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閑話 アーサーの追想
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――俺は宝条家の長男として生を受けた。
宝条・アーサー・登凛。それが俺の名前だ。
生まれてしらばくは自分のいる世界がわからなかったが、歳を重ねるごとに自分が生まれた家が普通ではないと感じるようになっていった。
高級な家具、高級な車、高級な衣服。そしてあまりにもでかすぎる家。
ありえないどころではなかった。
周囲との違いを感じはじめるようになった頃。
俺が生まれて三年後に弟が生まれた。
宝条・ジュード・瀬奈。
初めての弟。俺は遊び相手ができたのだと喜び、これでもかと可愛がった。
兄弟なので、もちろん喧嘩もした。
ロボットアニメのフィギュアで遊んでいたが、あいつは加減がわからず俺の大切なフィギュアを破壊しまくった。
めちゃめちゃ怒ったのだが、あいつの泣く姿を見て、なんだか悪い気がして少し反省した。
こいつは俺の弟なんだと。
なら、兄として大人の対応を見せるべきだと、子供ながらにグッと我慢をしたこともあった。
ただ、ジュードが成長していくと、自我を見せはじめてきた。
俺がテレビゲームで遊びたいというものの、まだ幼いジュードはゲームがうまく操作できなかった。
だからか、あいつは違う遊びをしようと言ってきたのだが、俺はゲームがしたかった。
二人共遊びたいくせに、遊ぶ内容で何度もぶつかった。
そんな中、親の教育もあり、小学校に入る前から勉強やテーブルマナーなど色々なことを覚えさせられた。
ただ、遊ぶ時間も十分に与えられていたので、俺に不満は全くなかった。
そして、二年後。妹が生まれた。
宝条・ルーシー・凛奈。
凛奈の名前は、俺の登凛とジュードの瀬奈から一つずつとった名前だ。
そして、まだ赤ちゃんの顔なのに、見ただけで俺は震えた。
――こいつは可愛すぎる、と。
俺はルーシーをお姫様のように扱い、たくさん一緒に遊び、好きなことをさせてきた。
ルーシーが四歳の頃だったろうか。
「――わたし、おとーさんとおかーさんみたいになりたい」
父と母の馴れ初めを聞き、いつも幸せそうにしている二人を見てか、素敵な人と結婚するのが夢だと言い出した。
マセるのが早すぎだろとも思ったが、男子より女子の方がこういうことに興味を持つことが早いらしい。
母はイギリスでの高校時代、ファンクラブができるほどの人気ぶりだったと聞いた。
しかし、注目されすぎて嫌気がさしたらしく、楽しい学校生活を謳歌できなかったとか。
そこで、日本の大学に留学することにしたらしい。
その一つの理由は温泉。小さい頃に日本に旅行した時に入った温泉旅館。その温泉に魅了されてから、また日本に行きたいとずっと思っていたのだとか。
今では、自分の家の風呂を温泉のように改造するほど風呂好きなのだが、日本に来たことによって、父と出会うことになった。
たまたま同じ大学になった母と父。
日本の大学では、外国人は珍しかったのか、ファンクラブができるということにはならなかった。
しかし、それでも母の美貌はすごかったらしく、日本でも通用した。
数多の男たちが母に言い寄ったらしい。
そんな中で恋人というポジションを勝ち取ったのが父だった。
ある日、校内で一人で歩いている時に体調不良に陥った母。
倒れるほど歩けなくなった母を助けたのが父だった。
父は意識朦朧となっていた母を保健室までお姫様抱っこで運んでいき、知らない間に色々な手続きや連絡をしたらしい。
荷物を運び込んだり、保護者への連絡、友達への連絡、サークルへの連絡、講義の先生へ休む連絡など。
この頃から、仕事ができる片鱗があったのだと思う。
母が目を覚ました頃には、何もやることがなく、安心してそのあともゆっくり休めたとか。
このことがあり母が父を気になりだしたらしい。
いつもならこのことにかこつけて、食事に誘われるとか、そういった行為を必ずといっていいほど、男子はしてきたらしいのだが、父はそういうことを一切しなかったそうだ。
父の話では、母のことはもちろん可愛いとは思っていたが、弱っている人にそういったアプローチをするのは、よくないと思ったらしかった。まぁ真面目だ。
名前すら告げずに身の周りのことや連絡などをしてくれたことから、母はお礼を言いたいと思い、父に会おうとした。そうして二人は目覚めた状態で、初めて会うことになった。
最初は母から食事に誘ったようだ。
そうして母と過ごす内に、母の魅力に我慢できなくなった父が告白し、付き合うことになったらしい。
ともかく母は、他の人とは違う父の優しさに惚れたということであり、父は母からのアプローチに負けたということだろう。
そうして、交際したことを父の実家へと報告することになったのだが、ここで母はとんでもない人と付き合っていることを認識した。
それもそうだ。古くから続いてきた財閥系の企業。その長男。
御曹司とは知らずに交際していたのだから。
ただ、母も母で肝が座っていた。
イギリスでも日本でも大勢に言い寄られていたこともあり、自分の価値を知っていたのだ。
また、実家でもある程度は厳しくされてきたために、マナーもしっかりしていた。
うまく宝条家に溶け込めたのだった。
しかしそんな中、事件が起きた。
なんと、大学在学中に俺ができてしまったのだ。
当時父は大学四年生、母は大学二年生だった。
結婚前に子供ができてしまったこの状況。
父は母と結婚すると決めていたようで、何度も両親に話していたそうだ。
なので怒られることはなかったそうだが、母の実家は違った。
交際していることすら知らなかった娘が、腹に子供がいる状態で実家に戻ってきたのだ。
当たり前だ。誰でも怒る。しかも美人で可愛いたった一人の娘だ。傷物にされて戻るだなんて怒り心頭だ。
その時、俺の祖父母も一緒になってイギリスに向かったとか。
そこで、謝罪しながらも父がお嫁さんにくださいと土下座したそう。
結果から話すと、すぐに認められた。
それはなぜか、宝条家が強すぎたのだ。
宝条家が関わる仕事は、イギリスにまで手が伸びていた。
そのグループ企業の一つがイギリスにもあったのだ。
母の両親は、現金な人だった。
宝条家の話を聞いて、目の色を変えた。
「結婚すべきよっ!」「そうだ。お嫁さんに行ってきなさい」と。
最初は怒っていたはずの母の両親も腰が低くなった。
その姿を見た母は頭を抱えながら「バカね」と言ったそう。
そうして、大学生なのに結婚を果たした二人。
母は一時的に大学を休学。
最初のうちは父の家の使用人たちにも子育て手伝ってもらい、しばらくした後に復学。ちゃんと大学を卒業した。
俺たちが母の実家のイギリスに行った時には、めちゃめちゃ可愛がられた。
現金な祖父母も普通の親と変わらず、孫にはめっぽう弱かった。
結局のところ、母方の祖父母との関係は現在までも良好ということだ。
そんな話を聞いたルーシー。
今でもずっと仲の良い両親を見て、同じように幸せな結婚をしたいという夢ができたのだ。
◇ ◇ ◇
――しかし五歳になったある時だった。
ルーシーを原因不明の病気が襲った。
突然、顔全体が覆い隠されるように吹き出物のようなものができた。
どんな最新治療を施しても治ることはなかった。
その時からだった。
顔全体に包帯をし、俺たち家族とすら、満足に話さなくなったのは。
それまでは、親についていったお偉いさんとその子供たちも集まる社交界でも人気だったルーシー。そのような場にも顔を出さなくなり、家に籠もるようになってしまった。
幼稚園でも楽しく過ごしていたらしいが、記憶を失ったように、ルーシーの頭から五歳より以前の思い出がすっぽりと抜けてなくなった。
ただ、ルーシーがすごかったのは、この状態でも小学校に通っていたということだった。
小学校に入ると、ルーシーの珍しさにいじめが始まった。
どんないじめをされてきたのか、今でも全ては知らない。
そして、俺もジュードもルーシーと同じ小学校ではなかったために、満足に助けることができなかった。
両親にルーシーの小学校への転校を申し出たが、ルーシーがそれを許さなかった。
ルーシーはずっと一人で戦っていたのだ。
俺もジュードも、心の中ではずっとルーシーを助けてやりたかった。
でもルーシー自身が、助けられることを拒否し、それでも学校に通い続けた。
「ルーシー……お前の顔。綺麗だよ。本当にそう思ってる」
「嘘だっ!! そんな嘘聞きたくないっ!!」
本心から言ったつもりだった。
でも、ルーシーには伝わらなかった。
家族だからそう言っている。ただの同情。
そう思われていたのだ。
いや……実際に同情で言っていたのかもしれない。
ルーシーをさらに傷つけてしまったことと、無力な自分に俺は悔しくなった。
いくら家にお金があってもルーシーの病気を治すことも家族として元気づけることもできなかったのだ。今まで何でもできると思って生きてきた自分。初めての絶望感を味わった。
両親も転校してもいいという話をしていたが、ルーシーはそれを受け入れなかった。
毎日苦痛なはずなのに、あいつは逃げなかったのだ。
なぜそんな選択をしたのか、今でもよくわからない。
でも、今では結果的に良かった。
――あいつ、九藤光流と出会うことができたからだ。
小学生になってからの四年間、ルーシーはずっといじめの対象だったらしい。
先生が見てないところで何かされても、先生には対処できない。
ルーシーも先生に何度か助けを求めていたらしいが、うまく対処してくれなかったようだ。
家族にそれほど助けを求めなかったところを見ると、俺たちに迷惑をかけることが嫌だったんだろう。
一人……たった一人で、その苦しみを受けて続けていたんだ。
だから家族以外の誰かに助けを求めていたのではないかと思った。
四年間もいじめを我慢していたある日、雨の中、ルーシーは公園に逃げ込んでいたらしい。氷室からの情報だ。
そこで、九藤光流という同い年の男子と出会ったとか。
彼はルーシーとは違う小学校の生徒だった。
そんな運命の日となった夜。
ルーシーが家に帰ってくると、自ら楽しそうに会話をはじめた。
今まで食事中もほとんど黙っていたルーシーが、包帯越しでもわかるほどの笑顔を見せていた。
彼のことばかり話すルーシー。こんなに笑うルーシーを見たのはまさに五年ぶりだった。
俺はその場では我慢した。
そして、自分の部屋に戻った時、一人で泣いた。
俺たち家族にもできなかったルーシーを救うということが、ルーシーとは違う小学校の男子生徒がやってのけたのだ。
ルーシーからの話では、彼は強引だったそうだ。
何かとうまく言いくるめられて包帯を外してしまったらしい。
いや、言いくるめられたというのは俺が勝手に思っているだけだ。
ともかく他人に見せてこなかった素顔を彼には見せたのだ。
そこで、彼は「綺麗だ」と言ったとか。
家族がいくら言っても信じてくれなかった言葉。
でも、他人である彼が言ったことで、ルーシーはその言葉を信じた。
そして、ルーシーにとっての初めての友達ができたのだ。
正確には初めてではないが、五歳より前の記憶が封印されているせいか、彼が初めての友達ということになった。
――その日を境に、ルーシーは日に日に明るくなっていった。
ただ、小学校でのいじめは変わらなかったらしい。
しかし、ルーシーはずっと明るかった。
彼のおかげで、ルーシーは変わったのだ。
ルーシーを変えてくれた彼には感謝はしていたが、どこかで嫉妬していた。
それもそうだ。ルーシーを助けてあげられるのは血の繋がった家族だと思っていたから。
そんな明るい未来を歩みはじめたと思った時だった。
――ルーシーが事故に遭った。
頭の中が真っ白になった。
ジュードと共に病院に駆けつけたが、ルーシーは重傷でずっと目を覚まさなかった。
話を聞くと、彼と車の中で会話している途中だったと聞いた。
俺はこの時、彼に怒りを覚えた。
ルーシーを変えてくれたかもしれない。けど、彼と出会ったせいでルーシーが死ぬかも知れない。
彼とルーシーが出会わなければ、こんな事故は起こらなかったかもしれない。
それなら、ルーシーが元気にならなくても良かったのではないかとまで思ってしまった。
しかし俺はその発言をこのあと後悔することになった。
両親が彼の病室まで行ってルーシーの状態を報告しにいった時のことだ。
俺とジュードは彼の病室には行かなかったが、病室のすぐ外で会話の内容を聞いていた。
「ルーシーが助かるにはどうすればいいんですか!? 俺、何でもします!! だから! だからぁ……ルーシーを……ルーシーを……助けてやってくださいぃぃ……」
「会って一週間くらいなんだけど、こんな短い時間で信じられないかもしれないけど……みんな、家族くらい俺の大切な人……」
彼――九藤光流は、ルーシーを助けるためならと、自分の腎臓を差し出すことを選んだのだ。
俺より五歳も年下の男子が、自分の体も傷だらけで包帯ぐるぐる巻きの状態なのに、そう言ったのだ。
彼のせいで、ルーシーが生死の境を彷徨う結果になったかもしれない。
でも彼のルーシーを必死に助けようとする声を聞いて、俺は後悔した。
「――クソっ……俺がバカみたいじゃないか。あいつ……本当に良いやつなのかよ……」
「兄さん……そうみたいだね」
たった一週間しか会っていないやつが。たった一週間しかルーシーとの思い出がないやつが。ルーシーのことをほんの少ししか知らないやつが。
――普通そんなことできるか?
俺なら……わからない。
自分の命を投げ売って、他人を助ける。
その選択ができる人は、世の中にどのくらいいるだろうか。
腎臓の移植手術や摘出手術は、現在高確率で成功すると聞いていた。
ただ、彼の体はボロボロ。体もまだ小さい。
それによって手術の成功率がどうなるかわからない。
でも、傷だらけの体にさらにメスを入れて、臓器を一つ失う。
どう考えてもすぐには決められることではなかった。
あいつの知識がなくて、まだ子供だったからそんな決断ができたのかもしれない。
でも、彼は目覚めてから一切悩まなかった。
ルーシーを助けたいという気持ちだけが、嫌と言うほど伝わってきたのだ。
結局、彼は自分の両親を必死に説得し、ルーシーに腎臓を提供することが決まった。
彼の腎臓がルーシーに適合した、ということも奇跡だったろう。
色々な奇跡が重なり、ルーシーはアメリカに行ってからやっと目覚めた。
俺とジュードはすぐにでもルーシーに会いに行きたかったが、両親にちゃんと学校に通いなさいと言われたために、長期休暇のシーズンになるまで待った。
その間、彼――九藤光流の様子を見に行くことにした。
いつか接触しようとは思っていたが、最初は遠くから見るだけ。
両親には内緒で使用人を使い、彼の動向を探った。
遠目で見る彼は、退院してからは元気に過ごしていた。
女子とも遊んでいるところを見ると、ルーシーを忘れてしまったのではないかとも思ったのだが、そうではないらしい。
その証拠に、何度もルーシーと出会った公園に足を運んでいたからだ。
俺はほっとした。
そして、しばらく彼を追うことに決めた。
彼がまだルーシーを想っているなら、そして、ルーシーも彼を想っているなら。
いつか再会するその時まで見守ろうと。
◇ ◇ ◇
長期休暇のシーズンになり、やっとルーシーに会いに行くことができた。
「ルーシー! 元気そうだなっ!」
「ルーシー、僕達に心配を……でも良かった……」
「うん……心配かけてごめんね。ここまで来てくれてありがとう」
俺とジュードはできるだけ気丈に振る舞った。
ルーシーにはいつも明るくいてほしかったからだ。
目覚めたルーシーは、元気ではあったが、かなりやせ細っていた。
心配ではあったが、とりあえず体調は良さそうだったので安心した。
そして、さらなる奇跡を目撃した。
どうやっても治らなかったルーシーの病気が治り始めてきたのだ。
なぜそうなったのか、理由はわからなかった。
ただ、担当の医者によれば、腎臓を移植した影響、九藤光流がルーシーの精神状態を回復させたことが関係しているのではないかとのことだった。
もし本当にそうなら、より彼に感謝しなくてはいけなくなった。
ルーシーが長年苦しんできた病気が治ること。これは俺たち家族にとって、あまりにも喜ばしい出来事だった。
ルーシーはずっと彼のことを想っていた。
だからあとは彼の気持ちがずっと続いているかどうかだけ気になった。
そうして俺は彼が五年生になった時、初めて接触した。
彼を間近で見た時、なんて冴えないやつだと思った。
遠目から見ていても特にオーラのようなものは感じなかったし、こんなやつがルーシーを変えたのかとも思ってしまうほどだった。
しかし病室での彼の叫びを聞き、実際にルーシーの命を繋いだのは彼。
見た目だけで判断するには早計だった。
女子とは遊んでいるようだったが、好きとかではないと話を聞いた。
俺は安心した。公園に来ていたことからもルーシーのことを考えていることは見抜けた。
「お前の心にあるその気持ちを信じろ」
「お前が心変わりしていなければ、また会うかもな」
それだけ言い残して去った。
その後、彼の行動を逐一観察し、運動会にまで足を運んだ。
彼はルーシーのことを想っているせいか、ずっと彼女を作るつもりはなかったようだった。
よくよく調査すると、あの、藤間しずはという女子にアプローチされているようだったが、彼は付き合う選択をしなかった。
後の情報から、彼が藤間しずはや池橋冬矢に影響を与えていたという話も耳に入った。
この頃から、彼がルーシー以外にも影響を与えられる人物なのだと感じていった。
◇ ◇ ◇
――ルーシーはある時から歌を歌うようになった。
これも彼のお陰なのか、まだ包帯を巻いたままなのにやりたいことができたようだった。
スポーツや色々なことに手を出していたようだったが、歌が一番ハマったようだった。
最初にルーシーの歌声を聴いた時は、腰が抜けるかと思った。
シスコンと言われてもしょうがないが、ルーシーの歌はうますぎた。
天才かと思った。
声に出して、俺の妹だぞと友人たちに広めたかったが、正体を隠していたので何もできなかった。
そもそも俺が何かするまでもなく、バズってしまったのだから、広めるまでもなかった。
そしてルーシーが中学三年生になったある時、ついに病気が完治した。
家族にだけ見せてくれた素顔。
俺とジュードがアメリカに会いにいった時に見せてもらった。
さすがの俺たちも我慢できなかった。
子供の頃の面影を少しだけ残しながら成長していたルーシーの顔は、とても綺麗だった。
「アーサー兄……ジュード兄……泣きすぎ」
ルーシーの前では気丈に振る舞う予定だったのに、素顔を見るとどうしようもなかった。
母の若い頃の写真に少し似ていて、ともかくルーシーは最高に綺麗だったのだ。
ただ、その後はルーシーも彼も、なぜかお互いに連絡をとろうとはしなかった。
どちらかが声をかければ、すぐにでも会う機会は作れたというのに。
相手が大切だからこそ、気を遣いすぎてなのか、長い時間連絡もとらずにいた。
ルーシーなんて、顔が全部綺麗に治ってから会うだなんて言って。
手紙くらい送れよと思った。
しかし、そんなある時、父から連絡が入った。
彼が動いたと。彼の父親経由で聞いたらしい。
やっとか……とも思ったが、この時点で二人共まだ想い合っていたので、気にしないことにした。
何ができるか、俺は考えた。
想いを伝えるなら手紙だろと。
最近は書いていないが、小さい頃はよく両親の誕生日に手紙を書いて贈っていた。
お金では何でも手に入るこの家。
手書きというか、こういった手作り感のあるものが特に喜ばれた。
だから俺は互いに便箋を渡すことに決めた。
ルーシーの方はジュードにとられてしまったけど、まぁいい。
――ともかく言いたいのは、俺は彼のファンだということだ。
見た目が平凡でも、ぱっとしなくても、ルーシーのことを想っているうちは俺は彼の味方でありファンだ。
いや、ルーシーのことをもし想わなくなったとしても、俺は彼のファンで居続けるだろう。
正直、中学・高校生活は退屈だった。
俺には許嫁もいるし、将来は父の会社を継ぐことが決まっている。
やりたいことも特になかったので、それはそれで良かったが、退屈なことには変わりなかった。
しかし、その生活を潤してくれたのが、彼だ。
ジュードと彼の背中を追って尾行したり、観察したりすることがこれとなく楽しかった。
サングラスをしたり、帽子を被って金髪を隠したり。色々と変装して近づいたこともあった。
これで一緒の学校に通えていたら、どんなに楽しかったんだろうなと思う。
だからジュードが羨ましい。
彼に会う機会は少ない。
彼が高校に上がったら文化祭に堂々とお邪魔してやろう。
そして、ルーシーや彼の周囲に蔓延る邪魔者は、今度こそ近づけさせないよう排除してやる。
もうルーシーに悲しい思いをさせないように、必ず……。
「――真護、偵次、千影。ちゃんと秋皇に受かるんだぞ。あとはジュードが指示してくれるはずだ」
宝条家の屋敷。
その客室のソファに座る三人の中学生を目の前に、テーブル越しのソファに足を組みながら偉そうに鎮座しているアーサー。
「アーサーさん、わかってます。お任せください」
「そうですよ。問題ありません」
「安心して任せてくださいな~」
長男、守谷真護。次男、守谷偵次。そして末妹の守谷千影。
守谷家の三つ子として生まれた彼らは、セキュリティ会社や探偵業を営む会社を経営している社長の子供たちだ。
彼らにはそれぞれ役割がある。ボディガード、調査、尾行などだ。
小さい頃から親の会社の仕事を学び、鍛えてきたと聞いている。
既にルーシーや光流たちの情報は伝えている。
――そしてルーシーをいじめていたやつらの情報も。
できるだけ二人がトラブルに巻き込まれないよう、アーサーがこうして準備していた。
「ならいい。頼んだぞ」
これから高校生となるルーシーたちの未来に向けて、アーサーは陰ながら奔走する。
ー☆ー☆ー☆ー
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宝条・アーサー・登凛。それが俺の名前だ。
生まれてしらばくは自分のいる世界がわからなかったが、歳を重ねるごとに自分が生まれた家が普通ではないと感じるようになっていった。
高級な家具、高級な車、高級な衣服。そしてあまりにもでかすぎる家。
ありえないどころではなかった。
周囲との違いを感じはじめるようになった頃。
俺が生まれて三年後に弟が生まれた。
宝条・ジュード・瀬奈。
初めての弟。俺は遊び相手ができたのだと喜び、これでもかと可愛がった。
兄弟なので、もちろん喧嘩もした。
ロボットアニメのフィギュアで遊んでいたが、あいつは加減がわからず俺の大切なフィギュアを破壊しまくった。
めちゃめちゃ怒ったのだが、あいつの泣く姿を見て、なんだか悪い気がして少し反省した。
こいつは俺の弟なんだと。
なら、兄として大人の対応を見せるべきだと、子供ながらにグッと我慢をしたこともあった。
ただ、ジュードが成長していくと、自我を見せはじめてきた。
俺がテレビゲームで遊びたいというものの、まだ幼いジュードはゲームがうまく操作できなかった。
だからか、あいつは違う遊びをしようと言ってきたのだが、俺はゲームがしたかった。
二人共遊びたいくせに、遊ぶ内容で何度もぶつかった。
そんな中、親の教育もあり、小学校に入る前から勉強やテーブルマナーなど色々なことを覚えさせられた。
ただ、遊ぶ時間も十分に与えられていたので、俺に不満は全くなかった。
そして、二年後。妹が生まれた。
宝条・ルーシー・凛奈。
凛奈の名前は、俺の登凛とジュードの瀬奈から一つずつとった名前だ。
そして、まだ赤ちゃんの顔なのに、見ただけで俺は震えた。
――こいつは可愛すぎる、と。
俺はルーシーをお姫様のように扱い、たくさん一緒に遊び、好きなことをさせてきた。
ルーシーが四歳の頃だったろうか。
「――わたし、おとーさんとおかーさんみたいになりたい」
父と母の馴れ初めを聞き、いつも幸せそうにしている二人を見てか、素敵な人と結婚するのが夢だと言い出した。
マセるのが早すぎだろとも思ったが、男子より女子の方がこういうことに興味を持つことが早いらしい。
母はイギリスでの高校時代、ファンクラブができるほどの人気ぶりだったと聞いた。
しかし、注目されすぎて嫌気がさしたらしく、楽しい学校生活を謳歌できなかったとか。
そこで、日本の大学に留学することにしたらしい。
その一つの理由は温泉。小さい頃に日本に旅行した時に入った温泉旅館。その温泉に魅了されてから、また日本に行きたいとずっと思っていたのだとか。
今では、自分の家の風呂を温泉のように改造するほど風呂好きなのだが、日本に来たことによって、父と出会うことになった。
たまたま同じ大学になった母と父。
日本の大学では、外国人は珍しかったのか、ファンクラブができるということにはならなかった。
しかし、それでも母の美貌はすごかったらしく、日本でも通用した。
数多の男たちが母に言い寄ったらしい。
そんな中で恋人というポジションを勝ち取ったのが父だった。
ある日、校内で一人で歩いている時に体調不良に陥った母。
倒れるほど歩けなくなった母を助けたのが父だった。
父は意識朦朧となっていた母を保健室までお姫様抱っこで運んでいき、知らない間に色々な手続きや連絡をしたらしい。
荷物を運び込んだり、保護者への連絡、友達への連絡、サークルへの連絡、講義の先生へ休む連絡など。
この頃から、仕事ができる片鱗があったのだと思う。
母が目を覚ました頃には、何もやることがなく、安心してそのあともゆっくり休めたとか。
このことがあり母が父を気になりだしたらしい。
いつもならこのことにかこつけて、食事に誘われるとか、そういった行為を必ずといっていいほど、男子はしてきたらしいのだが、父はそういうことを一切しなかったそうだ。
父の話では、母のことはもちろん可愛いとは思っていたが、弱っている人にそういったアプローチをするのは、よくないと思ったらしかった。まぁ真面目だ。
名前すら告げずに身の周りのことや連絡などをしてくれたことから、母はお礼を言いたいと思い、父に会おうとした。そうして二人は目覚めた状態で、初めて会うことになった。
最初は母から食事に誘ったようだ。
そうして母と過ごす内に、母の魅力に我慢できなくなった父が告白し、付き合うことになったらしい。
ともかく母は、他の人とは違う父の優しさに惚れたということであり、父は母からのアプローチに負けたということだろう。
そうして、交際したことを父の実家へと報告することになったのだが、ここで母はとんでもない人と付き合っていることを認識した。
それもそうだ。古くから続いてきた財閥系の企業。その長男。
御曹司とは知らずに交際していたのだから。
ただ、母も母で肝が座っていた。
イギリスでも日本でも大勢に言い寄られていたこともあり、自分の価値を知っていたのだ。
また、実家でもある程度は厳しくされてきたために、マナーもしっかりしていた。
うまく宝条家に溶け込めたのだった。
しかしそんな中、事件が起きた。
なんと、大学在学中に俺ができてしまったのだ。
当時父は大学四年生、母は大学二年生だった。
結婚前に子供ができてしまったこの状況。
父は母と結婚すると決めていたようで、何度も両親に話していたそうだ。
なので怒られることはなかったそうだが、母の実家は違った。
交際していることすら知らなかった娘が、腹に子供がいる状態で実家に戻ってきたのだ。
当たり前だ。誰でも怒る。しかも美人で可愛いたった一人の娘だ。傷物にされて戻るだなんて怒り心頭だ。
その時、俺の祖父母も一緒になってイギリスに向かったとか。
そこで、謝罪しながらも父がお嫁さんにくださいと土下座したそう。
結果から話すと、すぐに認められた。
それはなぜか、宝条家が強すぎたのだ。
宝条家が関わる仕事は、イギリスにまで手が伸びていた。
そのグループ企業の一つがイギリスにもあったのだ。
母の両親は、現金な人だった。
宝条家の話を聞いて、目の色を変えた。
「結婚すべきよっ!」「そうだ。お嫁さんに行ってきなさい」と。
最初は怒っていたはずの母の両親も腰が低くなった。
その姿を見た母は頭を抱えながら「バカね」と言ったそう。
そうして、大学生なのに結婚を果たした二人。
母は一時的に大学を休学。
最初のうちは父の家の使用人たちにも子育て手伝ってもらい、しばらくした後に復学。ちゃんと大学を卒業した。
俺たちが母の実家のイギリスに行った時には、めちゃめちゃ可愛がられた。
現金な祖父母も普通の親と変わらず、孫にはめっぽう弱かった。
結局のところ、母方の祖父母との関係は現在までも良好ということだ。
そんな話を聞いたルーシー。
今でもずっと仲の良い両親を見て、同じように幸せな結婚をしたいという夢ができたのだ。
◇ ◇ ◇
――しかし五歳になったある時だった。
ルーシーを原因不明の病気が襲った。
突然、顔全体が覆い隠されるように吹き出物のようなものができた。
どんな最新治療を施しても治ることはなかった。
その時からだった。
顔全体に包帯をし、俺たち家族とすら、満足に話さなくなったのは。
それまでは、親についていったお偉いさんとその子供たちも集まる社交界でも人気だったルーシー。そのような場にも顔を出さなくなり、家に籠もるようになってしまった。
幼稚園でも楽しく過ごしていたらしいが、記憶を失ったように、ルーシーの頭から五歳より以前の思い出がすっぽりと抜けてなくなった。
ただ、ルーシーがすごかったのは、この状態でも小学校に通っていたということだった。
小学校に入ると、ルーシーの珍しさにいじめが始まった。
どんないじめをされてきたのか、今でも全ては知らない。
そして、俺もジュードもルーシーと同じ小学校ではなかったために、満足に助けることができなかった。
両親にルーシーの小学校への転校を申し出たが、ルーシーがそれを許さなかった。
ルーシーはずっと一人で戦っていたのだ。
俺もジュードも、心の中ではずっとルーシーを助けてやりたかった。
でもルーシー自身が、助けられることを拒否し、それでも学校に通い続けた。
「ルーシー……お前の顔。綺麗だよ。本当にそう思ってる」
「嘘だっ!! そんな嘘聞きたくないっ!!」
本心から言ったつもりだった。
でも、ルーシーには伝わらなかった。
家族だからそう言っている。ただの同情。
そう思われていたのだ。
いや……実際に同情で言っていたのかもしれない。
ルーシーをさらに傷つけてしまったことと、無力な自分に俺は悔しくなった。
いくら家にお金があってもルーシーの病気を治すことも家族として元気づけることもできなかったのだ。今まで何でもできると思って生きてきた自分。初めての絶望感を味わった。
両親も転校してもいいという話をしていたが、ルーシーはそれを受け入れなかった。
毎日苦痛なはずなのに、あいつは逃げなかったのだ。
なぜそんな選択をしたのか、今でもよくわからない。
でも、今では結果的に良かった。
――あいつ、九藤光流と出会うことができたからだ。
小学生になってからの四年間、ルーシーはずっといじめの対象だったらしい。
先生が見てないところで何かされても、先生には対処できない。
ルーシーも先生に何度か助けを求めていたらしいが、うまく対処してくれなかったようだ。
家族にそれほど助けを求めなかったところを見ると、俺たちに迷惑をかけることが嫌だったんだろう。
一人……たった一人で、その苦しみを受けて続けていたんだ。
だから家族以外の誰かに助けを求めていたのではないかと思った。
四年間もいじめを我慢していたある日、雨の中、ルーシーは公園に逃げ込んでいたらしい。氷室からの情報だ。
そこで、九藤光流という同い年の男子と出会ったとか。
彼はルーシーとは違う小学校の生徒だった。
そんな運命の日となった夜。
ルーシーが家に帰ってくると、自ら楽しそうに会話をはじめた。
今まで食事中もほとんど黙っていたルーシーが、包帯越しでもわかるほどの笑顔を見せていた。
彼のことばかり話すルーシー。こんなに笑うルーシーを見たのはまさに五年ぶりだった。
俺はその場では我慢した。
そして、自分の部屋に戻った時、一人で泣いた。
俺たち家族にもできなかったルーシーを救うということが、ルーシーとは違う小学校の男子生徒がやってのけたのだ。
ルーシーからの話では、彼は強引だったそうだ。
何かとうまく言いくるめられて包帯を外してしまったらしい。
いや、言いくるめられたというのは俺が勝手に思っているだけだ。
ともかく他人に見せてこなかった素顔を彼には見せたのだ。
そこで、彼は「綺麗だ」と言ったとか。
家族がいくら言っても信じてくれなかった言葉。
でも、他人である彼が言ったことで、ルーシーはその言葉を信じた。
そして、ルーシーにとっての初めての友達ができたのだ。
正確には初めてではないが、五歳より前の記憶が封印されているせいか、彼が初めての友達ということになった。
――その日を境に、ルーシーは日に日に明るくなっていった。
ただ、小学校でのいじめは変わらなかったらしい。
しかし、ルーシーはずっと明るかった。
彼のおかげで、ルーシーは変わったのだ。
ルーシーを変えてくれた彼には感謝はしていたが、どこかで嫉妬していた。
それもそうだ。ルーシーを助けてあげられるのは血の繋がった家族だと思っていたから。
そんな明るい未来を歩みはじめたと思った時だった。
――ルーシーが事故に遭った。
頭の中が真っ白になった。
ジュードと共に病院に駆けつけたが、ルーシーは重傷でずっと目を覚まさなかった。
話を聞くと、彼と車の中で会話している途中だったと聞いた。
俺はこの時、彼に怒りを覚えた。
ルーシーを変えてくれたかもしれない。けど、彼と出会ったせいでルーシーが死ぬかも知れない。
彼とルーシーが出会わなければ、こんな事故は起こらなかったかもしれない。
それなら、ルーシーが元気にならなくても良かったのではないかとまで思ってしまった。
しかし俺はその発言をこのあと後悔することになった。
両親が彼の病室まで行ってルーシーの状態を報告しにいった時のことだ。
俺とジュードは彼の病室には行かなかったが、病室のすぐ外で会話の内容を聞いていた。
「ルーシーが助かるにはどうすればいいんですか!? 俺、何でもします!! だから! だからぁ……ルーシーを……ルーシーを……助けてやってくださいぃぃ……」
「会って一週間くらいなんだけど、こんな短い時間で信じられないかもしれないけど……みんな、家族くらい俺の大切な人……」
彼――九藤光流は、ルーシーを助けるためならと、自分の腎臓を差し出すことを選んだのだ。
俺より五歳も年下の男子が、自分の体も傷だらけで包帯ぐるぐる巻きの状態なのに、そう言ったのだ。
彼のせいで、ルーシーが生死の境を彷徨う結果になったかもしれない。
でも彼のルーシーを必死に助けようとする声を聞いて、俺は後悔した。
「――クソっ……俺がバカみたいじゃないか。あいつ……本当に良いやつなのかよ……」
「兄さん……そうみたいだね」
たった一週間しか会っていないやつが。たった一週間しかルーシーとの思い出がないやつが。ルーシーのことをほんの少ししか知らないやつが。
――普通そんなことできるか?
俺なら……わからない。
自分の命を投げ売って、他人を助ける。
その選択ができる人は、世の中にどのくらいいるだろうか。
腎臓の移植手術や摘出手術は、現在高確率で成功すると聞いていた。
ただ、彼の体はボロボロ。体もまだ小さい。
それによって手術の成功率がどうなるかわからない。
でも、傷だらけの体にさらにメスを入れて、臓器を一つ失う。
どう考えてもすぐには決められることではなかった。
あいつの知識がなくて、まだ子供だったからそんな決断ができたのかもしれない。
でも、彼は目覚めてから一切悩まなかった。
ルーシーを助けたいという気持ちだけが、嫌と言うほど伝わってきたのだ。
結局、彼は自分の両親を必死に説得し、ルーシーに腎臓を提供することが決まった。
彼の腎臓がルーシーに適合した、ということも奇跡だったろう。
色々な奇跡が重なり、ルーシーはアメリカに行ってからやっと目覚めた。
俺とジュードはすぐにでもルーシーに会いに行きたかったが、両親にちゃんと学校に通いなさいと言われたために、長期休暇のシーズンになるまで待った。
その間、彼――九藤光流の様子を見に行くことにした。
いつか接触しようとは思っていたが、最初は遠くから見るだけ。
両親には内緒で使用人を使い、彼の動向を探った。
遠目で見る彼は、退院してからは元気に過ごしていた。
女子とも遊んでいるところを見ると、ルーシーを忘れてしまったのではないかとも思ったのだが、そうではないらしい。
その証拠に、何度もルーシーと出会った公園に足を運んでいたからだ。
俺はほっとした。
そして、しばらく彼を追うことに決めた。
彼がまだルーシーを想っているなら、そして、ルーシーも彼を想っているなら。
いつか再会するその時まで見守ろうと。
◇ ◇ ◇
長期休暇のシーズンになり、やっとルーシーに会いに行くことができた。
「ルーシー! 元気そうだなっ!」
「ルーシー、僕達に心配を……でも良かった……」
「うん……心配かけてごめんね。ここまで来てくれてありがとう」
俺とジュードはできるだけ気丈に振る舞った。
ルーシーにはいつも明るくいてほしかったからだ。
目覚めたルーシーは、元気ではあったが、かなりやせ細っていた。
心配ではあったが、とりあえず体調は良さそうだったので安心した。
そして、さらなる奇跡を目撃した。
どうやっても治らなかったルーシーの病気が治り始めてきたのだ。
なぜそうなったのか、理由はわからなかった。
ただ、担当の医者によれば、腎臓を移植した影響、九藤光流がルーシーの精神状態を回復させたことが関係しているのではないかとのことだった。
もし本当にそうなら、より彼に感謝しなくてはいけなくなった。
ルーシーが長年苦しんできた病気が治ること。これは俺たち家族にとって、あまりにも喜ばしい出来事だった。
ルーシーはずっと彼のことを想っていた。
だからあとは彼の気持ちがずっと続いているかどうかだけ気になった。
そうして俺は彼が五年生になった時、初めて接触した。
彼を間近で見た時、なんて冴えないやつだと思った。
遠目から見ていても特にオーラのようなものは感じなかったし、こんなやつがルーシーを変えたのかとも思ってしまうほどだった。
しかし病室での彼の叫びを聞き、実際にルーシーの命を繋いだのは彼。
見た目だけで判断するには早計だった。
女子とは遊んでいるようだったが、好きとかではないと話を聞いた。
俺は安心した。公園に来ていたことからもルーシーのことを考えていることは見抜けた。
「お前の心にあるその気持ちを信じろ」
「お前が心変わりしていなければ、また会うかもな」
それだけ言い残して去った。
その後、彼の行動を逐一観察し、運動会にまで足を運んだ。
彼はルーシーのことを想っているせいか、ずっと彼女を作るつもりはなかったようだった。
よくよく調査すると、あの、藤間しずはという女子にアプローチされているようだったが、彼は付き合う選択をしなかった。
後の情報から、彼が藤間しずはや池橋冬矢に影響を与えていたという話も耳に入った。
この頃から、彼がルーシー以外にも影響を与えられる人物なのだと感じていった。
◇ ◇ ◇
――ルーシーはある時から歌を歌うようになった。
これも彼のお陰なのか、まだ包帯を巻いたままなのにやりたいことができたようだった。
スポーツや色々なことに手を出していたようだったが、歌が一番ハマったようだった。
最初にルーシーの歌声を聴いた時は、腰が抜けるかと思った。
シスコンと言われてもしょうがないが、ルーシーの歌はうますぎた。
天才かと思った。
声に出して、俺の妹だぞと友人たちに広めたかったが、正体を隠していたので何もできなかった。
そもそも俺が何かするまでもなく、バズってしまったのだから、広めるまでもなかった。
そしてルーシーが中学三年生になったある時、ついに病気が完治した。
家族にだけ見せてくれた素顔。
俺とジュードがアメリカに会いにいった時に見せてもらった。
さすがの俺たちも我慢できなかった。
子供の頃の面影を少しだけ残しながら成長していたルーシーの顔は、とても綺麗だった。
「アーサー兄……ジュード兄……泣きすぎ」
ルーシーの前では気丈に振る舞う予定だったのに、素顔を見るとどうしようもなかった。
母の若い頃の写真に少し似ていて、ともかくルーシーは最高に綺麗だったのだ。
ただ、その後はルーシーも彼も、なぜかお互いに連絡をとろうとはしなかった。
どちらかが声をかければ、すぐにでも会う機会は作れたというのに。
相手が大切だからこそ、気を遣いすぎてなのか、長い時間連絡もとらずにいた。
ルーシーなんて、顔が全部綺麗に治ってから会うだなんて言って。
手紙くらい送れよと思った。
しかし、そんなある時、父から連絡が入った。
彼が動いたと。彼の父親経由で聞いたらしい。
やっとか……とも思ったが、この時点で二人共まだ想い合っていたので、気にしないことにした。
何ができるか、俺は考えた。
想いを伝えるなら手紙だろと。
最近は書いていないが、小さい頃はよく両親の誕生日に手紙を書いて贈っていた。
お金では何でも手に入るこの家。
手書きというか、こういった手作り感のあるものが特に喜ばれた。
だから俺は互いに便箋を渡すことに決めた。
ルーシーの方はジュードにとられてしまったけど、まぁいい。
――ともかく言いたいのは、俺は彼のファンだということだ。
見た目が平凡でも、ぱっとしなくても、ルーシーのことを想っているうちは俺は彼の味方でありファンだ。
いや、ルーシーのことをもし想わなくなったとしても、俺は彼のファンで居続けるだろう。
正直、中学・高校生活は退屈だった。
俺には許嫁もいるし、将来は父の会社を継ぐことが決まっている。
やりたいことも特になかったので、それはそれで良かったが、退屈なことには変わりなかった。
しかし、その生活を潤してくれたのが、彼だ。
ジュードと彼の背中を追って尾行したり、観察したりすることがこれとなく楽しかった。
サングラスをしたり、帽子を被って金髪を隠したり。色々と変装して近づいたこともあった。
これで一緒の学校に通えていたら、どんなに楽しかったんだろうなと思う。
だからジュードが羨ましい。
彼に会う機会は少ない。
彼が高校に上がったら文化祭に堂々とお邪魔してやろう。
そして、ルーシーや彼の周囲に蔓延る邪魔者は、今度こそ近づけさせないよう排除してやる。
もうルーシーに悲しい思いをさせないように、必ず……。
「――真護、偵次、千影。ちゃんと秋皇に受かるんだぞ。あとはジュードが指示してくれるはずだ」
宝条家の屋敷。
その客室のソファに座る三人の中学生を目の前に、テーブル越しのソファに足を組みながら偉そうに鎮座しているアーサー。
「アーサーさん、わかってます。お任せください」
「そうですよ。問題ありません」
「安心して任せてくださいな~」
長男、守谷真護。次男、守谷偵次。そして末妹の守谷千影。
守谷家の三つ子として生まれた彼らは、セキュリティ会社や探偵業を営む会社を経営している社長の子供たちだ。
彼らにはそれぞれ役割がある。ボディガード、調査、尾行などだ。
小さい頃から親の会社の仕事を学び、鍛えてきたと聞いている。
既にルーシーや光流たちの情報は伝えている。
――そしてルーシーをいじめていたやつらの情報も。
できるだけ二人がトラブルに巻き込まれないよう、アーサーがこうして準備していた。
「ならいい。頼んだぞ」
これから高校生となるルーシーたちの未来に向けて、アーサーは陰ながら奔走する。
ー☆ー☆ー☆ー
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