3 / 270
3話 家族
しおりを挟む
「お嬢様っ!! 光流お坊っちゃんっ!!」
「今救急車を呼びましたからねっ!!! 後少し、少しだけ辛抱してくださいっ!」
氷室と運転手の須崎の叫び声が聞こえる。
ここはどこだ? 何があった? 体が冷たい、痛い……なんで?
真っ暗な視界を必死にこじ開ける。少しだけ目に差し込んできた光。
薄目の状態から目だけを動かして周囲を確認してみる。
すると動かした目の右の方を見てみると道路の上のようだと判明した。
グシャグシャになった黒い車とトラックが見え、一部炎上しているようだった。
さっきまで車に乗っていたはずなのに、ずいぶんと遠くに車が見えた。つまり、俺は結構な距離を吹っ飛ばされたということだ。
「絶対助かります!! 絶対です!! あなた方は幸せになる為に生まれてきたんです!!」
「神様……いるなら、二人を助けてくれっ! お願いだっ……!!」
氷室と須崎が近くにいて、必死に呼びかけている。
すると、俺の体のどこからか血が出ているのが確認できた。地面が真っ赤に染まっていたからだ。
でもどの部分から血が出ているのかわからなかった。なぜなら俺は体を動かせなかったからだ。
あれ、俺、何してたんだっけ? 車の中でルーシーと抱きしめ合って、ルーシーが最後に何かを俺に伝えようとしてきて。
…………ルーシーだっ!! ルーシーはどこだ? ルーシーは? 俺がこんな状態だ。ルーシーは、ルーシーは……!
俺は、右側を見ていた瞳を左側に動かした。
ーールーシーが俺の腕の中にいた。
正確に言えばルーシーは俺の左腕の上にいた、
俺は仰向けに転がっていて、天井を向いていた。だから抱きしめていた形ではない。しかしルーシーを離さないと必死に庇った結果がこうなったのではないかと予想できた。
ルーシーの様子がわからない。でもルーシーはピクリとも動かない。
ルーシー、生きてるのか? だめだ……死んじゃだめだ。ルーシーは絶対幸せにならなくちゃいけない人なんだ。
やっと前向きになれて、初めての友達ができて、幸せの一歩を踏み出したばかりなのに……。もし病気が治ったらメイクしたいって言ってたじゃないか。将来の夢はお嫁さんだって言ってたじゃないか。
ルーシーは幸せになるんだろ……おい、ルーシー、動けよ! ルーシー!!
「……か、ぅ……」
小さな、本当に小さな声が聞こえた。
「……ぅーぃぃっ!!」
俺はそれに気づくと、必死に声にならない声を絞り出す。
「ぅーぃぃぃっ!!!! ぅーぃぃぃっ!!!!」
恐らく誰も俺が"ルーシー"と言っているとはわからないだろう。唸り声にしか聞こえないといってもおかしくはない。
そんな声を俺は出していた。
「ぃ……か、ぅ……ぃか、る……だい……す……」
それ以上ルーシーの声は聞こえなかった。
ーー俺の意識はそこで、再度暗転していた。
◇ ◇ ◇
次に意識を取り戻した時は、病室にいて、体にチューブが繋がれていた。
体は包帯だらけで、少しずつ痛みを感じていった。
「ルー……シーと、一緒だ……」
俺は自分の包帯だらけの姿を見て、ルーシーと一緒になれたんだと、なぜか喜んでしまった。
「光流っ!!! 光流っ!!!!」
病室には父親と母親と姉がいたようで、俺の意識が回復したとわかるとすぐさまナースコールを呼び、医者もやってきた。
医者の話によれば、打撲や裂傷からの流血は多いが、幸い臓器が傷ついた部分もなく、頭部も損傷はないとのことだった。
ただ血も失っていたそうなので輸血が行われ、腕が少し骨折しているらしかった。体は動くようにはなるけど、しばらくは安静にしてほしいとのことだった。
その後、俺は意識が回復したことで、ある程度喋れるようになっていた。
あの事故から既に五時間が経過しており、もう病室の窓の外は暗くなっていた。
「心配かけてごめん……」
「いいのよ、いいのよっ!! 生きてるんだからっ!!」
母親は大粒の涙を流し、俺の指を優しく握り締めていた。俺の両手には包帯が巻かれていて、指だけが露出していた。だから母親はそこを握りしめていた。
「ルーシー……ルーシーは?」
「ルーシー、さん? 誰のことかしら……」
そんな時、病室に三人の人物が入ってきた。一人は見覚えがある人物、氷室だった。
「いきなり失礼します。私は宝条勇務という者です」
三人の内の氷室ではないスーツ姿の男性が、俺の父親に名刺を私て自己紹介をしてきた。
宝条という名前だけでルーシーの父親だと俺は理解した。
少し大柄の黒髪オールバックでメガネをしていた。ということは隣の女性は奥さんか。ハーフと言っていただけにルーシーと同じくブロンドの金髪でルーシーに似ていて凄く美人だった。そしてなぜか着物を着ていた。
「そして、妻のオリヴィアと執事の氷室です」
ルーシーの母と氷室が一礼する。
「丁寧にありがとうございます。こちらはちょっと名刺はないのですが、私はこの九藤光流の父親の九藤正臣と申します。こちらが妻の希沙良。娘の灯莉です」
父と母と姉が一緒にペコリとお辞儀をする。
「それで、どのような用事でしょうか?」
俺の父はルーシーの父に質問をする。
「はい。話によれば、私共の車にうちの娘とそちらの光流くんが一緒にいたところ、トラックに衝突されてしまったということです。ですので、まずは謝罪に参りました」
ルーシーの父はこちらに対して深く、深く頭を下げる。
なんで? ルーシーのお父さんが謝ることなんてないのに。
「そうでしたか……それは……」
「遊ばせる場所をもっと考えていればこのようなことには……」
「謝ることないです!! ルーシーのお父さんですよね!? ルーシーは! ルーシーはどうなったんですか!?」
俺は父同士の会話の中、邪魔しちゃいけないと思っていたので、我慢していた。しかし結局我慢できずにルーシーのことを聞いてしまった。
「光流くん……こんな形で初対面をすることになるとは……もっと別の形で会いたかった……」
「いいんです! 謝ることなんてないです! それよりルーシーのことをっ!!」
もう俺はルーシーのことしか頭にない。
「ルーシーは……生きては、いる……。同じ病院の別室で治療を受けている。ただ……」
「ただ……?」
「未だに目覚めていない……医者が言うには、事故の衝撃で両方の腎臓にダメージがあったようで、一部摘出、さらに移植も考えないといけないと言われた」
何を言っているのか、全くわからなかった。
「それは、どういうことなんですか!? ルーシーはちゃんと目覚めるんですかっ!?」
「目覚めてほしい……だが、かなりの困難を極める手術のようだ。さらに健康な腎臓が必要だと言われた。しかもこの小さな体に適合する腎臓が必要らしい。そして今十歳のルーシーに適合するような腎臓は近くにはないそうだ」
似たようなことを聞かされたような気がする。結局俺には理解できなかった。当たり前だ。この時の俺は十歳だからな。
でも最後の『ない』という言葉に俺はどこか悲しさを感じた。
「ルーシーが助かるにはどうすればいいんですか!? 俺、何でもします!! だから! だからぁ……ルーシーを……ルーシーを……助けてやってくださいぃぃ……」
「光流……あなた……」
俺はベッドで動けない体のまま叫ぶ。最後の方はもう涙が出てきて、声を震わせながら叫んでいた。
その様子を見て、母がまた涙を見せる。姉は母の背中を擦っていた。
「それは……光流くんの腎臓をルーシーに移植するということか……? 光流くんも十歳だったな……それなら……いやしかし、こんな傷だらけで……」
「ご、ごめんなさい……俺にはルーシーのお父さんの言ってることがわかりません……」
「そうだな……すまん。私もまだ心の整理ができていなくてな……」
ルーシーの父は頭を抱えながら、かなり迷っていた。
「光流……お前はその、ルーシーさんという人とはどういう関係なんだ?」
父が俺に質問してきた。俺はこの一週間のことを一切家族に話していなかったのだ。いつか話そうとは考えていたが、結局話さずにいた。
「会って一週間くらいなんだけど、こんな短い時間で信じられないかもしれないけど……みんな、家族くらい俺の大切な人……」
「そこまでなのか……でもお前のその言葉だけでも伝わってくるものはあったぞ」
「父さん……」
父もルーシーの父と同じように少し考え込む。そして一つの提案をした。
「宝条さん、まずはうちの息子の腎臓が、ルーシーさんに適合しそうなのか、お医者さんに聞いてみませんか?」
「お父さん、本当に言ってるの!? それ、腎臓が一つなくなるってことだよ? わかってる?」
姉が父の提案に少し反論する。姉は現在、中学一年生だ。正直頭はかなり良い。
「あぁ。でもルーシーさんが助かるには、恐らくそれしかないんだろう。光流の話からも光流自身、それを望んでいる」
「はい……これは、私だけでは決断ができないことです。九藤さんの家全体でも話し合うべき内容でしょう」
父も頭は回る人物だ。この少ない会話の中で両者が望んでいることを話す。
そしてルーシーの父も同じような印象だ。
「父さん、母さん、姉ちゃん。俺、ルーシーが助からなかったら絶対一生後悔する。だから、やれることは全部やりたい。俺の命は俺だけのものではないのはわかってる。だけど、だけど……俺はルーシーを救いたいんだ」
「光流……あんたってやつは……」
姉が頭に手をやって、涙を零す。うちの家族はみんな本当に良い人たちだ。
「わかりました。それでは、こちらの方で医者に話してみます。その後またお知らせにきます」
そうして、三人は俺の病室を出ていった。
しかし、三人が出てから、一人だけ病室に戻ってきた。氷室だ。
「少し、失礼します……」
「はい……」
氷室は父に一礼し、俺の元まで近づいてきた。そして、母が触れたように指の部分を掴んで話し出す。
「まずは謝罪を。あの時、もっと私達が警戒していれば、あの場所に駐車していなければと思う次第です。でもまずは光流坊っちゃんが生きておられてとても嬉しく思います。お嬢様が最近変わられたのは、光流坊っちゃんのおかげです。本当に感謝しています」
最初は"九藤坊っちゃん"だった氷室もこの一週間の中で"光流坊っちゃん"と呼び名を変えていた。
「いえ……氷室さんも謝ることないです。僕はただルーシーと仲良くなりたくて一緒にいただけですし」
事故なんていつどこで起こるかなんて予想できるわけがない。聞いた話によれば、パーキングメーターという合法的に路上駐車できるエリアに黒い車を駐車していたらしい。そこにトラックが対向車線を飛び越えてきて、さらには運転手がなんとかしようと急ハンドルを切ったお陰で一気にカーブしてきたそう。
普通なら絶対に車の横から当たるわけがない進入角度で、俺とルーシーがいた車の横にトラックがぶつかってきたということだった。
ちなみに運転手は座席が高い位置にあったお陰で無事だったんだとか。正直トラック運転手には恨みなど最初からなかった。ただ俺はルーシーが助かればいいという想いでいっぱいだった。
「はい……はい……。私はお嬢様と光流坊っちゃんがまた一緒に笑い合っているのを見たいです。こんな老齢になって、また新しい喜びができるとは思ってもみませんでした。光流坊っちゃんはお嬢様だけでなく、私の人生も輝かせてくれました。ただ、腎臓の件に関しては十分にお考えください。宝条家からそれをお願いする、ということはできないでしょう」
「氷室さん。俺はもう決めてるよ。正直家族が反対しても、ルーシーを助けたい。じゃなきゃ、俺、生きてる意味ないよ」
氷室は涙が落ちないように目を擦る。
「そんなこと、まだこんなにお若い少年が言うべき言葉ではありません。私のような死にぞこないが言うべきものです。私はあなたの六、七倍は生きてきています。私より先に死ぬことは、絶対に許しません」
「うん。ありがとう……。じゃあ尚更だね。ルーシーだってここで絶対に死ぬべきじゃない」
「…………クッ……うっ……」
『はい』とは答えられない氷室。そう言えば俺に腎臓を提供してくれと言っているようなものだからだ。
必死に氷室は言葉を抑えていた。
「では、私はこれで失礼します」
そうして、氷室が病室から出ていった。
ー☆ー☆ー☆ー
この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!
もしよろしければ★評価やブックマーク登録などの応援をしていただけると嬉しいです。
「今救急車を呼びましたからねっ!!! 後少し、少しだけ辛抱してくださいっ!」
氷室と運転手の須崎の叫び声が聞こえる。
ここはどこだ? 何があった? 体が冷たい、痛い……なんで?
真っ暗な視界を必死にこじ開ける。少しだけ目に差し込んできた光。
薄目の状態から目だけを動かして周囲を確認してみる。
すると動かした目の右の方を見てみると道路の上のようだと判明した。
グシャグシャになった黒い車とトラックが見え、一部炎上しているようだった。
さっきまで車に乗っていたはずなのに、ずいぶんと遠くに車が見えた。つまり、俺は結構な距離を吹っ飛ばされたということだ。
「絶対助かります!! 絶対です!! あなた方は幸せになる為に生まれてきたんです!!」
「神様……いるなら、二人を助けてくれっ! お願いだっ……!!」
氷室と須崎が近くにいて、必死に呼びかけている。
すると、俺の体のどこからか血が出ているのが確認できた。地面が真っ赤に染まっていたからだ。
でもどの部分から血が出ているのかわからなかった。なぜなら俺は体を動かせなかったからだ。
あれ、俺、何してたんだっけ? 車の中でルーシーと抱きしめ合って、ルーシーが最後に何かを俺に伝えようとしてきて。
…………ルーシーだっ!! ルーシーはどこだ? ルーシーは? 俺がこんな状態だ。ルーシーは、ルーシーは……!
俺は、右側を見ていた瞳を左側に動かした。
ーールーシーが俺の腕の中にいた。
正確に言えばルーシーは俺の左腕の上にいた、
俺は仰向けに転がっていて、天井を向いていた。だから抱きしめていた形ではない。しかしルーシーを離さないと必死に庇った結果がこうなったのではないかと予想できた。
ルーシーの様子がわからない。でもルーシーはピクリとも動かない。
ルーシー、生きてるのか? だめだ……死んじゃだめだ。ルーシーは絶対幸せにならなくちゃいけない人なんだ。
やっと前向きになれて、初めての友達ができて、幸せの一歩を踏み出したばかりなのに……。もし病気が治ったらメイクしたいって言ってたじゃないか。将来の夢はお嫁さんだって言ってたじゃないか。
ルーシーは幸せになるんだろ……おい、ルーシー、動けよ! ルーシー!!
「……か、ぅ……」
小さな、本当に小さな声が聞こえた。
「……ぅーぃぃっ!!」
俺はそれに気づくと、必死に声にならない声を絞り出す。
「ぅーぃぃぃっ!!!! ぅーぃぃぃっ!!!!」
恐らく誰も俺が"ルーシー"と言っているとはわからないだろう。唸り声にしか聞こえないといってもおかしくはない。
そんな声を俺は出していた。
「ぃ……か、ぅ……ぃか、る……だい……す……」
それ以上ルーシーの声は聞こえなかった。
ーー俺の意識はそこで、再度暗転していた。
◇ ◇ ◇
次に意識を取り戻した時は、病室にいて、体にチューブが繋がれていた。
体は包帯だらけで、少しずつ痛みを感じていった。
「ルー……シーと、一緒だ……」
俺は自分の包帯だらけの姿を見て、ルーシーと一緒になれたんだと、なぜか喜んでしまった。
「光流っ!!! 光流っ!!!!」
病室には父親と母親と姉がいたようで、俺の意識が回復したとわかるとすぐさまナースコールを呼び、医者もやってきた。
医者の話によれば、打撲や裂傷からの流血は多いが、幸い臓器が傷ついた部分もなく、頭部も損傷はないとのことだった。
ただ血も失っていたそうなので輸血が行われ、腕が少し骨折しているらしかった。体は動くようにはなるけど、しばらくは安静にしてほしいとのことだった。
その後、俺は意識が回復したことで、ある程度喋れるようになっていた。
あの事故から既に五時間が経過しており、もう病室の窓の外は暗くなっていた。
「心配かけてごめん……」
「いいのよ、いいのよっ!! 生きてるんだからっ!!」
母親は大粒の涙を流し、俺の指を優しく握り締めていた。俺の両手には包帯が巻かれていて、指だけが露出していた。だから母親はそこを握りしめていた。
「ルーシー……ルーシーは?」
「ルーシー、さん? 誰のことかしら……」
そんな時、病室に三人の人物が入ってきた。一人は見覚えがある人物、氷室だった。
「いきなり失礼します。私は宝条勇務という者です」
三人の内の氷室ではないスーツ姿の男性が、俺の父親に名刺を私て自己紹介をしてきた。
宝条という名前だけでルーシーの父親だと俺は理解した。
少し大柄の黒髪オールバックでメガネをしていた。ということは隣の女性は奥さんか。ハーフと言っていただけにルーシーと同じくブロンドの金髪でルーシーに似ていて凄く美人だった。そしてなぜか着物を着ていた。
「そして、妻のオリヴィアと執事の氷室です」
ルーシーの母と氷室が一礼する。
「丁寧にありがとうございます。こちらはちょっと名刺はないのですが、私はこの九藤光流の父親の九藤正臣と申します。こちらが妻の希沙良。娘の灯莉です」
父と母と姉が一緒にペコリとお辞儀をする。
「それで、どのような用事でしょうか?」
俺の父はルーシーの父に質問をする。
「はい。話によれば、私共の車にうちの娘とそちらの光流くんが一緒にいたところ、トラックに衝突されてしまったということです。ですので、まずは謝罪に参りました」
ルーシーの父はこちらに対して深く、深く頭を下げる。
なんで? ルーシーのお父さんが謝ることなんてないのに。
「そうでしたか……それは……」
「遊ばせる場所をもっと考えていればこのようなことには……」
「謝ることないです!! ルーシーのお父さんですよね!? ルーシーは! ルーシーはどうなったんですか!?」
俺は父同士の会話の中、邪魔しちゃいけないと思っていたので、我慢していた。しかし結局我慢できずにルーシーのことを聞いてしまった。
「光流くん……こんな形で初対面をすることになるとは……もっと別の形で会いたかった……」
「いいんです! 謝ることなんてないです! それよりルーシーのことをっ!!」
もう俺はルーシーのことしか頭にない。
「ルーシーは……生きては、いる……。同じ病院の別室で治療を受けている。ただ……」
「ただ……?」
「未だに目覚めていない……医者が言うには、事故の衝撃で両方の腎臓にダメージがあったようで、一部摘出、さらに移植も考えないといけないと言われた」
何を言っているのか、全くわからなかった。
「それは、どういうことなんですか!? ルーシーはちゃんと目覚めるんですかっ!?」
「目覚めてほしい……だが、かなりの困難を極める手術のようだ。さらに健康な腎臓が必要だと言われた。しかもこの小さな体に適合する腎臓が必要らしい。そして今十歳のルーシーに適合するような腎臓は近くにはないそうだ」
似たようなことを聞かされたような気がする。結局俺には理解できなかった。当たり前だ。この時の俺は十歳だからな。
でも最後の『ない』という言葉に俺はどこか悲しさを感じた。
「ルーシーが助かるにはどうすればいいんですか!? 俺、何でもします!! だから! だからぁ……ルーシーを……ルーシーを……助けてやってくださいぃぃ……」
「光流……あなた……」
俺はベッドで動けない体のまま叫ぶ。最後の方はもう涙が出てきて、声を震わせながら叫んでいた。
その様子を見て、母がまた涙を見せる。姉は母の背中を擦っていた。
「それは……光流くんの腎臓をルーシーに移植するということか……? 光流くんも十歳だったな……それなら……いやしかし、こんな傷だらけで……」
「ご、ごめんなさい……俺にはルーシーのお父さんの言ってることがわかりません……」
「そうだな……すまん。私もまだ心の整理ができていなくてな……」
ルーシーの父は頭を抱えながら、かなり迷っていた。
「光流……お前はその、ルーシーさんという人とはどういう関係なんだ?」
父が俺に質問してきた。俺はこの一週間のことを一切家族に話していなかったのだ。いつか話そうとは考えていたが、結局話さずにいた。
「会って一週間くらいなんだけど、こんな短い時間で信じられないかもしれないけど……みんな、家族くらい俺の大切な人……」
「そこまでなのか……でもお前のその言葉だけでも伝わってくるものはあったぞ」
「父さん……」
父もルーシーの父と同じように少し考え込む。そして一つの提案をした。
「宝条さん、まずはうちの息子の腎臓が、ルーシーさんに適合しそうなのか、お医者さんに聞いてみませんか?」
「お父さん、本当に言ってるの!? それ、腎臓が一つなくなるってことだよ? わかってる?」
姉が父の提案に少し反論する。姉は現在、中学一年生だ。正直頭はかなり良い。
「あぁ。でもルーシーさんが助かるには、恐らくそれしかないんだろう。光流の話からも光流自身、それを望んでいる」
「はい……これは、私だけでは決断ができないことです。九藤さんの家全体でも話し合うべき内容でしょう」
父も頭は回る人物だ。この少ない会話の中で両者が望んでいることを話す。
そしてルーシーの父も同じような印象だ。
「父さん、母さん、姉ちゃん。俺、ルーシーが助からなかったら絶対一生後悔する。だから、やれることは全部やりたい。俺の命は俺だけのものではないのはわかってる。だけど、だけど……俺はルーシーを救いたいんだ」
「光流……あんたってやつは……」
姉が頭に手をやって、涙を零す。うちの家族はみんな本当に良い人たちだ。
「わかりました。それでは、こちらの方で医者に話してみます。その後またお知らせにきます」
そうして、三人は俺の病室を出ていった。
しかし、三人が出てから、一人だけ病室に戻ってきた。氷室だ。
「少し、失礼します……」
「はい……」
氷室は父に一礼し、俺の元まで近づいてきた。そして、母が触れたように指の部分を掴んで話し出す。
「まずは謝罪を。あの時、もっと私達が警戒していれば、あの場所に駐車していなければと思う次第です。でもまずは光流坊っちゃんが生きておられてとても嬉しく思います。お嬢様が最近変わられたのは、光流坊っちゃんのおかげです。本当に感謝しています」
最初は"九藤坊っちゃん"だった氷室もこの一週間の中で"光流坊っちゃん"と呼び名を変えていた。
「いえ……氷室さんも謝ることないです。僕はただルーシーと仲良くなりたくて一緒にいただけですし」
事故なんていつどこで起こるかなんて予想できるわけがない。聞いた話によれば、パーキングメーターという合法的に路上駐車できるエリアに黒い車を駐車していたらしい。そこにトラックが対向車線を飛び越えてきて、さらには運転手がなんとかしようと急ハンドルを切ったお陰で一気にカーブしてきたそう。
普通なら絶対に車の横から当たるわけがない進入角度で、俺とルーシーがいた車の横にトラックがぶつかってきたということだった。
ちなみに運転手は座席が高い位置にあったお陰で無事だったんだとか。正直トラック運転手には恨みなど最初からなかった。ただ俺はルーシーが助かればいいという想いでいっぱいだった。
「はい……はい……。私はお嬢様と光流坊っちゃんがまた一緒に笑い合っているのを見たいです。こんな老齢になって、また新しい喜びができるとは思ってもみませんでした。光流坊っちゃんはお嬢様だけでなく、私の人生も輝かせてくれました。ただ、腎臓の件に関しては十分にお考えください。宝条家からそれをお願いする、ということはできないでしょう」
「氷室さん。俺はもう決めてるよ。正直家族が反対しても、ルーシーを助けたい。じゃなきゃ、俺、生きてる意味ないよ」
氷室は涙が落ちないように目を擦る。
「そんなこと、まだこんなにお若い少年が言うべき言葉ではありません。私のような死にぞこないが言うべきものです。私はあなたの六、七倍は生きてきています。私より先に死ぬことは、絶対に許しません」
「うん。ありがとう……。じゃあ尚更だね。ルーシーだってここで絶対に死ぬべきじゃない」
「…………クッ……うっ……」
『はい』とは答えられない氷室。そう言えば俺に腎臓を提供してくれと言っているようなものだからだ。
必死に氷室は言葉を抑えていた。
「では、私はこれで失礼します」
そうして、氷室が病室から出ていった。
ー☆ー☆ー☆ー
この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!
もしよろしければ★評価やブックマーク登録などの応援をしていただけると嬉しいです。
11
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件
桜 偉村
恋愛
別にいいんじゃないんですか? 上手くならなくても——。
後輩マネージャーのその一言が、彼の人生を変えた。
全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。
練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。
武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。
だから、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。
そうすれば、香奈は自分のモノになると思っていたから。
武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。
しかし、そこに香奈が現れる。
成り行きで香奈を家に上げた巧だが、なぜか彼女はその後も彼の家を訪れるようになって——。
「これは警告だよ」
「勘違いしないんでしょ?」
「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」
「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」
甘酸っぱくて、爽やかで、焦れったくて、クスッと笑えて……
オレンジジュース(のような青春)が好きな人必見の現代ラブコメ、ここに開幕!
※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。
「話のなんとなくの流れや雰囲気を抑えておきたい」「ざまぁ展開がいつになるのか知りたい!」という方のみご一読ください。
【今後の大まかな流れ】
第1話、第2話でざまぁの伏線が作られます。
第1話はざまぁへの伏線というよりはラブコメ要素が強いので、「早くざまぁ展開見たい!」という方はサラッと読んでいただいて構いません!
本格的なざまぁが行われるのは第15話前後を予定しています。どうかお楽しみに!
また、特に第4話からは基本的にラブコメ展開が続きます。シリアス展開はないので、ほっこりしつつ甘さも補充できます!
※最初のざまぁが行われた後も基本はラブコメしつつ、ちょくちょくざまぁ要素も入れていこうかなと思っています。
少しでも「面白いな」「続きが気になる」と思った方は、ざっと内容を把握しつつ第20話、いえ第2話くらいまでお読みいただけると嬉しいです!
※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。
※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
男女比1:10000の貞操逆転世界に転生したんだが、俺だけ前の世界のインターネットにアクセスできるようなので美少女配信者グループを作る
電脳ピエロ
恋愛
男女比1:10000の世界で生きる主人公、新田 純。
女性に襲われる恐怖から引きこもっていた彼はあるとき思い出す。自分が転生者であり、ここが貞操の逆転した世界だということを。
「そうだ……俺は女神様からもらったチートで前にいた世界のネットにアクセスできるはず」
純は彼が元いた世界のインターネットにアクセスできる能力を授かったことを思い出す。そのとき純はあることを閃いた。
「もしも、この世界の美少女たちで配信者グループを作って、俺が元いた世界のネットで配信をしたら……」
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貞操観念逆転世界におけるニートの日常
猫丸
恋愛
男女比1:100。
女性の価値が著しく低下した世界へやってきた【大鳥奏】という一人の少年。
夢のような世界で彼が望んだのは、ラブコメでも、ハーレムでもなく、男の希少性を利用した引き籠り生活だった。
ネトゲは楽しいし、一人は気楽だし、学校行かなくてもいいとか最高だし。
しかし、男女の比率が大きく偏った逆転世界は、そんな彼を放っておくはずもなく……
『カナデさんってもしかして男なんじゃ……?』
『ないでしょw』
『ないと思うけど……え、マジ?』
これは貞操観念逆転世界にやってきた大鳥奏という少年が世界との関わりを断ち自宅からほとんど出ない物語。
貞操観念逆転世界のハーレム主人公を拒んだ一人のネットゲーマーの引き籠り譚である。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる