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119話 エルアール

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 ――謎の青年から便箋をもらってから、俺は何を書こうか悩んだ。

 自分の部屋でちょっとだけ勉強とギターをお休みして机の上に置かれた便箋に向き合う。

 便箋は合計で五枚入っているものだった。
 無駄にはできない。

 だから自分のノートに試しに書いていったのだが、なかなか難しかった。
 書いては破って捨てて、書いては破って捨てて。
 ゴミ箱にも紙くずが大量に溜まっている。

 俺の今の気持ちを伝えるには、どこから書けばいいだろうか。
 おそらく手紙では全てを伝えることができない。

 だからこそ、うまくまとめなければいけない。

 ルーシーと出会ったあの頃みたいに、強い俺ではなくなったけど、冬矢のおかげで今はそれに戻りつつある。

 こんな独りよがりな文章を書きたいわけではなかったが、俺が悩んでいたこともルーシーに知ってほしかった。

「ルーシー。覚えてるかな? 光流だよ。あれからもう五年も経っちゃったね――」

 俺は声に出しながら、シャーペンでノートに下書きを書いていった。

 そうして数時間が経過し、やっと手紙の内容が完成したので、ボールペンで便箋に清書した。


「ふぅ……書いた……」


 俺は完成した便箋を一緒に付いてきた封筒に入れた。

 表には『ルーシーへ』。そして裏には『九藤光流』と最後に書き綴り、封筒を閉じた。


 あとは、プレゼントとこの手紙を送るだけ。
 これで今、俺がルーシーに対してやれることはやった。

 ルーシー、ちゃんと受け取ってくれるかな。



 ◇ ◇ ◇



 その後、母親にお願いして、海外への配送方法を聞いて、プレゼントと手紙を送った。

 日数的には、ルーシーの誕生日である十月十日に間に合うとのことだった。


 そして、その次の週。九月の月末のある日のことだった。

 朝、学校に行くと教室がいつもより騒がしかった。
 十月から文化祭準備が始まるからだろうか。

「――ねぇねぇ、この曲! なんか勢い凄いんだよ! Newtubeに曲がアップされてからいきなりトレンド入ったし」
「エル、アール……聞いたことない人だよね」
「そうそう無名なんだろうけどね。でも今までのアーティストと違うのは、日本語と英語が同時にアップされたことだよね!」

 聞き耳を立てていると何やらどこかの歌手の話題らしい。
 俺はギターの練習ばかりで、最新の音楽のトレンドは追っていなかった。

「ひっかる~っ! おはよ」

 千彩都が元気よくポニーテールを揺らしながら俺の机までやってきて挨拶する。

 最近は千彩都にも時間ができている。
 それは三年生になりバスケ部の最後の大会が終わったからだ。

「おはよう」

 俺は机に勉強道具や教科書を入れながら千彩都に挨拶した。

「ねぇ知ってる? エルアールって人の歌! すっごい良いんだよ!」
「なんか教室で話題になってるみたいだね。そんなに良いんだ」

 千彩都も他のクラスメイトと同じ話題を話し始めた。

「光流はやっぱりまだ知らなかったんだね。数日前にNewtubeにアップされたんだけど、もの凄い再生回数でさ!」
「ふーん。そうなんだ」

 熱く語る千彩都にそうは言われたが、俺は特に気にはならなかった。
 ただ一つだけ気になったことがあった。

「というかNewtubeだけ? ってことはボカロとかVチューバーみたいな人ってこと?」

 音楽アプリなどで配信されていない音楽なら、そういうジャンルの人になるだろうか。

「違う違う! 本当の人の声だし、ちゃんと人の画像使ってるよ! 仮面してるけど」
「んん?」

 まだよくわからなかった。
 俺があまり詳しくないだけだと思うが、そういった活動をしている人が世の中にはいるのかもしれない。

「も~、見た方早いって。ほらこれっ」

 中々理解しない俺に対して千彩都がしびれを切らしたのか、スマホを取り出して動画サイト――Newtubeの画面を見せてきた。

『エルアール/LR』と書かれたチャンネル名。
 チャンネルの動画一覧を見ると二つの動画がアップされていることが確認された。

 そしてスマホの小さな画面ではわかりにくかったが、金髪でタイルが良い女性が仮面でカッコいいポーズをしているサムネイルが映し出されていた。


「え……っ」


 そのサムネイルを見た瞬間、心臓がドクンと跳ね上がったような気分になった。

 しかし、なぜそんな気分になったのかわからなかった。
 金髪の女性……ただその髪色に敏感になっており、反応してしまったのかもしれない。

「光流……どうかした?」

 俺が変な反応をしたからか、千彩都が少しだけ心配そうに聞いてくる。

「あ……大丈夫。いや……まさか、な……」

 ありえない。

 でも、仮面。顔を隠す意味。

 色々と脳裏をよぎり、どこか勝手に結びつけてしまっていた自分がいた。

 とりあえず視線をサムネイルの下に落とす。
 そこにはタイトル『星空のような雨』と書かれており、もう一つの動画にはその英語名が書かれていた。
 先ほどクラスメイトが話していた日本語版と英語版の二種類を同時にアップしているという話が今ちゃんと理解できた。

 そしてすぐ横に表示されていた再生回数。

「――二百……万?」

 いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……。
 数字の桁数を順番に数えていくと、現時点で日本語版の再生回数が二百万再生以上記録しているとわかった。
 英語版の方は日本よりも勢いが弱いのか、ギリギリ百万再生はいっていなかった。

「ね、凄いよね。アップしてからまだ数日だっていうのに」
「これってやっぱ凄いことなの?」

 俺もNewtubeは見るが、再生回数の基準などよくわかっていなかった。
 どのくらいで凄いと言えるのだろうか。

「いやいやいや! 日本でもなかなか見ないって! TokTakなら再生数回りやすいからあり得るんだけど、これNewtubeだからね。それにまだ動画は二つだけ」
「やっぱりそうなんだ……」

 そりゃ皆が噂するわけだ。
 音楽界に現れたルーキーってやつか。

「じゃあ再生するよ」

 そうして千彩都がスマホで日本語版の動画をタップした。

 すると、まずはイントロが流れはじめた。
 動画ではあるが、日本ではよくある画像を動かしたような動画にはなっていなかった。
 サムネイルの画像のまま、曲が続いていった。

 そして、歌が流れ始めた。


「――――っ!?」


 もう最初から誰が聴いてもうまいとわかる歌声だった。
 いや、ヤバい……。

 人によってはもちろん好き嫌いはあるとは思うが、歌唱力が半端ない。
 天性の歌声の持ち主ではないかと思うほど、素敵な声だった。


『君が私に教えてくれた世界は 眩し過ぎて夢みたいだった~♪』


 先ほど跳ね上がった心臓の鼓動。
 再び、ドクンドクンと鼓動が速まっていくのを感じていた。


 俺は今のルーシーの声は知らない。五年も経てば声は変わっている。
 しかも地声と歌声が違う人も多い。だから特定なんてできるわけない。

 できるわけがないのに――。


 俺の心臓……いや、心臓ではない別の場所。

 ――腎臓……なのか?

 俺の細胞に刻まれた何かが、この歌声に反応しているように思えて仕方なかった。


「えっ!? 光流っ!?」


 すると、曲の途中なのに千彩都が俺の顔を見て声を上げた。


「――――えっ?」


 千彩都にそう言われても、何がなんだかわからなかった。


「いや、あんた……涙……」


 そう言われてやっと気がついた。

 俺の目から、涙が流れていた。
 その涙が机の上にポトリと落ち、雫の玉が太陽の光に反射してキラキラと輝いていた。

「意味わかんね~。はは」
「こっちのセリフなんだけど……どうしちゃったのよ……」


 もしかすると、ありえない……なんてことはないのかもしれない。

 ルーシーは元気だ。

 あいつは、アメリカに行って回復して元気にやっているなら、自分の好きなことやりたいことを見つけているのかもしれない。

 それが歌なのかわからない。

 でも、元気になったことで、新しく何かを始めていたとしたら。
 それは俺にとって、あまりにも嬉しいことだった。


「――ごめん、ちょっとコメント欄に歌詞書いてないか見てもらえる?」

 歌だけでは聞き逃してしまう。

 だから、歌詞をちゃんと確認したかった。

 Newtubeでは、たまにファンもしくは公式が動画の下にあるコメント欄に歌詞を書いている場合がある。
 なので、千彩都にそれを確認してもらいたかった。

「ちょっと待ってね……あっ……載せてくれてる人いるよっ」
「ありがと。見せてもらっていい?」

 俺は机の上の涙をブレザーの裾で拭き取る。
 そして、千彩都がスマホを机の上に置いた。

 歌詞を眺める。

『光不足の劣等星』『雨のように泣いた』『人とは違う自分』『手を伸ばした君』『救われた心』……。

 どこか……どこか。
 俺とルーシーが出会った時のことからのことが書かれているような気がした。

 これを書いたのが、歌ったのがルーシーではない人だったら、俺はただの恥ずかしいやつだ。

「あっ!? あんた私のスマホにっ!」
「わ、わりぃ……っ」

 俺は再び涙を流すと、それが千彩都が机の上に置いたスマホ画面にポタリと落ちてしまった。

「も~。光流へんなのっ!」

 千彩都にとっては、よくわからない涙だろう。

 ルーシーという名前は知っていても、髪色すら知らない。
 どうやっても、ルーシーにたどり着けるとは思えなかった。

 ましてや、動画をアップしてすぐに人気者になってしまった人物。
 つながるわけがない。

「光流、ちーちゃんおはよ~って、えっ!?」

 するとそこに、登校してきたしずはがやってきた。
 俺の目が赤くなっていることに気づいたのだろう。

「ちょっとしーちゃん聞いてよ! 光流ったら歌聴いた途端これだよ! マジで謎!」
「歌? 理解が及ばないんだけど……」
「そうそう。エルアールって人の」
「あっ。エルアールの歌なら私も聴いた。ちょっとあれは凄すぎるよね」
「それね。光流がエルアールの曲聴いたら泣いちゃってさ……」
「ふーん……」

 しずはが再び俺の顔を見ると、何かを察したのか、それとも何かを考察しているのか。
 そんな表情をしてきた。

「あんま見んなよ」

 涙顔は恥ずかしい。というかここは教室で、これからホームルームも始まるというのに。

 俺が泣いていることを見たのか、数名のクラスメイトがこちらを見てきた。
 いや、しずはがやってきたのでこちらを見て、その流れで俺も視界に入ったというのが正しいだろう。

「まっ、いいけどさっ」

 そう言うとしずはは自分の席へと戻って、机の中に勉強道具と教科書を詰めていった。



 …………



 俺の勘違いだったら、それはそれでいい。
 でも、勘違いじゃなかったとしたら、それはとても嬉しい。

 ルーシーだという可能性を少しだけ信じて、俺はエルアールのサムネイルを拡大し、スクショを撮って保存した。
 ただ、全身が映っている画像だったので、拡大してもぼやけるだけだった。

 ルーシーの髪色。金髪といえども様々な金髪がある。
 だからエルアールの髪色と比較したかったが、手元には比較できるものは何もなかった。

 初めて会った時に公園で撮ったルーシーとの写真。

 あれは、ルーシーのスマホで撮ったものだ。というかスマホ自体、事故で壊れているかもしれない。データもなくなっているかもしれない。

 あの時、俺もスマホを持っていれば、手元に比較できる写真があったかもしれなかったのに。
 でも、今さらそんな事を言ってもしょうがない。

 俺はこの日から、何度もエルアールの曲を聴くようになり、さらにサムネイルを凝視する日々が続いた。







 ー☆ー☆ー☆ー

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