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本編

40.対話(2)

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 女神側の都合があるのではないか……と思う。色々と配慮に欠ける部分はあるが、基本的に当人達の望みを叶えてやろうという気はあるような気はする。少なくともローズさんにはそう感じられた。

「えーと、分かるかな? 元の世界に帰った方が不幸になっちゃう、みたいな」
「……あー実は元の世界では死ぬ運命だったとかいう話、読んだ事あるわ」
「なによ、それ……」

 全く理解出来なさそうなローズさんに、トラック事故に巻き込まれて気づいたら異世界に居た……なんて小説の例をいくつか挙げながら、瑛士君が補足してくれた。

「――でも、もっと分かりやすいのがあるよな。ローズも、俺のも望みが絶対叶わない不都合ってやつ」

 俺が一番に思いついて……でも口には出せなかった事を、瑛士君も気づいてしまったのだろう。不確定なうちに嫌なことを言いたくなくて、言うのを避けた俺はただ単に狡いだけかもしれない。

 なによ、と顔を強張らせるローズさんに、瑛士君はフッと表情を消して淡々とした声で告げた。

「時間。戻れたとしても、前と同じ時間じゃなきゃ意味ないだろ? 少しのズレでも結構致命的だ」
「なに? 時間? どういう事よ」
「俺の望みをガン無視したのがわざとじゃないなら、五年とか十年とか言わず……戻ったら百年後でした、なんて話もあり得るよな」

 瑛士君の望みはただ会いたい、伝えたいだけだったから、仮に相手がものすごく年老いていたとしても、ある程度叶える事は出来るだろう。その相手が生きてさえいれば、だが。

 その意味が分かると、気丈なローズさんが口元を押さえてヘナヘナと崩れ落ち、床に尻を着いた。

「……私は無理。五年も空けば、いいえ、それが半年後だとしても、私が築いた物はもう跡形もなくなってるでしょうね」
「ローズさん……」
「悪いけど、少し外してくれる? 一人で考えたいの」

 まだ確かめてないから落ち込まないで、なんて無責任な事は言えずに肩を落とす。瑛士君とローズさんの部屋を出て、付近の別室を借りた。

 高そうなソファーに腰を下ろし、どうにも出来ないやり切れなさに深く俯いた。当事者の二人からすれば、俺は所詮、無関係な第三者でしかない。

「言い辛いこと、エイジに言わせてごめん」

 仮定でも、言えば彼女が傷つくと思ったら言えなかった。いや、ローズさんだけじゃなく、瑛士君だって嫌な気持ちになるんじゃないかと思った。

「俺が勝手に思った事を言っただけだから、フィーが悪く思う必要ねーだろ。気にすんな」
「でも……」
「ローズなら大丈夫、あいつ強えーから。帰っても無駄だってハッキリ分かったら、ここで生きてく決意するんじゃねーかな」

 まずは確かめよう、と瑛士君に背中を叩かれる。

「――ローズの今の言語力だと、女神には閉じた質問をする方が間違いないと思うんだよ」

 閉じた質問とは相手が「はい」「いいえ」で答えられる問いかけのことだったと思う。開いた質問より得られる情報量は少ないが、質問側が的を絞ればシンプルゆえに誤魔化しが効かない。

「元の世界、元の時間に戻れますか、って聞く?」
「そうだな……不安材料は早めに潰しておかないと」
「なら場所もだね。同じ時間でも妙な所に連れてかれたら困るし」

 転移させられたその日その時その場所に、戻る事が出来るのか。まずはそこをハッキリさせておこうと話がまとまった。

 そして、密かにもう一つ。王都に居るうちに俺にはどうしても女神に聞いておきたい事がある。

 ――瑛士君の望みは叶えられなかったのか。

 もしも、時間という障害があって叶えられなかったのなら、女神がわざわざ瑛士君をこの世界に連れて来た意味は? この世界なら直接自分の庇護下に置けるから? それとも……。

 ――ここでなら叶える事が出来るから?





「失礼します。聖女がお二人を呼ばれていますが、よろしいでしょうか」

 ノックされ、部屋の外から声が掛かる。瑛士君に「行こう」と促されて立ち上がるけれど、足元がふらついた。

「フィー?」
「……ごめん。大丈夫」

 サッと脇に腕を入れて支えてくれた瑛士君に謝りながらも、図々しくそのまま腕を借りて凭れさせてもらう。どうしても離したくなくて、瑛士君の腕に縋りつくように自分の腕を絡めた。

 心配そうに、もう少し休んで行くか? と聞かれたが、それには首を振って返す。身体はどこも悪くないのだ。どれだけ休んだとしても一度抱いてしまった、この不安は拭えないだろう。

 ――この世界のどこかに瑛士君の好きだった人が居るのかもしれない。

 瑛士君自身は既に自分の気持ちに折り合いをつけたのだろう。自分の望みがどうなったのか、気に留めてすら居ない様子だ。元の世界に戻る気がない事は疑いようもない。

 だけど、相手がこの世界に居るのなら、きっと会いたいと思う。どこに居るか分からなくても、今はローズさんが居る。女神に聞ける人が。

 何もかも女神の答え次第だけれど。一つ一つ確かめて、一つ一つ道を決めて行くしかない。

「いいわ、確かめましょう。戻った所で何も残ってないんじゃ、こっちに居た方がまだマシね。この年でホームレス? 笑えない冗談だわ」

 短く嗤うローズさんにいつもの覇気はないけれど、弱っているなんて思われたくないようだった。次に女神と対話できた時に質問する内容を何度も皆で練習した。

 女神は気まぐれに現れる。待ち構えていたローズさんの所に現れたのは翌日だった。

「――出来ない。それがあの女の答えよ。どうしてって洩れた私の声まで聞こえたのね、時の流れが、えっと、何て言った?」

 周りの騎士に曖昧な単語を尋ねると、騎士は「一方」と答える。時の流れは一方だから……おそらく女神といえど前にしか進ませられないって事だ。

 今、日本があった世界は何年なんだろうか。かつて自分が暮らしていた、あの懐かしい世界を果てしなく遠く感じた。

「私、王様に会ったの。前に一度会いに来た事があったけど、あの時は怒鳴りつけて追い出してやったから。だから二回目ね」

 ローズさんはもしこの世界で生きるのなら、自分の立場を明確にしておきたいと思ったらしい。利用されるなら、こっちとしても最大限利用してやろうと思って探りを入れたようなのだが。

「私、男を見る目には自信があるの。あの王様は人を騙せるタイプじゃないわね、野心の一つもない。面白くない男だったわ」

 俺も全く知らないけれど、今の王様はマインツ様と同年代のお爺さんで温厚な人らしい。そこで聖女の役割を改めて聞いたところ、女神との対話以外は何も求められなかったという。

 何でも、本当に極々稀に現れる重罪人を、本来ならば女神自身が裁くのだそうだ。聖女、御使いが現れた時に限られてしまうけれど。

 既に裁かれた人間も、再び女神の判断を仰ぐというので、どこまで遡るかは分からないが、聖女としての仕事はあるのだろう。

 いざとなれば王様かその息子達を籠絡して囲わせるつもりだったけど、しばらくは止めとくわ……なんてローズさんは冗談ぽく言っていたが、あれは結構本気だったのかもしれない。

 ローズさんの為の辞典が出来るまでは、と俺達は今のところ王城通いを続けているが、それもあと少し。王都で過ごすのも、そろそろ終わりかもしれない。

 そして、俺は覚悟を決めて、ローズさんにお願いをする事にした。瑛士君の居る前で、それを口にする。



「――女神に聞いて欲しいんだ。エイジの望みは叶える事が出来なかったのかって」


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