42 / 63
本編
42.成果
しおりを挟む俺も悩んだし、瑛士君を悩ませてしまった。最初に躓いて以降、回り道しかしてないと思うと、ちょっと気が遠くなりそうだ。
「……俺が早く言ってたら旅に出る必要もなかったのに」
「まぁそうだな。俺は元の世界に戻りたいなんて思う必要もなく、旅する必要もなく、王都になんか来なくて良くて……」
「ううっ……」
一言一言がグサグサ的確に胸に刺さる。
最初はただの見栄だったのに、色んな事を考えてどんどん言えなくなった。本当に何やってんだろ……。女神にお膳立てしてもらい、世界を跨いでまで再会した俺達はそこでめでたく終わりを迎えるはずだった……のに?
そう考えた時、罪悪感に苛まれるばかりだった胸の中に、コロリと小さな違和感が生まれた。
その違和感を助長でもするように、瑛士君は言葉を続けていく。
「聖女の噂を聞く事もなく、俺が醜態晒してまで神殿の門潜る事もなく、王城でローズは怒ったままで、女神の事も何も知らないままで……」
それで、何が無駄だった? と静かに聞かれる。
俺が無駄に生んでしまったすれ違いの中でしか経験出来なかった事があった。出会えなかった人達も居た。これまでの積み重ねで手にしたのは決して誰かに……女神に与えられた物ではないだろう。
この短い間に瑛士君のたくさんの顔を見れた。色んな人や物に触れて、だからこそ見れた一面もあると思う。俺はともかく瑛士君は弱った姿を見られたくないようだから。
そのどれもが俺にとっては大切だった。
「……少しはローズさんの助けになれたのかな」
「少なくとも宰相さんの力にはなっただろ。問題児のストレスが減って最近ちょいポチャッとしてきた」
「確かに」
くすくす笑う。ローズさんも宰相さんもマインツ様も、旅をしなかったら会えなかった人達だ。兄ちゃんやリアさんとこんなに長く過ごせたのも、ここにやって来たから。
「――無駄じゃなかった、と俺は思ってるよ。旅の間にフィーが言ってくれた事、俺の為に泣いてくれた事、フィーに何回も惚れ直したし。格好悪いとこ見せた甲斐は、まぁ……あったかな」
こいつマジで勘弁しろやって気持ちはあるけど、と言って、瑛士君は笑いながら俺の頬を両方からみよーんと伸ばした。あっ普通に痛い。
「今傍にフィーが居るならそれで良いんだ」
頬から離れた手が、こめかみを滑って耳を撫でて、邪魔になってた髪を掛けられる。擽ったくて目を細めながら見る瑛士君は、蕩けそうな目で愛おしそうに口元を緩め、今まで見てきた中で一番幸せそうな顔を惜しみなく俺に向けてくれていた。
今、瑛士君は幸せなんだなぁ。
――あぁ……そっか。そうなんだ。
「瑛士君が望んでくれたから、俺はここに居るんだね」
瑛士君が田中を求めてくれたから、俺はその記憶を残したまま、こうしてフィーとして転生する事が出来た。瑛士君が頑張ってくれたから、もう一度巡り合う事が出来たのだ。
たぶん俺はようやく自分が転生した意味を知れた。
「好きでいてくれてありがと。やり直す機会をくれてありがと……つまんない物だけど、どうぞ俺を受け取って?」
何でだろ、ぽろぽろ涙が落ちる。
「アホか。人が命がけで欲しがったモンを粗品扱いすんな」
「わ、ごめん……ごめん」
大事に大事に抱え込まれて、おでこにチューされながら怒られる。全然怖くない。涙は全然止まらない癖に笑ってしまった。瑛士君以外にはどこにでも居るような人間だけど、瑛士君は俺じゃなきゃ駄目なんだよね。俺ってすごいじゃん。
顔中キスの雨が降っていたのが俄かに止み、不思議に思って薄く閉じていた瞼をそうっと上げると、瑛士君も俺を見ていた。
「フィーは確かにこれ以上ないご褒美だけどさ、この世界で俺を見つけて最初に手を伸ばしてくれたのはフィーの方だからな」
「それは……ただの偶然だった……よ?」
俺としても非常に残念だけれど、瑛士君だと分かっていて声を掛けた訳じゃない。後になって瑛士君だから手を貸したいとは思ったけれど。
でも瑛士君からすれば、俺を見ただけじゃ気づけないので、呼び止められなきゃ通り過ぎてしまっていたし、一時お世話になっても追い出されたら、当てもなく放浪するしかなかった……と言われれば、まぁその通りな訳で。
例えご褒美として用意された存在だとしても、この世界で再会した後に瑛士君と関わるか関わらないかは、俺自身の判断に委ねられていたんだろう。
「ちょっと待って。俺がもう関わらないって決めてたら――エイジはご褒美全くなしであのまま辛い放浪が続くだけだったの? そんなの、あり得なくない?」
「今さらだろ。神様ってマジ残酷な」
「それで済む話なの?」
俺は全然納得いかないけれど、実際いくつもの被害に遭った瑛士君は既に諦めている様子だ。でも俺は解せない。怒りに俯き、唇を貝みたく強く引き結んでいると、顔を瑛士君の両手に挟まれて上を向かされた。
「怒ってくれるのは嬉しいけど、それじゃキスも出来ねーじゃん。あーん、してみ?」
「…………」
「開けねーの? なに、それ俺に開けさせろって事で良い?」
口を閉じたまま無言で拒否する俺に、瑛士君の悪戯っぽい顔が近づいてくる。待って、違う。目の前でイケメンに、あーん待ちされるとやり難かっただけなんだけど。
開く? もう自分から開くべき? 答えが出ないまま、ギュッと目を瞑り、キスされるのを待つ――が、中々来ない。様子を見ようと薄目を開けようとした時。
「っぶ、」
鼻をカプっと噛まれた。
「油断してたろ。チョロいな、フィー」
「な、……なっ、」
何で鼻なの、と口を大きく開けたら、今度こそ口に噛みつかれた。唇と唇が擦れ合いながら、ツルツル滑る。角度を変えながら上唇も下唇も食まれ、その手はもどかしげに首筋をなぞる。
「っは、……ん」
俺は呼吸ですら絶え絶えなのに、瑛士君は何で同時に色々出来るんだろう。酸欠ではふはふしながら、そんな事を考えていた。
唇の裏側の柔いところを舌にぬるっと撫でられると、慣れない感触にビクンと肩が揺れる。お互いの吐息がすごく熱くて、のぼせてしまいそうだった。もうクラクラする。
「した、」
「……ん? なに?」
「っ、舌やわい、……熱くて、柔い。ね?」
唇が僅かに触れる距離で聞かれ、素直に思ったままを伝える。俺としてはただ新触感を瑛士君に伝えたかったのだが、同意は得られないまま、がっつかれるみたいに勢いよく舌を絡め取られる。舌と舌をくっつけ合うのは何かもう……すごかった。
ちゅくちゅく、水音が頭に響く。手は首元からうなじに回って、無意識に後ろへ逃げを打とうとする俺の頭を甘く拘束する。あっつい。頭は沸騰直前なのだが、別の所も熱くなってきているのを感じて、思わず腰が引けた。
「……っは、」
チュッと吸って、悩ましげな息を短く吐きながら瑛士君の唇が離れていく。綺麗なハート型の唇は濡れててらてら光っていた。
「やらしい……」
妖しくてやらしくて人を惑わす唇だ。見惚れながら感嘆が漏れる。僅かな開閉ですらエッチく感じてしまう。意図せず何かを求めるようにハクハク自分の口まで揺れた。
「やらしいのはどっちだよ……」
瑛士君がそんな事を言いながら軽く下唇を噛む姿さえも、やらしく見える俺の思考は、今やきっと思春期男子に逆戻りしてしまっているのだと思う。
59
お気に入りに追加
559
あなたにおすすめの小説
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

女神の間違いで落とされた、乙女ゲームの世界でオレは愛を手に入れる。
にのまえ
BL
バイト帰り、事故現場の近くを通ったオレは見知らぬ場所と女神に出会った。その女神は間違いだと気付かずオレを異世界へと落とす。
オレが落ちた異世界は、改変された獣人の世界が主体の乙女ゲーム。
獣人?
ウサギ族?
性別がオメガ?
訳のわからない異世界。
いきなり森に落とされ、さまよった。
はじめは、こんな世界に落としやがって! と女神を恨んでいたが。
この異世界でオレは。
熊クマ食堂のシンギとマヤ。
調合屋のサロンナばあさん。
公爵令嬢で、この世界に転生したロッサお嬢。
運命の番、フォルテに出会えた。
お読みいただきありがとうございます。
タイトル変更いたしまして。
改稿した物語に変更いたしました。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる