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117話 刻印

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「――父さん! 母さん! ルーシーの誕生日、聞いてほしいっ!!」

 俺はリビングに入り、父と母を見つけると勢い任せにそう言った。
 すると黒豆柴のノワちゃんが、俺の声に驚いてソファの後ろに隠れた。

「どうした光流っ!?」
「大丈夫!? とにかく落ち着きなさい?」

 息を切らし、額から汗を流す俺を見て、驚きを見せた両親。

「お願いっ! ルーシーの誕生日! あっちの親に連絡とって聞いてほしい!」

 俺の頭の中は、ルーシーの誕生日でいっぱいだった。

「プレゼント!! 誕生日プレゼント、贈りたいんだっ!!」

 言葉足らずかもしれなかったが、今の俺にはこれしか言えなかった。
 ただ、両親は理解力が高く、十分に理解してくれた。

「そうか。やっとか……」
「ふふ。あなた、あれを……」
「……?」

 両親が顔を見合わせる。
 そして、父がソファから立ち上がり、リビングの隅に置いてある棚へと向かった。
 棚の引き出しを開けるとそこから一枚の紙を手に取り、俺の下まで持ってきてくれた。

「光流、ほら」

 父からその紙を手渡された。

「これ……」
「ちゃんと見てみろ」

 俺は視線を落とし、紙に目を通した。

 そこに書かれていたのは――、


「十月十日……あと、アメリカの住所……」


 俺は顔を上げて父の顔を見る。

「これは、ルーシーさんの情報だ」
「えっ…………」

 何が何やら、よくわからなかった。

「あんたが考えそうなこと、こっちはお見通しなのよ」

 するとリビングに戻ってきた姉が、後ろから声をかける。

「ど、どういうことなの?」

 俺は姉にその言葉の意味を問う。

「いつかの時のために、あらかじめルーシーちゃんの誕生日と住んでる家の住所を教えてもらってたのよ」
「………!?」

 え、え……。
 動揺を隠せない。

「じゃあ、これって……やっぱりルーシーの誕生日、なの?」
「そう言ってるじゃない」

 そうなのか。そうなのか。
 やっと理解した。
 まさか、こんなにも早く知れるとは思わなかった。

「――ありがとうっ! ありがとう皆っ!!」

 俺は喜びを爆発させた。
 今気づいたが、住所がわからないとプレゼントを贈れないんだった。
 ……本当に助かった。

「こっちはずっと、いつ聞いてくるのかなって思ってたのよ。やっと動く気になったのね」

 母が今まで隠してきたことをやっと言えたというように、ほっとした顔でそう言った。

「冬矢に言われて、やっと……やっと気づいたんだ。だから、遅いかもしれないけど……」
「遅いなんてことないよ。光流が思う通りにやってみな」

 姉は諭すように俺を肯定してくれる。
 そもそも、事故が遭ってからは俺の行動を否定する家族はいなかった。

「――ただね。本当は誕生日と住所を教えてもらった時にすぐ光流に渡そうとしたの。でも、光流は待つことを選んでたから。だから言わなかったの」

 母が申し訳無さそうに言った。
 確かにそうだ。もしずっと前に誕生日を知っていたら、俺はどうしていただろう。


 ――わからない。


 今、このことに気づけたから、行動を起こしたのかもしれないし、早めに知っていたとしても行動できていなかったかもしれない。

 けど、今はそんなことどうでもいい。
 既に手元には大事な情報があるんだ。

「母さんたちを悪く思わないでね、光流。私からもその方が良いって言ったんだから。光流が自分で気づいて、動こうって思った時に言った方が絶対に良いと思ったんだ」

 姉が両親を擁護する。
 うちの家族は皆優しい。俺のことをちゃんと考えてくれてる。
 もし、その行動が間違っていたとしても、俺が怒ることなんてない。

「ううん。悪くなんて思ってないよ。ちゃんと俺のことを考えてくれた結果なんだから。悪く思うわけがない」
「光流……」

 だから今一度、俺は家族に感謝すべきなんだ。

「父さん、母さん、姉ちゃん。いつだって感謝してるよ。俺が腎臓を渡すって言った時も、最後には俺の気持ちを尊重してくれた。あの時の皆の気持ち、少し大人になった今だからわかるようになってきた。血の繋がった家族がいなくなるかもしれない、腎臓が一つになる子をどんな思いで手術室へ送り出したか……」
「ひ、光流……っ」

 俺の言葉で、ソファに座っていた母が涙を流しはじめた。

「あの時の選択は間違ってなかった。ルーシーが今生きてるってだけで、俺は正しい選択をしたって、自信を持って言える。だから、皆には感謝してもしきれないよ」
「光流……っ! あんた……あんたってやつは……っ!」

 すると、後ろから姉が抱きしめてきた。
 少し抱擁が強めだ。
 たった少し前にも冬矢には強めに肩を掴まれたりしたというのに。

 声色から、姉も涙を流していると察した。

 俺は、首に回した姉の腕に軽く触れる。

「今、すっごい幸せだよ。ルーシーにはずっと会えてないけど、それでも幸せって言える。だって、大切って思える友達ができたし、好きなことも自由にさせてもらってるから……」
「…………っ」

 いつの間にか、目の前にいた父も無言で涙を流していた。

「――事故に遭って入院したから、そういう友達ができたんだ」
「うう……っ。光流……あんたね……っ」

 鼻水を啜るような音が後ろから聞こえてきた。

「結果的に腎臓を失うことになった事故だったけど、その代わりたくさんのことが手に入った。だから俺は良かったと思ってる。今、元気に生きてるから言えることだけどね」
「バーカ。そうだよ、今元気だから言えるんでしょ。あの時……あの時、本当に死んじゃうと思ったんだから……っ」

 四年前、まだ中学一年生だった姉。
 今よりは仲良くはなかったけれど、それでも関係性は良好だった。

 弟を失う……それは、とてつもなく怖かっただろう。
 俺だって、家族の誰か一人でも失う可能性がでてきたなら、同じ気持ちになると思う。

「心配してくれる家族がいて良かった。優しい家族がいてくれて良かった。俺、この家に生まれたから、この家族に囲まれてるから、幸せなんだ……」

 俺が改めて家族に、そう感謝を伝えると――、

「光流っ……光流っ……」
「まだ中学生のくせにそんな悟ったようなこと……もっと長生きしてから言え……っ」
「バカバカっ! こんなに泣かせるなっ」

 三人揃って、大泣きしていた。

「みんな……優しいなぁ……っ」

 つられてしまった。
 家族の涙を見て、俺の目にもいつの間にか涙が浮かんできてしまっていた。

「あんた……いつか絶対……必ず! ルーシーちゃんを家に連れて来なさいよっ!」

 俺にしがみつく姉が強めの言葉を言い放つ。

「うんっ……うんっ……」

 自分で話しながら、再確認できた。

 毎日仕事を頑張ってくれている父。毎日家のことをやってくれている母。何かあれば心配してくれて、相談にも乗ってくれて、俺のことが大好きな姉。疲れた時にはいつも癒やしてくれる黒豆柴のノワちゃん。



 ――俺はこの家族が大好きなんだ。



 ◇ ◇ ◇



 ――翌日。

 ちょうど休日だったので、俺は一人で街にプレゼントを探しに出かけることにした。
 冬矢には迷ったら手伝ってやると言われているが、ひとまずは一人で歩き回ることにした。

 言われていた通り冬矢にはルーシーの情報を家族からもらったその日のうちにメッセージを送った。
 『良かったじゃねえか』と簡単な返事だけくれた。

 メッセージではいつも言葉少なめだが、それで十分だった。
 あいつの良さ、優しさは十分――いや、十二分に知っているから。



 一人で来たのは新宿駅。

 休日ともあって、やはり人が多い。

 今日までに何をプレゼントにするのか、たくさん考えた。
 しかし結局決めきれなかったので、それなら直接色々なお店を見てピンときたものを買おうと思った。


 とある商業施設に入る。

 ただ、女性ものを選ぶということで、女性のファッションエリアを一人で歩いているのだが、居心地が悪すぎる。
 男子一人でこのエリアを歩いていると完全にアウェー。女性とすれ違う度に見られている気がする。実際は気がするだけなのだが。

 好きな女子に誕生日プレゼントを選ぶ男子。皆もこうやって女性用のお店に一人で入っているのだろうか。
 こんな場所に一人で来るなんて頑張ってるんだな。なら俺も頑張らないと。

 俺は架空の男子たちにパワーをもらい、足を進めていった。


 そうして一人で歩いていくと、たまたまアクセサリーショップが目に入った。
 
 俺は足を止めて、お店の外から近くにあるものを眺めていった。

 すると――、

「――プレゼントですか?」

 女性の店員さんが話しかけてきた。

「あっ……はい。そうです」

 俺は、いきなり見抜かれたことに驚きながらも正直に答えた。
 というかこんな所に男一人で来ているなら、見抜かれて当然か。

「もし、プレゼントにお悩みならいくつかお勧めをご紹介しましょうか?」

 いや、やはりこの人はエスパーなのかもしれない。
 俺がプレゼントに迷っていることを見抜いている。

「そしたらお願いできますか?」

 言われるがままに従った。
 高すぎるもの勧めないだろうな? 騙されないようにしないと。こういうお店は初めてだったので、疑ってかかった。

 数十秒後、店員さんはトレーにいくつかのアクセサリーを持ってきてくれた。

「今はもう冬物が入荷してますからね。それに合ったアクセサリーが多いですよ」

 トレーに乗せられていたのは、ネックレス・指輪・ピアス。
 値段を確認すると、どれも一万円以内だった。

 一万円なら今まで使ってこなかったお金で十分に買える。予算内だ。

「こちらのネックレスは、雪の結晶をイメージしたものでとても可愛いですよ」

 そのネックレスをみると確かに可愛い。いや、かなり可愛い。
 雪の結晶というキーワードだけでも可愛いのに。

 ただ、全体的に気になったのは、"冬に合ったアクセサリー"というものだった。
 つまり、冬にしか身に着けられないということだ。

 どうせなら、通年使えるようなものを贈りたかった。

 プレゼントを選ぶ上で決めていたのは、重いと思われるものでも良いと決めたことだった。
 彼氏でもない人が贈るプレゼントでアクセサリー系はかなり重いと思われることだろう。
 でも、俺はその重さに気持ちを乗せたかった。

 冬矢に言われたこと。我慢するな、気持ちをぶつけろ。
 なら、重くても良い。そう思ったのだ。

 この選択がルーシーにとって良いか悪いかわからない。
 でも、もう怖がらないって決めたから。

「すみません。せっかく出してもらったのに申し訳ないんですけど……季節関係なく一年通して身に付けられるようなアクセサリーはないでしょうか?」
「もちろんありますよ。少々お待ち下さいね」

 俺がそう言うと、店員さんはトレーを持って店内を回っていく。
 そうして、またいくつかのアクセサリーを取ってきてくれた。

「こちらはどうでしょうか?」

 すると次にトレーに乗せられていたのは、ネックレス・指輪……そして、先程はなかったバングルだった。

 俺はじっと三つのアクセサリーを見つめる。

 ここで一つ思った。俺はルーシーの指のサイズを知らない。
 つまり、指輪はこの中からは除外されるということになる。

 そして、俺の目線で何か気づいたのか、店員さんが一言。

「――もしかして、彼女さん……ではなく、好きな相手に贈る……といったものでしょうか?」

 結構プライベートなことに突っ込んで聞いてくるなこの店員さん。と思いはしたが、情報をちゃんと伝えたほうが、プレゼント選びでは役に立つと思ったので、俺はそのまま答えた。

「はい……そうなんです。なので指輪のサイズとか知らなくて……」

 すると店員さんがなるほどと相槌を打つ。

「――こちらのネックレスにはできないのですが、実は今、名前を刻印するサービスを無料でしているんです」
「名前を……刻印……?」

 その言葉が気になった。

「はい。指輪の裏側やバングルの裏側、こちらにお相手の名前を入れるんです。そうすることで、その人だけの特別なアクセサリーになるんですよ」
「特別……」

 そして、この中では既に指輪は既に除外されている。
 それなら残るはバングルということになる。

 バングルは留め具がなく腕を通すだけのブレスレット。
 アクセサリーとしては、気軽につけられる部類だと思った。

 そしてこのバングルをよく見ると幅は細く、色はシルバー。かなりシンプルなものだった。
 これならどんな服にも、時期にも合うかもしれないと思った。

「人によるかと思いますが、刻印入りのアクセサリーはポイント高いと思いますよ。しかも刻印するのは裏側です。外から見えないのが良いんです」

 そう言われると、そう思ってくる。刻印の良さ。これは良い気がした。

「これにしますっ!!」
「かしこまりました」

 うまい口車に乗せられたかもしれないけど、それでも良かった。
 これが、ルーシーだけの特別なアクセサリーになるんだ。

「そうしましたら、なんと刻印しましょうか。名前を英語で入れる方が多いですよ」

 入れる文字は決まってる。

「では『Lucy』と入れてもらっていいですか?」
「かしこまりました。少々お時間いただきますので、三十分ほどお待ちいただけますか? その間お店を離れてくださっても構いません」

 そういえば、時間について言われてなかったが、今この場で入れてもらえるのか。
 お店の奥の方をよく見ると、工房っぽい小さなエリアが見えた。そこで刻印を施すのかもしれない。

「ならお店出て三十分後にまた来ます」
「かしこまりました。では、お待ちしております」

 そうして俺は名前を告げて、店を出た。



 …………



 適当に時間を潰した俺は、三十分後にまたお店に戻った。

「――九藤様、お待ちしておりました」

 店員さんが再度トレーを持ってきてくれて、バングルを見せてくれた。

「こちら、裏側に指定の名前が刻印されております」

 そのバングルを傾けてくれると裏側が見えた。しっかりと"Lucy"と刻まれていた。
 それだけで、なんだか俺も嬉しい気持ちになった。

 ルーシーという文字を見たからだろうか。
 今まで口ではルーシーと名前を出していたけど、こうやって文字にして見たことはなかった。
 だからなのか、嬉しさを感じてしまった。

「問題ありません。ありがとうございます」
「お相手の方、喜ぶと良いですね」
「……はいっ」

 店員さんが、優しくそう言ってくれる。
 多分、俺以外にもプレゼントを買いに来る人を大勢見てきたんだろうな。

 そうして目的を果たした俺は、家に帰った。








 ー☆ー☆ー☆ー

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