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本編
46.実家
しおりを挟むカランカランと小気味良い鐘が鳴る。うちの実家は落ち着ける空間を意識して内装したらしく、年季を感じさせる木製の物が多い。父ちゃんの妙な拘りで、石とかレンガとかを徹底して見えなくしていたりもする。
「わぁ……何かすげー落ち着く……居心地良い所だな」
特に何も言ってなかったのに、第一声から瑛士君が無自覚にズバッと正解を引き当てていた。はーさすが瑛士君、満点解答をありがとう。とりあえず俺に一言言いたくて不機嫌な顔を作っていた父ちゃんもこれには口をムズムズさせている。
「突然お邪魔してすいません。初めましてエイジです」
「あら……あらあら」
きっちりお辞儀して、顔を上げたイケメンに母ちゃんは即落ち。頬に手を当てて少女に戻ったようなキラキラした目で瑛士君にうっとり見惚れている。よしよし、こっちは予想通りなのだが……。
「フィーブルの友達か。まぁ座って、ゆっくりしていきなさい――お前はちょっとこっちに来い」
渋面の父ちゃんは我慢出来ないらしい。
「待って。母ちゃんにお土産やってからにしてよ」
「あの……フィー叱るなら俺のせいなので、フィーじゃなくて俺に言ってください。ご迷惑掛けてすいませんでした」
ペコリとまた頭を下げる瑛士君に、俺も一緒に頭を下げる。いやいや自分の店だから別に閉店しっぱなしでも良かったのだ。わざわざ親に頼む俺が悪かっただけなのに、瑛士君が謝る必要ないと思うんだけど。
「オリバーからの手紙で話は大体は聞いている。私は頼んでおいて手紙一つ寄越しもしない阿呆に言ってやりたい事が山程あるだけで、君が気にする事はない」
うわ。兄ちゃん、いつの間に手紙なんか……!
因みにオリバーとは兄ちゃんの事で、俺は「ちょっと兄ちゃん所に遊びに行ってくるー」としか親に説明していない。同じ兄弟でどうしてこうも差が出るんだろう。
「分かったか、フィーブル」
「……はい」
それから体感的に小一時間ほどみっちり絞られて、しょぼしょぼ店に戻ると瑛士君と母ちゃんがイチャついていた……俺の偏見だけど。愛想が良い瑛士君に対し、母ちゃんが勝手に恥じらっているだけだと思うのだが、ものすごく羨ましい。母ちゃんそこ代われ。
戻ってきた事に気づくと瑛士君は申し訳なさそうに俺を見た後、まだまだ言い足りなさそうな様子の父ちゃんを真っ直ぐ見つめて言った。
「――今度は俺の話を聞いて貰っても良いですか? フィーの、いやフィーブルとの大事な話なんです」
父ちゃんが頷いて、通称叱られ部屋に瑛士君を連れて行こうとするので当然俺も行こうとしたのだけれど、瑛士君に止められ、父ちゃんからも従うようにと無言で命令された。
ショックをうけつつ呆然と二人を見送っていたら、勢いよく母ちゃんに抱きつかれてふらついた。
「もー! エイジ君、すっごく格好良いねー!」
「当たり前じゃん。二十四時間常に格好良いし」
「息子に欲しいわぁ。毎日眺めてたら長生きできそう」
「息子だよ。エイジは俺の伴侶だから」
女子高生並みにキャッキャとはしゃいでいた母ちゃんに言うと、ピタッと動きを止めて、真意を探るように黙って俺を見てきた。急に真顔になるからちょっとビックリした。
「伴侶って……本当なの?」
「うん。一生ずっと一緒に居るって約束した」
「そう、エイジ君と……」
少し考え込むような素振りを見せられ、まさか反対するのかとドキッとしたが、母ちゃんはやはり間違いなく俺の母親で……。
「……二人で家に戻って来る予定はないのかしら 」
なんてクソ真面目な顔でふざけた事を言うのだ。瑛士君を無制限見放題なのは俺だけの特権なのに! 憤慨した俺は母親相手に、恥ずかしげもなくマウントとりつつ旅の間の話を披露し、途中からはいかに瑛士君が格好良いかを熱弁したのだった。
母ちゃんにとっては恋バナ的な楽しみがあるらしく、キャーとかいやーとか囃し立てられながら楽しく過ごしている内に、いつの間にか戻って来ていた男二人がわりと引いていた。
「……フィーが二人居るみたいだ」
「ねぇそれって良い意味だよね?」
「えっ……あぁ、もちろん」
だよねだよね。瑛士君の笑顔が引き攣ってるような気がするのは気のせいなんだろう。離れた所で父ちゃんが何故か溜め息吐いてた。
「フィーブル」
名前を呼ばれて、父ちゃんに恐る恐る近づく。
「エイジ君とお付き合いしてるそうだな」
「うん」
「女神の祝福を受けたというのも本当か?」
「えっ……うん。受けたと思う」
「そうか……」
待って、瑛士君何をどこまで話したの? よく分からないながらも、素直に事実だけを肯定する。意外と信心深い父ちゃんにとって「女神の祝福」というのは効力があるのだろうか。微妙な顔で俺と瑛士君を見比べていた。
今日は帰りなさいと言われ、とりあえず帰路につく。何も言われないのが変な感じだった。
「――何を話したの?」
「何を……ってほぼ全部だけど」
それはまぁ思い切った事を……。詳しく聞いてみると、瑛士君は女神の力でこの世界に飛ばされて来た事や放浪する中で俺に拾われた事、旅に出る事にした経緯や聖女を通して聞いた事を正直に話したそうだ。父ちゃんにとっては俄かには信じがたいものだと思いつつも。
「俺にはここに身寄りがないだろ? そういう奴と息子が暮らすのって親としては心配だろうし、誤魔化そうと思ったらきっと嘘つくことになるだろ」
それなら信じてもらえなくても真実を話した方が良いと瑛士君は苦笑いを浮かべた。
父ちゃんのあの奥歯に物が挟まったような顔も納得だ。まぁすぐには全部受け入れられなくても仕方ない。じわじわ攻めて行こうね、と話しながら瑛士君と手を繋いで帰った。
明日からまた店を再開する。長かった休みは今日で終わる……となったら、最後の夜にやる事は半ば決まったようなものだった。
「フィー、覚悟は良いか? 入れるぞ」
「……うん。大丈夫、お願い」
ドキドキとその瞬間を待つ。もう心臓が張り裂けそうだった。
瑛士君は焦れったいほど時間を掛けて、慎重に力を入れていった。ぷちゅ、と小さな水音まで聞こえてしまう。うう来る、来るか……俺は堪えきれずに目をギュッと瞑った。
ふわっと室内に独特の香りが広がった瞬間、緊張はピークに達した。もう後は限界を見極めるだけだーー目を閉じたままクンクン鼻を鳴らし、強まる匂いに神経を集中させた。
「……イケる」
俺は確信して目を開く。
「イケるな。この位なら室内で収まるだろ」
「良かったぁ……」
警戒を解いて瑛士君と同時にホッと息をついた。ふわんふわんと香ってくる匂いはライキの実。前回の失敗を経て、今回は予めバターを塗って焼いたパンに、生を割った汁をかけてみた。加熱するのがヤバいのは分かっていたから。
温度計がないので、正確に何度以上が危険なのか判断出来ないのが恐ろしかったけれど、いつでも換気出来るよう準備万端で実験してみたのだ。
次の問題は実食……なのだが。
「……ガーリックトーストと言えばガーリックトースト?」
「あー……半分は脳で補完されてる感じがする。匂いで強引に押し切ってる感じ?」
「分かる。すごく惜しいんだよねー」
王都から持ち帰った生のライキはまだ瑞々しさを残してはいたが、早めに消費した方が良いと実験に踏み切ったのだが……本物を食した事のある身としては及第点。あと一歩物足りない。
「調理するならあのナッツっぽい乾燥したやつのが向いてるのかなぁ」
「あれはあれでまた匂いがどんだけ強烈か、未知数だけに怖いな」
人の店ではない分、異臭騒ぎを起こしても多少はマシなのだが迷惑には違いないので出来れば避けたい。うーん、と唸りつつ、他の事も気になった。
「生のもまだ結構あるから早めに何かに使わなきゃだよね」
何気なく言ったのだ。他意はない。だが、瑛士君の返事を聞いて、俺は偽ガーリックトーストを思い切り噴き出した。
「――それって遠回りな誘い? 俺は全然良いよ」
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