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75話 手紙の差出人
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二月。
俺は二度目のバレンタインチョコをもらっていた。
そう、あの子から。
ガトーショコラだった。
もう信頼しているというか、誰が食べても美味しいと感じる味だった。
あの頃から考えると、お菓子の味も見た目もとても成長を感じられた。
もちろん手紙も入っていた。
短い文章の手紙。でも、気持ちが伝わってくる手紙。
前から思っていた、どこかで見たことがあるような文字。
今まで誰なのかわからなかった。
そんな二月のある日、俺はスマホの写真一覧を眺めていた。
家で勉強の休憩時間にベッドの上でゴロゴロしている時だった。
小学生の時に撮った写真を見返してみようと写真フォルダをスクロールしていた。
そうしていく内に一つの写真に辿り着いた。
気付いたのは本当にたまたまだった。
似ていた。そっくりだと思った。
ーー手紙をくれた子の文字に。
そもそもどこかで見たことがあるような文字……という時点で気づくべきだった。
俺がここ数年で見た歳の近い他人の文字。見たことがある人はたった一人だったんだから。
二、三年ほど前だったろうか。
俺が熱を出して学校に行けなかった時、ノートくらい写させて欲しいと言った。
その時、俺にノートを見せてくれた人。
ノートを撮影した写真を個別メッセージで送ってくれた人。
「しず……は……?」
胸がキュッと締め付けられるような、そして体全体が熱くなって恥ずかしくなるような気持ち。
「うそ、だろ……?」
信じたくないわけではない。
今思えば、俺のことをよく知っている人なんてしずはくらいしかいない。
そもそも他の女子なんて学校以外でほぼ関わったことがないし俺を好きになる要素も少ない。
でも、それなのに俺はしずはの気持ちに全く気づいていなかった。
「は、はは……」
俺は少し目に涙を溜め、腕を目の上に置いた。
天井を向いてベッドに横たわる。
いつからなんだ?
体育祭で走った時? ……いや、その前から手紙はもらっていた。
ピアノコンクールでハンドクリームを渡した時?
一番最初に俺達をピアノコンクールに誘った時?
ーーそれとも、病室で俺と話した時?
だから、あの時誰もいない家に俺を連れて行ったのかな。
なら……なら。
あの時のしずはは平気な顔をして俺を家に招き入れていたけど本当はとても緊張していた?
「俺ってほんと……」
鈍い男なんだな。
勇気を出して、色々としてくれたんだよな。
でも、しずはは俺がルーシーのことを今でも想っていることを少なからず知っているはず。
「それでも……ってことか……」
俺の目尻に溜まった涙がするっと流れ、ベッドの上に落ちる。
そういう気持ちは簡単には止められない。
俺だって、ルーシーへの気持ちを止められないんだから。
だから、名前を明かさなかったのかもしれない。
もし俺がルーシーのことを想っていなければ、既に告白を受けていたかもしれない。
「こんなのって……」
だから冬矢も気づいたのかな。
俺が鈍感過ぎたのかな。
なら去年のバレンタイン時、指に大量の絆創膏を貼っていたのもピアノの練習のせいじゃなくて……。
「うっ……うぅ……」
色々な感情が混ざり合い、声が少し漏れてしまう。
しずはならやる。
だって俺はあいつが恐ろしいほどの努力家だって知ってるから。
料理とかお菓子を作っているのを聞いたことがない。
だから、千彩都か家の誰かに教わって頑張ったんだろう。
想像できてしまう。
しずはが頑張ってお菓子作りをしているところ。
俺じゃなければ、俺以外の誰かであれば……。
彼女が決断した好きの相手なら、全力で応援できたのに。
「つらい……」
俺がする選択は始めから決まっている。
辛いのは俺じゃなくて、しずはになる。辛いなんて言っている場合じゃない。
けど……辛いよ。
「…………」
しずはだとまだ決まったわけではない。
ただ、文字が似ているだけーーあまりにもそっくりなだけ。
そんな別人かもしれない。
でも、あの心がこもった手紙の内容は、どうしても他の誰かだとは考えられなかった。
◇ ◇ ◇
それに気づいてからの学校。
別のクラスだったら、こんなにも気にしなかったかもしれない。
でも目に入ってしまうーー同じクラスなんだから。
授業中にふとしずはの方を見ると、俺の視線に気づいて何か反応してくれるしずは。
ニコッと笑いかけてくれたり、人差し指で目の下を引っ張ってべーと舌を出したり。
『なに見てんのよ?』という表情で睨みつけてきたり。
小学生の時からは考えられないほど、表情が豊かになっていた。
正直、今のしずははとても可愛いし美人だ。
物静かだった昔の時でも話しやすい一人だった。
多分、気が合うんだろう。
俺は仲の良い友達だと思っていたけど、しずはから見る俺はそうではなかったということ。
そういえば、花理さんも俺が家に行った日はしずはの機嫌が良かったって話してたもんな。
家でゲームした時に体をくっつけてきたのも、彼女なりの積極的行動だったのかもしれない。
俺はしずはと話す機会がある時も必死に"気付いた"ということを気づかれないように、いつも通りに振る舞うようにした。
今年、正体を明かすと手紙に書いていた。
俺はそれを待つだけ。
ただ、待つだけだ。
◇ ◇ ◇
学年末テストが終わり、早めの下校。
私は深月以外のクラスの女の子に誘われてファミレスに来ていた。
クラスでは仲良く話していたが、こうやって学校帰りに集まったのは初めてだった。
私や深月とずっと話したかったそうだ。
深月も私がいるからか渋々ついて来ている。
あまりこういう集まりは好きではないらしい。
「ねぇねぇ、しずはちゃん好きな人っている?」
女子会では、恋愛話がメイン。当然こんな話題になるとは思っていた。
「いるにはいるけど……」
「そうなんだ! 私はD組の藤くんが好きだなー!」
「言っちゃうんだ」
彼女、舞香ちゃんは隠すことなく、自分の好きな人を話した。
先に自己開示して私の口を割りやすくする作戦なのかもしれない。
「サッカーしてる子好きなんだもんね?」
もう一人の友達・菜摘ちゃんが言う。
「うん。なんかプレーしてる姿カッコいい!」
「ならマネージャーなれば良かったのに」
「マネージャーは辛いって聞くもん」
確かに部活のマネージャーは雑務が基本で、辛いと聞く。
男子たちに囲まれて良い思いをするだけの軽い仕事ではないらしい。
「冬矢は?」
私は同じくサッカーをしている冬矢についてどう思っているのか聞いてみた。
「え? どの人だろ?」
「あれ……E組の池橋冬矢」
知らないのかな。
「あー! あの日焼けしてる少し髪長めの! サッカーやってたんだ」
あ、そうか。ユースだからサッカー部じゃないし、近い人じゃないとサッカーやってること知らないのか。
「部活ではやってないからね」
「知らなかったー! でもイケメンではあるよね!」
「あんたイケメン好きだよね~」
舞香ちゃんはサッカーしてるイケメンが好きなようだ。
菜摘ちゃんがツッコむ。
「あいつは止めておきなさい」
深月が指摘した。
「あれ、若林さん池橋くんのこと知ってるんだ?」
「あいつはろくな男じゃないわ」
「意外とそういうところから、人って好きになっていっちゃうもんだよ?」
「それはないわね。女共にわーきゃー言われるところを見ると背筋がゾクッとしたわ」
「そんなに人気あるんだねっ!」
これはマジかもしれない。
少しは冬矢に興味を持っていたと思っていたけど、背筋がゾクッとまで思っているとは思わなかった。
「ねぇ……しずはちゃんの好きな人、九藤くんでしょ」
「えっ!?」
動揺してしまった。
というか当てられるとは思ってもいなかった。
「ど、どうしてそう思うの?」
「そりゃ、九藤くんと話す時だけだよ。あんなに表情変化するの」
「あ……はは……」
これは言い逃れできないかもしれない。
「九藤くんと話してる時のしずはちゃん、すっごい可愛いよ?」
「うそ……」
そう思われてたのか。
「若林さんも九藤くんと話す時だけは、少しだけ心開いてるよね?」
「ふんっ……あれはここに入る前からの知り合いってだけよ」
「こっちは脈なさそうね」
それはそうだろう。
こんな深月の心を惹ける男ってどんな人なんだろう。気になる。
同年代ではなくもっと大人な人とか。それとも逆に年下とか?
「片想いで、叶う確率が低い恋だけどね」
「そうなの?」
今の状態のままではそうだろう。ーー勝算はないに等しい。
「詳しい事は光流のために言えないけどね。いつかは告白するつもり」
「わ……すごい……」
菜摘ちゃんが驚く。
「普通こんな美人さんに告白されたら絶対OKしちゃうと思うんだけどなぁ」
舞香ちゃんがそう言ってくれる。
確かに今までに何度か告白はされてきたけど。
「九藤くんがいたから告白も断ってきたんだね」
「そうだね。もし振られても他の人のことは数年は考えられないかも」
「相当好きじゃん」
相当好きです。
大好きです。
この恋が成就したのであれば、私は多分今までの全部を解放しちゃうだろう。
くっついたり、抱きついたり、それ以上のことも……。
でも、それは……私じゃなくてーー、
「応援する!!!」
「ありがとう」
「ちなみにね、あんたらこの話を他の誰かに言ったら殺すわよ?」
「うわわ。女子相手に辛辣な言葉っ」
深月が私の事を思ってなのかそう言ってくれる。
女子は小さなすれ違いや一つの言葉のミスですぐに面倒くさいことになる。
なのに深月はそれを恐れていない。ちょっと危なかしい。
「まぁ、若林さんらしいけどね」
「でも私達以外にあんまり言っちゃだめだよ」
「そうだよ深月。変にハブられたり、ターゲットにされたら大変だもん」
「私にはピアノがあるからいい」
ずっとこんな性格だけど、実際にいじめとか遭ったら深月は絶対に傷つく。
もしそうなったら、最初は深月が原因だとしても絶対にずっと味方だ。
私の全てもって深月を助けるだろう。
「ピアノだけじゃ寂しいよ。私がいるからさ」
深月に友達アピールする。
「ま、まぁ……? あんたが言うなら」
少し恥ずかしそうにする。
いつまでチョロいの続けるんだろう。
「なんか、二人の友情って深いよね」
「腐れ縁よっ……」
そうは言うけど、私のこと好きなくせに。
私だって深月のこと好きだもん。
「私と菜摘だって小学校からの仲だけどさ、こういう友達いるだけでなんか良いもんだよね」
小学校の時からの友達……舞香ちゃんと菜摘ちゃんは恐らく親友なんだね。
私と深月や千彩都と似たようなものかもしれない。
「泣いちゃうような出来事があっても相談できるしさ。一人いるだけで友達で良かったって思うもん」
結構恥ずかしいことを言っている気がするが、菜摘ちゃんは淡々と語る。
「そうだね。私もそういうことあったら、深月に相談するもん」
「ほんと、少し前もしずはに手紙渡してほしいっていう先輩からお願いがあって、面倒くさいったらしょうがないわ」
ここ最近もそういう私へのアプローチは定期的にあった。
申し訳ないけど全部断っている。
「あーわかる。男子なら直接言えって思うよね~」
「そうそう。男らしさ見せて欲しい」
「なによ、あんたらわかってんじゃない」
「お……若林さん、男の愚痴ならイケる口ですか?」
「まぁね……逆に苛つくことと言えばそれくらいだわ」
少しずつ深月が懐柔されていっている。
私以外にも良い友達作ってほしいな。
俺は二度目のバレンタインチョコをもらっていた。
そう、あの子から。
ガトーショコラだった。
もう信頼しているというか、誰が食べても美味しいと感じる味だった。
あの頃から考えると、お菓子の味も見た目もとても成長を感じられた。
もちろん手紙も入っていた。
短い文章の手紙。でも、気持ちが伝わってくる手紙。
前から思っていた、どこかで見たことがあるような文字。
今まで誰なのかわからなかった。
そんな二月のある日、俺はスマホの写真一覧を眺めていた。
家で勉強の休憩時間にベッドの上でゴロゴロしている時だった。
小学生の時に撮った写真を見返してみようと写真フォルダをスクロールしていた。
そうしていく内に一つの写真に辿り着いた。
気付いたのは本当にたまたまだった。
似ていた。そっくりだと思った。
ーー手紙をくれた子の文字に。
そもそもどこかで見たことがあるような文字……という時点で気づくべきだった。
俺がここ数年で見た歳の近い他人の文字。見たことがある人はたった一人だったんだから。
二、三年ほど前だったろうか。
俺が熱を出して学校に行けなかった時、ノートくらい写させて欲しいと言った。
その時、俺にノートを見せてくれた人。
ノートを撮影した写真を個別メッセージで送ってくれた人。
「しず……は……?」
胸がキュッと締め付けられるような、そして体全体が熱くなって恥ずかしくなるような気持ち。
「うそ、だろ……?」
信じたくないわけではない。
今思えば、俺のことをよく知っている人なんてしずはくらいしかいない。
そもそも他の女子なんて学校以外でほぼ関わったことがないし俺を好きになる要素も少ない。
でも、それなのに俺はしずはの気持ちに全く気づいていなかった。
「は、はは……」
俺は少し目に涙を溜め、腕を目の上に置いた。
天井を向いてベッドに横たわる。
いつからなんだ?
体育祭で走った時? ……いや、その前から手紙はもらっていた。
ピアノコンクールでハンドクリームを渡した時?
一番最初に俺達をピアノコンクールに誘った時?
ーーそれとも、病室で俺と話した時?
だから、あの時誰もいない家に俺を連れて行ったのかな。
なら……なら。
あの時のしずはは平気な顔をして俺を家に招き入れていたけど本当はとても緊張していた?
「俺ってほんと……」
鈍い男なんだな。
勇気を出して、色々としてくれたんだよな。
でも、しずはは俺がルーシーのことを今でも想っていることを少なからず知っているはず。
「それでも……ってことか……」
俺の目尻に溜まった涙がするっと流れ、ベッドの上に落ちる。
そういう気持ちは簡単には止められない。
俺だって、ルーシーへの気持ちを止められないんだから。
だから、名前を明かさなかったのかもしれない。
もし俺がルーシーのことを想っていなければ、既に告白を受けていたかもしれない。
「こんなのって……」
だから冬矢も気づいたのかな。
俺が鈍感過ぎたのかな。
なら去年のバレンタイン時、指に大量の絆創膏を貼っていたのもピアノの練習のせいじゃなくて……。
「うっ……うぅ……」
色々な感情が混ざり合い、声が少し漏れてしまう。
しずはならやる。
だって俺はあいつが恐ろしいほどの努力家だって知ってるから。
料理とかお菓子を作っているのを聞いたことがない。
だから、千彩都か家の誰かに教わって頑張ったんだろう。
想像できてしまう。
しずはが頑張ってお菓子作りをしているところ。
俺じゃなければ、俺以外の誰かであれば……。
彼女が決断した好きの相手なら、全力で応援できたのに。
「つらい……」
俺がする選択は始めから決まっている。
辛いのは俺じゃなくて、しずはになる。辛いなんて言っている場合じゃない。
けど……辛いよ。
「…………」
しずはだとまだ決まったわけではない。
ただ、文字が似ているだけーーあまりにもそっくりなだけ。
そんな別人かもしれない。
でも、あの心がこもった手紙の内容は、どうしても他の誰かだとは考えられなかった。
◇ ◇ ◇
それに気づいてからの学校。
別のクラスだったら、こんなにも気にしなかったかもしれない。
でも目に入ってしまうーー同じクラスなんだから。
授業中にふとしずはの方を見ると、俺の視線に気づいて何か反応してくれるしずは。
ニコッと笑いかけてくれたり、人差し指で目の下を引っ張ってべーと舌を出したり。
『なに見てんのよ?』という表情で睨みつけてきたり。
小学生の時からは考えられないほど、表情が豊かになっていた。
正直、今のしずははとても可愛いし美人だ。
物静かだった昔の時でも話しやすい一人だった。
多分、気が合うんだろう。
俺は仲の良い友達だと思っていたけど、しずはから見る俺はそうではなかったということ。
そういえば、花理さんも俺が家に行った日はしずはの機嫌が良かったって話してたもんな。
家でゲームした時に体をくっつけてきたのも、彼女なりの積極的行動だったのかもしれない。
俺はしずはと話す機会がある時も必死に"気付いた"ということを気づかれないように、いつも通りに振る舞うようにした。
今年、正体を明かすと手紙に書いていた。
俺はそれを待つだけ。
ただ、待つだけだ。
◇ ◇ ◇
学年末テストが終わり、早めの下校。
私は深月以外のクラスの女の子に誘われてファミレスに来ていた。
クラスでは仲良く話していたが、こうやって学校帰りに集まったのは初めてだった。
私や深月とずっと話したかったそうだ。
深月も私がいるからか渋々ついて来ている。
あまりこういう集まりは好きではないらしい。
「ねぇねぇ、しずはちゃん好きな人っている?」
女子会では、恋愛話がメイン。当然こんな話題になるとは思っていた。
「いるにはいるけど……」
「そうなんだ! 私はD組の藤くんが好きだなー!」
「言っちゃうんだ」
彼女、舞香ちゃんは隠すことなく、自分の好きな人を話した。
先に自己開示して私の口を割りやすくする作戦なのかもしれない。
「サッカーしてる子好きなんだもんね?」
もう一人の友達・菜摘ちゃんが言う。
「うん。なんかプレーしてる姿カッコいい!」
「ならマネージャーなれば良かったのに」
「マネージャーは辛いって聞くもん」
確かに部活のマネージャーは雑務が基本で、辛いと聞く。
男子たちに囲まれて良い思いをするだけの軽い仕事ではないらしい。
「冬矢は?」
私は同じくサッカーをしている冬矢についてどう思っているのか聞いてみた。
「え? どの人だろ?」
「あれ……E組の池橋冬矢」
知らないのかな。
「あー! あの日焼けしてる少し髪長めの! サッカーやってたんだ」
あ、そうか。ユースだからサッカー部じゃないし、近い人じゃないとサッカーやってること知らないのか。
「部活ではやってないからね」
「知らなかったー! でもイケメンではあるよね!」
「あんたイケメン好きだよね~」
舞香ちゃんはサッカーしてるイケメンが好きなようだ。
菜摘ちゃんがツッコむ。
「あいつは止めておきなさい」
深月が指摘した。
「あれ、若林さん池橋くんのこと知ってるんだ?」
「あいつはろくな男じゃないわ」
「意外とそういうところから、人って好きになっていっちゃうもんだよ?」
「それはないわね。女共にわーきゃー言われるところを見ると背筋がゾクッとしたわ」
「そんなに人気あるんだねっ!」
これはマジかもしれない。
少しは冬矢に興味を持っていたと思っていたけど、背筋がゾクッとまで思っているとは思わなかった。
「ねぇ……しずはちゃんの好きな人、九藤くんでしょ」
「えっ!?」
動揺してしまった。
というか当てられるとは思ってもいなかった。
「ど、どうしてそう思うの?」
「そりゃ、九藤くんと話す時だけだよ。あんなに表情変化するの」
「あ……はは……」
これは言い逃れできないかもしれない。
「九藤くんと話してる時のしずはちゃん、すっごい可愛いよ?」
「うそ……」
そう思われてたのか。
「若林さんも九藤くんと話す時だけは、少しだけ心開いてるよね?」
「ふんっ……あれはここに入る前からの知り合いってだけよ」
「こっちは脈なさそうね」
それはそうだろう。
こんな深月の心を惹ける男ってどんな人なんだろう。気になる。
同年代ではなくもっと大人な人とか。それとも逆に年下とか?
「片想いで、叶う確率が低い恋だけどね」
「そうなの?」
今の状態のままではそうだろう。ーー勝算はないに等しい。
「詳しい事は光流のために言えないけどね。いつかは告白するつもり」
「わ……すごい……」
菜摘ちゃんが驚く。
「普通こんな美人さんに告白されたら絶対OKしちゃうと思うんだけどなぁ」
舞香ちゃんがそう言ってくれる。
確かに今までに何度か告白はされてきたけど。
「九藤くんがいたから告白も断ってきたんだね」
「そうだね。もし振られても他の人のことは数年は考えられないかも」
「相当好きじゃん」
相当好きです。
大好きです。
この恋が成就したのであれば、私は多分今までの全部を解放しちゃうだろう。
くっついたり、抱きついたり、それ以上のことも……。
でも、それは……私じゃなくてーー、
「応援する!!!」
「ありがとう」
「ちなみにね、あんたらこの話を他の誰かに言ったら殺すわよ?」
「うわわ。女子相手に辛辣な言葉っ」
深月が私の事を思ってなのかそう言ってくれる。
女子は小さなすれ違いや一つの言葉のミスですぐに面倒くさいことになる。
なのに深月はそれを恐れていない。ちょっと危なかしい。
「まぁ、若林さんらしいけどね」
「でも私達以外にあんまり言っちゃだめだよ」
「そうだよ深月。変にハブられたり、ターゲットにされたら大変だもん」
「私にはピアノがあるからいい」
ずっとこんな性格だけど、実際にいじめとか遭ったら深月は絶対に傷つく。
もしそうなったら、最初は深月が原因だとしても絶対にずっと味方だ。
私の全てもって深月を助けるだろう。
「ピアノだけじゃ寂しいよ。私がいるからさ」
深月に友達アピールする。
「ま、まぁ……? あんたが言うなら」
少し恥ずかしそうにする。
いつまでチョロいの続けるんだろう。
「なんか、二人の友情って深いよね」
「腐れ縁よっ……」
そうは言うけど、私のこと好きなくせに。
私だって深月のこと好きだもん。
「私と菜摘だって小学校からの仲だけどさ、こういう友達いるだけでなんか良いもんだよね」
小学校の時からの友達……舞香ちゃんと菜摘ちゃんは恐らく親友なんだね。
私と深月や千彩都と似たようなものかもしれない。
「泣いちゃうような出来事があっても相談できるしさ。一人いるだけで友達で良かったって思うもん」
結構恥ずかしいことを言っている気がするが、菜摘ちゃんは淡々と語る。
「そうだね。私もそういうことあったら、深月に相談するもん」
「ほんと、少し前もしずはに手紙渡してほしいっていう先輩からお願いがあって、面倒くさいったらしょうがないわ」
ここ最近もそういう私へのアプローチは定期的にあった。
申し訳ないけど全部断っている。
「あーわかる。男子なら直接言えって思うよね~」
「そうそう。男らしさ見せて欲しい」
「なによ、あんたらわかってんじゃない」
「お……若林さん、男の愚痴ならイケる口ですか?」
「まぁね……逆に苛つくことと言えばそれくらいだわ」
少しずつ深月が懐柔されていっている。
私以外にも良い友達作ってほしいな。
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