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番外編
11.聖夜
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*前半瑛士、後半フィー視点。
「――エイジ、そろそろクリスマスだね」
ある日、店じまいをしている最中にフィーがそんな事を言い出した。女神が見守るこの世界、凍死しそうに寒くなったりする事はないものの、近頃は冬めいた肌寒さは感じる。
「ん? あぁ、日本ならそうかもなー」
「俺ツリー飾るの好きだったんだよ」
「なら飾るか? 特に意味ねーけど別に良いだろ」
田中、意外と祭り事……っつか準備。好きそうだったもんなぁなんて懐かしく思いながら、フィーがしたいならいくらでも付き合うぞって笑いかけたらキョトンとされた。普通にそういう流れじゃなかったのか? 今の。
「え、いいの? エイジの誕生日にツリーを飾る風習をこの地域に根付かせようかって来年の前フリだったんだけど」
「早えーわ。こないだ終わったばっかだろ」
つか畏れ多いわ。フィーの斜め上な発想はともかく、日本に居た頃、田中と過ごすクリスマスを想像してみなかった訳でもないので、今年は当たり前にこんな話が出来るのはすごく嬉しい。
そんな愛しの恋人は何考えてんのか、唇引き結んで小鼻をひくひくさせている。ニヤけたいのを我慢しているが全く隠せていない顔はとても可愛いけれど、その内容まで聞くと大抵残念な気持ちになるので、ここは触れないでおくのが正解だ。
「ツリー飾って、部屋中にキャンドル置いてケーキ食って……後はなんだ? 鶏の丸焼きやるか?」
「やるやるー! あ、俺あの切り株みたいなのパンで作ろ」
またそんな難易度高めの所にあえて挑戦しようとする、その心意気……計画性は皆無だが、とても格好良いと思う。そのうちフォーチューンクッキーをパンで作る! なんて関係あるのかないのか分かんない事まで言い始めたけど、身振り手振りを交えて話すフィーが楽しそうだからこっちも楽しい。
けれどふと――その指先が赤くなってるのが目に入った。
「楽しそうだけどシャンパンタワーは大人数の時にやろうな。最初は二人だけでクリスマスしたいって思うのは俺だけ?」
「っあ、あ、あ、エイジ! お、俺も」
「……なら良かった。楽しもうな」
さり気なくフィーの手を取って、指先に小さく口づけた。笑いかけたら、聞き取れない言葉を零しながら立ったまま放心している様子のフィーは一先ずそっとしておいて。
手にした指先が思った通り、寒さに弱っているのをそっと確かめた。早朝の水は特に冷たいからなぁ……と、その手を暖めるように包みこんで考える。あかぎれに効く薬とハンドクリーム的なもの。後は寒さに強くなさそうだし手袋もあると心強いか。
「うわ、クリスマスって良いじゃん」
あれこれ贈り物をしても許される正当な理由があるのはありがたい。二人だけのどんな特別な夜にしようか。今から楽しみだ。
******
クリスマスを提案したのは思いつき。神に……いや女神に誓って、打算なんてこれっぽっちもなかった。
昔からツリーが好きで、イルミネーションで輝く街並みが大好きで、この世界にクリスマスがない事が本当に本当に残念だった。寒すぎると皆が困るけど、本当は雪だって欲しい。
日本に居る頃は良かった――そう、あの輝かしい中学時代。本格的に冬が到来して寒くなり始める頃は、瑛士君の可愛くて格好良いマフラー姿を拝める最高の季節だった。夏は夏の楽しみ方があるのだが、冬の瑛士君もそれはそれは趣があって良いのだ。
ボリュームのあるチャコールグレーのマフラーをぐるぐる巻き付けるので口元まで覆われてしまうの惜しいが、高すぎるゆえに隠れきれない美しい鼻が寒さでちょっと赤くなってて。
「あ、おはよ。田中、今日も寒みーね」
なんて気安く声を掛けてくれる時には、指先でマフラーを引っ張ってその下に隠されていた綺麗過ぎる笑顔を披露してくれるのだ。その瞬間だけの特別感がまた堪らない。もこもこ瑛士君は日本を代表する冬の風物詩だった。俺の中で。
――いや、それはそれとして。
俺は日本を知る瑛士君だからこそ、クリスマスがなくて寂しいよねって気持ちを共有したかったのだと思う。純粋に。
ほんの思いつきで口にしたけれど、そしたら瑛士君も「やるか!」なんて言ってくれて、こっちでクリスマスもどきが出来ると思うと心の底からワクワクした。
しかし、捏造した聖夜。俺はむせび泣いていた。
「ご、ごめん。俺ほんと、情けなっ……」
「良いって。こっちは喜んで欲しいだけなのに何で泣いてんだよ。うわぁ顔ぐっちゃぐちゃ」
「元からぐっちゃぐちゃでごめんんん」
泣きすぎて自分が何言ってるか分からなくなってきたが、瑛士君への申し訳なさ半分、嬉し泣き半分である。
飾る木の種類には少しも拘らなかったせいで、偽物オーラが半端ないツリーを前に、ただただ美味しいだけの鶏の丸焼きと、切り株っぽさ皆無のロールしたパンを並べ、泣き崩れる俺と寄り添う瑛士君。
「俺がっ……俺がサンタなのに! サンタ失格だ」
「うん。お前はフィーか田中だから大丈夫」
優しく抱き起こされるが顔向け出来ない。ゴミカスの俺はクリスマスといえばプレゼントなんていう素晴らしい制度をすっっかり失念していたのだ。
イケメン過ぎる瑛士君は抜かりなく、ちっとも良い子じゃない俺にあれこれと贈り物を用意しておいてくれたというのにだ。もう何度か生まれ直してくる必要がある。
実は俺、サンタには定評があったのだ。弟妹たちが喜ぶからと家から離れ、わざわざ駅で着替えて贈り物を配る姿に全く関係ない保護者からも頼まれて子どもたちに配っていた。かつてはサンタだった。
なのに一番大切な人に渡せる今年こそが本番みたいなものだろうに。何で……何で俺は……。
そんな昔の事をぐずぐず話す俺の肩を撫でながら、瑛士君はずっと楽しそうに見てくれていた。
「馬鹿だなぁ、フィーは。ここは日本じゃねーんだからいくらでもやり直せば良いんだよ」
「えっ……」
「明日も明後日も。またやれば良い」
そう言って、泣きすぎて腫れた目元に口付ける瑛士君は俺の為だけにとびっきりの笑顔を向けてくれる。遮られる物なんてない、けれど特別感は比較にもならない。
「俺……瑛士君のマフラー姿がなにより大好物で。もし明日あげたら着けてくれる?」
涙を拭いながら言うと、妙な性癖を暴露された瑛士君は一瞬目を丸くして、それから部屋に響くほど大きく笑った。俺もつられて笑ってしまう。
「何でも着けるよ、それくらい。他には?」
「あっあっ、たくさんある! 待って、俺あの冬前のカーディガン着てるのも好きで。ほらこう、ちょっと萌え袖になっててさ……」
「あーあれか。よく覚えてんな」
「あとイケメンしか着こなせないロングコート! 何かの帰りに一回見た! もう一回拝みたい……!あと、あとは……」
ここぞとばかりに主張を始めた俺に、瑛士君は「何個あんだよ」なんて呆れているが、正直無限にある。記憶を掘り起こして瑛士君メモリーを語ると一晩ではとても足りないけれど、明日も明後日もクリスマスの許可を貰ったから大丈夫。
寒いあいだはずーーっとクリスマスなのだ。
「メリークリスマス」
明日は一緒にマフラーを買いに行こう。
【おわり】
「――エイジ、そろそろクリスマスだね」
ある日、店じまいをしている最中にフィーがそんな事を言い出した。女神が見守るこの世界、凍死しそうに寒くなったりする事はないものの、近頃は冬めいた肌寒さは感じる。
「ん? あぁ、日本ならそうかもなー」
「俺ツリー飾るの好きだったんだよ」
「なら飾るか? 特に意味ねーけど別に良いだろ」
田中、意外と祭り事……っつか準備。好きそうだったもんなぁなんて懐かしく思いながら、フィーがしたいならいくらでも付き合うぞって笑いかけたらキョトンとされた。普通にそういう流れじゃなかったのか? 今の。
「え、いいの? エイジの誕生日にツリーを飾る風習をこの地域に根付かせようかって来年の前フリだったんだけど」
「早えーわ。こないだ終わったばっかだろ」
つか畏れ多いわ。フィーの斜め上な発想はともかく、日本に居た頃、田中と過ごすクリスマスを想像してみなかった訳でもないので、今年は当たり前にこんな話が出来るのはすごく嬉しい。
そんな愛しの恋人は何考えてんのか、唇引き結んで小鼻をひくひくさせている。ニヤけたいのを我慢しているが全く隠せていない顔はとても可愛いけれど、その内容まで聞くと大抵残念な気持ちになるので、ここは触れないでおくのが正解だ。
「ツリー飾って、部屋中にキャンドル置いてケーキ食って……後はなんだ? 鶏の丸焼きやるか?」
「やるやるー! あ、俺あの切り株みたいなのパンで作ろ」
またそんな難易度高めの所にあえて挑戦しようとする、その心意気……計画性は皆無だが、とても格好良いと思う。そのうちフォーチューンクッキーをパンで作る! なんて関係あるのかないのか分かんない事まで言い始めたけど、身振り手振りを交えて話すフィーが楽しそうだからこっちも楽しい。
けれどふと――その指先が赤くなってるのが目に入った。
「楽しそうだけどシャンパンタワーは大人数の時にやろうな。最初は二人だけでクリスマスしたいって思うのは俺だけ?」
「っあ、あ、あ、エイジ! お、俺も」
「……なら良かった。楽しもうな」
さり気なくフィーの手を取って、指先に小さく口づけた。笑いかけたら、聞き取れない言葉を零しながら立ったまま放心している様子のフィーは一先ずそっとしておいて。
手にした指先が思った通り、寒さに弱っているのをそっと確かめた。早朝の水は特に冷たいからなぁ……と、その手を暖めるように包みこんで考える。あかぎれに効く薬とハンドクリーム的なもの。後は寒さに強くなさそうだし手袋もあると心強いか。
「うわ、クリスマスって良いじゃん」
あれこれ贈り物をしても許される正当な理由があるのはありがたい。二人だけのどんな特別な夜にしようか。今から楽しみだ。
******
クリスマスを提案したのは思いつき。神に……いや女神に誓って、打算なんてこれっぽっちもなかった。
昔からツリーが好きで、イルミネーションで輝く街並みが大好きで、この世界にクリスマスがない事が本当に本当に残念だった。寒すぎると皆が困るけど、本当は雪だって欲しい。
日本に居る頃は良かった――そう、あの輝かしい中学時代。本格的に冬が到来して寒くなり始める頃は、瑛士君の可愛くて格好良いマフラー姿を拝める最高の季節だった。夏は夏の楽しみ方があるのだが、冬の瑛士君もそれはそれは趣があって良いのだ。
ボリュームのあるチャコールグレーのマフラーをぐるぐる巻き付けるので口元まで覆われてしまうの惜しいが、高すぎるゆえに隠れきれない美しい鼻が寒さでちょっと赤くなってて。
「あ、おはよ。田中、今日も寒みーね」
なんて気安く声を掛けてくれる時には、指先でマフラーを引っ張ってその下に隠されていた綺麗過ぎる笑顔を披露してくれるのだ。その瞬間だけの特別感がまた堪らない。もこもこ瑛士君は日本を代表する冬の風物詩だった。俺の中で。
――いや、それはそれとして。
俺は日本を知る瑛士君だからこそ、クリスマスがなくて寂しいよねって気持ちを共有したかったのだと思う。純粋に。
ほんの思いつきで口にしたけれど、そしたら瑛士君も「やるか!」なんて言ってくれて、こっちでクリスマスもどきが出来ると思うと心の底からワクワクした。
しかし、捏造した聖夜。俺はむせび泣いていた。
「ご、ごめん。俺ほんと、情けなっ……」
「良いって。こっちは喜んで欲しいだけなのに何で泣いてんだよ。うわぁ顔ぐっちゃぐちゃ」
「元からぐっちゃぐちゃでごめんんん」
泣きすぎて自分が何言ってるか分からなくなってきたが、瑛士君への申し訳なさ半分、嬉し泣き半分である。
飾る木の種類には少しも拘らなかったせいで、偽物オーラが半端ないツリーを前に、ただただ美味しいだけの鶏の丸焼きと、切り株っぽさ皆無のロールしたパンを並べ、泣き崩れる俺と寄り添う瑛士君。
「俺がっ……俺がサンタなのに! サンタ失格だ」
「うん。お前はフィーか田中だから大丈夫」
優しく抱き起こされるが顔向け出来ない。ゴミカスの俺はクリスマスといえばプレゼントなんていう素晴らしい制度をすっっかり失念していたのだ。
イケメン過ぎる瑛士君は抜かりなく、ちっとも良い子じゃない俺にあれこれと贈り物を用意しておいてくれたというのにだ。もう何度か生まれ直してくる必要がある。
実は俺、サンタには定評があったのだ。弟妹たちが喜ぶからと家から離れ、わざわざ駅で着替えて贈り物を配る姿に全く関係ない保護者からも頼まれて子どもたちに配っていた。かつてはサンタだった。
なのに一番大切な人に渡せる今年こそが本番みたいなものだろうに。何で……何で俺は……。
そんな昔の事をぐずぐず話す俺の肩を撫でながら、瑛士君はずっと楽しそうに見てくれていた。
「馬鹿だなぁ、フィーは。ここは日本じゃねーんだからいくらでもやり直せば良いんだよ」
「えっ……」
「明日も明後日も。またやれば良い」
そう言って、泣きすぎて腫れた目元に口付ける瑛士君は俺の為だけにとびっきりの笑顔を向けてくれる。遮られる物なんてない、けれど特別感は比較にもならない。
「俺……瑛士君のマフラー姿がなにより大好物で。もし明日あげたら着けてくれる?」
涙を拭いながら言うと、妙な性癖を暴露された瑛士君は一瞬目を丸くして、それから部屋に響くほど大きく笑った。俺もつられて笑ってしまう。
「何でも着けるよ、それくらい。他には?」
「あっあっ、たくさんある! 待って、俺あの冬前のカーディガン着てるのも好きで。ほらこう、ちょっと萌え袖になっててさ……」
「あーあれか。よく覚えてんな」
「あとイケメンしか着こなせないロングコート! 何かの帰りに一回見た! もう一回拝みたい……!あと、あとは……」
ここぞとばかりに主張を始めた俺に、瑛士君は「何個あんだよ」なんて呆れているが、正直無限にある。記憶を掘り起こして瑛士君メモリーを語ると一晩ではとても足りないけれど、明日も明後日もクリスマスの許可を貰ったから大丈夫。
寒いあいだはずーーっとクリスマスなのだ。
「メリークリスマス」
明日は一緒にマフラーを買いに行こう。
【おわり】
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