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109話 初めての合わせ練習
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――陸の合図で俺達は一斉に楽器を弾き始めた。
イントロが終わり、俺が歌い始め、流れるように演奏が進んでいく。
――わけもなかった。
「ストップ、ストーップ!!」
冬矢の声で演奏が止まった。
理由は明白だ。
「ぜんっぜん合ってねえ」
「……だね」
最初からうまくいくとは思ってなかったけど、全く演奏になっていないのはショックでもある。
「しずは、なんか良い案ないか?」
冬矢がしずはに聞いた。
「こういうのって曲のリズムが、いつの間にか外れてるからこうなる。何度も同じ曲の演奏スピード聴いてきたはずだよ。思いだして」
いつになく真剣なしずは。
音楽に関わるとこうなるのだろうか。
「あと、私はリズム完璧にしてきてるから、私の音をよく聴いて。こっちのスピーカーわざと大きくしておくから」
「かっけえ」
「かっこいい」
「リーダーだ」
"私の音を聴け"というしずはの発言に、俺たちはしずはのかっこよさを垣間見た。
「な、なによ急に。あんたら初心者なんだから最初はしょうがないでしょ。プロの私がリードするべき」
恥ずかしがりながらも、ついていきたくなるような発言。
「あと練習は一曲まるまるやるんじゃなくて、ブロックに分けて演奏したほうがいいらしいよ。短かい演奏に区切ってやれば修正点も見つけやすいし」
「そうしよう! いきなり一曲全部合わせようとしても無理だよな」
さらに練習法のアドバイスもくれた。
良いリーダーだ。リーダーとか決めてないけど。
こうして、俺たちは一時間ちょっとの練習と残りの時間で修正点などを洗い出した。
その後、スタジオから出るため、片付けをしている最中の会話――、
「――冬矢も陸も自分のパートは結構できてたね」
「まぁな。練習も結構してきたしな」
「だろ? このくらい任せとけ」
少し調子に乗る二人。
「冬矢はミスをちょろまかしてたし、陸も音が足りてないとこ結構あったよ」
キーボードの足をたたみながら、しずはが指摘した。
「まぁバレるか……」
「二ヶ月にしてはやったほうだろ~」
陸の言う通りだ。
たった二ヶ月でここまでやれてるなら相当な頑張りだと思う。
「光流は……まぁ演奏は結構よかった。突っ走る癖あるけど。課題は歌だね。手元ばっかで歌に集中できてなかった」
「それなぁ~~。二つ同時はやっぱムズイよ」
実際に皆と合わせながら、演奏も歌もするというのはかなり難しかった。
家にいた時は自分のペースでできたが、バンドでは音がどんどん進んでいく。止まることが許されないので、ギターばかりに意識がとられてしまっていた。
本当ならギターに集中したいけど、しょうがない。
「とりあえずリズムは少しずつ合ってきてる。家に帰ってからもリズムを意識しながら曲聴いてみてね」
「サンキュー師匠!」
「ありがとう先生!」
「俺たちのリーダー!」
「なんなのよあんたたちっ!」
一人こうやって指摘してくれる人がいるだけで全然違う。
しずはがキーボードで参加してくれて良かった。
「あとさ。皆帰りちょっとファミレス寄ってもらえる?」
「んあ? なんかあるのか?」
しずはの誘いに冬矢が疑問を投げかける。
「オリジナル曲。やれるところまで作ったから。一時的な共有」
「まじ!?」
「うん」
そう言えば一ヶ月待ってって言われてたな。
もう、曲ができたのか。
――そうして俺たちはファミレスへと移動した。
◇ ◇ ◇
「――じゃあ流すよ」
「うん」
しずはがスマホに入れてきた曲の再生ボタンを押す。
するとピアノの音と機械音声で歌われた俺の歌詞が聴こえてきた。
最後までちゃんと音が作られていて驚いた。曲ってこうやって出来上がっていくのか。
俺たちは、揃って静かに曲を聴いた。
「――――」
そうして、曲を聞き終わると――、
「――めちゃめちゃ良いじゃん!!」
「なにこれすげ~! オリジナルだよな? すげえ……」
「しずは……凄いよ! ありがとう!」
それぞれにしずはを褒めた。
正直あまり暗い曲にはしたくなかったので助かった。
明るいのかは微妙ではあるが、リズムやサビの部分から盛り上がりそうな曲ではあった。
「まぁこのくらいは……でもピアノ以外の細かい音は冬矢の役割なんだからそっちで入れてね」
「あぁ、任せとけ! 皆も出来上がった時には意見くれよな」
「おーけー!」
頼りになる二人だ。
「てか、光流が書いた歌詞なんだよな?」
「そうだよ」
陸が聞いてきた。
「いや、これ……なんか凄いな」
「語彙力!」
「うまく言えないけど、光流の気持ちが伝わってきたというかな……」
普段はこういうことを言わない陸も俺の歌詞を聞いて何かを感じたようだった。
「――じゃあ、次に合わせるのは一週間後でどうかな?」
「いいよ~」
ということで、それまで各自個人練習となった。
「あとさ、しずはは嫌かもしれないけど、せっかく教えてもらってるから、透柳さんに俺たちの演奏を客観的に評価してほしいと思ってる。……どうかな?」
自分たちが演奏してる姿はよくわからない。
一応動画は撮ってはいたけど、プロのバンド経験者からの意見が欲しかった。
外から見てもらったほうが、もっと修正点が見つかるはずだ。
「お父さんか……まぁ、光流が言うなら良いけど」
しずはは渋々ながらも、承諾してくれた。
「ありがと! ちょっと連絡してみるね」
今日はこれで解散した。
◇ ◇ ◇
そして、二度目の合わせ練習を数日後に控える中、その日がやってきた。
――ホワイトデーだ。
俺はしずはのように教室まで行って相手を呼び出す度胸はない。
ホワイトデーじゃなければできるけど、今日という日は注目を浴びてしまうだろう。
なので――、
『お昼休み屋上で一緒に弁当食べない?』
そうメッセージを送るとすぐに返事がきた。
『なら深月と鞠也ちゃんと奏ちゃんも呼ぶね』
察しが良すぎて恐い。
誘おうと思っていた人の名前を全員挙げた。
『ありがとう。こっちは冬矢と陸も連れて行くね』
『わかった』
昼休みに集まることに決まった。
そして、その前にやることがある。
俺はホームルーム前に紙袋を持ち、目的の場所へと足を進ませた。
「――松崎さん、これ……良かったら。お返し」
紙袋の中から簡単に包装された小さな袋を取り出す。
「わっ。いいの? 九藤くんありがとっ」
お返しされると思っていなかったのかわからないが、松崎さんは驚いていた。
「はい。石井さんと折木さんも」
「なあーに? お返しくれるの? 律儀だねー!」
こうして俺はクラスの女子でチョコを渡された人全員にお返しを渡した。
「……お前、すげーな」
その様子を見ていた冬矢が呟く。
「義理でもくれた人の気持ちってあるじゃん? それ考えたら皆に返さないとって思って」
「俺は基本的に返さないけどな」
「冬矢ほど毎回もらってたらそうなるかもしれないけど」
冬矢は女友達が多いせいか、毎年かなりの数をもらう。
サッカーしていた時も冬矢ガールズがいたので、いつも大量だった。
もらう方も大変だろう。
「――これ手作りじゃん!」
折木さんから声が上がった。
手元には俺の渡したチョコ。
そう、俺は手作りのチョコクッキーを渡したのだ。
「ねぇ九藤。もしかして皆に手作り渡したの?」
折木さんのすぐ側にいた石井さんが聞いてきた。
「そうだよ。一部は違うけど、このクラスの人たちは手作りのもの」
「え? どういうこと? ってことは藤間さん達には手作りのじゃないやつ渡すの?」
察しが良いのか、しずはの名前を出しながらよくわからないことを聞いてきた。
しずはたちにはできるだけ良いものをあげたかったので、ちゃんとお店で買ってきたものを渡そうと思っていた。
クラスの女子には、義理ならコンビニやスーパーで買えるチョコで良いかなとも思っていたが、ほとんどの人が義理とはいえ手作りのチョコを渡してくれたので、俺も手作りのものを渡すことにした。
もちろん姉と母に手伝ってもらった。
「……それ、逆の方良かったんじゃない?」
「え?」
つまり、しずはには手作り。クラスにはお店のってこと?
「皆にお返しするとさすがに予算的に厳しくてさ。だからこうしたんだけど」
「あ~そっか。なら全部手作りでも良かったかもね」
いまだに意味不明だ。説明求む!
「多少なり特別な人からは手作りをもらいたいものよ。女子だって気持ちこもったもの嬉しいんだから」
「んんん~~~~」
クラスの皆に渡したチョコは本当に数個クッキーが入った小さな袋。
さすがにこれをしずはたちに渡すわけにはいかない。
「ふふ。九藤くんおもしろーい。そういうの悩むんだ。手作りチョコは余ってないの?」
「一応予備に少しあるけど……」
何かの拍子で足りなくなることを想定して多めに持ってきてはいた。
「ならそれも一緒に渡したら? 喜ぶんじゃないかな」
「え! ほんと? ならそうしようかな」
それならクラスの人達の義理とは差別化できるだろう。
「……本当に藤間さんと付き合ってないんだよね?」
「しつこいって。付き合ってないよ」
「ふぅ~ん」
石井さんも折木さんも疑うようにジト目でこちらを見てくる。
友達として存在は特別ではあるけど。
だからお店のものを買ってきたわけだし。
「とりあえずアドバイスありがとう」
「九藤ってこういうタイプなのか~。ねっ、理沙?」
「うん。これは……まぁ、ね」
よくわからない会話をアイコンタクトしながらする二人。
俺にはその会話の意味が全くわからなかった。
◇ ◇ ◇
――昼休み。
俺と冬矢と陸は、三人でお弁当とチョコの入った紙袋を持って持って屋上へと向かった。
「ひかるー! こっちー!」
屋上へ続く扉を開けると鞠也ちゃんがこちらに手を振ってきた。
既にしずはたち四人が集まっていて、二つのベンチが近い距離になるように動かしていた。
「じゃあ早速だけど、皆にお返しするね」
「やったぁー!」
俺はそれぞれにお店で買ったチョコを渡していく。
高級ではないけど、しっかりしたものだ。
「光流、ありがとっ」
しずはが笑顔でそう言ってくれた。
「ええと。これも……いる?」
紙袋の中から、手作りクッキーを取り出す。
「え?」
しずはの目が点になる。
「俺の手作り」
「ええええ!? なにそれ! 欲しい!」
しずはが驚く。そんなに欲しいのか。
「なら、どうぞ」
「ありがとー! ……って、でもこのサイズ。どういうこと?」
変なことに気づいたなこいつ。
あくまで義理だし量もそんなに多く作るのは大変。だから一人一人、小さいものを用意した。
「ほんとはチョコもらったクラスの女子にこれ渡してたんだ」
「そうなの!? でも私たちはお店の?」
「ちゃんとしたの渡したくて」
初めてお菓子作りしたんだから、正直言って良いものができたとは言えなかった。
だからこそお店のを渡したかった。
「光流の考えてること多分わかるよ。渡してくれたその気持ちだけで嬉しい。でもやっぱ手作りって特別じゃん!?」
「はは。これ最初にしずはがくれたクッキー真似してみたんだけど、初心者の俺には難しくてさ。だから形も歪だし、渡すのは失礼かと思ってたんだよ」
手伝ってもらったとはいえ、同じ手順でやっているのに、なぜか姉や母と同じようにはならなかった。
「歪でも良いじゃん。可愛らしいじゃん。このイカみたいな形のやつとか」
しずはが袋を開けて一つクッキーを取り出す。
「ええと。それクリスマスツリー」
「え?」
「イカじゃなくてクリスマスツリー」
クリスマスツリーの形を作ったのに、しずはにはイカに見えたようだ。
「なんでクリスマス終わってるのにツリーなの!? ……というかイカじゃなかったのね」
「悪い……」
「あやまるなー! このイカ……クリスマスツリーも美味しくいただくね」
とりあえず喜んでくれてるなら良かった。
「ひかる私も手作りほしい!」
鞠也ちゃんが俺の手作りチョコをせがむ。
「はい。じゃあこれ。一応深月と奏ちゃんにも渡しておくね」
紙袋から取り出した手作りチョコの袋を三人にも渡す。
「一応ってなによ。手作り頑張ったんなら自信持って渡しなさいよ」
深月がツンツンしながらも励ます言葉をくれた。
「ありがとな」
深月って本当に良いやつだよな。
「わ、わたし男の人から初めて手作りチョコもらいましたっ!」
「わたしもー! 男子ってお返し適当なんだもん」
奏ちゃんと鞠也ちゃんが揃って言う。
「そうなんだ。確かに手作りしてる男子って周りにいないかも」
皆、結局はお店で買ったりするもんな。
「光流……俺たちのチョコ渡しづらくなったんだけど……」
一部始終を見ていた冬矢が呟いた。
「な。俺たちはお店で買ったやつしかないのにな」
陸も同様だ。
「あ、そういえばしずは以外は初めてだよね? 東元陸。俺たちと同じ赤峰小だったんだ」
「よろしくね。俺しずはにだけもらってたけど、なんか目の前にいるのに渡さないのもあれだから、皆の分持ってきたわ」
すると陸がそれぞれにチョコらしきものを渡した。なかなか義理堅いやつだ。
「ふふん。あなたが他校の女子と付き合ってるというりっくんですね?」
「りっくん!? な、なぜその名前を!?」
鞠也ちゃんが陸を知ってるような口調でそう言った。
それもそうだ。俺が話したからな。
「さぁ? 私の情報網を舐めてはいけませんよ? ――りっくん先輩?」
「確か光流の従姉妹だよな? ……血繋がってる? 性格似てなさすぎだろ」
「俺もたまにそう思う」
姉に顔は多少似てはいるが、俺とは正反対の性格なのは確かだ。
「はいはーい。もういい? じゃあ、俺の渡すわ!」
すると冬矢は深月からチョコを渡し、次にしずは。そしてチョコをもらっていない二人にも渡した。
「お近づきの印にってね。俺も陸と同じで、目の前にいるならさすがに渡さないとね」
キザな言葉を付け加えているあたり、冬矢らしいといえばそうなる。
「あれ? これ……もしかして『ちるかわ』の限定チョコ!?」
深月が冬矢から受け取ったチョコの箱には何かのキャラクターの絵が描かれていた。
あとで調べたが、SNSに漫画が投稿されていて、最近はアニメもやっているんだとか。小さい可愛いキャラが複数登場する作品らしい。
「あぁ。深月いつもカバンにキーホルダーつけてるだろ? 好きなのかなと思って」
よく見てるな~。俺は全然気づいてなかったけど。
「え? つけてるけど……それだけで!?」
「あぁ。もしかして好きじゃなかったか? それならわりぃ。嫌なら返してもらってもいいから」
「誰もそんなこと言ってないでしょ! ……なのよ」
深月の態度は分かりづらいので、冬矢も失敗したかなと思い始めていた。
「え?」
「『ちるかわ』好きなのっ! だからこのチョコも嬉しいってこと!!」
つまり、冬矢のお返しチョコは大成功だったということだ。
「はは。なら最初からそう言えよ。わかりづらいんだよお前は」
「……うっさい! 早く座って弁当食べろ!」
そう言いながらも、深月は嬉しそうな表情をしていた。
本当にその『ちるかわ』が好きなんだな。
普段はなかなか見せない表情。そういう顔を見るとなんだか俺も嬉しくなってくる。
――深月、良かったな。
お弁当を食べた後、しずはが俺の手作りチョコを食べたのだが、美味しいと言ってくれた。
味は本当に普通なので、正直本心だとはあまり思えないのだが、嘘だとしても嬉しい。
頑張って作ったものを褒められると嬉しい。
次はレベルアップしたの期待してると言われた。
来年も手作りしなきゃならないの!?
正直お菓子作りはクソ大変だった。
料理を毎日のようにしてる人はすごいよ。
母にも感謝しなきゃな。
こうして、去年までとは全く違うホワイトデーは幕を下ろした。
ー☆ー☆ー☆ー
この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!
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イントロが終わり、俺が歌い始め、流れるように演奏が進んでいく。
――わけもなかった。
「ストップ、ストーップ!!」
冬矢の声で演奏が止まった。
理由は明白だ。
「ぜんっぜん合ってねえ」
「……だね」
最初からうまくいくとは思ってなかったけど、全く演奏になっていないのはショックでもある。
「しずは、なんか良い案ないか?」
冬矢がしずはに聞いた。
「こういうのって曲のリズムが、いつの間にか外れてるからこうなる。何度も同じ曲の演奏スピード聴いてきたはずだよ。思いだして」
いつになく真剣なしずは。
音楽に関わるとこうなるのだろうか。
「あと、私はリズム完璧にしてきてるから、私の音をよく聴いて。こっちのスピーカーわざと大きくしておくから」
「かっけえ」
「かっこいい」
「リーダーだ」
"私の音を聴け"というしずはの発言に、俺たちはしずはのかっこよさを垣間見た。
「な、なによ急に。あんたら初心者なんだから最初はしょうがないでしょ。プロの私がリードするべき」
恥ずかしがりながらも、ついていきたくなるような発言。
「あと練習は一曲まるまるやるんじゃなくて、ブロックに分けて演奏したほうがいいらしいよ。短かい演奏に区切ってやれば修正点も見つけやすいし」
「そうしよう! いきなり一曲全部合わせようとしても無理だよな」
さらに練習法のアドバイスもくれた。
良いリーダーだ。リーダーとか決めてないけど。
こうして、俺たちは一時間ちょっとの練習と残りの時間で修正点などを洗い出した。
その後、スタジオから出るため、片付けをしている最中の会話――、
「――冬矢も陸も自分のパートは結構できてたね」
「まぁな。練習も結構してきたしな」
「だろ? このくらい任せとけ」
少し調子に乗る二人。
「冬矢はミスをちょろまかしてたし、陸も音が足りてないとこ結構あったよ」
キーボードの足をたたみながら、しずはが指摘した。
「まぁバレるか……」
「二ヶ月にしてはやったほうだろ~」
陸の言う通りだ。
たった二ヶ月でここまでやれてるなら相当な頑張りだと思う。
「光流は……まぁ演奏は結構よかった。突っ走る癖あるけど。課題は歌だね。手元ばっかで歌に集中できてなかった」
「それなぁ~~。二つ同時はやっぱムズイよ」
実際に皆と合わせながら、演奏も歌もするというのはかなり難しかった。
家にいた時は自分のペースでできたが、バンドでは音がどんどん進んでいく。止まることが許されないので、ギターばかりに意識がとられてしまっていた。
本当ならギターに集中したいけど、しょうがない。
「とりあえずリズムは少しずつ合ってきてる。家に帰ってからもリズムを意識しながら曲聴いてみてね」
「サンキュー師匠!」
「ありがとう先生!」
「俺たちのリーダー!」
「なんなのよあんたたちっ!」
一人こうやって指摘してくれる人がいるだけで全然違う。
しずはがキーボードで参加してくれて良かった。
「あとさ。皆帰りちょっとファミレス寄ってもらえる?」
「んあ? なんかあるのか?」
しずはの誘いに冬矢が疑問を投げかける。
「オリジナル曲。やれるところまで作ったから。一時的な共有」
「まじ!?」
「うん」
そう言えば一ヶ月待ってって言われてたな。
もう、曲ができたのか。
――そうして俺たちはファミレスへと移動した。
◇ ◇ ◇
「――じゃあ流すよ」
「うん」
しずはがスマホに入れてきた曲の再生ボタンを押す。
するとピアノの音と機械音声で歌われた俺の歌詞が聴こえてきた。
最後までちゃんと音が作られていて驚いた。曲ってこうやって出来上がっていくのか。
俺たちは、揃って静かに曲を聴いた。
「――――」
そうして、曲を聞き終わると――、
「――めちゃめちゃ良いじゃん!!」
「なにこれすげ~! オリジナルだよな? すげえ……」
「しずは……凄いよ! ありがとう!」
それぞれにしずはを褒めた。
正直あまり暗い曲にはしたくなかったので助かった。
明るいのかは微妙ではあるが、リズムやサビの部分から盛り上がりそうな曲ではあった。
「まぁこのくらいは……でもピアノ以外の細かい音は冬矢の役割なんだからそっちで入れてね」
「あぁ、任せとけ! 皆も出来上がった時には意見くれよな」
「おーけー!」
頼りになる二人だ。
「てか、光流が書いた歌詞なんだよな?」
「そうだよ」
陸が聞いてきた。
「いや、これ……なんか凄いな」
「語彙力!」
「うまく言えないけど、光流の気持ちが伝わってきたというかな……」
普段はこういうことを言わない陸も俺の歌詞を聞いて何かを感じたようだった。
「――じゃあ、次に合わせるのは一週間後でどうかな?」
「いいよ~」
ということで、それまで各自個人練習となった。
「あとさ、しずはは嫌かもしれないけど、せっかく教えてもらってるから、透柳さんに俺たちの演奏を客観的に評価してほしいと思ってる。……どうかな?」
自分たちが演奏してる姿はよくわからない。
一応動画は撮ってはいたけど、プロのバンド経験者からの意見が欲しかった。
外から見てもらったほうが、もっと修正点が見つかるはずだ。
「お父さんか……まぁ、光流が言うなら良いけど」
しずはは渋々ながらも、承諾してくれた。
「ありがと! ちょっと連絡してみるね」
今日はこれで解散した。
◇ ◇ ◇
そして、二度目の合わせ練習を数日後に控える中、その日がやってきた。
――ホワイトデーだ。
俺はしずはのように教室まで行って相手を呼び出す度胸はない。
ホワイトデーじゃなければできるけど、今日という日は注目を浴びてしまうだろう。
なので――、
『お昼休み屋上で一緒に弁当食べない?』
そうメッセージを送るとすぐに返事がきた。
『なら深月と鞠也ちゃんと奏ちゃんも呼ぶね』
察しが良すぎて恐い。
誘おうと思っていた人の名前を全員挙げた。
『ありがとう。こっちは冬矢と陸も連れて行くね』
『わかった』
昼休みに集まることに決まった。
そして、その前にやることがある。
俺はホームルーム前に紙袋を持ち、目的の場所へと足を進ませた。
「――松崎さん、これ……良かったら。お返し」
紙袋の中から簡単に包装された小さな袋を取り出す。
「わっ。いいの? 九藤くんありがとっ」
お返しされると思っていなかったのかわからないが、松崎さんは驚いていた。
「はい。石井さんと折木さんも」
「なあーに? お返しくれるの? 律儀だねー!」
こうして俺はクラスの女子でチョコを渡された人全員にお返しを渡した。
「……お前、すげーな」
その様子を見ていた冬矢が呟く。
「義理でもくれた人の気持ちってあるじゃん? それ考えたら皆に返さないとって思って」
「俺は基本的に返さないけどな」
「冬矢ほど毎回もらってたらそうなるかもしれないけど」
冬矢は女友達が多いせいか、毎年かなりの数をもらう。
サッカーしていた時も冬矢ガールズがいたので、いつも大量だった。
もらう方も大変だろう。
「――これ手作りじゃん!」
折木さんから声が上がった。
手元には俺の渡したチョコ。
そう、俺は手作りのチョコクッキーを渡したのだ。
「ねぇ九藤。もしかして皆に手作り渡したの?」
折木さんのすぐ側にいた石井さんが聞いてきた。
「そうだよ。一部は違うけど、このクラスの人たちは手作りのもの」
「え? どういうこと? ってことは藤間さん達には手作りのじゃないやつ渡すの?」
察しが良いのか、しずはの名前を出しながらよくわからないことを聞いてきた。
しずはたちにはできるだけ良いものをあげたかったので、ちゃんとお店で買ってきたものを渡そうと思っていた。
クラスの女子には、義理ならコンビニやスーパーで買えるチョコで良いかなとも思っていたが、ほとんどの人が義理とはいえ手作りのチョコを渡してくれたので、俺も手作りのものを渡すことにした。
もちろん姉と母に手伝ってもらった。
「……それ、逆の方良かったんじゃない?」
「え?」
つまり、しずはには手作り。クラスにはお店のってこと?
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「んんん~~~~」
クラスの皆に渡したチョコは本当に数個クッキーが入った小さな袋。
さすがにこれをしずはたちに渡すわけにはいかない。
「ふふ。九藤くんおもしろーい。そういうの悩むんだ。手作りチョコは余ってないの?」
「一応予備に少しあるけど……」
何かの拍子で足りなくなることを想定して多めに持ってきてはいた。
「ならそれも一緒に渡したら? 喜ぶんじゃないかな」
「え! ほんと? ならそうしようかな」
それならクラスの人達の義理とは差別化できるだろう。
「……本当に藤間さんと付き合ってないんだよね?」
「しつこいって。付き合ってないよ」
「ふぅ~ん」
石井さんも折木さんも疑うようにジト目でこちらを見てくる。
友達として存在は特別ではあるけど。
だからお店のものを買ってきたわけだし。
「とりあえずアドバイスありがとう」
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「うん。これは……まぁ、ね」
よくわからない会話をアイコンタクトしながらする二人。
俺にはその会話の意味が全くわからなかった。
◇ ◇ ◇
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俺と冬矢と陸は、三人でお弁当とチョコの入った紙袋を持って持って屋上へと向かった。
「ひかるー! こっちー!」
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既にしずはたち四人が集まっていて、二つのベンチが近い距離になるように動かしていた。
「じゃあ早速だけど、皆にお返しするね」
「やったぁー!」
俺はそれぞれにお店で買ったチョコを渡していく。
高級ではないけど、しっかりしたものだ。
「光流、ありがとっ」
しずはが笑顔でそう言ってくれた。
「ええと。これも……いる?」
紙袋の中から、手作りクッキーを取り出す。
「え?」
しずはの目が点になる。
「俺の手作り」
「ええええ!? なにそれ! 欲しい!」
しずはが驚く。そんなに欲しいのか。
「なら、どうぞ」
「ありがとー! ……って、でもこのサイズ。どういうこと?」
変なことに気づいたなこいつ。
あくまで義理だし量もそんなに多く作るのは大変。だから一人一人、小さいものを用意した。
「ほんとはチョコもらったクラスの女子にこれ渡してたんだ」
「そうなの!? でも私たちはお店の?」
「ちゃんとしたの渡したくて」
初めてお菓子作りしたんだから、正直言って良いものができたとは言えなかった。
だからこそお店のを渡したかった。
「光流の考えてること多分わかるよ。渡してくれたその気持ちだけで嬉しい。でもやっぱ手作りって特別じゃん!?」
「はは。これ最初にしずはがくれたクッキー真似してみたんだけど、初心者の俺には難しくてさ。だから形も歪だし、渡すのは失礼かと思ってたんだよ」
手伝ってもらったとはいえ、同じ手順でやっているのに、なぜか姉や母と同じようにはならなかった。
「歪でも良いじゃん。可愛らしいじゃん。このイカみたいな形のやつとか」
しずはが袋を開けて一つクッキーを取り出す。
「ええと。それクリスマスツリー」
「え?」
「イカじゃなくてクリスマスツリー」
クリスマスツリーの形を作ったのに、しずはにはイカに見えたようだ。
「なんでクリスマス終わってるのにツリーなの!? ……というかイカじゃなかったのね」
「悪い……」
「あやまるなー! このイカ……クリスマスツリーも美味しくいただくね」
とりあえず喜んでくれてるなら良かった。
「ひかる私も手作りほしい!」
鞠也ちゃんが俺の手作りチョコをせがむ。
「はい。じゃあこれ。一応深月と奏ちゃんにも渡しておくね」
紙袋から取り出した手作りチョコの袋を三人にも渡す。
「一応ってなによ。手作り頑張ったんなら自信持って渡しなさいよ」
深月がツンツンしながらも励ます言葉をくれた。
「ありがとな」
深月って本当に良いやつだよな。
「わ、わたし男の人から初めて手作りチョコもらいましたっ!」
「わたしもー! 男子ってお返し適当なんだもん」
奏ちゃんと鞠也ちゃんが揃って言う。
「そうなんだ。確かに手作りしてる男子って周りにいないかも」
皆、結局はお店で買ったりするもんな。
「光流……俺たちのチョコ渡しづらくなったんだけど……」
一部始終を見ていた冬矢が呟いた。
「な。俺たちはお店で買ったやつしかないのにな」
陸も同様だ。
「あ、そういえばしずは以外は初めてだよね? 東元陸。俺たちと同じ赤峰小だったんだ」
「よろしくね。俺しずはにだけもらってたけど、なんか目の前にいるのに渡さないのもあれだから、皆の分持ってきたわ」
すると陸がそれぞれにチョコらしきものを渡した。なかなか義理堅いやつだ。
「ふふん。あなたが他校の女子と付き合ってるというりっくんですね?」
「りっくん!? な、なぜその名前を!?」
鞠也ちゃんが陸を知ってるような口調でそう言った。
それもそうだ。俺が話したからな。
「さぁ? 私の情報網を舐めてはいけませんよ? ――りっくん先輩?」
「確か光流の従姉妹だよな? ……血繋がってる? 性格似てなさすぎだろ」
「俺もたまにそう思う」
姉に顔は多少似てはいるが、俺とは正反対の性格なのは確かだ。
「はいはーい。もういい? じゃあ、俺の渡すわ!」
すると冬矢は深月からチョコを渡し、次にしずは。そしてチョコをもらっていない二人にも渡した。
「お近づきの印にってね。俺も陸と同じで、目の前にいるならさすがに渡さないとね」
キザな言葉を付け加えているあたり、冬矢らしいといえばそうなる。
「あれ? これ……もしかして『ちるかわ』の限定チョコ!?」
深月が冬矢から受け取ったチョコの箱には何かのキャラクターの絵が描かれていた。
あとで調べたが、SNSに漫画が投稿されていて、最近はアニメもやっているんだとか。小さい可愛いキャラが複数登場する作品らしい。
「あぁ。深月いつもカバンにキーホルダーつけてるだろ? 好きなのかなと思って」
よく見てるな~。俺は全然気づいてなかったけど。
「え? つけてるけど……それだけで!?」
「あぁ。もしかして好きじゃなかったか? それならわりぃ。嫌なら返してもらってもいいから」
「誰もそんなこと言ってないでしょ! ……なのよ」
深月の態度は分かりづらいので、冬矢も失敗したかなと思い始めていた。
「え?」
「『ちるかわ』好きなのっ! だからこのチョコも嬉しいってこと!!」
つまり、冬矢のお返しチョコは大成功だったということだ。
「はは。なら最初からそう言えよ。わかりづらいんだよお前は」
「……うっさい! 早く座って弁当食べろ!」
そう言いながらも、深月は嬉しそうな表情をしていた。
本当にその『ちるかわ』が好きなんだな。
普段はなかなか見せない表情。そういう顔を見るとなんだか俺も嬉しくなってくる。
――深月、良かったな。
お弁当を食べた後、しずはが俺の手作りチョコを食べたのだが、美味しいと言ってくれた。
味は本当に普通なので、正直本心だとはあまり思えないのだが、嘘だとしても嬉しい。
頑張って作ったものを褒められると嬉しい。
次はレベルアップしたの期待してると言われた。
来年も手作りしなきゃならないの!?
正直お菓子作りはクソ大変だった。
料理を毎日のようにしてる人はすごいよ。
母にも感謝しなきゃな。
こうして、去年までとは全く違うホワイトデーは幕を下ろした。
ー☆ー☆ー☆ー
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