転生した気がするけど、たぶん意味はない。(完結)

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本編

42.成果

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 俺も悩んだし、瑛士君を悩ませてしまった。最初に躓いて以降、回り道しかしてないと思うと、ちょっと気が遠くなりそうだ。

「……俺が早く言ってたら旅に出る必要もなかったのに」
「まぁそうだな。俺は元の世界に戻りたいなんて思う必要もなく、旅する必要もなく、王都になんか来なくて良くて……」
「ううっ……」

 一言一言がグサグサ的確に胸に刺さる。

 最初はただの見栄だったのに、色んな事を考えてどんどん言えなくなった。本当に何やってんだろ……。女神にお膳立てしてもらい、世界を跨いでまで再会した俺達はそこでめでたく終わりを迎えるはずだった……のに?

 そう考えた時、罪悪感に苛まれるばかりだった胸の中に、コロリと小さな違和感が生まれた。

 その違和感を助長でもするように、瑛士君は言葉を続けていく。

「聖女の噂を聞く事もなく、俺が醜態晒してまで神殿の門潜る事もなく、王城でローズは怒ったままで、女神の事も何も知らないままで……」

 それで、何が無駄だった? と静かに聞かれる。

 俺が無駄に生んでしまったすれ違いの中でしか経験出来なかった事があった。出会えなかった人達も居た。これまでの積み重ねで手にしたのは決して誰かに……女神に与えられた物ではないだろう。

 この短い間に瑛士君のたくさんの顔を見れた。色んな人や物に触れて、だからこそ見れた一面もあると思う。俺はともかく瑛士君は弱った姿を見られたくないようだから。

 そのどれもが俺にとっては大切だった。

「……少しはローズさんの助けになれたのかな」
「少なくとも宰相さんの力にはなっただろ。問題児のストレスが減って最近ちょいポチャッとしてきた」
「確かに」

 くすくす笑う。ローズさんも宰相さんもマインツ様も、旅をしなかったら会えなかった人達だ。兄ちゃんやリアさんとこんなに長く過ごせたのも、ここにやって来たから。

「――無駄じゃなかった、と俺は思ってるよ。旅の間にフィーが言ってくれた事、俺の為に泣いてくれた事、フィーに何回も惚れ直したし。格好悪いとこ見せた甲斐は、まぁ……あったかな」

 こいつマジで勘弁しろやって気持ちはあるけど、と言って、瑛士君は笑いながら俺の頬を両方からみよーんと伸ばした。あっ普通に痛い。

「今傍にフィーが居るならそれで良いんだ」

 頬から離れた手が、こめかみを滑って耳を撫でて、邪魔になってた髪を掛けられる。擽ったくて目を細めながら見る瑛士君は、蕩けそうな目で愛おしそうに口元を緩め、今まで見てきた中で一番幸せそうな顔を惜しみなく俺に向けてくれていた。

 今、瑛士君は幸せなんだなぁ。

 ――あぁ……そっか。そうなんだ。

「瑛士君が望んでくれたから、俺はここに居るんだね」

 瑛士君が田中を求めてくれたから、俺はその記憶を残したまま、こうしてフィーとして転生する事が出来た。瑛士君が頑張ってくれたから、もう一度巡り合う事が出来たのだ。

 たぶん俺はようやく自分が転生した意味を知れた。

「好きでいてくれてありがと。やり直す機会をくれてありがと……つまんない物だけど、どうぞ俺を受け取って?」

 何でだろ、ぽろぽろ涙が落ちる。

「アホか。人が命がけで欲しがったモンを粗品扱いすんな」
「わ、ごめん……ごめん」

 大事に大事に抱え込まれて、おでこにチューされながら怒られる。全然怖くない。涙は全然止まらない癖に笑ってしまった。瑛士君以外にはどこにでも居るような人間だけど、瑛士君は俺じゃなきゃ駄目なんだよね。俺ってすごいじゃん。

 顔中キスの雨が降っていたのが俄かに止み、不思議に思って薄く閉じていた瞼をそうっと上げると、瑛士君も俺を見ていた。

「フィーは確かにこれ以上ないご褒美だけどさ、この世界で俺を見つけて最初に手を伸ばしてくれたのはフィーの方だからな」
「それは……ただの偶然だった……よ?」

 俺としても非常に残念だけれど、瑛士君だと分かっていて声を掛けた訳じゃない。後になって瑛士君だから手を貸したいとは思ったけれど。

 でも瑛士君からすれば、俺を見ただけじゃ気づけないので、呼び止められなきゃ通り過ぎてしまっていたし、一時お世話になっても追い出されたら、当てもなく放浪するしかなかった……と言われれば、まぁその通りな訳で。

 例えご褒美として用意された存在だとしても、この世界で再会した後に瑛士君と関わるか関わらないかは、俺自身の判断に委ねられていたんだろう。

「ちょっと待って。俺がもう関わらないって決めてたら――エイジはご褒美全くなしであのまま辛い放浪が続くだけだったの? そんなの、あり得なくない?」
「今さらだろ。神様ってマジ残酷な」
「それで済む話なの?」

 俺は全然納得いかないけれど、実際いくつもの被害に遭った瑛士君は既に諦めている様子だ。でも俺は解せない。怒りに俯き、唇を貝みたく強く引き結んでいると、顔を瑛士君の両手に挟まれて上を向かされた。

「怒ってくれるのは嬉しいけど、それじゃキスも出来ねーじゃん。あーん、してみ?」
「…………」
「開けねーの? なに、それ俺に開けさせろって事で良い?」

 口を閉じたまま無言で拒否する俺に、瑛士君の悪戯っぽい顔が近づいてくる。待って、違う。目の前でイケメンに、あーん待ちされるとやり難かっただけなんだけど。

 開く? もう自分から開くべき? 答えが出ないまま、ギュッと目を瞑り、キスされるのを待つ――が、中々来ない。様子を見ようと薄目を開けようとした時。

「っぶ、」

 鼻をカプっと噛まれた。

「油断してたろ。チョロいな、フィー」
「な、……なっ、」

 何で鼻なの、と口を大きく開けたら、今度こそ口に噛みつかれた。唇と唇が擦れ合いながら、ツルツル滑る。角度を変えながら上唇も下唇も食まれ、その手はもどかしげに首筋をなぞる。

「っは、……ん」

 俺は呼吸ですら絶え絶えなのに、瑛士君は何で同時に色々出来るんだろう。酸欠ではふはふしながら、そんな事を考えていた。

 唇の裏側の柔いところを舌にぬるっと撫でられると、慣れない感触にビクンと肩が揺れる。お互いの吐息がすごく熱くて、のぼせてしまいそうだった。もうクラクラする。

「した、」
「……ん? なに?」
「っ、舌やわい、……熱くて、柔い。ね?」

 唇が僅かに触れる距離で聞かれ、素直に思ったままを伝える。俺としてはただ新触感を瑛士君に伝えたかったのだが、同意は得られないまま、がっつかれるみたいに勢いよく舌を絡め取られる。舌と舌をくっつけ合うのは何かもう……すごかった。

 ちゅくちゅく、水音が頭に響く。手は首元からうなじに回って、無意識に後ろへ逃げを打とうとする俺の頭を甘く拘束する。あっつい。頭は沸騰直前なのだが、別の所も熱くなってきているのを感じて、思わず腰が引けた。

「……っは、」

 チュッと吸って、悩ましげな息を短く吐きながら瑛士君の唇が離れていく。綺麗なハート型の唇は濡れててらてら光っていた。

「やらしい……」

 妖しくてやらしくて人を惑わす唇だ。見惚れながら感嘆が漏れる。僅かな開閉ですらエッチく感じてしまう。意図せず何かを求めるようにハクハク自分の口まで揺れた。

「やらしいのはどっちだよ……」

 瑛士君がそんな事を言いながら軽く下唇を噛む姿さえも、やらしく見える俺の思考は、今やきっと思春期男子に逆戻りしてしまっているのだと思う。
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