込んでいった。
「もお~~~」
俺は心臓をドキドキさせて息を吐いた。
使用人二人も俺に軽く会釈したあと車に乗り込んでいった。
そうして、ルーシーを乗せた車が出発していく。
俺は手を振りながら、その車が見えなくなるまでその場に居続けた。
◇ ◇ ◇
「――えっ!? 光流くんと一緒にバンドやってたの!?」
ここは原宿のとあるカフェのチェーン店。
光流とルーシーがイタリアンレストランに入るところを見届けてから、真空と冬矢が手頃なカフェに入っていた。
その中で真空は次々と冬矢に質問を投げかけ、光流の過去を聞き出していた。
「やってたってか、文化祭のは解散したけど、俺と光流はこれからもやってくぞ」
「こんなことってあるんだ……」
真空は光流が音楽をやっていたことに対して、ルーシーと似たような反応をしていた。
ルーシーと真空はこれから一緒にバンドをしようと思っていた。ただ、パートが足りないのでこれから集めつもりでもいた。
そんな中、舞い込んだ情報。光流と冬矢のパートはちょうど求めているパートでもあった。
ルーシーと光流ではギターで被るが、メインとなるリードギターとサイドとなるリズムギターでパートを分けることができる。
冬矢から一年前から練習をしていたということを聞いた真空は、やるなら光流がリードギターでルーシーがリズムギターだと想像した。
ボーカルだが、真空はやはり歌唱力的にもルーシーの方が良いと思った。
「ねぇ、ライブしたってことは光流くん歌ったんだよね?」
「そうだけど……映像見るか?」
「見れるの?」
「俺はスマホにデータ移してるからこっちでも見れる」
すると冬矢がスマホを取り出し、文化祭のライブの動画を探す。
それを見つけると、スマホをテーブルの上に置いて小さな音で再生した。
「…………」
しばらく動画を見続けていると、真空がつぶやく。
「――思った以上に、凄い……」
純粋な感想だった。
真空のすぐ近くには、ルーシーというチート才能を持っている存在がいる。
だから、いくら光流が凄いと言っても所詮中学生のバンドなんてと高を括っていた部分があった。
でも、光流たちの映像を見て、考えを改めざるを得なかった。
「一年も練習してるからな。それなりだろ」
「それはそうなんだけど、何ていうんだろ。凄い伝わってくるというか……観客の生徒の盛り上がりも凄いじゃん」
光流のボーカルとしての才能は正直そこまでではない。
ただ、光流の歌声とバンドの演奏が"熱"を持っていた。それは四人全員がだ。
スマホ越しに見ているだけでも、それが真空に伝わっていた。
『ルーシーっ! ルーシーっ! ルーシーっ!』
「なんか聞き流せないコールがあるんだけど……」
映像を眺めていると、突然観客からルーシーコールが響き始めた。
その発端はドラムの陸の発言からだったが、いつの間にかバンド名が『ルーシー』ということになっていた。
「観客はルーシーちゃんのこと知らないよ。知ってるのはこの四人。あと二人くらいは知ってるやつがいる」
「……この超絶うまくて可愛いキーボードの子も?」
真空も気がついたようだった。
このバンドの中で飛び抜けて演奏が上手い存在に。
「あぁ、そうだ」
「ふーん。この子……光流くんのこと好きっぽいね」
「この映像だけでわかるもんか?」
「目とか表情見たら、同じ女の子ならわかるでしょ」
特に同性なら、好きな人を見る目はわかりやすい。
真空はそういう雰囲気を画面越しのしずはから感じとっていた。
「合ってるっちゃ合ってるけど、細かい話は俺からは言えない。光流か本人か、もしくはルーシーちゃんが今日、この話は聞いてるかもだから、そっちから聞いてみてくれ」
「ならあとでルーシーに聞いてみようかな」
そして、文化祭ライブの映像は四曲目に差し掛かる。
「えっ!? これエルアールの曲じゃんっ」
「マジで覚えるの大変だったんだからな。あいつ一ヶ月前にやるって言い出してさ」
四曲目はエルアールの『星空のような雨』だった。
それが披露されたことに真空が驚き、鳥肌を立てていた。
「ってことは、もしかしてエルアールの正体に気づいてたの?」
「動画のサムネイルとか、歌詞の内容で気付いたらしいぞ」
「うわぁ、光流くんすご……。でも、ルーシーの歌、本当に届いてたんだ。すごいなぁ……」
「お前も光流の凄さわかってきたか? まぁこんなもんじゃないぞあいつの凄さは」
光流のことを褒められて、冬矢は自分のことのように嬉しくなる。
そして、冬矢は知っている。ルーシーに与えた影響、しずはに与えた影響、理沙たちに与えた影響、そして自分に与えた影響。
多分文化祭のライブを通して、多くの生徒にも影響を与えたことだろう。
無自覚ながらも、光流が人に良い影響を与える凄さを持っていることを冬矢は十二分に知っている。
「これから光流と関わればわかるよ」
「ふーん。面白そうじゃん」
今後の楽しみが一つ増えたと言わんばかりに真空がニヤける。
「多分光流くんが音楽やってるって話聞いたら、ルーシーは一緒にバンドやろうって言いそうだなぁ」
「それマジで言ってんのか? だってルーシーちゃんはもう……」
「あの子自身は別にエルアールなんてどうでも良いのよ。どうでもは言い過ぎだけど、光流くんと一緒にバンドできるなら、そっちに食いつくに決まってる」
「いや……マジか。ならボーカルはルーシーちゃんで、光流がリードで……あとはキーボードだけか……」
冬矢はその話を聞いて、先ほど真空が考えていたことと同じことを考えていた。
「ルーシーちゃんがいるだけで、凄い人気になりそうだよなぁ」
「そりゃそうだろうね。なんてったってあのビジュアルに声まで付いてるんだもん。正直バンドよりもアイドルとしての方が売れそうな気もするけど」
既に歌だけでもカリスマ性は証明されている。
それに加えビジュアルも公開されれば、大人気となることは簡単に予想できた。
「てか歌ったらすぐにエルアールだってバレるだろ?」
「バレるでしょうね。その時はその時らしいけど、まぁ大変なことになると思う」
「これ本当にバンド組んで大丈夫か?」
既にエルアールとして名前が売れているルーシー。
冬矢は本人が思う以上に顔バレのリスクを考えていた。
「それはルーシーのお母さんも言ってたでしょ。守ってあげてって……」
「人気になればなるほどファンは増える。逆も然りだ。俺と光流だけじゃどうしようもなくなる時が出てくるぞ」
「その時は…………バンド解散かもね」
結成する前から不穏なことを口走る真空。
大っぴらな活動をしなくなれば、そういったトラブルも減るはず。なら、バンドは解散の道を辿るしかなくなるわけだが……。
「俺は光流と楽しくバンドできればそれで良い。一緒にやるかどうかの判断はあいつらに任せるよ」
「私もそうだよ。ルーシーと楽しくできればそれで良い」
二人はそれぞれの親友を優先して、楽しいと思えればそれで良かった。
ここで話していてもどうなるかわからない。なので、ひとまずは二人がどう判断するか成り行きを見守ることにした。
「あっ、二人がお店出たみたい。じゃあ私行くね」
「そうか。なら俺も出るわ」
真空は宝条家のボディガードの一人である宮本から連絡を受けた。
宮本と篠塚の二人は何かの時のために、今もずっとルーシーたちの動きを追っていた。
こうして、真空と冬矢はカフェを出て、ルーシーたちが到着する前に原宿駅へと向かった。
◇ ◇ ◇
「――あれ? 真空まだここにいたの?」
駅前で光流と別れ、車に乗り込んだのは良いが、なぜか真空が車の中にいた。
「野暮用済ませてから、また拾ってもらったの。せっかくだし、ルーシーと一緒に帰りたいなと思って、少し待ってたんだ」
「そうなんだ。お疲れ様っ」
「それはこっちのセリフ。ルーシーもお疲れ様」
私は真空が座っているソファの隣に腰を下ろして、カバンを横に置いた。
「それで、デートはどうだった? お嬢様っ」
まずは真空が一番聞きたかったであろう質問を投げかけてきた。
「最高過ぎて、もう脳が追いつかないよ……」
一言ではまとめられなかったのでそう答えた。
外でのデートなのに、たくさん光流とくっついていたような気がする。
あのポケットに手を入れるやつなんて、もう……。
「さっきも抱き着いてたしね」
「あっ……だって真空が中にいるなんて思わないじゃんっ」
人はいたけど、最後は光流に抱き着いて帰りたかった。
だからあんな行動を取ったけど、まさか真空に見られていたなんて。
「宮本さんたちには見られても良いのかいっ」
「真空は同年代だから気にするけど、他はそんなに」
「ルーシーの気にする基準……」
真空は私の肩にぶつかるくらい隣に近づいてきて、楽しそうに話を聞く。
よほどどんなことがあったのか、私の口から聞きたいのだろう。
「話したいことは話せた?」
「時間的に私の話はできなかったんだけど、今日は光流の話たくさん聞けたよ」
「――バンドしてるって話?」
「ええっ!? なんで知ってるの!?」
光流に会っていないはずの真空が、なぜかバンドの話を知っていた。
ただ、よく考えると一人だけバンドのことを知っていて、真空とも面識がある人がいた。
「……冬矢くんに教えてもらったんでしょ」
「名探偵ですねぇ」
「いつの間に聞いたのやら……」
「それは良いからっ。それでどう思ったの?」
真空は私が何を言おうとしているのか、わかっているような表情をしていた。
私のことを考えれば、自然とそうなることは見え見えだとは思ったけど。
「光流とバンド組みたいなって……」
「やっぱり」
真空の予想通りの回答だったらしい。
「ルーシーならそう言うと思ってた」
「だってさ、ちょうどバンドメンバーが抜けて、これからもバンドやるって言うし、しかも好きな人の近くにいられるって、一緒にやりたいに決まってるよ」
「そうなるよね。でも、ちゃんと考えた? 色々大変だと思うよ?」
真空がバンドを組むことを心配するようなことを言う。
私だってもうわかってる。お母さんにもアーサー兄にも言われたし。
「うん。でも、やりたいって気持ちは止まらないよ。だから覚悟してやるしかないよ」
「よく言った! 私はルーシーの気持ちを優先したいからね。ルーシーがバンドやりたいっていうなら、私もOKだよ」
「真空ぁ……」
私の言葉を肯定してくれると、真空はそのまま私の右腕に絡みついてくる。
今日、私が光流にしたみたいに。
「それで? バンドの話は良いとして、他に何があったのよ。言ってみなさいよっ」
「これ、真空に言っても良いのかな……。全部は言えないけど、少しだけなら。――藤間しずはちゃんって子がいてね……」
このあと、家に帰ってから寝るまでずっと真空と今日のことをお話した。
バンドやしずはちゃんのこと、他には手をポケットに入れてくれたこととか。
ただ、青の洞窟で私が光流とはぐれてしまった時、光流が大声で叫んで私を見つけてくれたことに関して、真空はそレほど驚いていなかった。
光流なら、これくらいの行動はするだろうと、思っていたのだろうか。
少し気になったけど、やっぱり真空は恋愛の話が大好きなようだった。
一緒にベッドに入ると、真空からは終始「キャー!」とか「ええ!?」とか「嘘でしょ!?」とか、そういった興奮や驚きの言葉ばかり聞くことになった。
「――幸せな一日だったなぁ……」
眠りに落ちる直前、光流の顔を思い浮かべながら、小さく呟いた。
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カクヨムと小説家になろうでも同じタイトルで投稿しているのですが、他の読者のコメントが見たい方はカクヨムがお勧めです。
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