転生した気がするけど、たぶん意味はない。(完結)

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本編

39.対話(1)

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「――二人とも、聞いて! 私、昨日女神と対話したの」
「えっ」
「すご。マジか……」

 誕生日から三日。今日はローズさんの部屋に入る時、俺達はいつも以上の緊張を強いられていた。それは「昨夜から聖女が荒れ狂っておられる」との関係者からのタレコミがあったからなのだが、ここに来てその理由が分かった。

 昨夜祈りの間で「息災か?」という声を聞いたらしい。

 何度か耳にしたのが似たような言葉だったので、ローズさんは勉強を始めてから当たりをつけていたらしいが、普段はあまり使わない言い回しである。言葉に不慣れな異邦人に対してもっと配慮が欲しいところだ。

「私、カッとなって言ったのよ。どうしてこんな所に連れてきたんだって。そしたらあの女……」

 ――お前の望みだろう、と。

 女神に対してあの女と言えるローズさんもすごいが、それに対する女神の返答もまた気になる。本当はそれだけではなく、他にも何か言っていたようだが、そこまでは難しくて聞き取れなかったようだった。

「それでそれで?」
「誰が望むか! 元の世界に帰せ! って言ったんだけどね。もう聞こえてなかったみたい。言い逃げされちゃったわ」

 敢えて打ち切ったのか、時間が限られているのか。とにかくこれは大きな進歩だと思った。女神と対話できる事が分かったし、それがこちらの世界の言葉だってことも分かったのだ。

 ローズさんの望みだったというのは気になるけれど。

「次はちゃんと対策立てとこう」
「そうね。それに私しか聞こえないから言葉ももっと勉強するわ。気持ちが正確に伝わる、お上品じゃない言葉もね」
「う、うん。ほどほどに」

 今まで以上に熱を入れて勉強するローズさんに、俺達も必死に教えた。それから数度の交流を重ねて分かったのは、一言か多くても二言ほどしか話せない事と、女神はちっとも悪びれてないって事。

 ――そして、元の世界に帰る事は可能だという事。

 ただその時にも、女神はまだ何か言っていたようなので、もう少し言葉がしっかり分かるまでは、とローズさんにお願いして、保留にさせてもらっている。女神はこちらが聞いた事には、ちゃんと答えてくれるようだから。

 しかし、帰れるのか……。そう、そうなんだ。






「望み、望み……ローズの望みって何だった?」
「元の世界に帰りたい。手にした名誉と地位を返せ? 後は……安全な暮らし?」
「まぁ帰りたいってやつを除けば、一応は叶ってるよな。ローズ本人はちっとも納得してねーけど」

 店に戻り、瑛士君と話し合う。この世界に来たのがローズさんの望みだっていうのがどうしても気になって、いつかマインツ様が言っていた、この世界がご褒美だという話を思い出した。

 願ったうちの一つ、安全な暮らしという意味ではこの世界は下手したら彼女の祖国より適しているだろうし、もう一つの願いである地位や名誉も、聖女という立場がそれに相当するとも言える。

 当人の望みを叶えたつもりなのだ。女神は。

「エイジは? エイジも元の世界に帰りたいって願ったんだよね?」
「……あぁ。その時は、そう。願ったというか、当然帰れるものだって思ってたから。早く会いたいとか、気持ちを伝えたいとか、そんな事を考えてたと思う」

 うーん。ローズさんの望みは半分叶ったと思えても、瑛士君の望みは完全にスルーされたようなものだ。何か他にも事情があるとか……。まだ謎は多い。

「フィー。俺はもう帰れって言われても帰らないからな」

 唸りながら考え込んでいると、並んで座っていた瑛士君が腰に腕を回してきた。距離が近くてドキドキするが、たぶんこれはそういうのではなく……瑛士君からは不安めいたものを感じる。

 実際に帰れると言われた時はドキッとしたけど、心配はしていない……と思う。けれど、瑛士君の顔を見るのが少し怖かった。

「大丈夫だよ。俺、エイジがこの世界に残って良かったって絶対思わせるから。二人で楽しい事いっぱいしよう」
「……もし、いつかまた俺が勝手に転移させられたら?」

 冗談ぽく言われたけれど、薄く本音が滲む。二度も経験した転移がいつも瑛士君を不安にさせている。次の異世界があるんじゃないか、という恐怖はきっとこの先も、瑛士君が幸せを感じる度に纏わりついて来るんじゃないだろうか。

 ずっとずっと瑛士君の邪魔をする。そんなのは嫌だ。

「――そしたら、そこで待っててくれたら良いよ。俺がエイジの所まで追いかけるから。毎日毎日しつこく女神にお願いする。だからエイジは信じて待ってて」

 何の根拠もないけれど自信だけは溢れた言葉に、瑛士君は俺の腰を強く引き寄せて、ギュッと抱き締めてくれた。腕の中にすっぽりと収まり、耳元に瑛士君の唇が触れる。

「……フィーは格好良いな」
「全然だよ……もっと格好良くなりたい」

 瑛士君が何にも心配しないで安心して過ごせるように、俺にもっと聖女みたいな力でもあったら良かったのに。

「格好良いよ。俺……もう耐えられないと思ってた。もし次なんて本当にあったら、そこにフィーが居ないなら――もう生きられないと思った」

 不穏な言葉に泣きそうになりながらパッと顔を上げれば、瑛士君は穏やかに微笑んでいた。

「でも待ってたらフィーが来てくれるんだろ? なら、待つよ。そこがどんな所でも、精一杯生きるって約束する」
「本当に? 絶対?」
「絶対。フィーが希望をくれたんだろ。もしクソみたいな世界ならパパーッと世界救ってフィーを迎える準備しないとだしな」

 肩口に顔を埋めて隙間なくピッタリくっつく。俺だってもう元の世界に帰したいなんて思えない。俺と瑛士君は離れちゃ駄目なんだ。背中に手を回してきつく抱きしめ返す。

「フィー、ちょっと離して」
「えっ! なんで?」

 手酷い裏切りにあった顔をしていたと思う。その勢いに瑛士君は驚いて、すぐに「違う違う」と破顔した。

 ちょっとだけ離れると両側の頬に手を添えられて、額にキスを落とされた。パチパチ瞬きする瞼にも、チュッチュッと瑛士君の唇が触れていく。こめかみにも鼻先にも。羽根で撫でられてるみたいに心地よくて擽ったい。

 顔が蕩けてふにゃーと笑うと、何故か瑛士君の喉の辺りから聞いたことない音がした。勢いよくギュッと抱かれたので大丈夫そう……なのかな。

「……や、ちょっと待って」
「うん?」
「今すごい……」
「うん」
「すんごい可愛いなぁって……な、もうどうしたら良い?」

 ……えっ、俺こそどうしたら良い? 腕の中に閉じ込めるみたいに、ぎゅうぎゅう抱き締められて、こっちもパニックだ。なに、どうしたら良いの。

 とにかく何かしなくては、と焦った俺はごく近くにあった瑛士君の耳に咄嗟にチューをした。唇をむにーと当てて離すと、ムチュッて音がした。

 いや……俺、何してるんだろ。

 元から熱かった顔が更にブワワッと熱くなったのだが、次の瞬間するりと抱擁が解け、顔面全体を伸びてきた瑛士君の掌に満遍なく覆われた。ステイ! て感じで。

「……も、なに。俺を殺しに来てんの?」

 瑛士君が弱っている。もごもご言いつつ首を振って否定するが、顔面から掌が剥がれない。

「いいよ、わかった。耳貸せ、どんな感じかフィーにも教えてやる」
「んー! んー!」
「あっ逃げんな。貸せって」

 何か恐ろしい予感がして、懸命に抗う俺を瑛士君が拘束してこようとする。俺はどうやら選択肢を間違ったらしい。瑛士君との果てない戦いはしばらく続いた。






 ――次に女神と対話出来たら何を聞くべきか。

 俺達とローズさんはいつも頭を悩ませてきたのだが、今日は一つ俺に提案があった。

「もしかしたら、なんだけど。元の世界に戻ると何か不都合があるんじゃないかと思うんだ」

 戻そうと思えば戻せるのに、女神が敢えて戻さずにこちらの世界に連れて来るのはそれが理由ではないかと思ったのだ。
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