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1話 包帯の少女
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「うっ……うっ……なんで……私だけ、なんで……」
俺が十歳のある日、雨が降っていた――いや、雨が降っていたのは少女の目……と思われる部分からだった。
目の前にある公園のドーム型遊具の穴の中に、俺と同じくらいの歳の子が泣いていた。
たまたま学校帰りに雨が降る中、一人で傘を差して帰っていたところ、いつも通る公園からすすり泣くような声が聞こえてきたので、気になって探してみた。
ツルツルでサラサラで綺麗なブロンド……金髪の髪に、日本人らしからぬ青い瞳。上等そうな綺麗な服――既に寒い季節。厚めのアウターにスカート。黒のタイツを履いていて、近くには皮のカバン型リュックが置かれていた。
雨で体が濡れたのか、全身びっしょりになっていた。
そして、彼女の顔全体には……白い包帯がぐるぐるに巻いてあった。先程、目と思われる部分と言ったのはこの包帯が原因だ。よく見ると視界を塞がないためなのか目の部分だけ包帯が巻かれていなかった。
「ねぇ、そこの君。どうしたの?」
「うっ……ううっ……」
声をかけたものの俺の声が聞こえていないのか、彼女は泣き続けていた。
「ねぇってば! 大丈夫?」
「え? ……はぁっ!? 何!? こっち来ないでっ!?」
心配したのに拒否された。
「いきなりごめん。でも泣いてたから……」
「あっ……うう……いいの。これはしょうがないことなの。私はこの先ずっと泣いてばっかりなんだ……」
どうしてか、彼女はまだ俺と同じ子供なのに、人生を諦めたような悲しいことを言う。
「なんで? ……もしかして、その包帯が原因なの?」
この頃の俺は純粋だった。それが相手の傷を深く抉るものだとしても、好奇心でそのまま気になったことを口に出してしまっていた。
「見ればわかるでしょっ!! 私は……私はっ! ずっと包帯がとれないのっ!!」
「そうなんだ……なんで包帯とっちゃいけないの?」
成長した俺だったらこんなことは聞けなかっただろう。勝手に相手の心情を読み取って、何も言わずに、触れずに……。
「それは……」
「君のこと、知りたいんだ……」
この時の俺は、なんて恥ずかしいセリフを言っていたんだろう。
ただ、彼女の綺麗な髪と青い瞳が気になり、その下にある顔も見てみたいというのが本心だっただろう。
「……ぜったい私のこと、嫌いにならない?」
「うん。俺さ、君と会ったばっかだし、嫌いになることなんてあるわけないよ。その綺麗な髪、素敵だなって思ったよ。こんな綺麗な髪うちの学校じゃ見たことないよ!」
俺の小学校でもこんなにツヤツヤでサラサラな髪の女子は見たことがなかった。
「私の髪……ほんとに、ほんと……? 学校の子は私のこと、変だとか汚いとか、言ってくるのに?」
「うん……絶対だ」
彼女は俺を信じてくれたのか、少しずつ顔面全体に巻いていた包帯をゆっくりと解いていく。
少し包帯が解けるだけで、彼女が悲しんでいた理由がわかった。
でも俺はそれ以上になぜか……彼女の別のところに目を奪われてしまっていた。
そしてついに、はらりと全ての包帯が解け、それが地面へと落ちる。彼女はゆっくりと青い双眸をこちらに向けた。
俺は驚いた。
こんな女の子がいるのかと。この世に存在して良いものなのかと。
「ほら……やっぱり、君も他の子と一緒なんだね。その顔見ればわかるよ……」
俺の表情を見てか、諦めたような顔をした彼女。
「――綺麗だ」
「……え?」
俺の言葉で彼女の表情が驚きのものへと変わった。戸惑いを隠せず、両手を頬に当ててちょっと可愛い仕草をする。
「そ、それは……ど、どういう……?」
「君のこと、綺麗だって言ったんだ」
彼女の目を見ればわかる。「この人何を言ってるんだ?」と、そう思っている表情だ。
「うそ……うそだ……だって! だって!! 私こんな酷い顔なんだよ!? こんなぶつぶつだらけで、もう治らないって言われた!! こんな顔じゃ友達なんてできるわけない! できたこともない!」
「それで泣いてたんだね……」
彼女の顔を見れば、誰でも一瞬にして理解する。彼女の顔は目と唇を除いて肌全体がが全てニキビのような赤黒い吹き出物で埋め尽くされていた。普通の人ならばとてもじゃないが綺麗とは言えないものだった。
「そうだよ! こんな顔になっちゃったから……友達なんてできないっ!! 悔しい……私だって仲の良い友達を作って一緒に遊びたいっ! 楽しいことしたい! でも私にはそんなの許されないことなのっ!!」
彼女は泣き叫びながらも自分の願望を演説してみせた。
確かに彼女の顔を見て、大変な病気なのかなと思った。でもそれ以上に気になったことがあった。
「ねえ、君の顔、ほんとに綺麗だよ? 嘘じゃないよ? だって……こんなに……とにかく綺麗なんだっ!!」
まだこの歳なのに筋の通った綺麗で少し高い鼻。ぷっくりと潤った薄ピンクの唇。最初に綺麗だと思った髪、青い瞳の上にある長いまつ毛。少しだけ彫りの深い骨格。
そして……同じ小学生でもわかる、あまりにも小さくて、まだ子供だけどベビーフェイスと言われそうな人形のような顔の形。
この時の俺は、もちろんこんな表現をできるはずもなかったが、今彼女を見ればこう表現しただろう。
「うそ……うそだ……パパやママみたいに……思ってもないことを言うんでしょっ! だって、誰が見てもこんなの綺麗なわけがないっ!!」
「じゃあ俺は他の人とは違うってことだね。君が他の人と違うなら俺と同じじゃん。仲間だねっ! へへっ」
俺はにかっと笑顔を見せて彼女に笑いかける。すると、彼女は少しずつ怒っていた表情を和らげていく。
「仲間……」
「そう、仲間っ!! 俺たち仲間なら友達みたいなもんでしょ? 君、友達いないって言ってたよね? なら俺が今日から友達だっ!!」
すると彼女の表情が激変した。
「とも、だち……? わたしに? ともだち……?」
「あぁ、俺が君の友達第一号! これは俺だけの特別だねっ! 他のやつに渡さないぞ!」
彼女は両手で顔を隠した。顔を見られたくないから? いや、彼女が隠したのは別のものだった。
「うっ……ううっ……ともだち……ともだちっ……わたしに、はじめての……」
「お、おい……どうしたんだよ? そこは喜ぶところだろ?」
「だって……だって、そんなこと言ってくれた子……君がはじめてで……っ」
彼女は大粒の涙を目に溜めて、それが、頬から顎先にかけて流れていく。両手だけでは隠せない大量の涙は、俺にも分かる形でついには地面に落ちていった。
「ほら、よしよし……俺たち友達だろ? なら、これからできるだけ毎日ここで会おう! そんで、お互いのこと話そう!」
俺は彼女の頭を優しく撫で、これからの未来のことを話す。
ここで友達だと言うだけなら誰でもできる。なら、それを継続してこそ本当の友達だ。
「いいの? また会って……」
「ったりまえだろ! 友達なんだから! 友達はお互いのこと知らなきゃならない! 俺は君のことまだ全然知らない! だから教えてほしい!」
「うん……うん……私も、君のこと知りたい……」
彼女の涙が止まり、前向きになったように俺へと興味を見せた。
「――ねぇ、君の名前は?」
「私の名前は、宝条・ルーシー・凛奈っていうの」
初めて聞いた名前だった。日本人は普通もっと短いはずだった。
「すっげ~!!! カッコ良すぎる!! ゲームの主人公みたい!! それ、外人さんがつける名前みたいなやつ!?」
「うん……ミドルネームていうんだけど。私ハーフってやつなの。お父さんが日本人で、お母さんがイギリス人」
この時彼女に外国人っぽい名前が入っていたことに、これ以上ないほど興奮していた。こんな子と友達になれるなんてと、嬉しさが爆発した。
「いや、すっげぇ! 最高の名前だな! 羨まし~っ」
「というか、名前聞くなら先に教えてよ……」
確かに。こういう時は先に名乗った方がいんだった。アニメとかでも戦う時の礼儀みたいな感じだった気がする。
「あ、悪い悪い。俺の名前は九藤光流っていうんだ! よろしくね!」
「くどう……ひかる、くん……。あれ、ひかる……ひかるくんってもしかして電気が光るの光って漢字書く?」
「おお! すごいな! そうだよ! 光と流れるって漢字繋げてひかるっていうんだけど、その光の漢字は入ってる!」
その瞬間、彼女――宝条・ルーシー・凛奈の表情が激変した。今度は喜びの表情だとわかった。
「ね、ねえ!! すごい……わたし、私のルーシーってミドルネーム、意味は『光』って言うんだよっ!!」
「ええっ!? 光って俺と同じじゃん! すげぇ!! 俺たち運命じゃんっ!! これすげえよルーシー!!!」
「うんっ……うんっ……すごいよ、すごい……!!」
互いに"光"という意味を持つ名前が入っていることが判明し、興奮しながらも二人して喜んだ。
「ねぇ、ルーシーって呼んでいい? 俺たち光って字で繋がってるなら、それがいいだろ? だから君も俺のこと光流って呼んでほしい」
「うんっ!! いいよ。ひかる……光流っ!!」
もう先程まで悲しんでいた彼女はそこにはいなかった。俺は彼女の笑顔が見れただけで、もう満足だった。
「なぁ、スマホ持ってるか? ちょっと貸してくれない?」
「え? 持ってるけど……」
するとルーシーは、ゴソゴソとカバンの中からスマホを取り出して、俺へと渡してくれる。
「これ、こうか? ……俺まだスマホ買ってもらってないからさ、ちょっと借りるね?」
「何をするつもりなの?」
俺は試行錯誤の上、スマホのカメラモードを起動した。
「今日は俺たちの友達記念日だっ! だから、一緒に写真撮ろっ!!」
「えっ!? でも私、こんな顔映したく、ないよ……」
確かにそうだよな。自分の顔がまだ完全に好きになれていないのだから、当たり前だ。
「それなら、手で隠してもいい。包帯を巻き直してもいい。でもルーシーと一緒に撮りたいんだ!」
「隠してもいいなら……」
「よしっ、ありがと!」
彼女が自分の顔に対して酷いコンプレックスを持っているのにもかかわらず、写真を撮ろうと迫った。
俺は使い慣れていないスマホ操作でインカメ状態に。そして手を伸ばして二人を一緒の画面に収める。
「ほら、もっとこっち近寄って!」
「え……でも……きゃあっ!」
俺は強引にルーシーの肩を抱き寄せて、体を密着させる。
ルーシーは両手で顔を隠し、誰なのかわからない状態になる。でもこの写真に映っているのが誰なのか、自分だけがわかれば良かった。
「じゃあいくよ~っ……はい、パシャっ」
「お、終わった……?」
「うん、ばっちり!! じゃあ返すね。スマホありがと! 写真消しちゃだめだよ~」
「うん。消さないよ。……だって、二人の記念日……だもんね」
ルーシーがスマホをカバンにしまい、そして包帯を巻き直していった。
そんな時、ドーム型遊具に誰かが近づいてきて……。
「お嬢様っ! こんなところにいらして……あ……そちらのお坊ちゃんは?」
黒服のボディガード……のような人物ではなく、少し老齢の優しそうな執事? っぽいおじいさんが話しかけてきた。
そして、ちらりと俺の方へと視線を向けた。
「あ、氷室……もう来ちゃったのね。ええと、光流……この男の子のことは……あとで話すっ!」
氷室と呼ばれた男性がルーシーの家の関係者だとわかった。お金持ちの家はこういう人がいるとアニメで見たことがある。本当に存在するんだと、その事実に少しだけ驚いた。
「――あ、はじめまして。ぼく九藤光流って言います。ええと、ルーシーさんをたまたまここで見つけて、ちょっとお話してました」
俺は使い慣れない敬語でこれまでの経緯を話した。
氷室は少し訝しげに俺を見ると、すぐに優しい顔に表情を戻す。
「そうでしたか。それはそれは――お嬢様の面倒を見ていただいてありがとうございました。お嬢様の表情を見るに、とても良きお話相手になられたのでしょう」
「氷室……あなた……私の表情わかってたのね……」
「ええもちろんです。そちらの九藤様も恐らくわかってらしたのでしょうね……」
それはわかるだろ。もしかして、ルーシーの表情の変化が他の人にはわからないのか? こんなに泣いたり喜んだりわかりやすいのに。
「では、もうこんなお時間です。行きましょうか。そこに車を待たせてあります」
「うん、その前に一つお願い!! 光流とお話するのに明日もまたここに同じ時間に来たいのっ! お願いっ!」
氷室は手を顎に当てて、少し考える。
ルーシーは自由に行動できるわけではないのかな。ルーシーを探しに来たことを考えると、どこからか逃げ出してきた可能性もあった。
「わかりました。まずは旦那様と奥様にお話しましょう。私の一存では決めかねます。ただ、九藤様もこちらに同じ時間に来られるというなら、無駄足にならないよう最低でも私がこちらへ足を運ぶとお約束しましょう」
「ありがとうございます! じゃあ明日も学校が終わった頃の同じ時間に、ここにきます!」
「ええ、ご理解ありがとうございます……良いお坊ちゃんですね……」
そうして、ルーシーはドーム型遊具の穴から外に出る。
氷室が傘を差して、ルーシーに雨がかからないように車まで誘導する。
俺も外に出ると傘を刺して二人の背中を見送った。
そして、その背中に向かって――、
「――ルーシーっ!!!! 明日、楽しみにしてるからっ!!!」
「うん! わたしもっ!!!」
そうして俺たちは別れ、互いに帰路についた。
――このルーシーとの出会いが数年後、思いも寄らない未来に繋がることに、この時の光流はまだ知る由もなかった。
俺が十歳のある日、雨が降っていた――いや、雨が降っていたのは少女の目……と思われる部分からだった。
目の前にある公園のドーム型遊具の穴の中に、俺と同じくらいの歳の子が泣いていた。
たまたま学校帰りに雨が降る中、一人で傘を差して帰っていたところ、いつも通る公園からすすり泣くような声が聞こえてきたので、気になって探してみた。
ツルツルでサラサラで綺麗なブロンド……金髪の髪に、日本人らしからぬ青い瞳。上等そうな綺麗な服――既に寒い季節。厚めのアウターにスカート。黒のタイツを履いていて、近くには皮のカバン型リュックが置かれていた。
雨で体が濡れたのか、全身びっしょりになっていた。
そして、彼女の顔全体には……白い包帯がぐるぐるに巻いてあった。先程、目と思われる部分と言ったのはこの包帯が原因だ。よく見ると視界を塞がないためなのか目の部分だけ包帯が巻かれていなかった。
「ねぇ、そこの君。どうしたの?」
「うっ……ううっ……」
声をかけたものの俺の声が聞こえていないのか、彼女は泣き続けていた。
「ねぇってば! 大丈夫?」
「え? ……はぁっ!? 何!? こっち来ないでっ!?」
心配したのに拒否された。
「いきなりごめん。でも泣いてたから……」
「あっ……うう……いいの。これはしょうがないことなの。私はこの先ずっと泣いてばっかりなんだ……」
どうしてか、彼女はまだ俺と同じ子供なのに、人生を諦めたような悲しいことを言う。
「なんで? ……もしかして、その包帯が原因なの?」
この頃の俺は純粋だった。それが相手の傷を深く抉るものだとしても、好奇心でそのまま気になったことを口に出してしまっていた。
「見ればわかるでしょっ!! 私は……私はっ! ずっと包帯がとれないのっ!!」
「そうなんだ……なんで包帯とっちゃいけないの?」
成長した俺だったらこんなことは聞けなかっただろう。勝手に相手の心情を読み取って、何も言わずに、触れずに……。
「それは……」
「君のこと、知りたいんだ……」
この時の俺は、なんて恥ずかしいセリフを言っていたんだろう。
ただ、彼女の綺麗な髪と青い瞳が気になり、その下にある顔も見てみたいというのが本心だっただろう。
「……ぜったい私のこと、嫌いにならない?」
「うん。俺さ、君と会ったばっかだし、嫌いになることなんてあるわけないよ。その綺麗な髪、素敵だなって思ったよ。こんな綺麗な髪うちの学校じゃ見たことないよ!」
俺の小学校でもこんなにツヤツヤでサラサラな髪の女子は見たことがなかった。
「私の髪……ほんとに、ほんと……? 学校の子は私のこと、変だとか汚いとか、言ってくるのに?」
「うん……絶対だ」
彼女は俺を信じてくれたのか、少しずつ顔面全体に巻いていた包帯をゆっくりと解いていく。
少し包帯が解けるだけで、彼女が悲しんでいた理由がわかった。
でも俺はそれ以上になぜか……彼女の別のところに目を奪われてしまっていた。
そしてついに、はらりと全ての包帯が解け、それが地面へと落ちる。彼女はゆっくりと青い双眸をこちらに向けた。
俺は驚いた。
こんな女の子がいるのかと。この世に存在して良いものなのかと。
「ほら……やっぱり、君も他の子と一緒なんだね。その顔見ればわかるよ……」
俺の表情を見てか、諦めたような顔をした彼女。
「――綺麗だ」
「……え?」
俺の言葉で彼女の表情が驚きのものへと変わった。戸惑いを隠せず、両手を頬に当ててちょっと可愛い仕草をする。
「そ、それは……ど、どういう……?」
「君のこと、綺麗だって言ったんだ」
彼女の目を見ればわかる。「この人何を言ってるんだ?」と、そう思っている表情だ。
「うそ……うそだ……だって! だって!! 私こんな酷い顔なんだよ!? こんなぶつぶつだらけで、もう治らないって言われた!! こんな顔じゃ友達なんてできるわけない! できたこともない!」
「それで泣いてたんだね……」
彼女の顔を見れば、誰でも一瞬にして理解する。彼女の顔は目と唇を除いて肌全体がが全てニキビのような赤黒い吹き出物で埋め尽くされていた。普通の人ならばとてもじゃないが綺麗とは言えないものだった。
「そうだよ! こんな顔になっちゃったから……友達なんてできないっ!! 悔しい……私だって仲の良い友達を作って一緒に遊びたいっ! 楽しいことしたい! でも私にはそんなの許されないことなのっ!!」
彼女は泣き叫びながらも自分の願望を演説してみせた。
確かに彼女の顔を見て、大変な病気なのかなと思った。でもそれ以上に気になったことがあった。
「ねえ、君の顔、ほんとに綺麗だよ? 嘘じゃないよ? だって……こんなに……とにかく綺麗なんだっ!!」
まだこの歳なのに筋の通った綺麗で少し高い鼻。ぷっくりと潤った薄ピンクの唇。最初に綺麗だと思った髪、青い瞳の上にある長いまつ毛。少しだけ彫りの深い骨格。
そして……同じ小学生でもわかる、あまりにも小さくて、まだ子供だけどベビーフェイスと言われそうな人形のような顔の形。
この時の俺は、もちろんこんな表現をできるはずもなかったが、今彼女を見ればこう表現しただろう。
「うそ……うそだ……パパやママみたいに……思ってもないことを言うんでしょっ! だって、誰が見てもこんなの綺麗なわけがないっ!!」
「じゃあ俺は他の人とは違うってことだね。君が他の人と違うなら俺と同じじゃん。仲間だねっ! へへっ」
俺はにかっと笑顔を見せて彼女に笑いかける。すると、彼女は少しずつ怒っていた表情を和らげていく。
「仲間……」
「そう、仲間っ!! 俺たち仲間なら友達みたいなもんでしょ? 君、友達いないって言ってたよね? なら俺が今日から友達だっ!!」
すると彼女の表情が激変した。
「とも、だち……? わたしに? ともだち……?」
「あぁ、俺が君の友達第一号! これは俺だけの特別だねっ! 他のやつに渡さないぞ!」
彼女は両手で顔を隠した。顔を見られたくないから? いや、彼女が隠したのは別のものだった。
「うっ……ううっ……ともだち……ともだちっ……わたしに、はじめての……」
「お、おい……どうしたんだよ? そこは喜ぶところだろ?」
「だって……だって、そんなこと言ってくれた子……君がはじめてで……っ」
彼女は大粒の涙を目に溜めて、それが、頬から顎先にかけて流れていく。両手だけでは隠せない大量の涙は、俺にも分かる形でついには地面に落ちていった。
「ほら、よしよし……俺たち友達だろ? なら、これからできるだけ毎日ここで会おう! そんで、お互いのこと話そう!」
俺は彼女の頭を優しく撫で、これからの未来のことを話す。
ここで友達だと言うだけなら誰でもできる。なら、それを継続してこそ本当の友達だ。
「いいの? また会って……」
「ったりまえだろ! 友達なんだから! 友達はお互いのこと知らなきゃならない! 俺は君のことまだ全然知らない! だから教えてほしい!」
「うん……うん……私も、君のこと知りたい……」
彼女の涙が止まり、前向きになったように俺へと興味を見せた。
「――ねぇ、君の名前は?」
「私の名前は、宝条・ルーシー・凛奈っていうの」
初めて聞いた名前だった。日本人は普通もっと短いはずだった。
「すっげ~!!! カッコ良すぎる!! ゲームの主人公みたい!! それ、外人さんがつける名前みたいなやつ!?」
「うん……ミドルネームていうんだけど。私ハーフってやつなの。お父さんが日本人で、お母さんがイギリス人」
この時彼女に外国人っぽい名前が入っていたことに、これ以上ないほど興奮していた。こんな子と友達になれるなんてと、嬉しさが爆発した。
「いや、すっげぇ! 最高の名前だな! 羨まし~っ」
「というか、名前聞くなら先に教えてよ……」
確かに。こういう時は先に名乗った方がいんだった。アニメとかでも戦う時の礼儀みたいな感じだった気がする。
「あ、悪い悪い。俺の名前は九藤光流っていうんだ! よろしくね!」
「くどう……ひかる、くん……。あれ、ひかる……ひかるくんってもしかして電気が光るの光って漢字書く?」
「おお! すごいな! そうだよ! 光と流れるって漢字繋げてひかるっていうんだけど、その光の漢字は入ってる!」
その瞬間、彼女――宝条・ルーシー・凛奈の表情が激変した。今度は喜びの表情だとわかった。
「ね、ねえ!! すごい……わたし、私のルーシーってミドルネーム、意味は『光』って言うんだよっ!!」
「ええっ!? 光って俺と同じじゃん! すげぇ!! 俺たち運命じゃんっ!! これすげえよルーシー!!!」
「うんっ……うんっ……すごいよ、すごい……!!」
互いに"光"という意味を持つ名前が入っていることが判明し、興奮しながらも二人して喜んだ。
「ねぇ、ルーシーって呼んでいい? 俺たち光って字で繋がってるなら、それがいいだろ? だから君も俺のこと光流って呼んでほしい」
「うんっ!! いいよ。ひかる……光流っ!!」
もう先程まで悲しんでいた彼女はそこにはいなかった。俺は彼女の笑顔が見れただけで、もう満足だった。
「なぁ、スマホ持ってるか? ちょっと貸してくれない?」
「え? 持ってるけど……」
するとルーシーは、ゴソゴソとカバンの中からスマホを取り出して、俺へと渡してくれる。
「これ、こうか? ……俺まだスマホ買ってもらってないからさ、ちょっと借りるね?」
「何をするつもりなの?」
俺は試行錯誤の上、スマホのカメラモードを起動した。
「今日は俺たちの友達記念日だっ! だから、一緒に写真撮ろっ!!」
「えっ!? でも私、こんな顔映したく、ないよ……」
確かにそうだよな。自分の顔がまだ完全に好きになれていないのだから、当たり前だ。
「それなら、手で隠してもいい。包帯を巻き直してもいい。でもルーシーと一緒に撮りたいんだ!」
「隠してもいいなら……」
「よしっ、ありがと!」
彼女が自分の顔に対して酷いコンプレックスを持っているのにもかかわらず、写真を撮ろうと迫った。
俺は使い慣れていないスマホ操作でインカメ状態に。そして手を伸ばして二人を一緒の画面に収める。
「ほら、もっとこっち近寄って!」
「え……でも……きゃあっ!」
俺は強引にルーシーの肩を抱き寄せて、体を密着させる。
ルーシーは両手で顔を隠し、誰なのかわからない状態になる。でもこの写真に映っているのが誰なのか、自分だけがわかれば良かった。
「じゃあいくよ~っ……はい、パシャっ」
「お、終わった……?」
「うん、ばっちり!! じゃあ返すね。スマホありがと! 写真消しちゃだめだよ~」
「うん。消さないよ。……だって、二人の記念日……だもんね」
ルーシーがスマホをカバンにしまい、そして包帯を巻き直していった。
そんな時、ドーム型遊具に誰かが近づいてきて……。
「お嬢様っ! こんなところにいらして……あ……そちらのお坊ちゃんは?」
黒服のボディガード……のような人物ではなく、少し老齢の優しそうな執事? っぽいおじいさんが話しかけてきた。
そして、ちらりと俺の方へと視線を向けた。
「あ、氷室……もう来ちゃったのね。ええと、光流……この男の子のことは……あとで話すっ!」
氷室と呼ばれた男性がルーシーの家の関係者だとわかった。お金持ちの家はこういう人がいるとアニメで見たことがある。本当に存在するんだと、その事実に少しだけ驚いた。
「――あ、はじめまして。ぼく九藤光流って言います。ええと、ルーシーさんをたまたまここで見つけて、ちょっとお話してました」
俺は使い慣れない敬語でこれまでの経緯を話した。
氷室は少し訝しげに俺を見ると、すぐに優しい顔に表情を戻す。
「そうでしたか。それはそれは――お嬢様の面倒を見ていただいてありがとうございました。お嬢様の表情を見るに、とても良きお話相手になられたのでしょう」
「氷室……あなた……私の表情わかってたのね……」
「ええもちろんです。そちらの九藤様も恐らくわかってらしたのでしょうね……」
それはわかるだろ。もしかして、ルーシーの表情の変化が他の人にはわからないのか? こんなに泣いたり喜んだりわかりやすいのに。
「では、もうこんなお時間です。行きましょうか。そこに車を待たせてあります」
「うん、その前に一つお願い!! 光流とお話するのに明日もまたここに同じ時間に来たいのっ! お願いっ!」
氷室は手を顎に当てて、少し考える。
ルーシーは自由に行動できるわけではないのかな。ルーシーを探しに来たことを考えると、どこからか逃げ出してきた可能性もあった。
「わかりました。まずは旦那様と奥様にお話しましょう。私の一存では決めかねます。ただ、九藤様もこちらに同じ時間に来られるというなら、無駄足にならないよう最低でも私がこちらへ足を運ぶとお約束しましょう」
「ありがとうございます! じゃあ明日も学校が終わった頃の同じ時間に、ここにきます!」
「ええ、ご理解ありがとうございます……良いお坊ちゃんですね……」
そうして、ルーシーはドーム型遊具の穴から外に出る。
氷室が傘を差して、ルーシーに雨がかからないように車まで誘導する。
俺も外に出ると傘を刺して二人の背中を見送った。
そして、その背中に向かって――、
「――ルーシーっ!!!! 明日、楽しみにしてるからっ!!!」
「うん! わたしもっ!!!」
そうして俺たちは別れ、互いに帰路についた。
――このルーシーとの出会いが数年後、思いも寄らない未来に繋がることに、この時の光流はまだ知る由もなかった。
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